蛙声爺の言葉の楽園

. 山籠もりは原点

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      40年ほど前山籠もりした頃の武川村里山の山荘。季節は初冬

  今にして想えば、かなり無謀な計画だった。一カ月の全生活費が3万円足らずなのだ。しかも厳しい季節に入居している。あまりの「暴挙」に、心配してくれた人が軽自動車スズキのキャリーを譲ってくれたのだが、これが「命の綱」になった。ただし雪が降れば、食料調達は徒歩になる。村の直近の「よろず屋」までの道は場所にもよるが現在(いま)と違って、河原と大差が無い山道だった。飲み水は沢から汲み上げて保存。トイレは大小とも小屋の外で済ませた。真夜中の小用がすこぶる気味悪かったのを憶えている。不思議だったのは視覚、聴覚など五感が鋭くなったことだ。言い換えれば野生動物に近くなっていく感じ(もっとも排泄はまさに野生そのものなのだが)。入浴はほとんど無し。二た月に一度程度、比較的近い鉱泉藪の湯に行くだけだった。普段は沢の水を汲んで来ては、堅絞りにしてタオルで全身を拭いていた。
 季節が良い間はよく野草を食べた。「食える草を憶えるより、食えない草だけを憶えた方が賢い」と人に聞いて、「なるほど」とうなずいた。採って来てはお浸しか天ぷらにする。空腹でものを食べる「しあわせ」をこの時に学んだ。体が欲しているかどうかにかかわらず、時間で食事をしていた過去しかなかったからだ。
 いまでも、「贅沢な欲求」に支配されそうになると、当時の経験を思い出して自戒している。 

 *******
 短編小説『くぐもり声』

 2
 小屋を出て五十メートルほど雪中を歩行しただけで、全身が汗みどろになった。
『なぜこんなに道が狭い…』
 雪を積んだ篠竹が重さに負けて、全員がお辞儀をしているからだと、すぐに気付いた。目の前の「一人」が耐えかねて、頭の上の雪を振り落した。曲がっていた背は真っ直ぐに伸び、勢い余って隣の背高な仲間を叩いた。
 細かく分かれ飛び上った雪が、風に乗ってやってくるのを、避(よ)けもせずに顔で受ける。
 ――「これ、長野じゃ美篶(みすず)って言うのよ」
 急に京(みやこ)が頭の中で喋った。『美篶刈る信濃の国の千曲川』。そこから先の歌詞は知らない。形のいい唇を自在に動かして、京は澄んだ声で唄った。
 彼女に見惚れたときから先は、記憶が欠落している。
 ――気が付くと、篠竹が雪を振り落す連鎖は、遥か彼方まで続いていた。飛散した雪の子らが景色を切り取って、霧の中へと誘(いざな)ってゆく。
『引き返そう。先が見えない』
 踵(きびす)を返す俺の目に、熱い涙が噴き出した。
『もう食い物なんて必要ないんだよ、バカが』
 
 
 深さ一尺の雪の上を普通に歩ける。氷点下五度という気温が積もった雪を凍らせせているからだ。
 静けさにも音がある。暗く沈んだものを抱えこんでいない人には聞こえない音だ。
 夜空には無数の穴が開いている。心清らかな人たちはそれを星と呼ぶ。
『月も? いや、月はどこまでも月だ』
 しかしそれも太陽が出るまでの主役。間違って空に居並ぶときに、月は恥じ入って赤くなるから。
 不覚を取って滑った。
 大事に持っていた便箋の束が氷の上を走る。
 回る。冷たく固まった雪の上を。ジタバタして、イヤイヤをして、グルグルと手を回して。
「燃やせ、未練の紙くずを」
 誰かが言った。いや、自分だ。ごまかすな、俺自身だ。
『もう手に持っているんだよ、偉そうに指図するんじゃねえ』
 ライターが光を、くれるんだ。心を縛り、絶望のどん底へと突き落す、美しい文字からの解放を。
 火が付くと、紙は黒ずんで縮み、紫煙を放って、苦しみだす。爆発的な炎上はそのあとだ。自ら燃えることで宙に浮く。飛び立つのだ、手紙が。京(みやこ)の香りが。優しさが。
 手紙を重ねておいて横から火を放つ。
 何枚も何枚も、燃えて飛ぶ、を繰り返す。舞っているのは紛れもなく紙の上の恋。
『よし、一緒に回ろう』、立ち上がって、『立ち上がってだ!』
 叫びながら、突っ伏して泣く。涙が止まらないのだ。何が哀しいのか、俺自身が分らない。 
 白く冷たい雪と赤くて熱い炎の狭間に。いま、この真っ黒な景色の中に――独り、俺がいる。  

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comments
230. 紫水晶 さん
こんばんは。

相互リンクありがとうございます。
「リンクする」=「つながる」事だとブログを始めた頃
友達に教えてもらいました。
これからもよろしくお願いします(´▽`*)
2015-08-25 20:52:33 | [編集]

231. 蛙声爺 さん
 こちらこそ、世界が広がります。
 ひとに教わりながら、ブログやHPで工夫をしています。その歩みは蛙ならぬカタツムリですけどね。とにかく前へ、です。
 訪ねてくださったら、カテゴリ「アニメ」と「コミックス」をさかのぼって覗いてもらえると嬉しいです。ありがとうございました。
2015-08-26 05:59:20 | [編集]

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蛙声爺

Author:蛙声爺
文芸同人誌編集をしています。
考えるフクロウが理想。
木内光夫のHPもよろしく。

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