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蛙声爺の言葉の楽園

. これらイブ? なんとか聖夜


 どちらかと言えば団塊世代には本当の意味のクリスマスは縁遠いです。幼少の頃は年代的にそれどころではなかったですし、「サンザンクロース」などと自嘲していましたでしょ、大人も。さらに、高度経済成長期は祈りなどとは程遠い盛り場の夜全開という感じでしたから。で、今は? 70歳の私に限ってでしょうけれど、家でボーッとしていました。宗教というものに比較的潔癖症が無い日本では、神道、仏教、キリスト教などにつき「楽しむイベント」として取り入れています。イベントなら「チケット」を買わずに不参加でいいわけで。第一、孫とか幼子が居るなら別ですが、ローソクなど灯そうものなら法事のムードに近づいてしまいます。
 ちなみにクリスマスにデートなどという若い時の素敵な記憶もないので、浸る思い出すらありません(泣)。

 というわけで、24日は午前3時起床と折角早起きしたのに、たまった「睡眠負債」を支払うべく炬燵猫のようにゴロゴロが基本の私でした。唯一、らしかったのは580円で買った赤ワイン。何気にイタリアでしたが、美味でした。
 いえいえ、忘れていました。実はYouTubeで偶然『1万人の第九』という動画を見つけました。2013年のものでしたが、総監督・指揮は佐渡裕(さど・ゆたか)、全国から集まった1万人がドイツ語でベートーベンの交響曲9番『合唱』を歌い上げます。最初は邦訳の無いものを鑑賞、次いでシラーの詩を理解したいので字幕で邦訳を入れている同日のコンサートも、別途探して鑑賞しています。耳でドイツ語の歌詞、意味は目で邦訳を。感動は2倍になりました。クリスマスキャロルではありませんが、「神」を想起させるこの日にふさわしい曲です。
 『喜び一杯に自分の道を歩め♪』、これにはしびれました。

 キリスト教と言えば、クリスマスには絡みませんが、女性に絡む思い出はありました。10代の頃、ペンフレンド(ペンパル)というものが流行っていました。「○○時代」とか「○○コース」とかいう雑誌が隆盛を極めていたころで、若かった私も長崎の女の子と文通を始めたわけです。あるとき手製のカードをもらったのですが、その中に『心貧しきものは幸いである』という言葉が入っていたのです。彼女はクリスチャンでした。私は人間性を批判されたと誤解をしました。「最低の心をもっている人って何か幸せよね」という意味にとったのです。のちにマタイ福音書5章にあるこの言葉がまったく違う意味なのだと知りました。この件はのちの文通にも暗い影を落とすことになりました。
 数年後のアルバイト先で、ある老人から『バイブル』を贈られました。クリスマスの時でした。辞退する私に彼が言った台詞は、いまも記憶しています、「『教養の書』としてどうぞ」でした。たしかこの直後にも前記ペンパルの件を思い出しています。
 私は無宗教主義ですが、人様の信教如何には興味がありません、つまり偏見をもったり非難をしたりしないのです。「だから私もほっといてくれる?」という意味もあります。それでも『教養の書』という言葉に感動して、布教とか折伏とか勧誘されてパンフを渡されると、新興宗教のものまで一応読んでしまいます。

 おしまいに、「クリスマス。今年もなーんにもなかったなぁ(笑)」



     城ケ崎

       「新しい写真が載せられるようになりました」贈り物かな


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蛙声爺

Author:蛙声爺
文芸同人誌編集をしています。
考えるフクロウが理想。
木内光夫のHPもよろしく。

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