蛙声爺の言葉の楽園

. 雲には何も問わない

 


       朝陽

        「鏡」さえ手にすれば人も、独りで二人になれる
        いま在るがままの自分と、それを見詰めるもう一人の自分と



     朝陽に訊く
     輝き続ける自信はあるのか

     夕陽に訊く
     これきりだという不安はないのか

     雲には何も問わない
     泣いたり怒ったり消えたりと自在だからだ

 

. 近況と言う名の記事にてご容赦


 メールチェックをしていたら中学時代の同窓サークルから「ゴルフコンペ」の連絡が入っていた。私はゴルフをしたこともないし当然サークルにも入っていない。何かの手違いなのだろう。それにしても、「老人格差」を目の当たりにしたようで思わず「フッ」と笑った。人生には自分の道と他人の道の二つしかない。その都度の選択を否定したら過去にさかのぼって「自分」そのものが消失してしまう。肯定して「いま」を生きようと、想いを再確認した。

 昨日で、執筆しだした長編の原稿が400字詰め101枚に達した。13日間の進捗度ということになる。日々の執筆時間と前日までの原稿再読時間がほぼ同じくらいになっている。結果、1日の「自由時間」の大半が小説のために費やされることになった。少しでも頭のためになるだろうとアルコールも完全に断った。
 「情熱で書いて理性で推敲する」 あれこれ悩まないで心が命ずるままに、とにかく書き綴る。プロットは2年もの間、迷いながらも創り続けていた作品なのだ。
 日々実行度がバラバラだった散歩と筋トレが綺麗に整った。
 目の健康のためにパソコン画面を見詰めるのを必須のものに限定し始めた。結果としてブログの更新度は、やはり減ってしまった。

 5000から10000という歩数の多い散歩はできるだけかみさんと行く。仲が良いからではなく(^^♪お互いにだが、途中で体調が崩れたときのことを考えてのこと。あれこれ話し合うことで、会話能力の減退を遅くする効果も期待している。
 それにしても、進む「カレンダー」の速さが怖い。
「老い」とはこの「時を失う速さ」のことなのかもしれない。



     木の根

               人の根も老いて露わになるという

. 頭の中の海の馬



            海の馬


    確認してしまうことの恐怖
    勇気をふりしぼって再開した小説

    初日、400字詰め10枚執筆
    二日目、 前日の原稿を読み返したあとで5枚執筆
    三日目、15枚を読み返してから6枚
    四日目21枚を読み返して6枚
    五日目も同様に27で9、六日目36で15
    きのうは51枚の筋を確認して12枚を書き足した

    創る作品は600枚近くのもの
    この調子で行きつ戻りつ進んで200枚300枚になったときは
    どうなる
    かなり、辛い
    
    仕事上で前頭葉を強打すること3回
    高齢による老化に委縮が足されたのか頭の中の海馬

    これは自分との戦いだと知った
    かつての「自分」は死んだのだ
    いま続けている執筆は「リハビリ」なのだ
    そう思った

    頭の中は他の誰にも見えない
    記銘できない
    自分だけが分かっていることの恐ろしさ
    それでなくとも
    よく見えない
    ほとんど聞こえない
    噛めない
    うまく話せない
    ・・・
    
    耐えられるのか本当の死が来るまで
    つくれるのか笑顔
    分からない
    でも今日もまた書く
    いま居る自分自身のために。    
 

 

       また咲いた

                咲きたい。その意志の力の強さを感じる

 

. 遊歩道で拾う


 早朝散歩に出たとたんに何とものどかな「風景」に出くわしました。
 松川にかかる橋の下で水しぶきに囲まれながら携帯用の椅子に腰かけ、釣り糸を垂らしている中年の男性がいたのです。付近の流れはかなり急なのに、何の不安もないようで、まるで居眠りでもしているかのように佇まいが「静か」なのです。斜め背後からしばらくの間見下ろしていましたが、「教え」を受けたというのが実感です。釣れてよし釣れんでよしの境地なのでしょう。
 彼の背後からデジカメに収めようとしてやめました。フラッシュがたかれてしまうからです。
 「・・・ごゆっくり」

 遊歩道に落ちているタバコの吸い殻が増え続けています。冬の間はほとんど目にしなかったのに残念です。愛煙家の観光客が増えたのでしょうか。マナーのないタバコ族を愛煙家とは呼びたくないのですが。あと、2か所で、川の中に白いポリ袋ごとゴミが捨てられていて唖然としました。せっかく海外の反応で日本の「街が綺麗」と絶賛されているのですから何とかしたいですよね。
 散歩で記事ネタを拾うならともかく、毎回ゴミを拾う羽目に陥るのではと心配になりました。

 そうそう5年ほど前から同じ駐車場に居た野良猫が2匹とも姿を見せなくなっています。近隣のお年寄りが餌を与えていたらしく、野良にしては体格も良かったのですが。私にはまったく懐かなかった猫ですが、3回ほど写真にとってブログに載せた記憶があります。猫が1年でいくつ歳をとるのか知りません。老衰だとしても2匹ともというは変ですしね。

 今朝は5人の人とあいさつを交わしました。珍しい「成果」です。



      赤い鯉

       これ、綺麗と言うべきか。右のうっすら見える鯉は何やら霊的。


. 愛子とシゲルの『メアリと魔法の花』


『愛子、エンドロールを見たあとの感想を一言』
「うーん、まあ。シゲルここ入ろうよ、ケーキおいしそうだし」
『甘いものねえ、頭が疲れたってことだな、ご感想受け取りました、まかせるから何か頼んできて』
「その台詞いただきぃ、ここシゲルおごりね」 
    *ということで、『メアリと魔法の花』を映画館で観た二人はすぐそばにある小洒落た喫茶店へ。

「どうして独立1作目を魔女にしたのかなぁ、元ジブリがスタッフの8割ってことでしょ、観に行く私たちも元ジブリの作品と言うことで興味があったんだし不思議だよね、この選択」
『やっぱりそこか。宮崎駿の【魔女の宅急便】が強烈に残っている観客には酷だよな』
「それはないだろうって感じじゃない?」
『米林宏昌監督もこのプランを聞いたとき驚いたらしいよ。それでも撮ったっていうことは或る種の自信かな、違うものを創って見せるという。でも僕は仕方がないと思うんだ。興行つまりお金の責任を背負って長編アニメを創るの初めてな訳だし、製作側の意向に沿うしかないよ。ジブリという看板を掲げられない厳しさというのかな』
「なるほどね不本意ながら、プロとして積極的姿勢に転じてか。たしかに米林監督の【借りぐらしのアリエッテイ】も【思い出のマーニー】も職人芸を出せば良かっただけだと言えるかも。それにしても今日の観客、高齢者ばっかりで驚いた」
『平日の12時の上映じゃ女子供はキツイでしょ、それと期待が大きいのかスクリーン2つ使って1日10回近く上映するわけだろ、それよりこれ、大ヒットの予感する? 愛子的にはどう』
「はははは、君は日テレかい、東宝かい? だいじょうぶだと思うな、3連休から、すぐ来る夏休みと」
『いやいや、カレンダーじゃなくてさ、作品として。メアリは女の子だから是非聞きたい』 
「何をやってもうまくいかないし容姿もいまいちなメアリ、男の子も魔法待ちで、わたしにぴったりってか」
『そこまで曲げてとるな、声の杉咲花は可愛いぞ』
「ごめん。前の2作品はどちらかというと静的な、詩情溢れるものだったので大人は喜んだでしょうが、子どもたちはそもそも動的なものに慣れ親しんでいるので感受しやすいんじゃないかしら。その分、元ジブリの作風目当ての大人の口コミは期待でないかもしれないけどね。ちっちゃい子どもには大人がついてくるし、プラマイで中ヒットはいけるでしょう」
『ジブリで中ヒットなら興収数十億だよね。個人的にはヒットして欲しい。この監督が本当に創りたいものを創れるように。最初が興業側の期待に沿えないと、金も出すが口も出すという鎖がついてきて思うように創れなくなる。邪推はしたくないけどさっきエンドロール見てたら製作委員会に名を連ねた会社・団体が20近くもあった。もしだよ、みんながみんな、こうしてほしい、これはやめてくれ、こういう話にした方が客に受けるなどなど口を出したらロクなことにならない』
「まるで父親だね、シゲルは(^^♪」
『愛子のいうこどもが楽しめるという視点じゃなくてね、正直に言うと魔法のエンドア大学に入学した頃から観ているのが辛くなってた。無用な説明やガタガタ、ドンパチ、びゅんびゅーんに陥っていて、自分なりに創作意図を見つけ出そうとして興味を繋いでいたんだ。そこで見つけたのが、魔法の花はじつは、心を失った科学技術のことなんじゃないかということ。大きい方では原発から核兵器、小さい方では遺伝子組み換え、染色体いじり、再生細胞、人工知能なんかだよね、本当に人間のためになっているんだろうかという問いかけ。もしかしたらこの作品にはそういうメッセージが含まれているのかもって・・・』
「もののけ姫のときの宮崎監督も何か言ってたよね、確か。子どもはすでに何かを感じている、いま具体的にそれが何かは分からなくてもきっと後で解かる。子供たちに何をどう見せるかについて、ぼくたちは責任があるんじゃないか、だっけか」
『さすが愛子だね。おとなもそれを感じて鑑賞してもらえば納得がいく作品になるな、元ジブリスタッフの処女作も』
     *しばしの沈黙。ここでケーキとコーヒーを楽しんだ模様です。

『そう言えば久しぶりだな、デートみたいに外で会うのは』
「気がついた? いつもは狭い部屋でDVD、しかも観てるのがお子様アニメ?」
『映画館以外で会うのも、狭い部屋でアニメ以外の恋愛ものっていうのも、それはそれで問題だろ?』
「どこが? どう問題?」
『そうそうメアリが悪の校長や博士に捕まってしまったピーターを助けに戻るってシーンあっただろ』
「助けるって約束したって言ってね。それがどうしたの?」
『あの場面で、なぜか【走れメロス】を思い出した』
「はいはい、友は信じろってか。了解。ところで唐突ですけど、スタジオポノックのポノックって何?」
『ああ米林監督と元ジブリのプロデューサー西村義明が立ち上げた事務所という会社名の』
「またまた分からん名前を付けたもんだ」
『ちらっと何かで見たんだけど、真夜中の[午前零時]の意味らしい。ゼロからの出発ってことかもね』
「さすがシゲル。これさっきのお返しね。前にジブリの意味も聞いたっけね」
『ああ、サハラ砂漠に吹く[熱風]ね、有名な話なんだけど宮崎監督は[風]が好きなんだよ』
「そうなの。あ、じゃもう一つ。脚本のタイトルところに米林監督と並んでいた坂口理子ってどんな人」
『サトコじゃなくてリコな。ジブリつながりで言うと、高畑勲監督と【かぐや姫の物語】で共同脚本してるライターだよ』
「べつにテストしてるんじゃないからね♪ いろいろありがと、先生」
『そんなに持ち上げなくても、ご馳走しますよ、出ようか、そろそろ』
「こんどはさぁ、映画抜きで逢おうよ」
『たとえばどこ行くの』
「動物園とか。あははははは」


   

. 目指すのは「一罰百戒」か


 大手広告会社を「被疑者」とする「過労死事件」につき、東京の簡易裁判所が検察官から請求された略式命令を不相当として「通常の裁判」へと移行させた。これは刑事訴訟法463条に依るが、検察側に言わせれば被疑者側から「略式手続によることについて異議がない」(同法461条の2)にもかかわらず下されたもので極めて異例だそうな。
 もし略式で行われたとすると「百万円以下の罰金または科料」となるが、大企業にしてみれば痛くもかゆくもない金額だろう。ちなみに当然「執行猶予」も可能なのだ。
 この簡裁判事の判断には少しだが興味がある。

 労働基準法違反の事案は巷にあふれかえっている。特に中小零細の企業では「厳格なコンプライアンスは経営自体を危うくする」として、多くの場面で「無視されてもいる」。しかしそれらを逐一摘発し裁いていくのは事実上不可能だ。そんな事情下で今回は著名な大企業なのだ。おそらく裁判所側は「一罰百戒」を企図したのではないかと思う。人権派弁護士ならこれを「社会への良いメッセージ」ととらえるに違いない。少なくとも一つのリーディングケースになることは間違いないだろう。いずれにせよこの裁判の行方は注目に値すると言える。

 「対価」を気にせず文句も言わず「長い時間」働きさえすれば「良い従業員」。この仕事に関する経済社会的風潮は強固だ。ここには最低でも二つの問題が潜んでいる。①「超過勤務」に対して対価を支払わない②対価を支払いさえすれば制限なく労働させてよい、がそれである。過労死は、①はともかくとして②の問題提起と考えてよいだろう。生きるために食い、食うために働いているのにその結果が死では話にならない。かといって過当競争の社会、営利至上の会社であれば、頑張らない・我慢しない人間は外され捨てられていく。この両者の「要求」のはざまでバランスを取っていくのは誰なのか、何なのか。それが問われているように思う。
 自分自身、上司(中間管理職)、経営者という『人』なのか。
 保護法規、監督署員、検察官、裁判官という法制度と官吏なのか。
確かなのはこれらのすべての関係者に「広義の保身」が絡まるということだろう。しかしだからといって、これを責めうる人間が果たしているのかどうかは分からない。
 
 一行にも満たない『簡裁の略式から正式裁判へ』という見出しが訴えかける内容は濃くて、そのうえ重い。
 


      濁流

       量と勢いを増せば増すほど水は濁るものだ。 「経済も」、なのか。

. 「触っても壊れない彫刻」




     重岡健治

      

 このブロンズ像の作者は、伊東市大室高原在住の重岡健治、イタリアの彫刻家エミリオ・グレコに師事した高名な彫刻家である。
 雨上がりの塔が礎石に映っていたので、息を止めてシャッターを押した。

 朝日を浴びた像をじっと見ていると、作者の言「つながっている」が聞こえてくる。
 今回のブログ記事のタイトルは、彼が大事にしているというコンセプトである。

 この朝は、言葉を一つも発せずに5000歩も歩いている。

. 見えない「風」が見えてしまうとき


 イギリスの詩人クリスティーナ・ロセッティに『風』という作品がある。『誰が風を見たでしょう 僕もあなたも見やしない けれど木の葉をふるわせて 風は通りすぎていく』という詩で、小学校か中学校で習った記憶がある。
 唐突に思い出したのにはわけがある。今日メモ用紙に、こんな文章を書きなぐった所為なのだ。


  この1年が、というのではなく
  このところ、などという曖昧なものでもなく
  「今日」というこの1日が、わけもなく心寂しいときがある

  この歳になっても
  いや、こんな歳になったから

  そんな日は、風が見える
  動かされている葉っぱや枝ではなく、
  風そのものが、目に見える
  
  ・・・わたしを見知らぬところへと誘う風



     風が見える

        風が見えると枝葉は止まる。「風が心の目の方を動かすからだ」

. チャーハンとマグロの竜田揚げ


 回転寿司でかみさんが鮪の竜田揚げをとった。「生」を売り物にする寿司店で揚げ物がメニューにある不思議さにはもう慣れたが、この驚きの方は「新鮮」だった。和食の極意『五味五色五法』の五法の内「生」から「揚げる」に変換する妙法だ。少し鮮度が落ちた食材を「再生」して別のものにすることは「もったいない」の精神から十分うなずける。大昔、肉だけでなく生の魚も苦手だった私が鮪の刺身に手を出さなかったところ、いまは亡き母は私の分を薄切りにした生姜と一緒に煮込み、次の食事どきに出してきた。「生」から「煮る」への転換だった。これなら十分鮪を食べられた。

 時々行く台湾料理店の680円の大蒜(にんにく)炒飯が絶品だ。料理する人はご存じだろう、炒飯ほど塩分の具合がデリケートなものはない。残ったご飯の始末法として定番なのだが、炒めている最中に少々つまんで味見をする際「ちょうどいい塩加減」と判断して完成させたところ、1人前の分量で食すると塩分過多に陥ることは良く知られている。つまり1食分の味見を1摘まみのご飯で予測することの難しさだ。汗をかく夏としからざる冬とでも適量は違ってくる。話が回りくどくなったが、とにかくこの店の塩加減がとてもいいのだ。たっぷり大蒜も生きている。

 何が言いたいのだと突かれそうなので白状するが、つまりは売れ残り、食べ残しの「再生」はあちこちで「成果」を出しているというお話しだ。主食の始末が中心になる。とりあえず、ご飯だけについて思い起こそう。炒飯はオーソドックスだが、ほかにも①トマトケチャップ②サフラン③カレー粉をつかって別メニューに仕えることはお馴染みだろう。食パンもフレンチにしたり、ラスクにしたりいろいろだ。もっとも前日のパンを使ってサンドイッチセットを創るのは勘弁してほしい。スーパーで時々これを買ってしまい嫌な思いを経験しているので苦言を呈したい。挟まっている具まで古いのかと心配になるからだ。

 出荷できないキャベツの外側の葉を刻んでアワビの「餌」にしたり、商品作物基準ではぶかれる野菜を集荷し、乾燥させてカップ麺に付けたりするなどの工夫は、「もったいない」思想に合っているとは思う。
 なんとなく小腹が空いたので選んだテーマ、「小さなお話し」にしたのでご容赦。



     水鳥

           「ねぇ! お昼何食べるの」 「・・・その辺にあるもの」

. 小さすぎて「お話しにならない」お話


 何日か前、シルバー人材センター定時総会とやらに出席した。初めてだった。
 式次第がとどこおりなく終わって、互助会の抽選会に移行した。
 入場する際に参加票を受付に渡すのだが、これを全員分抽選箱に入れ、舞台下で係員が1枚1枚手で引いていく。6等の「お花」15本から特等の『お米5k』5本まであり、低い等級から順に行われる。
 300人も居る会場は文字通り沸き立っていた。
 だが、5等20本の抽選に入った時点で私は席を立った。
 まだ何ひとつ貢献していない自分に「もし上位の米が当たったとしたら、どの面下げて受け取りに行つもりだ」と、落ち着かない自分のお尻が嘲笑うからだ。「不様すぎる」と思った。
 「すみませんちょっと用事が。急ぎますので」と出口で係員に会釈をした。
 正規の式はすでに完結しているからいいはずだ。
 「あ、はい。じゃこれをどうぞ」
 差し出されたのは参加賞の指定「ゴミ袋」10枚入り、だった。
 外へ出て青空を見上げたとたん、なぜか可笑しくてうっかり声を出して笑った。
 幸い周りには誰も居なかった。

 帰り道のまっすぐさが少し気に障った。
 『まっすぐな道さみしい』とは自由律俳句の種田山頭火だ。詠んだときは、どんな気持ちだったのだろう。



     着飾った道

       着飾った「道」は、昔もいまも私には無縁だ。まっすぐな道って結果は「罪」だよ。
. プロフィール

蛙声爺

Author:蛙声爺
文芸同人誌編集をしています。
考えるフクロウが理想。
木内光夫のHPもよろしく。

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