蛙声爺の言葉の楽園

. 美しくも切ない『秒速5センチメートル』

 
*映画オタクのシゲルと愛子が、大ヒットした『君の名は。』の新海誠監督がそれ以前に創った名作『秒速5センチメートル』(2007年・DVD)を観た後で、かなり盛り上がって話をしています。少しの間、付き合ってみましょう。この二人、久しぶりの登場です*

「えっシゲルがアニメを部屋で一緒にってさすがに驚いてさ、ネットたく゜って映画評いくつか読んでみたのよ。でね観終わって最初に聞きたいんだけど、遠野貴樹(タカキ)が初恋を引きずってウジウジしてるだけのアニメって書いてる人がいたんだけど、おなじ男としてどうみる?この作品」
『のっけから大上段に振りかぶったな愛子。うーん・・・だけど1人の女性を心の中で想い続けるのはバカとかだらしがないとかいう前提に立っての批評は次元の問題としてどうなのかな。この作品、人を、異性を想うということの実体を解析してるわけよ。そんなの1回じっと観てれば解かることだよね。俺も鑑賞後のコメントてやついくつか読んだけど、タカキから次の男に乗り換えて結婚て何?女は現実的に割り切れる動物だみたいに言って篠原明里(アカリ)を何となく責めてる奴もいて、少し引いたね俺は。そんな簡単な選択じゃなかったろ、アカリの選択は』
「へーえ、でもね、アカリは嫁ぐことを決めたあとでだと思うけど【1000回のメールを交わしても、心は1センチくらしか縮められなかった】って言ってたわけよ、タカキへのメールで。栃木の岩舟での最後の逢瀬、雪降る中でのキスと抱擁、寒さに身を寄せ合った記憶は何だったのかしらね。わたしなら数年会わなくたって忘れないわね、あの想い」
『それって別の女性だったと思うけど。ま、どっちでも通用するけど。忘れてなんかいないんだよアカリは、婚約指輪をしていても、たぶん式の前夜でも。もひとつ言えば口には出さなくてもタカキにも伝わってるんだ、アカリの気持ちは』
「もう少し説明していただきましょうか、シゲル先生」

『さっきの男の未練みたいな批評にもつながるんだけどね、女も同じだと思うんだ。もちろん人それぞれって突っ込みは甘受するけど、今はこの作品のタカキとアカリの話だからね。 中学1年3学期3月4日の雪の逢瀬の後、二人は共に相手の姿をネガに切り替えたんだ。写真で言う陰画ね、この反対は小学生の出会いから続いていたポジ、陽画ね、ちゃんと明暗や色彩がはっきり写っていて実物そのままの姿をしてる画像。つまり別れの直後からではないにしろ、ふたりはタカキ・ロス、アカリ・ロスの寂しさや空虚感の中で相手を見失わないように姿かたちをネガにしていたんだ。はっきり写っていては現実の寂しさに耐えられないからだよ。転校先の奄美大島でタカキは送信しないメールをアカリを宛名にして書き続けていたよね、書いては削除の繰り返し…。つまりふたりは成人してからも相手をポジに出来なかっただけなんだ、だから嫁ぐアカリも心に焼き付いたネガのままのタカキを連れていく。ウジウジしてると非難するならアカリも同じことになる。だからウジウジ作品じゃないと俺は受け取ったんだ。美しくも哀しい物語だよ』

「なるほどね、じゃタカキがさ、奄美で会った同級の女の子、一途にタカキに恋してた子に対する彼の言動は何なの、解説してよ」
『澄田花苗(カナエ)ね、健気だったねあの子。ところで何か怒ってるのか愛子、気のせいかもしれないけど』
「別にぃ、さ、はやく解説、解説。あのカナエを夢中にさせたタカキの思わせぶりは何なの」
『もともとタカキは優しいという設定なんだ。と、これじゃあ納得しないだろうから、いやだけど探してみるよ根拠』
「よしよし、いい子だ」
『アカリ・ロスの最中だったタカキにとってカナエはポジフィルムだったことは確かだよ。一緒にコンビニ、一緒に通学、遅くなれば家まで送るなどなど。周りも気づいてカナエは同級生にからかわれてもいる。カナエは言う【彼は優しい、時々泣いてしまいそうになる】』
「ほんとシゲルって台詞おぼてるわね。あ、ごめん、それで」
『好きだって告白できないで悩んだり泣いたりするカナエ可愛かったな。うん、ところがねカナエは気づいてしまうんだ。自分を見ていないタカキに。【遠野君は遠くを見てる】、このことば掛詞だったね、私を通り越して遠くにいる想い人、そして進学する東京の大学、つまり遠くを・・・。沁みたなあ、【お願いだからもう優しくしないで】』
「質問から外れてるわよ、ちょっと。このままだと浮気の1種で終わるよ、タカキ君の」
『カナエが自分に夢中な女の子と知りながら彼が、彼女にこう言わしめたものは何。タカキが一番彼女に優しかったのは、カナエをアカリの代用品にしなかったことなんだ。タカキは最後までカナエを下の名前で呼ばなかった、澄田(すみだ)と呼び続けている。だれだって自分に好意を抱く可愛い女の子には優しくする。だけどカナエはアカリじゃなかったんだ』

「罪だなあ、タカキ。だけど、カナエはいい女になるよ、きっと。人は異性という鏡に自分を映して初めて自分を知る。カナエにとってはタカキがこの鏡というわけだ。実はわたし、このエピソード【コスモナウト】の部分がいちばん好きなんだ」
『うーん確かに俺もかな。思春期の恋心の描き方がアカリを描いた【桜花抄】の部分より繊細なんだ。カナエが波乗りでサーフボードの上に立てたからと告白を決意、そのための「待ち伏せ」をする。好きと言えないでいるとタカキが【歩きたいんだ】と先になる。カナエがタカキの上着の裾を後ろからシッカと握る。振り返ってもらうがまだ言葉が出ない。感情があふれて泣き出すカナエ』
「シゲル、君も十分繊細だ」
『そうなんだ、このアニメ、正直なところストーリーは鈍くさいんだ。ありふれてるんだ。でもね、背景の美しさと精緻さで、自分がタカキやアカリやカナエになったような錯覚を起こす。青春にいる人はリアルに、年配の人は何十年もタイムスリップしてそこに。一緒にドキドキしたり、ためらったり、好きな人と歩いたり』
「抱き合ったりキスしたり?」
『さすがにそこまではね(^^♪』
「そこ狙いじゃなくて、まじめに創ってるからなおさらスクリーンの中に素直に入れるんじゃないかな、少し心や想いが錆びちゃった年代の人でも。だれだって青春のときめきは胸に仕舞ってあるだろうしね」

『なんか喉かわいたな、しゃぺりすぎ? どれ、ビールでも出すか』
「あ、わたしやる。それにしても中学1年の終わりごろのアカリ、よく長い時間寒いのに岩舟駅で待ってたね。恋の力はすごいや」
『愛子は待つのかな、雪で電車がめちゃめちゃ遅れて先が見えないあんなときに』
「待ち合わせた相手によるかな。このビールいつ冷蔵庫にいれたの」
『冷えてるよ、だいぶ前だから。愛子、俺が待ち合わせの相手だったら?』
「そのときのシゲルが恋人ならね、たぶんだけど待ってるかな」
『じゃあ、近いうちに遅れてみるよ』
「え、何それ、ちょっと」
『いいからいいから、ビールビール』

*********

『目の前を電車がかけぬけてゆく  想い出が風にまきこまれる  思いもよらぬはやさで
 次々と電車がかけぬけてゆく  ここはあかずの踏切り♪』 (井上陽水「あかずの踏切り」)
・・・・心の踏切りは自動的にはあかないよ、「遠野貴樹くん!」


    これ、何の連なりなの?  Q「カラス何羽隠れてますか」

     連なるもの
        *松川湖にて*
    

     


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. じいじのかくれんぼ


 『じいじのかくれんぼ』

     あれ、どこいった
     あれ、どこ置いたっけ
     あれ、買ってきたよなあ
     身のまわりのもの全部と、かくれんぼ

     このニュースいつごろのだっけ
     この映画みたっけか
     この人どっかで会ったよなあ
     世の中のこと全部と、かくれんぼ

     あれだけ好きだったのに
     あれだけ嫌いだったのに
     あれだけいっしょうけんめいだったのに
     あれこれ全部と、かくれんぼ

     だから見つける役やめてね
     くやしいから、さいごに
     だれにも見つけられないところへ
     かくれるんだ
     ずっとだよ、ずっと 



   法律を勉強したら、楽しいことが見えなくなっちゃってね爺。やだね、あられ。

     楽しいこと

 応援、感謝です  

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. 自分という「檻(おり)」の中で「世界」をいじるな


 ここ1年ほどの国際的なニュースに接してつくづく想った。

 もう「国際政治」とか「グローバル経済」とか、そういう抽象的な言葉では語れない。
 現れた「事件」のすべては、各国の指導者たちの「心のカオス(混沌)」が起こしたものだ。
 普通ならそれは、個人の問題で済む。
 しかるにいま世界中の人の「こころ」が傷つき、生活や人生までが侵されようとしている。
 いまさらだが聞きたい、『誰が「いま(現状)」を、未来を救えるのか』と。

                          ****

 『人々の中で、人々の意見に従って生きるのはたやすい。孤独の中で、自分自身の意見に従って生きるのも難しくない。群衆の中で、孤独の独立性を快く保っていける人こそ、真の偉人である』 (R.W.エマーソン)
 


       

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. 枯れてしまったのか爺の涙


 一般的には「歳のせいで涙もろくなった」とよく言われますよね。ところが私の場合、だんだん枯れてきているようなのです。もちろん、大きなクシャミが止まらなかったり、パソコン画面を長時間見つめていたり、そんなときは涙目になりますが、それは涙腺への刺激が「心から信号」に因るものではないので論外です。
 満70歳近くになっていわゆる感受性が衰えたのでしょうか。
 だとすれば、自分の人生の大部分の経験が否定されそうなので少々うろたえます。
 で、流れ落ちないにしても「目頭が熱くなった」「目がウルウルした」のはどういうときかを探ってみたのです。確かにそれなら何回かあったと思うのです。

 自分が創った小説『孤往記』を、眠れない夜に、小さなLEDスタンドの灯りで読んだとき。これは貧しさと向学心との狭間で苦し過ぎた青春時代が蘇ったからでしょう。
 まだ残っていたことすら知らなかった手紙の束を、兄の山荘に在る薪ストーブで一枚ずつ焼いたとき。それは半世紀以上も前の「心の友」からのものでした。もう「文字の記録」は要らないでしょう、心への刻みが深いので。
 能年玲奈が声の主演をつとめたアニメ映画『この世界の片隅に』を観ていたとき。本当の哀しみは決して声高なものではないと、常々想っていることを主人公が目の前で見せてくれたから。
 中学1年生のころに私の養子になった娘に宛て、預かっていた「通信簿」を手紙とともに送ったとき。「学校の成績だけで、そういう数値だけで子どもを診ないように」との想いからだった。当時彼女の「数学の家庭教師」をしていた自分が、なにやら可笑しく想われて。

 ・・・ここらあたりで、「こころ」を弄(いじ)るのを止めましょう。
 何のことはない、こうして早朝に書いているこのときに潤んできたのです。
 「まだ感受性は残っていそうだ(^^♪」
 いまの私と同じような年齢の人、こんなことを考えたりするのでしょうか。


      そんなところで何を想っているのですか。 

        何を見つめているのか
         *伊豆稲取港の近くにて*


 
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. 日本と日本人の底力を調べてみた

 
 ■まずは「日本の力」の概要をみてください。丸中の数字は世界の順位です。
 GDP(IMF・2015年)という経済指標です。①米国17兆9470億ドル ②中国10兆9828億ドル ときて③が日本4兆1232億ドルとなります。「円」に換算するには約110倍にしてください。普通はこの結果で「世界第3位の経済大国」と言いますね。でもこのGDPの値、例えば巨大な穴を掘ってすぐ埋め返したり、建てたビルを使わないうちに解体したりしても金が乗数的に動いて増えますから、数字そのものにはあまり意味がないように思うのですが、「張り子の経済指標」にもなりえますし。それとこの値、人口が多いほど膨らみますから、本当の「経済力」は1人当たりの数字にして出すことになります。例えば中国は約13億6700万人、日本は約1億2700万人です。人口で除した値にすると中国は世界76位、日本は同26位にと「降格」します。『超大国』のはずの中国が時々「発展途上国」だと言い出す不思議は、このあたりを根拠にしているようですね。
 ちなみに、都市としてのGDPの世界ランキング1位は、ニューヨークを抜いて、もちろん東京でした。 

 ■で、GDPに飽き足らない「豊かさ」の尺度が出てきました。「1人当たりの総合的な豊かさ」がそれです(OECD)。
 A人的資本+B生産資本+C天然資本のT総合点で決まりますが、日本は世界1位でした(2012年)。さらに「国全体の総合的な豊かさ」は個人の値T×人口になりますからこれも米国に次ぎ2位です(2012年)。圧倒的に人口が米国にはかなわないわけですから、2位に着けたことは「誉れ」でしょう。

 ■日本は、意外に思うかもしれませんが、25年間連続で世界の債権国ランキングで1位です。直近のデータではその額948兆円といいますから、2017年度国家予算案総額101兆4700億円の約9倍になります。資産から負債を引いた「対外純資産」額約339兆2630億円も世界1位になります。

 ■安倍首相がトランプ米国大統領に「朝貢外交」をしたと隣国や某野党から揶揄されましたが、この「評価」の良し悪しは別としてこんなことは言えるかもしれません。本来なら「あちら」からまず日本に来るべきかもと。なぜなら日本は米国に対する世界1位の債権国だからです。少し前までは中国が1位でしたが、彼の国が自ら減らしたので逆転となりました。後の方にも諸々米国と1位2位を争う項目が出てきますが、米国と日本はもはやズブズブの「一蓮托生」関係ですよ。もっとも1945年8月15日からずっとそうなのだとも言えますが。
 さらに今回、米国の貿易赤字対象国で中国に次ぎ日本が2位になりました。ドイツを抜いてしまったのです。

 ■国連との関係も見てみましょう。国連への拠出金額1位は「594百万ドル」(22%)の米国ですが、2位は「237百万ドル」(9.68%)で日本です。これがユネスコへの拠出金となりますと1位の米国が拠出停止中なので、日本が実質1位となっています。

 ■視点を変えて国防費(軍事費)を診ます。日本は国際的な約束なのかどうか、GDPの1%以内と枠づけられていて、2017年度予算案では、4兆8996億円となっています。まだ「案」です。使い途の「枠」としての「専守防衛」はいままでも堅く守られています。ちなみに日本の軍事力の国際的レベルですが、核を考えない通常兵器を前提として、量的把握では8位(米-露-中-印-仏-英-日の順)。しかしこれをスイスの機関は質的に捉えて、日本を4位(米-露-中-日の順)に置いています。自国を防衛するために特化した自衛隊の軍事能力は、日本人より外国の方が高く評価しているということでしょうか。興味深いですね。

 ■さあ、この辺りで海外の日本に対する「評価」「イメージ」をみてみましょう。
 「日本」は5つぐらいの言葉でとらえることができるらしいのです。「先進技術」+「高品質」+「独自性」+「安全性」+「文化」。なるほどと納得です。ここでは「2014-2015国の有するブランド力ランキング」を引けばOKでしょう。米国の調査会社のデータです。ここでも日本は世界1位でした。ちなみに2位はスイス、米国は7位でした。信用度と言い換えることもできます。

 ■犯罪が少ない国ランキングで米国FBIの「格付け」では、日本が世界1位でした。最も凶悪な殺人についてのデータがありました(2016年)、人口十万人あたりの殺人事件。日本は0.31人でした。もちろん先進国では1位ですし、210か国中207位という低い殺人発生数でした。殺人大国のように反復・拡大報道しているのはどのマスコミなのでしょうね。
 
 ■「正確で安全な国」日本。これは新幹線を代表格であげましょう。さらにはこの二つ。
 「世界自動車ブランドベストテン」1位のみならず2,3,5,8位も日本車でした(2015年)。また、「同部品耐久品質調査」1位もレクサス(トヨタ)で日本が1位でした。トランプさんへ、日本車が売れるのは為替操作などではありませんよ。

■会社の名前を出してしまいましたが、日本の革新技術レベルも群を抜いているという見方がこれです、「Top100グローバル・イノベーター2015」。100社のうち実に40社が日本の企業で、米国を抜きこれも1位でした。日本で統計やアンケートをしているわけではなく、世界のあちこちで調査・分析をしているのですからこれらの結果に「お手盛り」はありません。

 ■先に「安全」ということを掲げましたが、これは「長寿」にも貢献しますね。日本は「男女併せてのの平均寿命」部門で83.7歳でトップでした。「女性部門」でも86.8歳で1位、「男性部門」では80.5歳で6位でした(WHO・2016年)。単純に長ければいいというものではありませんが、「長寿」の裏には「食糧」「医療」「教育」「雇用」「安全」「平和」など多くの指標が隠れています。「国の力」の一つのバロメータではあると思います。
 
 いろいろあげてみましたが、まだ載せたのは半分ぐらいでしょうか。地図で見ればほんとに小さな国、「日本」。それがここまで世界に羽ばたいているのでした。
 長々と失礼しました。

(註)GDP(国内総生産)・IMF(国際通貨基金)・OECD(経済協力開発機構)・FBI(米国連邦捜査局)・WHO(世界保健機構)


  孤高では動かせず大衆で動かせる「重さ」だって在る

      築城石
             *伊豆稲取・築城石*


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. サクラ、ナノハナ、ガイコクジン。17000歩の河津桜まつり


        河津桜
           *2017年2月14日河津桜と菜の花*


 昨日2月14日、なじみの業者での12か月定期点検に併せて河津の桜まつりを堪能しました。ブレーキパッドに問題があり部品仕入れの時間も加わって結局4時間半も暇をつぶす必要に迫られ、散策の歩数が何とまあ1万7千歩に達しました(^^♪ よくかみさんが耐えたものです。

 河津川沿いの通路や土手を埋め尽くさんばかりの、やや濃い目のピンクの河津桜はすでに概ね6分咲きほど、なかにはほぼ満開(8分で満開に見えるとか)の樹もあってカメラやスマホの「餌食」になっていました。地元の人によれば例年より10日ほど早いそうです。桜の根元で満開の菜の花はあたかも「イエローベルト」、この美しさに水鳥が遊ぶきれいな川の流れとメジロなど野鳥の追い駆けっこが加わって、平日にもかかわらずかなりの人出でした。

 時間がたっぷりなので私は人の流れもじっくりと拝見。一番面白かったのは、赤ちゃんと幼児の姿でした。
 ベビーカーの乳幼児はなぜあんなに「いばって」見えるのでしょう。まるで「そこのけそこのけ赤ちゃんがとおる」と命令しているような。ま、可愛いから喜んで避(よ)けますけど(^^♪ お犬様も多く、それがまたこぞって小型犬なんですね、さらにその半分が着衣姿。彼らは絶対、自分も人間だと思ってますよ、いや別に思うことは止められないのでいいのですが。3つか4つの子はさらに動きが面白くて、うっかり笑顔。とことこ来る子の足元を見たら、これが裸足。はるか後ろから急いで追ってくる6つぐらいの顔そっくりのお兄ちゃん。「あれ、親はどうした?」、おそらく出店で飲食か(勝手な妄想も楽しい)。

 迷惑至極とかつて報道で聞かされた自撮り棒。たまたまかどうか、見かけた撮影者は皆、良識派でした。どこの国の人だか、この棒を前方にかざし不自然に笑顔を創っている女性がひとり。前を通り過ぎてからですが、思わず破顔。
 そういえばアジア人は顔が似ているので、会話でもしていない限り国籍は不明ですね。耳に入ってきたのは中国語、韓国語、タガログ語、それともちろん英語。なるほど冬の時季に来日して「桜」を観ようとしたら河津か熱海でしょう、納得。

 青い空に白い雲でほとんど無風。いい日和でした。
 それはありがたいのですが、今回「時間を潰す」ということがどれだけ大変かを知りました。
 自然に習得したのはカメラ(スマホ)と被写体との間の見えないラインを素早くすり抜ける「技術」でした(^^♪



  学生「はやくタクシー乗ろうよ」 踊子「わたし歩かないと叱られるもの」

     伊豆の踊子
       *伊豆急河津駅前にて*


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. 「赤ちゃんポスト」は「国の宝」を生かすため


 この2月に入って神戸市北区の助産院が記者会見を開き、『命を救う最後のとりで』(神戸新聞NEXT配信)としての『赤ちゃんポスト』の設置計画を発表した。実現すれば熊本市に次ぎ全国で2番目となる。
 世界的にはすでに10か国以上に同様の施設があり、ドイツでは何と100か所に達しているらしい。
 同様の設備を熊本市の慈恵病院は『赤ちゃんポスト』ではなく『こうのとりのゆりかご』という名称にしている。実績は『2016年3月までの9年間で計125人を受け入れた』由である。この数字を「たった」と捉えるか「そんなに」と憂えるかは受け取る側の姿勢によるだろう。
 設備の目的はひとえに、赤ちゃんを堕胎、遺棄致死、殺害から守ることにある。この視点で言えば熊本の上記施設は125人の命を救ったことになる。この赤ちゃんが成長して子を生(な)し、さらにその子が孫を産む・・・と命が続いていくことを考えれば、いったい何人を「保護」したことになるのだろう。また、この施設が命を保全している間に親が思い直して引き取りに来ることも大いに考えられる。さらには施設があれぱ母親が上記刑事犯になることもある程度抑止できるに違いない。
 ちなみに慈恵病院は設立目的や設備につきドイツを参考にしたという。
 こうみてくると、いままで日本に1施設しかなかったことの方が不思議である。

 こういう制度・施設・設備を取り入れようとすると、必ずと言えるほど「人権」「倫理」「違法」「前例」など耳に快い「正義」を大上段に振りかざす「抵抗勢力」が大挙して出てくる。それでいて「もっといい制度や施設」など創りもしないことが多い。『赤ちゃんポスト』のように「理想」論と現実論が真っ向からぶつかる事例での解決策は、「何を守るか」という所期の目的に返ることだろう。
 つまり、【いまそこに在る赤ちゃんの命の危機を救う】という価値以上の否定理由はあるのかということだ。とにかく救っておいて、出てくる問題点を、立法・行政や病院や既設保護施設や世間の善意で解決すればいいと、そう思う。その最初の具体的方途(施設)が『赤ちゃんポスト』でなぜいけないのか。
 今回の神戸市の助産院の会見は、きっと良い方に勢いをつけてくれるだろう。   


 左下の「続きを読む」をクリックすると私の新聞寄稿『親の子から社会の子へ』が出てきます。


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. 「何だか具合わるい」まいったな


 昨日の午後から体調が悪くて気持ちも「どんより」。それでも3食はきちんと、ですが。
 「1日中パソコン画面とにらめっこしていたからかな」と気にも留めなかったのですが、今朝5時半に起きて、「なんかやっぱりヘン」。鬼の霍乱(かくらん)かな? いよいよかな?
 TV報道の日米首脳共同記者会見を現場記者よろしく聞き耳をたて、どんぐり眼で凝視してメモにつぐメモメモ。質問したいと挙手をしても二人には見えないと思うので、画面に向かって「私見」をひとくさり、ふたくさり。
 それが終わったかと思うと今度は、N〇Tの「光」何とかの切り替えで、電話で業者と1.5時間ほど通話して、キーボード打って、さらにはメモって「疲労困憊」。脳が長い緊張に耐えられない? 叱られたわけでもないのに、子機を押し当てていた結果か「耳が痛かった」。
 本当に調子が悪かったみたいで、午後はぐったりして、ゴロゴロ。いえ、猫の喉鳴らしではなくて(^^♪
 ・・・こんな日ってあるんですね。明日ちゃんとした記事書けなかったら少しビビるかもしれません。


  竹の中に「偉い人」がひとりも入ってなかったのが嬉しくてシャッター。「それが何か」

     竹の中
       *伊東デュオにて*


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. 『タッチ』のみなみちゃんは団塊世代のアイドルか


 まず表紙のイラストを見てください。「おー、なつかしい!」と目が点になったあなた、もしかしたら団塊世代でしょうか。はい、あだち充(みつる。本名安達充)の大ヒットコミック『タッチ』のみなみちゃんと達也くんです。

     タッチ1
      *我が家の炬燵板の上にて撮影。小学館『タッチ』ワイドバージョン第9巻の表紙*

 このコミック、1巻あたり410頁から435頁程度と分厚く、しかも11巻もあります。本棚に並べると31センチもあるのです。少なめの410頁に11冊を掛けると総頁数は何と4510頁ですよ。「それがどうした?」と言われると「いや、べつに」と頭を掻くしかないのですが、ここ数年続けている身の周りの整理に関係するのです。

 じつは2週間ほど前に地域のテナントビルの「屋内広場」に掲示しました。ア〇マゾンで購入した中古本で11冊全部を無償でお譲りしますと。この掲示板、「譲ってお願い」と「有償譲り」「無償譲り」の3種あるのですが、無償のコーナーはペットの子猫が多いですね。
 猫はさておき、親なら「こんな娘がほしい」「女の子が生まれたら名前はみなみに」「息子の嫁にはこんな女の子がいい」、学生・生徒なら「こんなカノジョほしい」と大騒ぎになったヒロイン朝倉南を「資源ごみ」にしたくはないとの想いからの掲示ですが、予想に反して反応がないのです。「きっとすぐに連絡入るぞ」と、綺麗めの、しかも重い本を入れても破れないと信ずるに足る紙袋に押し込めて、上には埃よけの風呂敷までかけておいたのに・・・。

 この一世を風靡した『タッチ』は『少年サンデー』に連載されてブームになり、1982年には第28回小学館漫画賞を受賞しています。その後TVアニメにもなり、あだち充自身ファンだという岩崎良美が歌ったテーマソングも流行りました。と、ここまで来て「ん?」と計算しました。受賞はすでに35年も前、もう「過去」の作品なのかもしれないと。確かに地元で1番大きな書店にも並んではいませんでした。見かけなかったから欲しい人がきっといる。それも今回の動機だったのでした。
 「やさしさ」と「気づき」にあふれ、心の機微とユーモアにも触れられるこの名作が「過去のものねえ」。
 「でもまあ、3月下旬の掲示期限までそのまま諦めないで出しておこう」と決めました。

 それと明日2月の9日はたしか、あだち充の66歳になる誕生日なのです。
 「ふーん、俺より4つも若いのかぁ」
 

       タッチ2
         *半端に我が家が明るいのでフラッシュしないなあ*



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. メディアに出まくる顔に、ちょっとだけ辛口と甘口


 自分の記事を振り返ってみると、いわゆる「名指し」はほとんどしていない。そのために旗幟鮮明にならず訴える内容が薄まることがある。もともと「名指しの非難」が好きでないこともあるが、名前を出したとたんに主張の範囲が狭まるだけでなく感情的な反論を誘発してしまうのでそうしている。
 今回の記事はそういう世界とは無縁だと思うので、というか皆さん有名な方なので、「平気で」出すことにした。
 「では、『つまらぬ者の言う言葉』という『蛙声』の名に恥じぬ勘違いな妄言に移ります」

 まずは失礼ながら見飽きるほどにテレビに露出したお顔から。まあ、スイッチを切れば済む話なのだが(^^♪

 ①小池百合子都知事。立候補前、選挙中、当選後もずっと、なのでダントツかもしれない。この人の顔を視ない日はなかったような気がする。久しぶりに登場した「カリスマ」、しかも女性。男たちの出世欲と保身欲を操り、劇場型の政治展開で大衆の心を鷲掴みしてしまった御仁である。本来軍師的な人だと思うので、軍師は軍師を持ちにくい点が心配だが、タフな心臓をお持ちの様子なので首都東京の行方が楽しみでもある。どんな要人に対しても堂々としているところも加点材料か。

 ②トランプ米国大統領。あの大きな顔と態度を冬の間ずっと視てきたのでトランプではなくトラウマになりそう。「ミス」しまくりの発言もじつは手の内を見せない理性的な戦略なのかも。名前からくるのか外交での博打(バクチ)も多そう。ハート(身内愛)とダイヤ(資産)が目立ってもいる。混乱し膠着している世界を突然かき回して各国の本音を引き出し結果的に好結果が得られるということになると、この人は国際的な「トリックスター」と言えるだろう。頭目の彼がまず衝撃を与え、理性的な頭脳集団がこれをまとめるというパターンが常態化すれば案外凄い大統領になるのかも。顔は見たくないけれど目は離せない。

 ③朴槿恵韓国大統領。 大変申し訳ないがマスメディアに長期にわたり朝・昼・晩と頻出して、本当に参った。マスコミ自身がこれを異常だと思っていないことが不思議な日々。ブロガーの方も記事で「ここは日本です、私は日本のニュースが視たいのです」と呆れていた。動画として出てきても静止画像のようにみえる無表情な顔。若いころの回想動画では笑顔も出ているのに。この人の心の暗部は大統領になっても消えなかったようだ。

 ④蓮舫民進党党主。上位お3方ほどではないが、強烈な印象があるのでランクアップさせてもらった。支持者の方には申し訳ないが、この人が画面に出てくると他局に移るかスイッチを切る。視ているのが辛い。「嘘」の闇の中で勘違いのスター気取り。国会の代表質問も「言行不一致」となるので聴くに笑止だし党としての減点材料にもなる。政府与党を攻める質問はほかの党員に譲った方が無難だと思う。最近接した報道では党が2分されるとか。彼女はどう想うのだろう、「三省」は中国の『論語』の学而編にあったと記憶しているのだが。この人、与党が国会の場で筆頭野党党首の「暗部」を取り上げないのは来る衆議院議員選挙の選挙戦略なのだとなぜ気づかないのだろう。

 少し暗くて「生意気」な文言が続いたので、「お口直し」を試みたい。
 上の文とは反対に、毎日毎晩テレビに出てきても構わない人の姿と顔のアップ。大谷翔平投手と女優新垣結衣。どちらも若くて長身、手足も長い、つまり「かっこいい」。何よりも笑顔が素晴らしい。あくまでも推測だが性格も良さそう。
 次がもう少し積極的に、もっとメディアに顔出しして欲しい人。汗をかくプロの政治家小泉進次郎、プロダクションに報復されながらも新しい道を切り拓く「あまちゃん」こと能年玲奈。金で動かないプライドを胸に秘める松井秀喜。
 最後にあの世から還ってきて、メディアに顔を出して欲しい人。コッポラ、スピルバーグ、ルーカス、スコセッシ、イーストウッドなど世界中の映画作家に影響を与えた巨匠黒澤明、敗戦後日米間の力の格差が著しい中でアメリカとのタフな交渉をこなした名宰相吉田茂。特にいまは邦画界も政界も「巨匠」が必要だからだ。


 ピントを合わせるのは大きくではなく小さく咲いている花の方だということ。「そんなものかも」

      ツバキ
       *伊東つばき園にて*


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. 絵やらフォトやら何やらかにやら


 「1週間」がはやい、というのが実感です。認知症の判定時に「きょうは何年何月何日の何曜日ですか」と聞くそうな。何だかわかるような気がします。「何だい、のっけから暗そうな」、でもないんですけど。
 みなさん同じかもしれませんが、よく散歩に出掛けます。最初は自宅から半径1キロ以内でこなしていました。ところが案外飽きるんですね、景色も道もたいして変わらず。そこで登場したのがデジカメでした。ブログ用にひょいと目にとまったものを撮ったり、観光地らしい画像を探したり。ところがよそ様のブログでカメラや腕の違いを見せつけられてシュン・・・モチベーションとやらがダダ下がり。健康面でも必須な散歩なのに、出かける気力がだんだん失せてきました。

 実は私、若いころに写真の「先生」とも言うべき友人がいました。と言っても手取り足取り技術伝授、とは少し違って、彼が撮った写真を見ることによって「独学」したものなのですが。さらにその後、写真を趣味にしていた兄からモノクロ用ですが、現像・焼き付け・引き伸ばしができる機器セットを言わば「おさがり」でもらい受けます。写真が「枠」によって変わることを実感として学びました。トリミングとかフレーミングとか、そういうものだったようです。いえね、飽きが来たり技量に落ち込んだりする前に、「お前がこれを撮りたいと思ったのはなぜ?」の問いに答えられない自分に気づいたのです、1年以上も前のことです。

 もう大昔になりますが「絵で生きたい」などと「夢」を見たこともあります、親からの遺伝の「赤緑色弱」で諦めましたが。もっともこれ、理性的になれば当然無理な話で、「絵筆放擲(ほうてき)」は間違いなく正解だったんですけどね。20年ほど前でしたか、あることから「現役を引退したら趣味でやろうかな」と思ったことがあります。
 で、それを思い出したように去年のハロウィンの際に、葉書に仮装した女の子のイラストを描いて7歳の孫に贈ったのです。喜んでくれたようですが、2回目のクリスマスのときは無反応でした。ふと思ったものです。アニメ大国日本、コミック天国日本、あらゆるところで最新機器を駆使して描かれた「かわいこちゃん」(←これふっるい)が氾濫しているんでした。
 「うーん、そうか俺の絵は昭和かも」

 話があちこち飛びますけど、結局はゴチャゴチャ考えるのは年寄りらしくないので、「好きに撮って勝手にブログにアップして、それでいいじゃん」となりました。開き直って撮ってみると、これがなかなか楽しいんです。「訪問者」のどなたかはきっと、「あれ、このごろのブログ写真、変わってきたね」と感じてくださるのではと、思い込みを激しくしています。
 そうそう、藤村俊二さんが亡くなり追悼報道の中で彼が言っていた言葉、かなり胸を打ちました。
 「年寄りって楽しい」というんです。なぜって、「見えない、聞こえない、憶えられない」からだそうです。目から鱗でした。おヒョイさんらしい達観と言えるでしょう。そうですよね、ここに至って何を足掻いているんでしょう。なんと言いますか、私、恥ずかしさを覚えました。

 さぁ、また勝手カメラで、きょうもあったかくなる午後に足腰の鍛錬、鍛錬。
 今回も「小さすぎるお話」でした。
 みなさんも良い週末を、どうぞ。
 サッシ戸の向こうで野鳥が鳴きだしました、「カーテン開けろよ」とばかりに。


   日差しが葉っぱを「花」にした。照葉樹イルミ。

     照葉樹
        *伊東市内の散歩道*


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. 「おしっこ」から尿が出ずに糖が出たって?

 
今回は少しヘタレな内容なので「です・ます調」で参ります。 
 メタボ指標のBMIが22から23という普通の体型だった私が数年前、会社の健康診断で突然健保組合から『糖尿病ですすぐ入院が必要です』と言われたときの話は以前記事にしましたのでハショリますね。あ、何度も書きましたけど私、現在は約70歳です。

 最近内科の先生から聞いた話で驚いたのは、いま判定の数値をあげることで糖尿病患者を減らしているようなものだということ。判定の際にほかにも数値条件があるのはこの際省くとして「ヘモグロビンA1c」だけに絞りますと、何年か前にこれ以上は予備軍ではなく本隊の糖尿病とされた数値が「6.1」から「6.5」に変わりました。国際的な基準に合わせるためと言う理由だったようです。ところが最近になってまた上げたそうなのです。流石に先生はその場ではっきり数値を言いませんでしたが、私の推測 では「6.8」ぐらいになるかなと。多分理由は「国の医療費の節減の一環としての患者減らし」です。

 興味が湧いたので帰宅してから厚労省のホームページにアクセスして調べたのですが、まだ従来の数値でした。とすると考えられるのは3つ。①ホームページが未更新なだけ。②正式には来年度からの話? ③正式改定ではなく監督官署から病院への指導・通達のみ、のいずれか。あんまり踏み込んでは先生の立場上何ですので、自分のことに限定して聞いてみました。
 「じゃ先生、いま伺った私の前回の検査結果は6.6でしたから糖尿病じゃないことになりますけど、これって薬を服用した結果としての数値ですよね」
 私が云いたかったのはこの「変更」で患者を減らし医療費節減効果が期待できるのは「初診」に限られるってこと。当たっていました。例えばインシュリン注射をしたり、高い薬を服用したりして判定数値未満になったとたん「患者じゃなくなる」って訳じゃありませんからね。 
 で、結論としてはこの診察時のジャ〇〇ビア処方を休んでみることで「合意」しました。じつはこのときすでに40日間薬の服用をやめていたのです。採血はしましたので、この40日実験でどれだけHbA1cの数値が上がるかわかります。いえ、別に患者でいたいわけじゃありません。いったん食後高血糖体質になると完治はしないと言われています。つまり死ぬまで「つきあう」わけです。それでもできれば服用を制限したいのでした。どんなに優れていても、自然界に無いもので作られている薬の常用から副作用が出ないわけがない、というのが持論です。それなのに、もう5年も服用を続けているわけです。
 先生によれば数値「7.0」以上が続くともろもろの合併症がでるリスクが高まるんだそうです。免疫力低下、心筋梗塞、壊疽切断、人工透析・・・進行した糖尿病の彼方に見えるものは、身震いしそうなものばかり、真剣にならざるを得ません。

 私はちょっと変わった患者です。1昨年の10月から昨年の3月までの半年間通院を止めて同様の実験をしています。普通に暮らしてのこの結果は、先生の参考にもなったようで詳しい「問診」を受けました。加えて肝臓・腎臓・膵臓・心臓の検査も何回かに分けて実施されました。いつから7を超えていたのか心配でもあり、医師としての興味もあったのではと思います。まさに「〇〇服用半年休止が患者に与える影響如何」とレポートが書けそうな。
 テスト時の結果は「服用継続で6.3」だった数値が半年で「7.3」に上昇していました。
 この後の服用効果も多分ですが、先生にとって興味深かったと思います。7.3→7.0→6.8→6.7→6.6と、自分で言うのもなんですが、薬だけで食事療法無しに優等生的に下がり続けたのでした。
 ここから記事の冒頭に戻るわけです(^^♪

 私の中学時代の同窓生の1人が医師でして、本当はずっと診てもらいたかったのですが何分にも伊東と横浜は遠すぎます。その彼が言いました。『地元に相性のいい内科を探すのが一番だよ』と。この『相性がいい』という条件、良く分かります、切り開いて体の中を見ることがない内科ですし、大事な問診をするにも人間関係、信頼関係が大事でしょうから。
 いまの「かかりつけ医」はその点、ぴったりでした。 

 あ、そうそう、私は食事療法もせずに普通に暮らしていましたが、心して日々の炭水化物の摂り方には気を付けました。カロリーは制限せず糖分だけに気を使ったのです。自己流で無理もせずにやっていましたが、最近そういう学説があると知りました。
 長々と書きましたが、何か一つでもご参考になればと、思います。


   「病あり5キロ歩けば冬木立日差しを得ても寂しさの立つ」(蛙声)

     冬木立
       *松川湖畔にて*

 
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蛙声爺

Author:蛙声爺
文芸同人誌編集をしています。
考えるフクロウが理想。
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