蛙声爺の言葉の楽園

. 「博士と彼女のセオリー」

 なぜ心は肉体を必要としているのか。心だけでなぜ立てないのか、歩けないのか。ここで言う心を「愛」と入れ替えてもいい。
 爺は原題「The Theory of Everything」という珍しい映画をDVDで鑑賞した。サクセス・ストーリーでも、いわゆる病気ものでも、純愛映画でもない。かと言って伝記映画とも言い切れない、どちらかというと感情移入しきれない「厄介な映画」である。見ながら想起したのは、ご存じの方もおられるだろう『ジョー・ヒル』という作品だった。「省略法」を駆使した、乱暴な言い方をすれば独りよがりの素っ気ない物語だ。
 実在の人物でしかも存命中、さらには高名。この主人公のもてるものが、そうさせているのかどうか。理論物理学者スティーヴン・ホーキング博士を演じたエディ・レッドメインがアカデミー主演男優賞を受賞したのに、ノミネートされていた同作品賞を逃したわけが解かったような気がした。

 レッドメインは凄かった。筋委縮性側索硬化症という難病を抱えた主人公の肉体を表現しつくし、知性と悲しみを綯(な)い交ぜにしたいわく言い難い眼差しを最後まで見せてくれた。妻にジェーンを得、子を3人も成し、ケンブリッジ大学博士号をとり、同大学教授になり、「ブラックホールの特異点定理」などで学問上の栄誉を恣(ほしいまま)にしながら、ついに「癒される」ことがなかった瞳。うっかり涙ぐんでしまった。

 作品の中でも友人との会話で明るく示しているが、筋委縮性疾患でも子作りのための支障はなかった。勃起は筋肉で起こるのではないからだ。このシーンは、観客の「はてな」に応える役割をもつ。もう一つ、最初に倒れた際に、「運動ニューロン疾患」と判定した医師からも言われる事実が重要だ。この病気で「脳は影響を受けない。思考力も」がそれ。さらに「余命2年」と宣告された彼は、途中で進行がとまり、長い「生」を享受している。医師の判断はあくまでも、「その時点での医学的見解」だと言うことは、しっかりと抑えられるべきだ。不治の病も難病もいつか、『普通の病気』になるときがくるのだ。これは「尊厳死」を議論する際に忘れてはならないことだろう。映画の中でも、妻のジェーンは医師にその実行を勧められている。もちろんジェーンは激しく首を振ったが。

 物語はラストに近づくにしたがって観客を「困惑」させる。妻のジェーンは音楽をよくする神父ジョナサンに心惹かれ、声を失ったスティーヴンもまた、無声伝達法などの介助役の女性エレインに恋をする。結果博士夫妻の離婚が成立し、ジョナサンは「ジェーンの二番目の夫」に、エレインは「スティーヴンの二番目の妻」と化する。
 愛の「宇宙」について語るとき、博士の台詞をパクれば「唯一の、シンプルで、エレガントな方程式」はないものか。
 それともこの映画はこう言うのだろうか。「愛しているから苦難も辞さない。それは結婚についても、夫婦生活についても、さらには離婚や再婚についても貫かれている」と。 
 『ホーキング、(愛の)宇宙のすべてを語る』
 ――それでも、ぜひ観て欲しい映画の一つである。


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Author:蛙声爺
文芸同人誌編集をしています。
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