蛙声爺の言葉の楽園

. 見えない「風」が見えてしまうとき


 イギリスの詩人クリスティーナ・ロセッティに『風』という作品がある。『誰が風を見たでしょう 僕もあなたも見やしない けれど木の葉をふるわせて 風は通りすぎていく』という詩で、小学校か中学校で習った記憶がある。
 唐突に思い出したのにはわけがある。今日メモ用紙に、こんな文章を書きなぐった所為なのだ。


  この1年が、というのではなく
  このところ、などという曖昧なものでもなく
  「今日」というこの1日が、わけもなく心寂しいときがある

  この歳になっても
  いや、こんな歳になったから

  そんな日は、風が見える
  動かされている葉っぱや枝ではなく、
  風そのものが、目に見える
  
  ・・・わたしを見知らぬところへと誘う風



     風が見える

        風が見えると枝葉は止まる。「風が心の目の方を動かすからだ」

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蛙声爺

Author:蛙声爺
文芸同人誌編集をしています。
考えるフクロウが理想。
木内光夫のHPもよろしく。

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