蛙声爺の言葉の楽園

. 全員参加型コンサートの迫力。久石譲の凄さ


 YouTubeサーフィンで偶然出会ったのだが、少し視た後「これは早朝にでも集中して鑑賞しなくちゃだめだ」とすぐに思った。
 翌朝5時から7時までの約2時間、私は大きな感動の中にいた。
 「この人は、久石譲は、何と全員参加型のコンサートを本気で企図したのだ」と。

 これは持論だが、そもそもオーケストラも合唱も「個を抑え全体を活かす」ものだ。ソリストや独唱のパートがあるじゃないかと言われそうだが、それさえ「花」にとどまる。そう、「音の花園」の一部にすぎないのだ。久石氏はその理を確かなものとして見せてくれた。
 指揮とピアノ久石譲。オーケストラ200人。正規の合唱団、少年少女合唱団、さらに公募で集まった合唱団総計で800人。マーチングバンド150人。平原綾香らゲスト歌手数名。客席にいる宮崎駿、鈴木敏夫らジブリ関係者。そして武道館を埋め尽くした一般の観客。はては陰で人知れず汗をかく大勢のスタッフにいたるまでを巻き込んだ壮大な催し物。 奏でる人も歌う人も聴く人も、丸ごと久石ワールドの歓喜の中にいた。
 ヘッドホンをしながら休みなしに視聴し、ラストでは自然に涙ぐんでいた私。
 「すごい人がいるものだ」という素直な感動だった。

 アニメ界の巨匠宮崎駿と作曲家久石譲は、このコンサート以前に9つの映画で協力関係にあった。『風の谷のナウシカ』『天空の城ラピュタ』『となりのトトロ』『魔女の宅急便』『紅の豚』『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』『ハウルの動く城』『崖の上のポニョ』。そのすべてが久石氏によって改めて「調理」され、参加者全員で味わう形になっている。
 おしゃれで、豪華で、清々しい(^^♪・・・言うことなしの2時間だった。



 ※このコンサートの模様はネットで「久石譲コンサートジブリ武道館」と検索し、約2時間のものを選ぶと出てくる。これとは別にリハーサル映像を編集した美味しい動画もある。


       

. アスファルトの上に咲く


 ほんとに近くの、いつもの道
 ある朝、ガードレールの下のアスファルトの割れ目から
 この、名前も知らない花が顔をだしているのに気づいた

 和の野草とは雰囲気が違う
 言ってみれば「異邦人」の雰囲気だった

 しばし対面した後で「あ、そうだ」と膝を打った
 振り向けば、かつて収容千人超を誇った観光ホテルがいまも寂しく聳え立っている
 たしかここの板前さんだった人
 花が好きで道路の川沿いに鉢を並べ
 四季折々の花で、道に彩を添えていた

 かたいことを言えば道路占用許可が要るケースだが
 たぶん誰一人として責めたりはしていない
 水をやったり剪定をしたりしている彼と談笑している近隣の人たちを
 何度となく見かけている
 もちろん私も心温まる想いの笑顔で

 ところが花の鉢がある時を境に減り始めた
 彼の死を耳にしたのはだいぶ経ってからだった
 花と彼を愛でた人たちの持ち去り行為の意味は、どうやら「形見分け」だったらしい

 「七月のお盆が近いからかい?」と
 シャッターを切る前に、目で聞いてみた
 写真が少しぶれていたとしたら
 それはきっと二輪のこの花が、風のせいにしてうなずいたせいだ  



     花よ、君の名は

        目を細めて見てみると。ふたつの目でニコッ


. 同人誌『岩漿25号』、感慨無量にて


 のっけからギャグもどきの話だが、ある雑誌の広告で「クロワッサン」のロゴが目に入った。ちいさく踊っているようで可愛いのだが、「ッ」が「シ」に見え「クロワシサン」と頭は捉えたらしい。「苦労わ資産」、隠された深い意味に勝手に感激する自分がいた。これから先、あの三日月型のパンを見かけるたびに思い出すことだろう。

 先日、新・編集長のK氏から同人誌『岩漿』の25号が送られてきた。毎年発行は2月から3月なので少し遅れてはいる。慣れない校正から版下までの作業、さぞかし編集部4名の方は大変だったろうと、苦労のほどがうかがえる。
 私が創刊から20年間、24号まで編集に携わっていた文芸誌だが、昨年高齢などを理由に役を退き、同時に退会という選択もさせていただいている。実は昨日発送事務を編集部で行った由で、私は一足先に作品群に触れていたことになり、少しく申し訳ないと感じてはいる。
 丸1日をかけてほとんどの作品を鑑賞した。感慨は一入である。
 全くの私見だが、近いうちにこの雑誌の同人の中から広義の作家が出そうな気がする。
 「・・・ここまできたんだ」
 目頭が熱くなるのを感じた。



     岩漿25号

       岩漿(がんしょう)とはマグマのこと、だから『岩漿』は心のマグマ

. 『何がめでたい』って、「・・・さあ」


 うっかりまた本屋さんに立ち寄ってしまい、ひょいと佐藤愛子著『九十歳。何がめでたい』を手に取り、パラパラッと覗き読みをしただけで買ってしまいました。これは作家の名に対する信頼でもあります。そのくせ、何度も終活としての断捨離で書物を処分していながら、「なんと方針がぶれていることか」と嘆く自分がいます。
 それはさておき、著者は1923年生まれの93歳、今年の11月5日には94歳になります。大阪生まれの直木賞作家、団塊世代にはお馴染の詩人サトウハチローは彼女の親戚筋です。家に帰ってから本の帯を見ると83万部売れたとありました。笑ったのはその周りの言葉で、『なぜこんなに売れてるの?かって―買った人に訊いてくださいよ!』
 なので、買った人「私」の読後感です。福山雅治の『ガリレオ』先生の名台詞ではありませんが、『じつに面白い』。
 「どこが?」ですか、それは「買って読んでくださいよ」と言いたいところですが、ここでは「文に芸があるところ」とだけ申し上げておきます。

 90と言えば「卒寿」ですが、これ90を漢数字で縦書きすると「卆」になるからですよね。ちょっと駄洒落の香りがしますので、点検しました。じつは70の「古希」までは論語などの古典に由来しています。問題はそれ以上の高齢の祝いで、ほとんど同じパターンなのです。77歳の「喜寿」は「喜」の略字「㐂」からきています。777歳ではありませんので念のため。「昔パチンコでいっぱい出てきて玉げたところから」などは妄想です。80の「傘寿」も傘の略字「仐」から、88の「米寿」は米を分解して八十八。99の「白寿」は「百」から上の「一」を取って「白」という字に、と言った具合です。うがった見方をすれば、『古来希なり』の70から先はもうシャレでしかないということなのでしょう。こじつけ感さえ覚えます。

 そういえば、60の「還暦」を別の言い方で「華甲(かこう)」と呼びます。70の祝い以前は古典が云々と褒めておいて何ですが、文字分解パターンでした。「華」は「十」が六つと「一」でできていて61なのでした。数え年61は満年齢で60です。私、酔狂な人間なので実際に「華」を分解してみました。「正解」、まるで漢字パズルでした。
 みなさんもお時間がありましたらお試しください。
 あ、「華甲」の「甲」は何?ですか。「干支(えと)の1番目」をいいます。

 『人は人、我は我ですよ』(佐藤愛子)、この言葉、とても意味深くて好きです。

 



     石の風格

        岩の風格はついた苔によって語られる




. 総計と平均は嘘つきの始まり


 かなり正式な数字の発表らしい。敢て「らしい」を付けたのにはわけがある。
 「日本人が銀行・信用金庫などで貯蓄している総額が1000兆円を超えた」
 目を凝らしてほしい、「億」ではない「兆」なのだ。 

 「この数字どこかで?」は正しい感覚。「日本は世界一の借金大国」という「キャンペーン」で見た、いわゆる「国の借金」の総計も1000兆円超えだった。記憶が正しければ「国民1人当たり約870万円の借金になる」という脅しだった。「だから福祉を削り増税を」となるのだった。ところが多くの経済学者や元財務省官僚だった学者がこの主張の「嘘」を暴き始めた。①諸外国と異なり日本国の負債はほとんど自国内で自国民からものであること②日本の持つ「資産」を考慮に入れないで「負債」ばかり言い募っているが、有する資産でどんどん相殺していくと負債額は一気に健全な範囲になる(つまり脅しは「ためにするキャンペーン」にすぎない)③日本と日本銀行はイコールと把握でき、通貨発行権を有しているので諸外国の財政危機と同日に語るのは間違い等々。
 第一それほど日本が国家破産に近いなら、なぜ日本円がいまも「安全通貨」とされているのか。なぜ日本が世界一の「債権大国」なのか、負債を引いた国の純資産額がなぜずっと世界一なのか等々説明がつかない。

 つい話が逸れたが、日本国民の貯蓄額総計1000兆円超が、高額すぎて感覚的にとらえきれない。そこで爺は衰えた頭でもなんとか把握できる計算をした。まず日本人の数を1億人とする。1兆円は言わば「1万億円」、1000兆円は「10000×1000」億円、従って国民一人当たりの貯蓄額は1000万円と把握できる。これを1瞬で把握できる人が多いとは思うが、何分歳なのでご容赦。だいいち桁がでかすぎる。

 愚痴や弁解はともかく、こういう考え方自体が可笑しいと常々思っている。
 いま説明の都合上、「日本人」の総計を4人とする。そのうちの1人が貯蓄4000万円、残りの3人が貯蓄0だとすると、「日本人」の平均貯蓄額は1000万円になる。この総計とか平均とかいう悪魔のマジックは、貧富の差、格差など負の実態を全て覆い隠すことができるのだ。これが県別、男女別、年代別、業種別、職種別、学歴別などの比較平均ならば少しは意義が違ってくるのだろうが。
 このマジックは「サラリーマンの平均年収」とか「今夏ボーナスの平均支給額」とかみんな一緒である。どこをどう切り取っての「総計」であり「平均」なのか。
 多くの人の想いはこれだろう。わたしの、俺の「実際や実感と違い過ぎる」。
 「日本人て金持ちなんだね」
 「ふーん、じゃ私って外国人なんだ」
 



       カオナシはジブリ、クチナシはシニン、この清楚な花の名は・・・カオルちゃん

     クチナシ


. ぬるい「あれ?これ。」


 またまた年寄りの早寝早起きで3時起床、5時には散歩。さすがに道には誰もいません。松川の流れを覗いていたら何を期待したのか真鯉・緋鯉が集まってきました。きっと誰かが餌を与えている場所なんでしょうね、みな太っていますし。鯉をしたら身も細る、は嘘のようです。コンビニで買ってきたパンを持ってはいたのですが、何もあげませんでした。

 毎年楽しみにしている河床にたまった泥土で生きる草花。ようやく2種類花を咲かせました。琉球朝顔と朝鮮朝顔、まだ勢いは今一つですが、梅雨時にはいい慰めになります。これで小田原の東宝シネマズに出掛け上戸彩の『昼顔』でも観たら、何だか昨今の半島情勢を窺えるような感じになれます。いえいえ別に観たいわけではありません、・・・歳なので。

 部屋に戻り、日経新聞を開いていたら、「おっと朗報」でした。
 アヌシー国際アニメーション映画祭長編部門で、以前このブログで紹介しました『この世界の片隅に』が審査員賞を受賞したのです。「何そのアヌシーとか」とおっしゃる向きもありそうですからちょこっと解説しますと、ご存知『カンヌ映画祭』から独立したアニメ専科の映画祭で、1960年から開催されている世界最大の祭典なのだとか。ま、ほんとに「ちょこっと」でした。この作品昨年11月からずっとロングランを続けていて6月17日には観客200万人達成だそうです。外国にも目のある審査員がいるものですね。あ、当然でしたね。

 そう言えば2日ほど前、わが家の「夕餉の映画館」で何となく見始めたDVD『オカンの嫁入り』が秀逸でした。いえ、物語はそこそこという感じでしたが、看護婦をしている母親陽子役の大竹しのぶと外出恐怖症になってしまう娘月子役の宮崎あおいの演技に、つくづく感じ入ったのです。どちらも名女優だと知ってはいたのですが、繊細で危うい母と娘の心の陰陽を、みごとに演じていたんです。いえ、演じているという感じではなくて何とも自然に。食べた夕食の味は忘れても、この二人の「味」はきっと忘れないでしょう。良い映画でした。
 ほんとにぬるくてすみません。



     朝鮮朝顔

              この花いつも下を向いているんですよね、花の中身が見えない
      

. 将棋4段の少年の話題から「飛び級」へ


 14歳の男子生徒がプロの棋士を相手に26連勝を記録し世間をアッと言わせている。歴代の名人上手に臆することも礼を失することもなく「自然体」で対戦している姿は美しくさえ見える。正真正銘の天才である。
 将棋の素人の私が勝負の世界にあれこれ語るのも失礼なので、わが家での「質疑」について記してみたい。
 ①「徹夜で勝負したりしてるけど、年少者の深夜労働制限に違反しないのか」 
 ②「これだけ連日のように対局していて中学の必要出席日数は大丈夫か。つまり落第の心配はないのか」

  ①「労働基準法」はザックリ言うと「「労働者」を「使用者」から護るための法律なので、棋士が法にいわゆる「労働者」でなければ適用がないことになる。同法9条は労働者とは『事業又は事務所に使用されている者で賃金を支払われる者をいう』と定義している。棋士は労働者とは言い難いだろう。従って14歳ということで同法56条の「最低年齢」に該当し、中学生「児童」として20時から5時までの間の深夜業が禁止されている(同法61条)としても冒頭男子生徒には適用がないという結論になると思う。
 連盟は万一関係監督署が適用があるとした場合は誠実に対応したいとしているようだ。

 ②この将棋4段の中学生はこれからも対局を続けるだろう、もしくは続けさせられるだろうところ、卒業するに必要な出席日数が心配になる。「落第」はさすがに古いので『原級留置き』と言い換えよう。分類としては『当人の責に因る事由』と『当人の責に帰さない事由』に大別されるようだが、詳細は煩瑣になるので結論らしきものを記せば、その決定は『学校長の権限』ということになりそうである。確かに連盟も、学校と緊密に連絡をとっているらしい。配慮は怠らないという姿勢が素敵だ。

 この関係で昔、プロスキーヤーの三浦雄一郎氏が私立校を回り、その中で一番欠席させてくれる学校に子どもたちを入れたというエピソードを思い出した。彼は世界中を回るブロだったので可能な限り子供を同伴し、彼らの見聞を広めたかったのだ。彼独自の子育て教育観といえる。
 三浦氏の教育観は、子どもの将来のために役立つ環境を創るという点で示唆に富む。
 冒頭からの話は、その「子どもの才能」が将棋だった場合のものだが、このことは、文学でも、数学でも、科学でも、音楽でも美術でも否、各種スポーツでも同じではないか。「英才」は飛び立たせてあげるべきだろう。
 ゆとりをもって、みんな一緒に、点数は差別、競争は避けましょう、公平に、平等に、平均的に・・・いつか知らず知らずにこんな風潮に陥ってはいないだろうか。それでいて今も世の中は、学芸でもスポーツでも技術でも、いわゆる「ヒーロー」や「ヒロイン」が大好きなのだ。
 この内なる矛盾を取り去って、広い意味の「飛び級」を皆で応援できる仕組みにすべきではなかろうか。




      アカマツ

        松茸は主として赤松林に生える。しかし赤松林に松茸が必ず居るわけではない。
 

. 生きて活きるということ


緑内障で視野が4分の1未満になった兄を検査日なので市民病院まで送った。
手伝いで韮崎駅に降り立った姪を拾い、検査後3人で兄の山小屋に戻る。
昼食後に始めた作業は、鹿や兎といった野生動物から山野草を護るための柵作りだった。
100坪以上の土地の周囲だからかなり長いものになる。
里山は人間と動物が共に生きる空間だ。
彼らに悪気は無い、おいしそうな草があったので食べた、それだけのこととも言える。
ただ、野草も生きていて、葉を出し花を咲かせ種につなげている。
柵はこの中の草は食べないでとのメッセージなのだった。

夕食で食べ残しがあると「食堂」の外に出しておく。
野生の誰かが夜の間に食べていると兄は言う。
私も早朝5時過ぎに、それが誰かを知った。
もとは飼い猫だったと思われる白黒まだらの美形と、
「先客」の権利を侵害されたと怒ったのかネコを追い払う小柄な狸と。

私が帰る日の朝。
道の駅まで車を走らせた。
目的の「農民の直売所」もスーパーも開店は午前9時。
天然素材で手造りの日除けの下で兄と二人で休む。
兄弟とも耳が遠いので会話はさほど弾まない。
尾白川の天然水が湧出する水場に次々と容器を持って水を汲みにくる地元の人たち。
お爺さん、お婆さん、お嫁さん? おいしい水を飲む家族の姿が後ろに「見える」
それを飽きずにじっと見ている私たち二人。
初夏の風が爽やかで心地よかった。
開店後直売所で兄が買ったのは案の定、山野草の苗たちだった。

里山に戻っての別れ際、次は灯油を買う12月でいいよと兄。
1ケ月置きの市民病院往復は、なるべく1人でやってみると言うのだ。
目に悪いのでブログも長期休止にすると自分のブログで「宣言」もしていた。
気丈な配慮が心に痛かった。
『老人道』なるものがあるとしたら彼は、その道を極めようとしているのかもしれない。 




      輝きすぎる罪

        レンズは言う、輝きすぎると周りの景色が沈むよと。

. 「拍手」がうれしくなった


 想うところあってブログ村のランキングから離脱して1週間以上経ったと思います。
 短かめに記事をまとめる工夫を重ねていましたら、「予告」に反して、それほど更新頻度が下がりませんでした。
 もう一つの変化ですが、いただく「拍手」に対する重みが増して嬉しさが倍増しました。
 ありがとうございます。

 国保の特定健康診断に行きましたら少し血圧が高くなっていました。むろん血圧は状態の変化でかなり「乱高下」するものなのですが。あとの検査結果は数日後にだそうで、改めて病院に聞きに行くことになります。たしかに体調は何となく不調ではあります。若ぶっていても70は70ですから当然かもしれませんが。
 病院は山梨の兄の山荘から戻ってからになります。このあと5時に伊東を出発します。富士山が見えるといいのですが。15日にこちらに用事が出来ましたので、今回は比較的短い日程になります。
 2時に目覚めてしまったので駄文を書けました。
 かえってご迷惑様
 



        めげない草

       比較的新しい歩道の隙間に芽を出した「めげない草」。「不撓不屈!」
  
     


. 昔の名前で出てみません?


 何が驚いたといって「東芝」(旧・東京芝浦電気)がかつてないほどの危機に陥ったことです。日立・三菱と並んで「大手重電三社」と言われた世界的に有名な大企業です。高度経済成長時代を知る世代が、いま大新聞の株式欄をみると目を疑うはずです。「あの東芝」が東京証券取引所1部上場株式の隅っこの『監理・特設注意』欄に1社だけポツンと入っているからです。投資家への注意喚起ですから企業にとっては屈辱の極みでしょうが仕方ありません。米国の原発会社WH社に「投資」したばっかりに巨額の負債を背負い込み、資産価値が何と2兆円という半導体部門を売却して債務超過状態をまぬかれようとしているのだとか。もう6月だというのに3月末の正規の決算報告もままならない状態らしいのです。私たちの世代は、東芝に居た日本を代表する経営者である石坂泰三や土光敏夫の活躍を知っています。おふたりは泉下でいまの東芝をどう診ているのでしょうか。なんとか復活して欲しいものです。だって日本語ワードプロセッサーを開発した「あの東芝」ですよ。

 気になったので少し確認しました。
 『シャープペンシル』の、 「シャープ」(旧・早川電機工業)はとっくに1部上場会社から2部へと落ちていました。我々の世代にとっては発明や技術革新の先駆的会社でした。いまも液晶パネルなどが有名です。現在は、あの鴻海(ホンハイ)精密工業が最大株主になっているようです。もう一度創立者早川氏のようにシャープな発明を期待したいものです。

 驚くと言えば「日産自動車」の株をフランスのルノーが43.7パーセントも持っていました。これはもうルノーの傘下ですね。正確に言えば「連結子会社」です。さらにその日産の傘下に三菱自動車が入っているのも「おっと!」でした。それら3社のトップ経営者カルロス・ゴーンが物凄いやり手だと恐ろしくも感じました。 

 『明るいナショナル♪』の、「パナソニック」(旧・ 松下電器産業)の社名変更はグローバルブランドを目指したものでした。団塊世代におなじみの旧ブランド「ナショナル」が輸出先に同じ登録商標があったためだと、ものの本で読みました。「国民的」「国家的」という意味ならどこの国でも使っていそうですものね。ところでこのパナソニック、いまでは電器よりも住宅関連の企業に近いのだそうです。

 『わたしにも写せます』の、「富士フイルムホールディングス」(旧・富士写真フイルム)も「売り物」が変わりました。現在この会社は、写真・フイルム部門の売り上げ高は全体の数%で、医療、化粧品・薬品・サプリなどがメインだそうです。わたしは服用していませんが糖コントロールサプリがウリだそうな。

 『パッと点いた日立、グンと回る日立♪』の、「日立製作所」はいまも同じ。元気そうに見えます。イギリスからの電車の車両受注はめでたい話ですね。『この木なんの木気になる木♪』の日立。日本大丈夫と「そんな気」にしてくれるような。

 「昔」からの企業のありようも変わったようです。日本の伝統的風土の中で、国内主体の金融・経済制度の下、国民を主対象に経済が回っていたころと今とでは「企業統治」そのものも変容したのでしょうか。もしかしたら日本人経営者がグローバルスタンダードに合わない、慣れない、追いつかない? 理念の消失、短期的評価、利益還元圧力、コンプライアンス、CSR、コンピュータ社会等々、とにかく激変しましたものね。 かつては「準国家的企業」とまで言われ、一旦そこに入社できれば「永久就職」と考えられていた大会社の変容ぶり、混乱ぶり、あるいは凋落ぶりを報道で見聞きすればするほど、日本と日本人が見失ったものを感じます。感じるだけでそれが何かは解りません、素人ですから。
 ええ、それでも世界2位とか3位の経済大国なんですけどね。・・・
 カメラの閃光の前で真四角になって経営幹部が90度の礼をする姿が、なぜかさびしい今日このごろです。
 「昔」のCM、明るかったなぁ。 



       ひとりの水鳥

          何考えているんだろう。いつ羽ばたくんだろう。

.  『聲の形』 

 
『君の名は。』ではシゲルが自分の部屋に愛子を呼んでDVDを鑑賞しましたが(このブログのカテゴリ「アニメ」)、『聲の形』ではシゲルが愛子の部屋に呼ばれました。どちらも創作上の設定ですので世間様の目は大丈夫です。では観終わってシゲルが、愛子の目が潤んでいるのを見つけたところから・・・

『めずらしいな愛子、というか初めて見た、映画で泣くなんて』
「まあ、ちょっとね。みっともなかったわね、でも実体験がある人はみんな引き戻されるかもね。失礼!」
『まさか、いじめる方じゃないよね』
「んな訳ないでしょ、硝子(しょうこ)の立場に決まってるじゃない、ばか」
『あ。ほじくらないから聞きたいんだけど。転校してきて将也(しょうや)にかなり酷いいじめを受けているのに筆談ノートに【ありがとう】って書いたり、、手話で《友達になりたい》って信号を送ったりして、それと常に笑顔ね、解かりにくかった』
「悪くもないのに《ごめんなさい》とかね。そうよね、これは私個人の感じ方なんだけど、ただひたすらもめたくないのよ、反論したり反撃したりしたくても自分がうまく言動で表せないことが分かっているから、いじめてくる子と仲良くするのが一番楽なのよ、あくまでもできれば、だけど。聞こえたし口もきけたわたしでもそうだったから硝子には他の選択肢はなかったと思う」
『で、愛子の場合うまくいったの?』
「とんでも・・よけいひどくなったわ。後悔したわ、いっそ戦えばよかったって、だいぶ経ってからだけど」
『でも硝子は爆発させたよね、過激ないじめが原因のブーメランで仲間はずれになった将也の、机の悪戯書きを硝子が拭き取ってやってた時だよ、【何やってんだ、いいやつぶってんじゃねーよ】と言われて組みつかれて、ついに将也の腕に噛みつき、さらに押して倒して将也の胸を叩き続ける。俺が一番好きなシーンだ、硝子それで当然なんだ、なぜ我慢してたんだ!ってね』
「シゲル、今回読みが浅いよ、硝子可愛さに(^^♪」
『ど、どこが』
「じゃ言うわよ、そのシーンでさ、将也は叩かれっぱなしで叩き返していないんだよ。体力差からいっても叩き返して硝子に暴行しまくり当然出来るよね」
『ああ、おぼえてる、それがどうした』
「この作品の見えないけど一番太い線じゃない、しっかりしてよシゲル君。硝子は結局健常者の学校から離れていって数年が経つのよね。将也が孤独に成長して懺悔をしようと硝子をさがして見つける。そのときよ、少し覚えた手話で《ともだちになりたい》って必死で伝えるわけ。このシーンが唐突に見えないのは、小6の時代、しつこいいじめの動機に硝子への興味があり、根底には魅かれるものがあったから。前の将也叩かれっぱなしのシーンは、数年後の二人の、いわば伏線なのよ、そう思う」
『貴重な見解ですが♪ そうだとしたら、20万もする硝子の補聴器を5か月で8個も捨てたり壊したりといういじめはありえないだろう、え? 愛子様』 
「うん、その件は認める。同感。ただ将也のママが硝子のママに賠償する金額が170万と決めたところから何となく予想単価で割り算しちゃったのかなと。まあ残念な設定だけどここはしらけるわね、確かに」
『問題提起しといて何だけど、それくらい多い回数、それほどの金額じゃないと、バイトして貯めて自分の母親に170万弁済した時点で自分は死のうなんて将也の自責や懺悔は、生まれないかもしれないね』
「なにさ、それなら揚げ足とるなって、このー」
『じゃあ次。この作品俺も基本的に高評価で、あと1回は観たいんだけどね、残念だったところをあと一つずつ挙げようか』
「そうね、じゃわたしから。せっかく大きな社会問題を扱って、しかも素敵な男女のキャラクターを創りながらよ、最後に関係者全員を良い人にしちゃって、日常的なハッピーエンドにしちゃったところ。考えさせるものをスクリーンに残しつつ締めてよ」
『ははは、同じではしかたないな。ラストでも使ってたから形でいくか。登場人物の顔に×印つけたのは最悪だった。観客は幼児じゃないんだから視覚化しなくても結構。それと誰から見ての×なの。①将也から見て? ②将也を見てる人から将也を見て? ①なら誰を見ても×に見えてしまう自分つまり将也の顔に×のはず。②ならみんなから見て×だとされてしまう将也の顔に×になる。結論として曖昧な記号は不要だと思う。第一素敵な絵もストーリーも傷付けてしまう』
「ま、好きだわよこのアニメ、二人とも批判がチンケになるのがその証拠。ところでシゲル、登場人物で一番気に入ったのは誰? わたしは硝子の妹の西宮結弦。まず可愛い、それに繊細、優しさが半端ない」
『なるほど。俺は硝子かな、【わたしが一緒にいると不幸になる】は泣かせる』 
「いままでの話でそうだとすぐ分かりました(^^♪ はいじゃ今回はシゲルがひとことでキャッチを」
言葉って不自由だ!』
「わたしも言うわね。いじめる人間の哀しさ、いじめられる人の寂しさ。はい、おしまい。うちはコーヒーじゃなくてギンギンに冷えたビール出しまーす」
『ラッキー』




      残花

                    「残花」 ≠  遅れて見に来てくれた人のために


 

. 遅れて出てきた「おきてがみ」


 動機としては大真面目でした。昨今のメールは便利ですが、心に染みるのはやはり手書きの手紙です。もともと私は、比較的筆まめでしたが、諸々生活に追われているうちに筆不精になり、とうとうこの歳になってしまいました。
 そこでまた一念発起です。できるだけ多くの「思い出の人」に手紙を書こうと。
 少年時代の同級生、かつて何々の仲間だった人、なんとなく何十年もご無沙汰してしまっている人、いまなお心の師と仰いでいる人、数えれば大変な数になります。いえ、義務とか義理とか急ぐとか心に縛りを入れると、すぐに挫けてしまいます。ですから、重さとか順番とか、そういったものも含めて一切考えずに、絵葉書を手にし、便箋を取り出し、あるいは郵便書簡を広げて、それこそ徒然なるままに綴りたいのです。
 
 疎遠になった原因は、時の流れが一番ですが、私自身の未熟さも大いに関係しています。
 「無沙汰お詫び」の意味も込めて始めようと思いました。
 考えてみれば、たくさんの人に教えられ助けられて、今まで生きてこられたのですから。
 見つけてもらっても、読んでもらえるか分からない遅れて出てきた「おきてがみ」のようなものかもしれませんが。



      木立の力

            山はたくさんの樹に護られていることを知っているのでしょうね

 

. 鵜の目鷹の目猫の目、長ーい目


 地球温暖化抑止のための「パリ協定」から米国が離脱しました。アメリカファーストを標榜する大統領の決断でした。難しいことは解りません。ただ疑問に思ったのは、製造費用負担を下げて国際競争力をつけ自国の産業を護るという狙いって「どうなの?」ということでした。一例として車だけ診ましょう。排ガス規制しない、そんな配慮は要らんとして製造したとしてです、貿易相手国に規制があればその国では米国車売れませんよね。予想ですが米国の自動車業界は排ガス規制対応の技術開発を続けると思います。なぜって、大統領の任期は4年ですが、各会社の社是は「永遠」を目指す「継続性」だからです。現実に前大統領の決めたことは現大統領によって簡単にひっくり返されています。4年もブランクがあったら参加国に戻っても、その時点での規制技術からみて「後進国」になっているでしょうから、これまた売れませんしね。

 6月1日9時17分、日本版GPS衛星搭載のH2Aロケット34号「みちびき」が発射され、衛星を軌道に載せることに成功しました。このカーナビなどでおなじみのGPSは何と位置情報誤差6センチを企図しているとか。発射映像をYouTubeで見ました。カウントダウンする声が綺麗でした。心が高揚したものです。またJAXA(宇宙航空研究開発機構)制作の数段に及ぶロケット組立映像も驚愕でした。一体どれだけの会社が関与し、どれだけの技術が集積されているのでしょう。
 とある隣国のネットユーザーが、日本が前に打ち上げた「宇宙ステーション補給衛星用ロケット・こうのとり」を見て、「日本が大陸間弾道ロケットを発射したのになぜ国連は制裁決議をしないのだ」と叫んでいました。宇宙大国が相次ぎ失敗した補給衛星打ち上げ、それを日本が成功した。各国は称賛を惜しみませんでした。確かに機能的に見れば日本はすでにICBM保有国かもしれませんが、この国際的対応の差は何なのでしょうか。結局国の信用度の違いだと思いますが。

 ただこうも言えます。日本の宇宙開発技術、国防兵器開発技術が進めば進むほど、驚愕・称賛と同量の猜疑・警戒が強まることにもなると。今以上に「国の姿勢・背骨」が国際的なレベルで問われるということでしょうか。 かつて、遥か宇宙に飛びたち目的地で難しいミッションを果たしながらも帰路制御不能に陥った日本の「はやぶさ」が、それでも自力で地球に帰還したとき、いくつかの大国は「はやぶさタイプ」の宇宙兵器の研究を意識したという報道に接したことがあります。こうなるともう、発想レベルが違いますね。
 他人(他国)の想うことは止められません。 

 柄にもない話題で恐縮でしたが、「接する人」や「その言動」の見方一つ、解釈一つとっても同じことが言えると思います。
 年を取ってきて、見ているものすべてが霞み、聞いているすべての音が不確かで、想いと言葉の回線が切れかかってくると、つまり今の私ですが、「せっかく自然にそうなっているのだから、ニコニコしていればいいか? 難しいことは現役世代にまかせて」程度の「ぬるい自分」が一番幸せでいられるかもしれません。
 

. 少し違った今日という1日を


 3日ほど前図書館に行って『小澤征爾~西洋音楽と格闘した半世紀』というDVDを借りてきました。
 110分に及ぶインタビューが内容で、聞き手はNHKの有働アナでした。指揮をしている彼の映像はほんの僅かで、延々と彼の語り、彼の顔のアップが続きます。ふつうなら退屈で投げ出したくなりますが、飽きずに私は、ずっと視聴し続けたのです。アナの質問に応え、彼が自分の心をまさぐり老いた記憶を引き出し言葉を選び、意外や、とつとつとしゃべります。
 視終わったとき、心なしか清涼感に満たされている自分を感じました。
 なぜだろうと、1日考えてみました。
 結論はこんなものでした。
 [小澤征爾を少し知った1日が自分にとって「特別な日」になったからではないか。毎日同じような日が続いていると嘆いているが、それは自分のせいでしかない。自分以外の誰が老人の1日を演出してくれるというのだ。自分で創りだせばいい。それだけの話だ] 

 「1日を」と言っても丸1日は無理というものです。日常のことがありますものね。例えばこんなのはどうでしょう。

 [今日の午後はモーツァルトの曲をたくさん聴いてみよう。
 明日は半日、図書館で借りてきた金子みすゞの詩を読み続けてみよう。
 明後日はたまった年賀状の中から特に心のこもったものを選んで別綴りにしてみよう。
 「サラダ記念日」ではないけれど、朝「今日は○○記念日にしよう」と勝手に決めてそれに添ってみよう。
 ・・・]

 小さな心の操作で、少し違った今日という1日を創れる、そんな気がしてきました。
 「小澤征爾さん、ありがとう」


      光のコンポジション

    ノートの液晶モニターを押して傾けると陰影がはっきりとしてきます。

. プロフィール

蛙声爺

Author:蛙声爺
文芸同人誌編集をしています。
考えるフクロウが理想。
木内光夫のHPもよろしく。

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