蛙声爺の言葉の楽園

. 遅れても小さくても、咲く桜花


 最も身近にある桜並木なのに、今年もまた満開の時季に他所に居た。
 松川沿いの遊歩道を、それこそ上を向いて歩いていても、見えるのは花びらを落とし蕊(しべ)だけになった「残骸」とそれを包み込むようにしている若葉だけ。
 それでも、のたりまったりと独り歩を進める。早朝6時、前にも後ろにも人はいない。
 「おっ」と思わず声が出た。
 太い古木の幹に小さく顔を出している桜3輪。しばらく立ち止まって、じっと見つめる。
 華やかさもなく、実を結ぶこともない、言わば仇花。そよとした風にときどき揺れる。
 見つけてもらえなくてもいい、褒められなくてもいい、ただ自分なりに咲こう。そんな風情だ。 
 省みて古希の己を想う。何かいまから、咲かせられるものがあるのだろうかと。



     桜花


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. 群れて咲いても「一人静」


 里山でヒトリシズカを見つけました。

     ヒトリシズカ

 広葉樹の落葉や松ぼっくりに囲まれてひっそり立っている姿は、楚々としてなかなか風情があります。ヒトリシズカ(一人静)なのに群れているのは変じゃないかと言われそうですが、「静」はご存知源義経の側室静御前を指しているそうです。じゃ「一人」は?となりますが、白い1本の花穂のことだと理解できます。この1本の周りに白い糸のような雄蕊(おしべ)が寄っています。そうそう花びらというものがありませんね。地味にすごい花です。
 写真でも「白」が輝いて見えます。静御前は元、流行りの歌舞を演じる遊女「白拍子(しらびょうし)」だったとか。さぞや美しい女性だったのでしょう、義経が見初めたのですから。「静」とこの花の「白」のつながりは、ここからの連想でしょうか。
 私的な好みで恐縮ですが、茎から花への流れから見ると別名の「まゆはきぐさ」の方が「なるほど感」が強いですね。
 もの静かで素敵な野草です。



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. 山梨での1週間は私にとっての「リハビリ」に


 4月12日から18日までの1週間、標高800メートルの里山に入っていました。兄の山荘の改装工事を手伝うためです。それは同時に私の健康管理にも役立ちました。
 現地は満開の桜でしたが、今回観光目的の桜見物はありません。従いまして桜の写真も…。

       到着

 12日9時到着です。片道220キロになります。


     甲斐駒

 甲斐駒ケ岳です。まだ雪を頂いていました。山荘の西側です。


      
      鳳凰三山

 鳳凰三山です。山荘の東南側にあたります。17日午後からの雨が頂付近では雪になったようで、帰り際に見たときはもっと雪の白が広範囲になっていました。


     山荘

 兄の山荘です。これを兄は自分一人で造ったのでした。


      梯子工事

 改装の一つ、2階への梯子工事です。避難口にもなります。


      観音

 韮崎平和観音像。17日市民病院・薬局での兄の診察・投薬が済むまでの待ち時間、姪とともに登りました。


     富士

 富士山。18日の帰途、積雪を増やした姿に感激する。車の中からの撮影です。 
    
      

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. 心の音(10)




 家中の掃除と自分の荷物の搬出に二日を要した。
 予想通り猛雄は寄り付かず、電話一本よこさなかった。ビジネスホテルを梯子しているとも考えられる。どこかに居る女に鬱陶しがられたりして。
 淡野家を出ていく朝、志津は入念に顔をいじり紅を引いた。その行為は、志津が猛雄から分離するための通過儀礼にもなっていた。出直すなら形からというつもりだったが、これが予想外に心を高揚させた。鏡の中の自分が昨日までの自分を捨てていくのが分かる。
 そのための用意も周到にした。肩の少し下まである髪を丸め襟足を出すように束ねていたのを止め、前日美容院で一気に短くした。その足で、明るい色柄のワンピース、それに合うヒール、そしてバッグと、立て続けに買い物も済ませている。もちろん猛雄のカードでだ。
 学生時代のボーイフレンドに、つまり猛雄の恋敵だった男に連絡をとり、弁護士を紹介してもらった。猛雄の愛人には意地でも慰謝料などは請求しないが、猛雄にはきちんと財産分与をしてもらうつもりでいる。自分よりも元彼の方が猛雄憎しで燃えていたのがなんとなく嬉しくて、救われた。就職が決まるまでの一時的な住いを提供してくれたのもその彼だった。
 今日からは文字通り一人で生きていくことになる。遅ればせながら、戦う女に変身していかなくてはと思う志津だった。

 家を出て駅に向かう。
 少し熱を帯びた風が、沿道の垣に咲くノウゼンカズラの黄赤色を揺らしていた。数十輪の花が一斉に、別れを惜しむかのように首を振る。
「元気でね」
 志津は見送りに応えて、花に向かって小さく手を振った。
 途中で隣人と出会った。するとその婦人は大げさに目を剥き、掌で口を覆った。
「いったいどうなさったの」
 婦人の驚きは、日頃の志津が地味すぎた証拠でもある。
 志津は、微笑しながらくるりと体を一回りさせて「主人に追い出されたので少し派手なお仕事に就こうと思いまして」と言った。どうとるかは相手の自由だ。
「そうよ、まだお若いしお綺麗だし、ねえ、ご主人ばっかり若い娘といい想いさせるって手はないわよ」
 離婚されたとは受け取らなかったようだが、なぜ隣人が猛雄の浮気相手を知っているのかが気になった。
「若い子?」
「そうよぉ、この間茶髪の女の子とこの先の路地で顔と顔くっつけるようにしてヒソヒソ…あらいやだわ、わたしったら余計なことを。ほほほ、ごめんください」と婦人は口を掌でふさいでお辞儀をした。
「ん、茶髪?」
 まさか、と婦人の後ろ姿を見送りながら志津は、眉間に皺を寄せた。
 その女が水絵だとしたら…。その日時が事故の後だとしたら…「わたしがやった事故だとして猛雄を強請った? 確かに住所は金田に出した礼状から簡単に分かる。だとすればもしかしたら」警察から戻って話す以前に猛雄は事情を知っていた、だから離婚届を用意できた…
「あのー」と志津は婦人を呼び止めようとして、すぐに言葉を呑み込んだ。
「前だけを見るんだったわ」
 確かめていまさら何がどうなるというのだろう。
 せっかく幕切れを綺麗にしたのに、汚い愛憎劇として再演したくはない。
 志津は大きく息を吸ってから遠ざかる婦人に背を向けた。
 なのに足がその場に貼りついたように動かない。
 朝からずっと吹いていた爽やかな風が、志津の心の中でピタリと止んだ。
「前だけを…前? 事故の前? 水絵と猛雄がもしかしてあの事故の前から?」
 志津は両の掌で口を覆い、意識的に何度も首を振った。考えるだけでも恐ろしいことだ。しかし…
 金田に再会した日はこごめの湯に行くようにと猛雄に送り出されたようなもの。金田も万葉公園で営業と言っていたがあれは変だ。まだある、浮気相手は猛雄によればもう堕ろせない時期、水絵も刑事によれば六か月、胎児の状態はほぼ一致している。単なる偶然だろうか。
 志津は、取調室での水絵との面談にまで記憶をさかのぼらせた。そこには演技や嘘とは無縁の、剥きだしの哀しい女が居ただけ。そのはずだった。
「俊一、予想以上の出血で」…ああ、計画された事故だったのだ。さらに「あの旦那」の「あの」は? そうだったのか。
 志津は膝の力が抜けて、しゃがみ込んだ。
 にわかな風が水絵の高らかな嘲笑を運んできて志津の前に回った。
 目の前に志津の顔を下から覗き込む水絵の幼げな顔がある。その口元が小さく笑った。
 たしかに志津には見えて、背筋が凍った。
「フーテンだよ、演劇やってるとか言ってたけどな」
 猛雄の声がさらに、のしかかるように志津を襲ってきた。


                                 (完)




    伐られ、剥がされ、晒され、叩かれる。ミツマタの本当の花とは和紙のこと。

     ミツマタ



   
 
 
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. 心の音(9)


「やってないのに罠にはめようとしたんだよ、あたしは。何で張本人を前にして、そんなに優しい声で話できるのさぁ、信じられない」
「逆に教えて水絵さん、なぜわたしを仇みたいに思っているの」
 見ず知らずの十も歳の違う女性から、激しく憎悪されるほどの何かを自分が持っていること自体、信じられないのだ。
「そんなことも分からないの、俊一の心を奪ったからに決まってるじゃないの」
 水絵によれば、金田と水絵の間の亀裂と不幸は全て、あの日金田が脱輪した志津を助けたことに端を発しているという。淡泊に現場を去ってしまったこと悔いた金田は、礼状がきてからというもの、こごめの湯の休館日明けの偶数日は、朝から万葉公園をうろついていたらしい。会いたいと言っては期待をふくらませ、会えなかったと言っては次回を指折り数えて待つ金田の姿が、水絵の目にどのように映っていたかは想像がつく。「いっそ電話して会ったら」と皮肉を言うと、「バカ、偶然再会するから詩的なんだ。おまえみたいなガサツな女にゃ解かんねえよ、黙ってろ」と一蹴されたという。
「わたしとのデートなんか、いつも面倒臭そうにしている俊一がよ、頭にきちゃう」
「ゲームよきっと、彼の中ではね」
 志津はそんな気がしてきた。
「違うわ、あんたに憧れたのよ。俊一、ものしりだけど文学とか短歌なんか興味なかった。それがよ手紙を見てからたくさん本買い込んできて、真剣に読んで。あたしのために、あんなに真剣になってくれたことなんか一度もない!」

 水絵は不安が募ったらしい。入籍はもちろん、金田の両親への紹介もまだだったのだ。おなかの子は四か月をとうに過ぎて、日に日に大きくなっている。そう言えばあの日から一度もドライブに連れて行ってくれない。最初はおなかの子を気遣ってと思っていた水絵もようやく気づき、七月四日、金田にねだって富士五湖行きを承諾させた。しかし大観山を越えて芦ノ湖へ下る辺りで腹痛に襲われる。金田は腹を立てて元来た道を引き返したのだが…椿ラインを下る途中、水絵は下痢の兆候を感じて車を降り、道端の草むらに姿を隠した。水絵が戻るとなぜか金田は助手席に座っていたという。しかも志津からもらった栞をじっと見つめながら。 話しながら水絵の顔が再三ゆがんだ。

「あたしのことなんか、ドライブしてる間中、ぜんぜん考えてなかったんだ」
 水絵はそう言うと、その後の二人の会話を、涙をまじえながら再現してみせた。

「腹痛だの下痢だの野グソだの最低だなぁおまえは。俺はもう嫌だからこの先はおまえが運転しろ」
「冗談でしょ、俊一」
「ほらぁ早く。大丈夫だよ、オートマチックはバカでも扱える。だいいち下りじゃねえか、ブレーキだけ踏んでりゃうちに着けらぁ」
「あたし、免許無いから」 
「じゃあ何があるんだよ、おまえに。あーあ、たまには志津さんみたいな人に運転してもらって助手席から横顔見つめていたいよなぁ、ほんと」

「くやしかった。おなかの子は気になったけど、死んでもいいって思ったくらい。もしかしたら俊一、流産狙いかなって、そこまで疑った」
 思い出すだけでも哀しい言葉だったのだろう、水絵の目から大粒の涙が落ちた。
「それならやってやる。死ぬんならおなかの子もいれて三人一緒だって、そう思って」
 無茶だ。生まれて初めてハンドルを握ってカーブの多い急坂を無事に運転できるくらいなら、自動車教習場など一箇所も要らないに違いない。
「シートベルトは?」と志津は聞いた。装着していれば頭部損傷は考えにくい。
「あたしはしたわ、窮屈だったけど、俊一がしろって」
「彼はしなかった…」
「いつもよ、きらいみたい」
 志津は目を瞑った。カーブを曲がり切れずガードレールに激突するシーンが見えた。
「あんたが悪いのよ、幸せだった俊一とあたしの間に入り込んで、かき回して、メチャメチャにしてえ!」
 水絵が急に物を投げつける真似をした。
「とりあえずわたしは悪者でいいわ。でもね、わたしどうしても不思議なの。あなたなぜ彼を助けようとしなかったの、なぜ救急車を呼ぼうとしなかったの、彼が好きだったら、いえ、おなかの子が彼の子に間違いないならパパになる人をなぜ見捨てたの」
「俊一、予想以上の出血で頭も顔も血だらけ、あれ見たら誰だって死んだと思うわ!」
「そう思ったとしましょう、じゃあなぜ、愛してた彼の遺体を残して逃げたの、変じゃない、矛盾じゃない?」
 ここが事件の核心だと志津は思った。
「あんたが運転してた」
「え?」
「あんたが運転したのにあたしがそこにいたら変でしょ」
「その場で、すぐにそれを思いついたとでもいうの、あなた。怖くて逃げて、あとで自分とその子を護るために、じゃなくて」
「そうよ、悪い?」
 志津の体に再び戦慄が走った。
「なによ、その顔。それって恵まれた人のものよね、いい? 聞いて」と水絵は続けた。
 事故原因が水絵の無免許運転で、しかも金田が死んだとしたら、自分は罪に問われ、どこからも救いの手はこない。たとえ金田が生命保険に入っていたとしても、妻でもなく、違法運転で保険事故を起こした当の水絵におりる金など一円も無い。だとしたら生まれてくる子はいったいどうなるのかと。どうやら謀って示談にもちこむ計画だったらしい。
「わたしにお金があるとでも思って?」
「たとえあんたには無くてもあの旦那にはあるでしょ。車だって国産だけど高級車だし、世間体を気にするお金持ちなら可能性は高いと踏んだのよ」
 会ったこともないのに「あの旦那」はない。
「残念ね、わたしの元夫は私を護るためのお金なんか払わないわ、絶対」
 哀しいけれどいまでは確信に近い。
「元夫?」と水絵が聞きとがめた。
「離婚されたのわたし」
 半ば微笑しながら志津はさらりと言った。
「あははは」と笑いを発した水絵は、さらに苦しがるほどにしゃくりあげ始めた。
 志津は黙ってそれを見ていた。大笑いしている者はほかにもいるはず…猛雄、姑、猛雄の愛人…そして自分。
「それでも許すの、あたしを。そんなふうにお上品ぶって。お人好し、バカみたい」
 おなかの子は男の子かもしれないと、志津は、水絵の攻撃的な態度からそんなことを想った。
 いずれにせよ児戯に等しい粗雑な計画だったことは確かだ。しかしその児戯が、ものの見事に志津の偽りの安定を破壊し去ったのだ。これを不幸とみるか、僥倖とみるかはこれからの自分の生き方にかかっている。志津はそう思う。
 羽月刑事によれば、金田の快復は比較的早いのではないかとのこと、なによりの朗報だ。ただ、水絵の話を聞いているうちに見舞う気持ちは喪失した。志津は自分で勝手に美化した金田に心奪われていたのだ。そうであればなおさらに、水絵のためにも二度と金田の前に立つべきではあるまい。
 志津は結論を出したあとで、一つ深呼吸をした。
「ねえぇ水絵さん」
「何、あらたまって」と水絵は構えた。
「すくなくてもわたし、あなたにかなわないものが三つあるわ」
「今度は同情からヨイショかさ」
 志津は笑顔を作って首を振った。
「まずあなたは子どもができたわ。女なら当たり前って思わないでね、わたしはできなかったから離婚されたの。こんどのことが直接の原因じゃないわ。だから念のために言いますけど、気にしないで。二つ目は、わたしよりも九つ若いわ。同じやり直すにしてもこの差は大きいわ。三つめね、あなたは命がけで必死に生きてるわ。わたしなんか足元にも及ばない真剣さで」
 金田が日意識を戻したことを知ってすべてを自白したことにもそれが表れていると思った。水絵は嘘が警察にばれることを恐れたというより、その嘘が金田の逆鱗に触れるだろうことを、誰よりも良く知っていたのだ。
 善悪はこの際措いておこう。志津は思う、水絵が金田を愛するように強く、自分は猛雄を愛したことがあるだろうかと。同様に、猛雄を命がけで自分のもとに引き寄せようとしたことがあるだろうかと。
 志津は女として、目の前の水絵に大いに負けているような気がした。
「余裕よね」
 志津の言葉を皮肉にとる姿勢は相変わらずだが、心なしか表情が和んできた。
「虚勢よ、精一杯の」
 本音だった。
 水絵が大きなため息をついたあとで、唇を何度も噛んだ。
「あんたの手紙ぐらいくやしかったものはないわ。どうしたらあんなきれいな字が書けるの、あんなふうにまとめられるの…俊一が夢中になるの、無理ないわ…」
「水絵さん」
「もっとおどろいたのは俊一が、さらさらってあんたに手紙を書いたことよ」
 簡潔で、しかもユーモアがあって、志津も感心した覚えがある。
「あたしには一回もくれたことない…そりゃそうよね、バカなあたしに合わせてくれてたってことでしょ」
 水絵の瞳と睫毛がいっぺんに濡れた。
 戯れに引用した短歌、行間に淡い恋心や憧憬をにじませた文章、確かに最初から最後まで、自分がいかに出来る女であるかを誇示し続けた手紙だったような気がする。
 志津は、自分の一通の手紙が一組の男女に与えた苦痛を思って萎えた。
 黙って涙を落とし続ける水絵に会釈をして志津は、ゆっくりと廊下に出た。
「いろいろな意味でご面倒をかけました」と、隣室から出てきた羽月刑事が言った。
「あの、嘆願書を書かせてくださいませんか、虚偽の告訴の方で少しはお役に立つかと思いますので」
 自分にも罪がある。志津は本気でそう思い始めていた。
 羽月刑事がぱちぱちと瞬きをした後、薄くなった髪を丸ごと見せて礼の言葉を口にした。 
 


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蛙声爺

Author:蛙声爺
文芸同人誌編集をしています。
考えるフクロウが理想。
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