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蛙声爺の言葉の楽園

. 「この目で見ている」は、本当に見えているのかな?


 『私はただみなさんのために・・・』と、視覚障害者のバリアフリー活動をしている音声ガイド制作者の若い女美佐子(水崎綾女)が言うと、弱視の元著名カメラマンの雅哉(永瀬正敏)が苦笑して彼女に斬りこみます。台詞をメモしきれていないので、ここでは彼の主張の主旨だけを爺なりに「翻訳」しておきます。『他人(ひと)の「ために」なんて思い上がりだよ、誰でも自分自身のために創作しているんだ。「ために」なるかどうかは他人が決めることだ』と。爺もまた、あらゆる創作に対する印象や評価は、鑑賞者それぞれのものでいいと思っています。さらに『いまのあなたの音声ガイドでは観る人の邪魔になるだけだ』と雅哉。言われた美佐子は内心憤り、方向を見失います。爺は観ていてこう思いました。美佐子さん、あなたは自分のためにやっているんですよ、それでいいんだ。ただ、やるなら質を高めないとね、やっている「自分自身のために」と。

 カンヌの常連になっている映画作家河瀬直美監督の『光』は、次のような特色がありました。①ほとんどの場面が暗い②台詞が少ない③顔(表情)のクローズアップが多い④説明らしきものが無い。②と④の特徴については樹木希林、永瀬正敏主演で元ハンセン氏病患者の社会復帰を扱った『あん』でも同じでしたね。①は光を失いつつある世界を描いている点③は人の目を扱っている点から納得しました。
 美佐子がやっているバリアフリーの映画ガイドは「ディスクライバー」というのだそうですが、これを前面に出して創ったこの作品は、2017年カンヌ映画祭で審査員特別賞を受賞しています。
 映画は①面白い②美しい③ためになる、のどれかに該当しなければ、爺は観たこと自体を後悔するのですが、この作品は、声を大にして③で、非常に良かったです。

 観ていくうちにいくつかの考えさせられる言葉がありましたので、爺なりの解釈でご紹介します。
 『見ていると見えない。見ていないと見えてくるものがある』
 自分が見えている人だという立場で映像のガイドをしていくと、視覚障害のある鑑賞者の邪魔になることがあるというのです。爺はこの言葉の後で自分なりに味わってみました。「目」って一体何だろう、映像を結んでいるのは、網膜ではなく実は、脳という名の心なのかもしれないと。そうでなければ映像の音声ガイドそのものが成り立たないからです。

 「失うことの美学、消えていくことの美学」とは、ある評論家の映画『光』のテーマ論。
 『生きたいと思っても死んでしまうこともあるし、死にたくても生かされてしまうことがある』
 どちらも「美」なのかもしれない。
 『老いてくるとね、生と死の境界がわからなくなるんだ』
 この二つは、音声ガイドの対象になった「劇中劇」としての映画の中から。俳優は藤竜也でした。
 境界がわからなくなってはじめて、人間は従容として逝けるかもしれません。

 ラスト近く、走り寄ろうとした美佐子に、ほとんど失明してしまった雅哉が叫びます。
 『俺は追いかけなくても探さなくても大丈夫だから。ちゃんとそこ(君の居るところ)に行けるから!』
 このときは既に、二人は心の目でつながっていたのでした。
 ちなみにこの作品、脚本も河瀬監督です。

 『説明はしない。(映画は)それでいいんだよ』(黒澤明)
 昔、北野監督との対談での北野映画への評の中で。 
 

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蛙声爺

Author:蛙声爺
文芸同人誌編集をしています。
考えるフクロウが理想。
木内光夫のHPもよろしく。

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