蛙声爺の言葉の楽園

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 或る子猫の死

 通勤路にある廃屋の傍らで、野良猫が子どもを産んだ。親は日浅くして立ち去り、子猫だけが残された。確か三匹ほどいたはずなのだが、いつの間にか配色の悪い不細工な一匹だけになった。
 ある日私はフッと気づいた。「こいつ4か月も経っているのに全然大きさが変わっていない」と。一層気にして見るようになった子猫の姿。何かをかじっているので近づき、「彼女」が逃げたあとを見ると、枯れた木の根っこがあった。さらに数日後、また何かをなめているので近づくと、跡には錆びてちぎれたトタン板があった。ひもじいのだ。
 私は野良の子の生命力に衝撃を受けた。たぶん他の2匹は飢え死にしている。子猫の「死んでたまるか」という強い意志を感じた。
 後日「彼女」は、憐憫(れんびん)の情にかられた猫好きの老婆に引き取られた。何日か後でその老婆に出会ったので様子を聞くと、少しは餌を食べるが、なかなか警戒心を解かないとのこと。子猫も、にわかな環境の変化に順応できないでいるのだろう。
 この、幸せになったはずの子猫は、獣医に診せ、不妊手術もし、諸々配慮をつくしたものの、ひと月足らずで突然死をした。拾ってあげたときと、ほとんど同じ大きさだったという。

    (み)という編集者名で執筆『岩漿21号』の埋め草(平成25年)


 下の写真は、伊東市松川の川底に根付いた芙蓉(ふよう)の一叢(ひとむら)です。大雨の時季に、必ず一度は濁流に呑まれ水没してしまうのに、くじけずに毎年立ち上がり、沢山の花を咲かせます。
 ちなみに青い花は琉球朝顔。「この子たち」も水没と復活を繰り返し、あちこちで繁茂しています。
 生きていくための強さとは、いったい何なのだろう。
 人間の心を寄せ付けなかった野良の子猫は、強かったのだろうか。
 たまにはこんなこと、考えてみたくなります。

   川底の芙蓉

 
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Author:蛙声爺
文芸同人誌編集をしています。
考えるフクロウが理想。
木内光夫のHPもよろしく。

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