蛙声爺の言葉の楽園

. 山梨の「むかわ」は稔っていた


 8月27日払暁に出発し、29日午後1時に帰宅した、2泊3日の北杜市武川の山荘訪問が終わった。
 韮崎病院への兄の送迎、生活用品の仕入れ、花畑管理のヘルプ、屋内の整理整頓、越冬用の灯油の仕入れと搬入などがミッションだったが、今回は期せずして自分の体力の減退を知る契機となった。

 車止めから山荘までの間の山道をネコを押して往復する作業。花畑の赤玉土、土間に敷く白いガーデンストーン、18-20リットルの灯油缶等の運搬がそれだが、足腰と心臓の脆弱さを思い知ったのだ。日常的に散歩と上半身の筋肉トレーニングをしていたにもかかわらず、1年前とは雲泥の差だった。湿度90%も堪えたが、要は肉体をいじめていなかったということだろう。古希にしていじめるもないものだが、もう少し日々の運動量を増やそうと思った。

 一方で現地では集中豪雨もなく日照時間も適当な具合だったということで、いわゆる「むかわ米」は順調に稔っていた。ぜひデジタルカメラで撮ろうと思っていたのだが、「あとで」を繰り返しているうちにすっかり忘れて帰宅した。
 じつに老人らしくて嬉しくなる。
 最終日に下痢をしたので、帰宅後2日ほどダメージが残った。これも高齢のゆえか。



      石空川の渓流

        石流れ木の葉沈むと言われる人の世で、浄めようとて身の置き所も無し

. 聴力所見ありから4年


 設備係の仕事が長くて、騒音の中に居たせいで耳が遠くなるのが早かった。
 4年前に左右の耳の高低両方の聞き取りに「所見あり」とされた。
 いまはもうほぼ難聴に近い。
 テレビの音量レベルをかみさんの基準数値より10も上げないと聞き取れない。私が聞こえるレベルにすると健常者の年寄りにあたるかみさんが苦痛になるので、必然的にテレビから離れることになった。いまはすべての情報はネットで賄っている。ヘッドホンが使えるからだ。そうしたら偏向テレビ放送では得られない知識が一気に押し寄せてきた。難聴の功徳、その1である。

 次いでレンタルビデオでの映画鑑賞が不可能になった。
 台詞がほとんど聞こえないのだ。上記音量レベルは50にしなくてはならないが、それでは「公害」に等しい。
 先日500円で旧作5本を借り、1本目で「引導」を渡された。4本未使用のまま全部を専門店に戻しに行くことになった。これからは厳選して映画館に行くか、中古のDVDを買ってパソコンで鑑賞するしかないだろう。それはそれで、やたら見まくるより少しは知的か。「功徳」その2である。

 頭のリハビリのための長編小説執筆については前の方のブログで記事にした。
 聴力異常なので、執筆に集中することになった。呆としているのが恐怖だからだ。結果としてはかどることになった。下記の進捗度のとおり、予定より早く400字詰め300枚に達している。昨日のことだ。功徳、その3である。

 失ったものを哀しむより、まだ残っている能力に感謝して前に進みたい。



 【リハビリ進捗度⑤】8月20日から26日
  長編小説400字×57枚進む (到達度⁂400字×300枚) 約60%


. 「自分」三昧で選ぶブログフォト

 
  ブログのために撮った写真の中で、少しこだわったもの6枚を選んでみました。
  「自分が好きな写真」の第2回になります。
  コメントの2段目は関連「ダジャレ」です。




      和風2

     ほんとうは路地の石畳を撮るつもりでしたが、目線を低くしたら竹が綺麗で、つい浮気。
     竹が干されて割られて縛られて一言、「チクショウ(竹生)」




      冬木立
 
     同じところを何度も通りましたが、日差しが入って日本画風に見えたのはこの時だけ。
     「日本がーっ」は日本ファースト、それともあの国カンコク?





      太陽と芒

    真昼の月とススキがイメージできました。太陽の位置と周りの淡い雲が創った不思議。
    ススキは薄と書いて薄い、じゃあ濃はどんな草なの、答えは「NO!」




      亀

     石と亀の「絵柄」は数種ありましたが、三匹の絡みが一番面白かったのはこの石の上。
     虫を三つ重ねた蟲もムシ、亀は三つ重ねても「かめへん」(但し関西)




      光と水

     現場ではもっとキラキラ。川底と水面のどちらにピントを合わせるかで迷い、この程度。
     映るのは川底で決まり。ソコまで気づかずウロウロ




      水鏡

       雨水が作った水鏡。落ち葉と樹々と雲と、どれが欠けても困る「絵」。
       手かがみ、水かがみ、合わせかがみ、前かがみ。顔が映らないのはどれ    
    
 

. 「キレる老人」自分自身へのイライラが原因かも


 ネットで昨日、全国紙に載っていたという記事を見て考え込んでしまいました。
 『人は孤立すると攻撃的になる・(キレる高齢者=暴行摘発10年で○○倍)』
 この倍数が2ケタだったのです。
 もっとも衝撃的だった事例は、タバコの吸い殻を道に捨てた老人が小学生に注意され怒ってその子の首を絞めたというもの。暴行段階にとどまったとしても信じられない暴挙です。その子の不信と怒りが老人全体へと向けられることがないよう祈りたいと思います。

 報道などによると、いまの若者は高齢者に対して批判的で、極端な老人不要論すら散見されます。
 なぜなのでしょうね。以前「敬老の日」についてのコメントで、「年をとっているというだけでなぜ敬わなくてはいけないんだ、バカげている」という若者の意見をネットで見ました。言葉を失ったものです。
 「いまのこの素晴らしい日本を築いたのは私たちの世代だ。それを何だ」と怒ったとしても、「どこか素晴らしいんだ、バカヤロ」なのかもしれません。昔より今の方が数段豊かで平和で優れていると新旧比較できるのは、残念ながらいまの高齢者だけなのですから。

 ほんとに個人の見解ですが、高齢者が「イラ立っている」のは目の前の「相手」なのでしょうか。私は広い意味での「常日頃の自分」になのではないかと思っています。昔のように体が動かない、頭も五感も同様、胸を張れる何事もしていない。接する相手は礼も尽くさず敬いもしない、大事にもしてくれない。いちいち自分の中の「昔の自分」がイライラして怒っているのではないでしょうか。そう思えてなりません。
 その爆発のスイッチは小さいこどもでも触れられる高さに、無数に付いているのです。小学生は不幸にも事例の男性のスイッチを押してしまったのです。極端に言えば、まだ乳幼児の孫が寝ている間にその老人を足蹴にしてしまったとしましょう。そんなことでも起爆しそうな気がします。
 もっと「心ゆったり」とできないものでしょうか。殺伐としたものを感じるニュースでした。

 相手もそういう老人の相手で頭に来ることが重なると過敏になってきます。私もやられました。カーテンを2組ホームセンターで注文したところ、受け取り期日に見たのは1袋。私は静かに「たしか2つ注文したのですが」と言うと、伝票を見て「いいえ、1つになっていますよ」と普通の口調での返し。「あの、確かめてもらえませんか」と重ねたところ、係の女性の態度は豹変しました。私はその瞬間から老人クレーマーに分類されたのでした。言葉が棘だらけになったのです。「もういいです」と引き下がり、後で開封したところ、なんのことはない2組が1袋になっていただけでした。私は耐えましたが彼女も半日は不愉快だったでしょう。

 結局のところ「心の棲み処」が荒れてきているのかもしれませんね。
 これからはもっと…もっとですかね (*´ω`)┛




     雑木

        まっすぐに伸びた樹々も「強風」が吹けば互いにぶつかる


. PCリサイクルの前にパソコンの中を覗いたら


 使わなくなったデスクトップ型パソコンを「PCリサイクル」に出すことになった。
 その前に1度中を見たいと思い、埃をかぶるのを覚悟でなんとかカバーを外してみると、中はまだ劣化しているとは思えないほど綺麗だった。もちろん予測を裏切らない展開で、しっかりホコリを吸ってゴホッと咳き込んだ。あわててコーヒーを飲んだが、「お茶だろう、のどの保護なら」と遅ればせながら反省。

 「へえ、こうなってるの」とか分かった風な言葉を吐いてメモリを探して2枚取り出した。下の写真で、メーカー名を隠すために置いてしまったが、細長いメモリで「ダイナミック・ラム(DRAM)」という名前らしい。コンピュータの主記憶装置に使う半導体メモリだ。こんなものであれやこれやをどうして記憶できるのか? 考えても仕方ないので「ふーん」で終わらせた。私たちの机上に載っているパソコンは、昔、米国のアポロ計画で宇宙に飛び立ったマザーコンピュータより能力が高いのだとか。たいへんな世の中になったものだと思う。「いったい君はそれほど凄い機器を何に使ってるのか!」というお叱りは勘弁していただいて、次に進む。

 パソコンと言えば、日本の宇宙ロケットの打ち上げは最終的に1台のパソコンで発射できるまでに技術が進んだとか。
 8月19日14時29分、三菱重工とJAXAが共同開発したH2Aロケット『みちびき3号』が、種子ケ島宇宙センターから打ち上げられ、高度420キロ上空で分離、軌道に載せることに成功した。ネットで発射シーンを視て少し興奮したものだ。日本版GPSの構築に貢献するものだという。今回で3機軌道に乗ったことになる。今年中にもう1機上げるそうな。凄い話だと思う。

 PCリサイクルから文字通り飛んだ話になったので、このあたりで失礼したい。



 【頭のリハビリ進捗度④】8月11日-20日/
   長編小説400字×73枚進む  (到達度*400字×243枚)約48.6パーセント


      パソコン開き

        ちなみに化学の雑巾でホコリは除去したあとです。
        真ん中の500円玉は爺の小遣いです(^-^)/


. 日々もらう退屈しない「古希の証明」


 絶望的でスリリングで、どこか間抜けな「古希証明」が毎日のように胸元に届きます。かなり重いので受け取る時に衝撃が走ります。
 何の話か、ですって? 
 羅列したエピソード、もしかしたら同年齢の人に笑いと「仲間意識」を与えられるかもしれませんので「GO!」します。

 ある朝、姿見を見たら仰天。右の頬がむくんでいました。両頬がそうなら何とか福々しい感じになっているでしょうに、片側だけでは言わば「こぶとり爺さん」。原因はおそらく右上の奥歯の亀裂から歯茎を通って黴菌が侵入したのでしょう。昔、尊敬する歯医者にこう言われたことがあります、「歯医者はいいね、命にかかわらないからというのは嘘だ。特に上の歯は脳の中枢部に近いから治療を誤れば致死もある」と。恐る恐る容疑者たる奥歯の歯茎を触ってみると激痛、恐怖心が襲ってきたものです。
 腫れが引くまで4日もかかりました。

 早朝のコンビニでまたまた財布を落としました。ウエストバッグのチャックを開け眼鏡を取り出して新聞の棚を見始めたのが災いしました。店内を回っているうちに大きく口を開けたバッグから飛び出て床に落ちたようです。お金以外のものがたくさん詰まった財布のこと、大きな音だったでしょうに全く聞こえませんでした。もはや難聴に近いようです。そして今回も他のお客さんに教えてもらったのでした。日本て、とてもいい国です。いい人が圧倒的に多いからです。

 リハビリを兼ねて長編小説を書いています。これは一昨日のことですが、2時間ほど集中して物語の中に入り、400字詰め原稿用紙で7枚分を打ち込みました。脳に送られるブドウ糖が激減したのか頭がボーッとしてきまして、ハッとしたときには異変が起こっていました。どこをクリックしてしまったのか、7枚分の文字のすべてが消失していたのです。「え?」と茫然自失。書く人ならご存知でしょうが、同じシーンは再度書けても同じ文章表現はできません。この日はその後、何も書く気がしませんでした。
 翌日は「書き直せ」と頭の中の「編集長」に駄目出しされたと思えばいいと気を取り直し、倍の15枚をクリアしましたが、いまだにどこを押してしまったのか思い出せません。

 昨夜のことです。22時に眠りに就いたのですが何と23時に目覚め、その後も0時半、1時半、3時と目覚め、いつもの4時過ぎに起床しました。みた夢は5本、もちろん筋はしっかりしていたと思いますが、起きてすぐに忘れました。頭も体も重く、散歩に出てようやく「目覚め」ました。はやりの「無呼吸症候群」を疑いましたが、医者に行って症状を訴えても「ま、歳ですから」で終わりだろうと止めました。昼間机に向かっていて睡魔に襲われた回数は3.。座布団を並べて横になると気を失うように眠りに入れるのです。もちろん5分か長くても10分の睡眠で済むのですが。何かアブナイ感じがします。

 以上掛け値なしの「ダメオ」くんでした。



     あんた誰

         「ちょっとあんた誰?」  「あなたもわたしもサギですが、それが何か?」


. お盆の日々の東亜の情勢か?


 
     猫と鷺




 奇妙な光景だった。流れの中の石で身動きできない猫。揃って泳いでいたのに猫に対峙して凍りついた鴨たち。離れた石の上で視線を逸らせ、猫を警戒するアオサギ。
 まるで8月15日の国際情勢を思わせる配置で苦笑、シャッターを切った。ただ明るさが不足して、この捉え方にピントが外れているおそれは多分にある。また、どれがどの国なのかは見る人による。
 緊迫感にあふれているわりにはコミカル。三者ともひとときの「休暇」を楽しんでいるようにさえ見える。
 人々の暮らしと経済の流れに似た川は、猫を閉じ込め、鴨の身を浮かせ、サギの喉を潤して、たんたんと流れている。
 夏だと言うのになぜか暗く、空気は冷たい。


     猫と鴨



野良はどこから松川に下りたのか、なぜ石に渡れたのか全く不明。午前5時40分。   


. 「御巣鷹山」と飛行機に乗らない私


 TVの報道によれば、巷では長いお盆休暇ということでエアポートは、飛行機で海外に飛び立とうとする人で溢れかえっている由。そんな中で、520人が死亡した1985年の日航ジャンボ機墜落事故を知る人にとって今日8月12日は特別な日に当たる。32年も前の話だ。当日私は今は亡き母と二人でテレビの事故報道に釘付けになっていた。
 
 群馬県上野村の御巣鷹山尾根に墜落した飛行機事故は、機長をはじめ乗務員のミスが原因ではなく、外国業者の修理ミスが原因で飛行中に圧力隔壁、垂直尾翼などが破損したからだ(航空事故調査委員会推定)という。私は『ダッチロール』という言葉を初めて知った。墜落死に向かい真正面から恐怖に対峙した人たちの数十分という長さを想うとき、目を瞑らざるを得なかった。奇跡的生存者は4名、その中の1人12歳の少女が救助隊員に抱かれヘリに吊り上げられるシーンは、いまもハッキリと憶えている。
『あんなに重くてどでかいものを宙に浮かせることが間違いなのだ』
 長らく抱いていた疑問は私の確信になった。
 飛行機に誘われるたびにこれを口にすると、つねに「いまどき?」と失笑された。
 70歳になった私だが、まだ1度も飛行機に乗ったことが無い。乗ろうとしたことが無いと言う方が正確か。

 13年ほど前に、人事権のある上司から出雲大社へ行く慰安旅行に誘われたのだが、往路は「羽田から飛行機で」だった。丁重に辞退したことは言うまでもない。どう物理学的に説明されようが「浮く方が不自然なのだ」( ̄^ ̄)ゞ
 その後退職になったことも、これまた「言うまでもない」ヽ( ´_`)丿。
 このあたりは、TVドラマ『のだめカンタービレ』のフライト・トラウマ千秋先輩より重症だと思う。

 この事故に関しては数年前に横山秀夫原作の『クライマーズ・ハイ』を観て、想いを新たにしている。
 あえて救いを探せば、この事故から現在に至る歳月の中で、救助組織や救助機器が格段に充実したことか。当時はヘリによる夜間捜索のためのサーチライトも不十分だったらしい。
 遺族はいまも慰霊のために御巣鷹山に登るという。
 あらためてご冥福を祈りたい。



 【頭のリハビリ進捗度③】長編小説7/30-8/10 400字×69枚進む (到達度400字×170枚)
          読み返して校正・推敲する枚数が日ごとに増えていく「恐怖」あり。




      家族

          「家族」を創り続ける彫刻家 重岡建治作(伊東)


. 過去にいざなう和太鼓


 按針祭の伊東太鼓合戦をかみさんと「なぎさ公園」まで観に行った。昨夜18時から21時まで3時間にわたるイベントで、最後の10分間は会場近くで打ち上げる花火だった。

 和太鼓には特別な感情がある。40代のころ『御伊豆太鼓保存会』の事務局長をやっており、しかも打ち頭に誘われて大太鼓の一種桶胴(おけどう)を担当していたのだ。毎日30分、夕食を終えた観光客にロビーの浮き舞台で、創作太鼓を無料で披露する。汗でびしょぬれになった体を温泉に入って清め、21時頃宿舎に帰る。仕事は管理部の総務だった。勤務は連日拘束10時間を超していたが、伊豆暮しで最も充実した日々だった。

 7チームが技を競ったが、どこがどうだったとは言うまい。ひたすら懐かしむ自分がいた。
 腹に響く太鼓の音の中でかつて打ち頭が口にしていたいくつかの言葉を思い出した。
「太鼓にはリズムはあるがメロディはない、洋楽のような楽譜もない」
「大小、強弱、緩急で聞き手にメロディを感じさせたら成功」
「大事なのはバチさばきと振りのキレ。これが無いと太鼓が死ぬ」
「呼吸が合わないと成り立たない(指揮者はいないのだ)。チームワークは必須で演奏の命」
「空間にも、音を出さない無音にも<音>が有る」
「かっこ」付け過ぎだった打ち頭(^^♪

 いまごろどこで何をしているのかと、かつての太鼓仲間を想う。
 勤務していたホテルも保存会も、とうの昔に消えている。

 短かかったけれど、「締めの花火」がいつになく綺麗に見えた。



     オブジェ

              私の中では開演前から桶胴太鼓が鳴っていた

. 出会いの門は開けておきたくて


 もうひと月以上になりますか。ランキングから離れていましたが、或る日、ランキング一覧画面から時々訪問していた他所様のブログを見たいと思って「はて?」とつまずきました。
 結局、「プラグインの設定」から入って消去しておいた「がんばるシニア」のバナー部分の「表示する」をチェックするしか方法が見つかりませんでした。ブログ画面左端のフリーエリアにバナーを復旧させたわけです。
 バナーを押して一覧に入ると自分の「ランキング」に入れる「とびら」が出てきましたので試しに入ると「IN」ポイントが10と出ていました。自分がバナーを押しても1日1回だけはカウントされるんですね、思い出しました。
 そこで思ったのです。順位そのものよりも「知らない誰かが訪問してくる」可能性を維持するために、低位でもいいのでランキング欄に顔を出しておこうと。自分で毎日1回バナーを押していれば1週間で「IN70」になります。「がんばるシニア」だと15位から20位の間ぐらいに載る勘定ですね。これで「お客様用の門」の完成です。
  こういうランキングの利用法があってもいいと思うのですが、いかがでしょう。

 いま伊東は夏祭り「按針祭」の真っ最中です。8月10日まで続きます。
 ただ変な台風5号が邪魔をしに来そうで心配です。
 私は決めた運動と散歩しかせず、あとはパソコンに向かってひたすら長編小説執筆に勤しんでいます。もともとがアウトドア派なので『お祭り』が気になるのですが(^^♪ 
 



     城ケ崎

     吊り橋の上から撮影するとピントの狂いは私ではなく「橋の揺れ」が責任を負います(^-^)/


. 宛先の無い手紙


 お元気ですか。僕も元気です。
 10代のころ、こんな出だしで便りを書いていたような気がします。相手に質問しておいて返事の内容が分からないのに「私も」って書いている不思議。でもそれは「元気に決まってるよね」という願いにも似た想いだったのかもしれません。手紙を受け取った相手も「元気」を前提にされては、否定的な返事は書き難いでしょうから「まいったなぁ」と笑顔になれますし。

 思い出の中のあなたの顔が年をとっていません。鏡の中の今の私は無残な年寄り(^^♪ですが。
 これでは「逢いませんか」などとは言えませんね。一緒に歳を重ねる相手というのはごく身近な人なんです。遠くなった人は、最後に会ったその時のまま心に仕舞われています。
 自分だけが戻れない歳月って綺麗です。もっともこれ、お互いさまかも(´・Д・)」

 じつは絵を描くの、やめてしまいました。もう半世紀にもなります。いえいえ反省期でなくて50年。あのころは年賀状に一人ひとり淡彩画的なカットを描くほど好きで、得意だったのにね。全国防火ポスターコンクールで特選になって六大都市で展示されたことがあって、勘違いしたのか工業高校のグラフィックデザイン科を希望したりして。美術の先生に連れられて受験先を訪問したら一言で門前払い。「赤緑色弱ではどんなに軽度でも駄目です」・・・以後絵はうらみの対象になったようです。
 この間孫に女の子の絵を描いてかみさんに手渡したら「これパソコンのを真似して写したの?」と。上手と言われたのかズルイと非難されたのか。いずれにせよオリジナルとは思わなかったようで( ̄^ ̄)ゞそう、彼女は私の絵心を知らなかったのです。

 最近頭が少しトンチンカンになっていますが、ものの本によると「自覚しているうちは軽度」だそうで少しホッとしています。でも、と私。「重度になると自覚もできない」なら苦痛も感じないでしょうから軽度のうちが一番本人としては「苦しい」わけで、「なんか納得いかない」のですが、どう思いますか?

 あ、そうだ、用件忘れていました。
 50年前に返すの忘れていたハンカチを郵送しました。複雑な柄があったはずなのに漂白してしまったのか白くなっていました(^-^)/ご容赦ください。
 万一私と同じ歳になっていたら、くれぐれもご自愛を。



      伊東大川

              遠くは輝いて見える
. プロフィール

蛙声爺

Author:蛙声爺
文芸同人誌編集をしています。
考えるフクロウが理想。
木内光夫のHPもよろしく。

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