蛙声爺の言葉の楽園

. 目指すのは「一罰百戒」か


 大手広告会社を「被疑者」とする「過労死事件」につき、東京の簡易裁判所が検察官から請求された略式命令を不相当として「通常の裁判」へと移行させた。これは刑事訴訟法463条に依るが、検察側に言わせれば被疑者側から「略式手続によることについて異議がない」(同法461条の2)にもかかわらず下されたもので極めて異例だそうな。
 もし略式で行われたとすると「百万円以下の罰金または科料」となるが、大企業にしてみれば痛くもかゆくもない金額だろう。ちなみに当然「執行猶予」も可能なのだ。
 この簡裁判事の判断には少しだが興味がある。

 労働基準法違反の事案は巷にあふれかえっている。特に中小零細の企業では「厳格なコンプライアンスは経営自体を危うくする」として、多くの場面で「無視されてもいる」。しかしそれらを逐一摘発し裁いていくのは事実上不可能だ。そんな事情下で今回は著名な大企業なのだ。おそらく裁判所側は「一罰百戒」を企図したのではないかと思う。人権派弁護士ならこれを「社会への良いメッセージ」ととらえるに違いない。少なくとも一つのリーディングケースになることは間違いないだろう。いずれにせよこの裁判の行方は注目に値すると言える。

 「対価」を気にせず文句も言わず「長い時間」働きさえすれば「良い従業員」。この仕事に関する経済社会的風潮は強固だ。ここには最低でも二つの問題が潜んでいる。①「超過勤務」に対して対価を支払わない②対価を支払いさえすれば制限なく労働させてよい、がそれである。過労死は、①はともかくとして②の問題提起と考えてよいだろう。生きるために食い、食うために働いているのにその結果が死では話にならない。かといって過当競争の社会、営利至上の会社であれば、頑張らない・我慢しない人間は外され捨てられていく。この両者の「要求」のはざまでバランスを取っていくのは誰なのか、何なのか。それが問われているように思う。
 自分自身、上司(中間管理職)、経営者という『人』なのか。
 保護法規、監督署員、検察官、裁判官という法制度と官吏なのか。
確かなのはこれらのすべての関係者に「広義の保身」が絡まるということだろう。しかしだからといって、これを責めうる人間が果たしているのかどうかは分からない。
 
 一行にも満たない『簡裁の略式から正式裁判へ』という見出しが訴えかける内容は濃くて、そのうえ重い。
 


      濁流

       量と勢いを増せば増すほど水は濁るものだ。 「経済も」、なのか。
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文芸同人誌編集をしています。
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