蛙声爺の言葉の楽園

. さまよえる真実と、ブーメランな「真実」の始末


 「自由の女神が泣いている」と誰かが言った。彼の国はこの世界での存在価値を自らの手で減殺しようというのだろうか。かなり世代をさかのぼるが、同国のジャクソン判事の言葉を引いてみる。
 『この国が反宗教(irreligion)にとって自由であることをやめる日は、同時に、政治的権力を握った宗教を除く全ての宗教にとって、自由であることをやめる日でもあるだろう』

 私にしてはたくさんの時間を割いてもろもろの報道に接し、それを理解するために片っ端から活字を追いかけた。それから導き出されたものは、その多義性によってさまよえる真実と、ためにするブーメランな「真実」の存在だった。
 いま、少し整理をしてみたくなっている。

 まず身近な刑事裁判について。
 ①容疑者(犯人)の「真実」 ②警察・検察側(被害者)の「真実」 ③裁判官(審判)の「真実」 ④神のみぞ知る真実の真実、の四つの真実がある。④を見つけるために利害相反する①と②を争わせ③を導き出すのが法廷だ。そこでの④は「可及的」という探索の彼方に存在するとされる。
 結果、③の「有罪無罪」の判決は、①が当該犯罪を実際に犯したかどうかをとは別の「真実」になる。
 人間が法的手続きを経て人間の裁く限界と言っていいだろう。
 私たちは知っている。このルールによって「罪と罰」を逃れ、高らかに笑っている人間がいることを。

 統治権力/独裁の中でのこと。
 ①被治者国民の生殺与奪の権を持つ者の「真実」
 ②被治者の、自らの命と生活が一番という中での「真実」
 ③②を超越し正論で抗する被治者のいう「真実」
 ③は①によって抹殺され、①は「自分がしたようにされる」というブーメランで②に裁かれ。②は①を許した過去に涙し自責に陥る。
 つまり④真実という名に値する真実が無い。そしてそれは多くの場合「国」の分裂を招く。
 歴史上何度もあった独裁政治の顛末がこの流れか。

 政治・外交の中でのこと。
 ①国内向けに創って曲げた「真実」
 ②①を掲げ国外に向けた攻撃的な「真実」
 ③国際的には丸見えの真実
 このコメントには次の名文を引くことにする。
 『歴史は「金」次第でどうにでも書き換えられるという考えに慣れた頭脳。短い間に何度も書き換えられるのを目の前にしていた(ショスタコヴィッチ)の心』(吉田秀和) ここにいう「金」は貨幣に限定してとらえる必要はない。吉田はこう揶揄する。『歴史は本当に淫売だと思わないか』と。恐ろしいのは「統治者の権力」と「被治者が誤って受けさせられる教育」、そんな気がする。

 それぞれの項目が昨今のどの国の動きを見ての「真実」考察なのかは自明であろう。
 他国だけではない。かつてこの国も、古の歴史と発展途上の現代史の中で、全体的に或いは部分的に、陥ったとされる事例である。みなそれぞれに「真実」を語る。そして不幸なことに、また幸いにして、真偽の判定は究極的には被治者がするのだ。
 混沌期に入ったかのような国際情勢の中、この国が背筋を伸ばした国でありますように。
 

   池の水でさえ、すぐ上のものを映すとは限らない

       池の水
         *小室山公園にて*


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. 伊豆の桜の中で「春」をみたい


 水温む春までもう少しの辛抱だ。伊豆ではもう桜すら咲いているのだから。
 早咲きが多い伊豆の桜を観て観光客の多くは「あれ何という桜?」と不思議がると思う。もっともすでに有名な品種もあって観桜(かんおう)の常連の人のほうが詳しいかもしれないのだが。

 伊豆には数種の桜がみられ何と1月下旬から4月上旬までの間、どこかで桜を愛でることができる。自然と人工の交配で誕生した桜を大雑把に捉えれば山桜系統は新葉と同時に開花し、寒緋桜(カンヒザクラ)系統は葉より開花が先になる。「山桜」と「大島桜」は前者だ。その大島桜と寒緋桜の雑種が「寒桜」、山桜と寒緋桜の交配種が「熱海桜」、ヒカンザクラ(=寒緋桜)と大島桜の自然交配種が「河津桜」となる。寒緋桜がもともと沖縄・台湾といった南方の生立ちのせいかどうか、交配種は早咲きが多く、特に「熱海桜は日本一早咲き」と謳っている。熱海の『糸川桜まつり』が1月24日から始まっているのでほんとかもしれない。ちなみに『河津桜まつり』は2月10日からである。もちろん早ければ偉いということではない(^^♪ あちこちで咲く「寒桜」もおおむね2月には開花するようだ。

 これら早咲き系にはもう一つ特色がある。開花期間が長いのだ。この長さでいくと流石の「ソメイヨシノ(染井吉野)」も敵わない。春の彼岸のころに咲いたエドヒガン(江戸彼岸)と大島桜の雑種である「染井吉野」は3月下旬から4月上旬にかけて咲くのだが、花の命が短いのが特徴だ。日本では「花」といえば「桜」のこと。その開花時の美しさと散り際の見事さで「武士」の「目標」にもなったそうな。たしかに「万花の女王」かもしれない。こちらでは特に「伊豆高原の桜並木」が名所になっている。

 ところで先日かみさんと伊豆高原駅前駐車場に愛車を置き、徒歩で付近を散策した。もちろん足腰のための日課のようなもので観光目的ではない。いつも同じようなルートでは認知症予防には役立たないとか。たまに市内の「遠方」に飛び地?しているのだ。
この辺り、仕事の関係で2年ほど住んでいたことがある。懐かしがって歩いているうちに駅裏の『花吹雪』という料亭の前に着いた。別に入りはしないのだがこの屋号から或ることを想い出した。
 「この先に何度か入った居酒屋あったよね、たしか「花」なんとかっていう」と、首をひねる。
 「あったあった」とかみさんも記憶をさかのぼっている様子。
 もちろんこんな時も二人は歩を進めてはいる。「思い出しマラソン」と言ったところか。
 「花菖蒲」「花椿」はすぐに消した。飲み食い処に「勝負」や「唾}は、音としてふさわしくない。
 「花ごよみ」「花むすび」「花かご」・・・
 「違うなあ。なんか雰囲気がちょっとね」と生意気にクイズ番組の司会者風に否定する相方。「すこしは考えろ」と内心・・・。「花いかだ」「花すだれ」あと少しと思ったときに「花のれん、かも」とかみさん。「ずるいね、すだれからのれんかよ」とまた内心・・・。
 ついにたどり着いた店の、実物の看板は「花のれん!」
 笑いあったあげくの、しばしの無言。
 「もしかしたらこやつ、早い段階で思い出してたのかもな」と、そう思うことにした。
 そうなら「負け」があたたかい。

 これで落ちが付いた。はな(花)から「小さなお話」。


  流れているものを観ていると、日々流されている自分が見えてくる

     松川中流
        *松川中流にて*


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. 先の先を見つめる人たちの素晴らしさに想う


 『若者がいかに元気かが、その社会の未来を決めると思う』
 2016年のノーベル生理学・医学賞を単独で受賞した東京工業大学の大隅良典栄誉教授(以下教授と記す)が、新たに「大隅良典記念基金」を発足させるという報道で語った言葉だ。教授が受賞賞金の1億円を寄付し、これに一般から募った寄付を加えて、来年度から同大学に入学する学生を対象に奨学金を付与するという。もちろん『優秀で経済的支援が必要な学生』に限られるが。
 カメラの前で淡々として趣旨を述べられる教授の顔は、達人とはこういう雰囲気なのだと思わせた。驕りも気負いもなく「当然のことをしたまでです」というような・・・。
 私は老いた涙腺が決壊しそうな想いでそれを視ていた。

 前年2015年のノーベル生理学・医学賞を受賞した北里大学の大村智特別栄誉教授も同様の感覚を持っている方だと思う。40年間に私財で集めた美術品を収めた美術館を韮崎市にそっくり寄贈している。教授は言う『優れた美術品というものは、本来は個人で楽しむものではなく、人類全ての共有財産だと思う』 と。
 ほんとうになんという人たちなのだろう。一流の人の目は、今の先の、さらに先を見つめているとしか思えない。

 勝手に思い込んでのことだが、この姿勢の源にあるのは「私(わたくし)と公(おおやけ)」の因果・峻別なのではないか。【今ある自分の地位・栄誉は「人様=公」によって与えられ支えられているもの。だから当然最終的には「人様」に還元すべきもの】という発想なのではないかと。自分以外の人たちの力という「公」→自分個人としての「私」→より大きな「公」→自分以外の人が享受する「私」、という流れというか循環がそこに生じる。このように想像して初めて、達人たちの想いを理解できるのかもしれない。

 学者だけではない。松下電器産業(現パナソニック) 創業者の松下幸之助氏は、1979年私財約70億円を投じて「松下政経塾」を開設したが、これは政治・経済の将来の指導者を養成する目的に出ていて、自社や自分のためのものではなかった。また『繁栄をとおして平和と幸福を(PHP)』も同氏の考え方である。
  
 こういう先の先を見る発想は明治維新からずっと生き続けているのかもしれない。
 国家の須要を涵養するための旧帝国大学に対するものとしての私学の創立に動いた人たちもまた『国家100年の計』を見つめていたのではないだろうか。そんな気がする。
 次に単純化して一部列挙してみるが、最初は皆一介の「私塾」と変わらない形なのに驚かされる。尚、大学名の前にあるのは当初の名称。
 福沢諭吉(慶應義塾大学)・大隈重信(早稲田大学)・山田顕義(國學院→國學院大學/日本法律学校→日本大学)・品川弥二郎(獨協学園→獨協大学)・新島襄(同志社英学校→同志社大学)・中川小十郎(京教法政学校→立命館大学)、なお少し特殊な出発をしたのが中央大学で前身たる英吉利法律学校は18人の法律家によって創立されている。ちなみに山田顕義と品川弥二郎は吉田松陰の松下村塾の塾生で、わけても山田は大日本帝国憲法告文に名を連ねる我が国初の司法大臣である。

 現代の各種議員の先生方、もしかしたら「公→→?」で終わっている人、多くないですか。
 以上全文につき妄言多謝。


 蠟梅(ろうばい)を「老梅」や「狼狽」と受け取る齢(弱い)かな?

     蠟梅
      *松川湖梅園にて*


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. 『誰も困らない』と認識するのは辛いけれど


 このところ自分なりに嵌(はま)っている作家曽野綾子の老境に関する「ハウツー本」、見方によってはかなり辛辣なのだが、視点を変えて観ると気持ちが楽になるから不思議だ。
 一番心に残ったのは『中年以後に意識すべきことは、自分がいなくても誰も困らない、という現実を認識することである』(『引退しない人生』PHP文庫。以下同じ)というくだり。

 確かに「俺がいなかったらこの会社はどうなる」とか「ほかの誰がこの仕事をやれるというのか」とか、実人生を振り返ってもこう言う立派な仕事師がたくさんいた。そして多くの場合、その人が居なくなっても会社や職場が大過なく「運営」されていたように思う。それどころか、より改善が施され利益も増した例も見ている。これを裏返せば、特定の人を失ってガタガタしないように平素から人的な備えをしておくのが「組織」の鉄則だということになる。

 愚考するに、この考え方は会社などの組織に限らない。家庭でも親子関係でも同様だと思われる。巷でよく「この子たちを残しては可哀想」といって子殺しをしてから「無理心中」のかたちをとろうとする親がいる。大概死にきれずに自分だけ「助かる」。災難なのは親の身勝手で殺された子供たちだ。親は我が子を自分の所有物だとでも思っているのだろうか。昔から「親はなくても子は育つ」という。日本の「今日の世」ならなおさらのことではないか。この手のニュースに接するたびに腹が立ち、哀しくなる
 「可哀想だ」と思うなら、死のうとせずに生きて育てるか、子を巻き込まず自分だけで旅立てばいい。

 それにしても、「自分がいなくても誰も困らない」と認識するのは、おそらく誰でも、寂しくもあり、悲しくもあるだろう。だからこそ曽野綾子女史は「覚悟」を迫っているのだ。彼女は項を改めて言う。『無理なく、みじめと思わずに、少しずつ自分が消える日のために、ことを準備するのである』『余計なものはもう買わない。それどころか、できるだけあげるか捨てて、身軽になって置かなければならない』と。
 それこそが、『この時期』の立派なプロセスだと言い切るのだ。うならざるを得ない。

 もともと遺すものも、あらかじめ捨てる物もない蛙声爺だが、それでもここ数年の自分を振り返ってみると、老境に入って明らかに「曽野綾子教」に入信したような気がする。
 「それでいいのよ」と、肩をたたかれているような気も。


 消える前に「燃える」っていうのもけっこう「美しい」

     DSCN1207.jpg
       *自宅から夕焼けを*


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. 汝は「老人」か。識者の至言とちょこっと私見


 今朝のニュースで84歳になる五木寛之が名作『青春の門』の続編を週刊誌に連載し始めることを知った。23年ぶりだそうな。TV画像で視る彼の顔は何とも若々しい。健康に自信がなければ連載は企図しないだろうから、驚嘆というほかはない。
 ということで、今回は「老い」に絡む識者の至言を集めて、蛇足そのままの私見を貼り付けてみた。引用順序に工夫はない(^^♪

 この頃人付き合いもしないし家族の相談事にも「親身じゃないみたい」と評されているあなたに。
 『ちょっとした思いやりにすら、人間には、地位や余裕や体力が必要なのだ』(『悲の器』高橋和巳)
 まして老いたこの身ではと付加できる。

 テレビに映る観光地での出会いを懐かしがられ「なに忘れちゃったの」と古女房に責められたあなたは想う。
 『忘却作用は、好ましくない経験の部分から起こる』

 隣家の奥さんに「お若いですね、うちのやつと同じでしたよね、段違い」などとお世辞を言って、そっぽを向かれた高齢のあなたは「あ」と口をふさぐに違いない。
 『女性の年齢は必ず意識し、そしてそのままには決して口走るな』(『ジャーナリズム入門』扇谷正造)

 うっかり乗って1人しゃべっていて、相手が硬直しているのに気づいたときは思い出してほしい。
 『弁解し出したら中年であり、自慢で他人の口を抑えたら老人だ』

 おべっかとも知らず、会合で老婦人のこの言葉にやに下がったあとで、今は男女が逆だと応えるべし「とくにあなたは」と付け加えることも忘れずに。
 『男は年をとると魅力的になるのに女はバアさんになる。不公平だわ』(ディー・ウォーレス)

 「その年で勉強って頭大丈夫?」などと罵られようものなら、すっと背筋を伸ばしてかっこよく老妻に言おう。
 『男の夢は齢(とし)をとらない』(大昔のヤマハのキャッチコピー)
 ただし噴き出されるのは覚悟で・・・。 いや、そうなったら、慌てず騒がずこれをお経のようにつぶやこう。
 『少にして学べば則(すなわ)ち壮にして為すことあり。壮にして学べば則ち老にして衰えず。老いて学べば則ち死して朽ちず』(言志晩録) 正直、死んだらおしまいだけれども。  

 若い時のことをあれこれ精確に思い出せることを相手に自慢されたら、心の中でいいからきっちりと反論しよう。
 『年をとってから、若い時のことを想い出して、それだけ幸福になれるとは限らないと思うよ。想い出さない方が幸福な若い時だってある。それから逃れて漸く老いてきたって言うのに』(『されど我らが日々』柴田翔)
 これが一番「痛い」かな。

 今回のおしまい近くになって「老い」にエールを。
 『人間一生、誠にわずかの事なり。好いたことをして暮らすべきなり。夢の間の世の中に、好かぬ事ばかりして苦を見て暮らすは愚なることなり』(山本常朝)
 その通りだけど問題は先立つものの有る無しだ。

 日常的に迫られていることだ、老人は。怒っても仕方ないけれど。
 『孤独、ひとりぼっち、その中での決断――それができたら一人前』(扇谷正造)
 いまさら「1人前」と言われてもねぇ。


 雲(苦も)あり、落葉(楽よう)樹あり。ブルーな日は空使って活きよう。

    雲 
      *小室山公園にて*


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. ハウツーものを読んでから書くとエンスト起こすんじゃない?


 若いころ『文章作法』という「ハウツー」ものの存在を知って、「へーえ、文章にも作法ってあるんだ」と口走ったことがあります。中学生の頃から好き勝手に「膨大な量」の日記文を書いていたからで、その後小説を書く際に何冊かを手に取って読んでいます。もちろん『文章作法』とは銘打っていないものですが、中野好夫、丸谷才一、伊藤整・・・ええ、到底理解できませんでした。すぐに諦めてそのまま。
 30代に入ると、シナリオに興味を持ち、また何冊か通読することになりました。こちらは小説と違って、映画やテレビドラマの台本ですから、スタッフ、キャストへの伝達ルールが定まっていて「ハウツー」ものが必須です。特に型の順守は最低限の要請で、ノートにメモを書き込み、かなり真面目に取り組みました。
 ここで小説の文章作法にも通じるものを感じ取れたのは幸いでした。

 1例として『台詞のチェックポイント』を引いてみます。これは舟橋和郎の「作法本」ではなくて鬼頭麟兵の「教科書」だと思いますが、なにしろ1970年代のテキストですから残っているメモだけが頼りなのです。14項目あります。

 □冗漫でないか
 □人物に「差別」をもたせているか
 □登場人物に作者の代弁をさせていないか
 □横道にそれていないか
 □雑駁すぎないか
 □魅力があるか
 □説明になってないか
 □ストーリーの運び以上に出ていないのではないか
 □リズムがあるか
 □散文的過ぎないか
 ■視覚的表現を忘れ、台詞に頼り過ぎていないか
 □話し言葉としてこなれているか
 □個性はあるか
 ■手垢のついた言葉を使い過ぎてはいないか

 すごいアドバイスなのですが、もし執筆中にその都度チェックをしていたら、物語の推進力が削がれ気持ちがエンストを起こしてしまうような気がします。やはりこれは推敲段階ではじめて行えるものでしょう。『情熱で書き知性で推敲する』と言うではありませんか。
 道路の案内や標識が多いと運転しづらいでしょう。ちょっと似ています。
 ちなみに小説で一番取り入れたかった助言は■印の「視覚的表現」と「手垢のついた言葉」のところでした。


 なぜ鯉は滝を登れるか。急流を縦にしただけだからです。ただ滝の高さが鯉の泳ぐ能力を超えていれば無理でしょうね。そう簡単に龍になれないのは世の定め。

       瀧
        *熱海梅園にて*


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. 進んでいるのか海馬、止まっているのか惚け


 昔、こんな言葉を聞いた。『馬にシー(止)ドー(動)の誤りあり』 
 馬を進めるときは「シーシー」と言い、止めるときは「ドードー」と言う不思議を表したものだ。海馬を傷めあと2カ月半ほどで古希になる自分にこれを当てはめてみた(^^♪

 拙いながらも同人誌作家として20年過ごしてきたので、或ることについて多角的に見つめる癖がついている。登場人物や事件につきこの操作ができないと小説が書けないからだ。ところがこの「癖」が老後を迎え日常生活の中で少しく邪魔になってきた。爺なのに老婆心が働くのか取り得る方法が複数ある場合に、はたから見れば消極的に見える1肢を選ぶようになったのだ。

 きのう、『国の医療費問題が高齢者を襲う?』という記事を書いた。大でも中でもない普通のポイントを使い文字数もかなりのものになった。準備に3日を要し書き込みに2時間半もかけた。それなのに『記事を保存』(=公開)する段階で迷った末に止めてしまった。2014年以降の各種数値を厚労省の白書などできちんと出典を示せなかったのだ。信用できる「引用者」であっても、それをまた引用して論を進めるのにはリスクがある。つまり『また聞き』のリスクだ。裁判でも『伝聞証拠』には力が与えられない。リアルな恐れを誘う結果になるネガティブデータであればあるほど、危険度は高い。
 実は私、昨年発行の同人誌で『現姥捨(いまうばすて)』と題して、10年後の近未来の高齢者を取り巻く「恐怖」の実態を扱っている。しかしそれは小説という虚構の世界、現実の最近の諸データを利用して実際になりそうな世界を創りだしてはいるものの、ある意味責任は軽い。創作の質レベルは違うにしても、かつて小松左京が小説『日本沈没』を上梓したが、もしこれと同じ恐怖の未来を小説ではなく真っすぐに論じたら如何。ボツにした私の原稿は真っすぐだったので、そういう「責任」は意識すべきだと思ったのだ。
 この判断は消極的であり、臆病からでたものだったのかどうか。

 海馬「障害」の私は、「責任」が伴う職場、立場、地位、活動からの撤退をほぼ終えている。そのたびに寂しい想いはしたが。
 まだ「責任」が残っているものがあるとすれば、文章や作品に対するそれだろう。
 逆に言えば、「まだやれるものが一つはある」・・・
 馬を止めるときには「動、動」と言わなければならない(^^♪


  苔むしていても岩が脆(もろ)いとはかぎらない。

     こ
       *熱海梅園にて* 


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. 名画『この世界の片隅に』への寸評


  私が観た『マイマイ新子と千年の魔法』とこの作品だけでは確信は持てないのですが、個人的には、片渕須直監督が巨匠宮崎駿の背中にピタリ追(つ)いていると感じられた長編アニメでした。
 公開からひと月以上の間小田原に来るまで待って鑑賞した『この世界の片隅に』に心揺さぶられ、大上段に構えて論ずることができなくなりましたが、これは戦争そのものの物語ではなく、戦時という背景の中での広義の「愛」を描き出した秀作だと思います。

 縁談相手の顔も知らずに広島から呉(くれ)に嫁いできたすずとその周辺の人たちに絞り込んで描き、ばらけさせずに観客の心に一体感を持たせることに成功しています。この映画は才媛とか女傑とか大きなテーマの映画を背負わせるに足る主人公にせず、普通の、といいますか絵を描くことが好きな少し呆(ぼう)とした娘を登場させます。その素直で心優しい子が、戦争が拡大していく中で右往左往しながら日々の暮らしをコツコツと営み、苦難に耐えて少しずつ「おとな」に成長していくのです。
 すずと実家や嫁ぎ先の家族との心の交流が変化に富んでいて、観るものをして退屈させません。
 そして随時挟み込まれる笑顔と笑い声・・・これが何よりの救いになります。
 また初恋の男性と夫とのはざまで揺れるすずの女としての想いも活写し、およそ「心」というものの不安定さを同時に描き切ってもいます。正直なところ、この関連シーンにはグサリと心臓をやられました。
 だからこそと、あえて言いましょう、本作は、戦闘そのものや戦争がもたらす悲惨さをこれでもかとばかりに声高に「叫ぶ」作品よりも、厭戦気分をかりたてて止まないのです。頻繁に「画面」に登場する鳥たち、昆虫たち。それは生きているのは人間だけではないということを訴えてきます。戦争は人間が造り出した「最悪の環境破壊」だと囁きもします。この側面からは、理性的に編まれた稀有な反戦映画とも評せます。
 爆弾に因って右の手首から先を失ったすずが家事をいつも通りにこなそうと頑張る姿は、戦後の日本人の姿を象徴しています。
 困難でも、以前と同じように、いつも通りに暮らしていくこと。それが庶民にできる唯一の戦争への「抗議」であり、かつ最善のものであることを、すずは知っていたのでした。彼女は言葉でも言い放っています。

 この映画は、どこの国が悪いだれが悪いと、直接には言ってはいません。もっと別次元の根源的な訴えなのです。ですからこの作品を政治的なとらえ方をすると的が外れてしまいます。もっと深いような気がします。

 強力にお勧めします。ぜひご覧ください。
 ヒットが予想されず63館と初冬に小さく出発したこの映画は、マスコミに冷たくされながらも「口コミ」でその良さが伝播し、今年に入って170余館の上映、さらに上へと伸び続けています。嬉しいことにキネマ旬報2016年度第1位の栄冠も獲得しました。アニメでのトップ受賞は宮崎駿監督の『となりのトトロ』以来28年ぶりの快挙だそうです。本作の脚本も務めた片渕氏は、宮崎監督がいち早くその才能を認めた人として有名です。
 原作は、こうの史代の同名人気コミック、主役声優はNHK朝ドラで「あまちゃん」を演じた「のん」。
 個人的には、間近に迫った日本アカデミー賞がこの映画をどう扱うかが実に楽しみです。



 それにしてもネタバレなしに書くのは難しい。
 今回は珍しく1人鑑賞でした。2回目の上映で1時間前にチケットを買ったときは6席しか埋まっていせんでした。小田原では初日でしたから少し落胆。ところが上映開始時には200人以上の観客。私には何の関係もありませんが、ホッとしてうれしくなりました。

       

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. 歯抜けに因って社会から「いちぬーけた」?


 ちょっと面白い報道でした。私にとっては身につまされるものでもあったのですが。
 65歳以上の高齢者が一定数以上歯が抜けている場合、それに該当しない65歳以上の人に比べて「抑うつ」になる比率が1.28倍程度に増大するというのです(数値の厳密さはこの際置いておき)。 「そうだろうな」と特に気にはしなかった私ですが、間をおいて「これって俺のこと?」と瞬(しばたた)きました。
 のそのそと炬燵から抜け出してかみさん用の姿見の前へ。あーんと大口を開いてご丁寧に「現存する歯」を触りながら数えました。「歯がない」のに「足りない」とは日本語の妙味ですが、駄洒落ている場合ではありません、比較的まともな歯が20本どころか12本しかなかったのです。 それも「比較的」で、形も大きさもまともではありませんでした。

 いえね、弁解させてもらいますと、とある糖尿病の薬の副作用かなと以前から疑っているのです。もう服用5年になるのですが、しばらくの間止めてみようかと思っています。もともとメタボでもなく予備軍と正規軍の境をウロウロしている程度のヘモグロビンA1cなので・・・。それに、食事にもけっこう気を付けていて薬剤師いわく「優秀な患者」なのですから。ヨーグルトR-1も飲んでいますし、ファミレスに行けば小魚の黍海子(きびなご)を丸ごと食べたりもしています。いえ、カルシウムは摂っているという話なのですが。それでも歯は溶けて毎年崩れていきます。

 本題に戻ります。私が該当者だとして「抑うつ」って何、と疑問が湧きました。さっそく本棚の『家庭の医学』を手に取りました。
 該書によれば症状は二つだそうです。①憂鬱(ゆううつ)気分、と②億劫(おっくう)。
 ①には『孤独感、悲哀感、悲観的気分などが加わってきます』、また②には『からだを動かすこともものを考えることも、すべてがものうく、おっくうなのです、この症状を精神医学では”制止”といっています』、この状態に陥ると、『神経症と同様の症状もみられることがあります』ということでした。「うーん精神医学・・・神経症ねぇ・・・」

 ひるがえって「主観という名の客観」で歯が足りない自分を「点検」してみました。
 たしかに身内はともかく他人様の前にはできるだけ出ないようにと自戒していました。祝宴の際十分に噛めない状態だと食べ方が「汚く」なるのです。一例ですが、紋甲烏賊(モンゴウイカ)の天ぷらを噛み切れず、くわえたまましばらくの間悪戦苦闘をしたことがあります(^^♪。かみさんとの食事だからいいようなものの他の人の前だったら「絶交されるかも」しれませんね、これ。ちなみに以後このイカとは絶交しました。さらに真面目な会合の席でのこと、目の前にいた人から直撃の「抗議」をうけました。「唾(つば)が飛んでくるからマスクして」。このとき、怒りではなくマナーの観点からこの言葉を噛みしめ、組織からの「退会」をきめました。

 自分の出した「所見」は、心の病云々ではない、というもの。
 冷静に判断した結果として、難聴も手伝っていることから直接顔を合わせる交際はできるだけ遠慮ないし回避しよう、となりました。迷惑をかけてしまうことが一番きついですから。
 これを「病気」と言われれば、用語の問題と解して、受け容れようと思います
 誰にでも襲ってくる「老い」ですから、心の病気や劣等感として、この事態を把握したくはありません。
 なんだか横に逸れたヘンな記事になってしまいましたね
 ではまた。


 一人ぼっちカモ。でもこの「枠」の外には2羽も仲間がいましたよ

     独りぼっちかも
       *伊東・松川中流にて*



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. 不寛容の時代がすぐそこまで来ているのだろうか


 朝一番のネットサーフィンで愕然とさせられました。
 ニュースによれば、滋賀県の介護施設でのこと、71歳の男が咳がうるさいと切れて同室の75歳の男性を車椅子ごと引き倒し、さらに頭を数回踏みつけて脳内出血させ、結果死亡させたというのです。司法解剖の結果で確認されれば容疑者に適用される罰条は「傷害致死」になるでしょう。もちろん一連の行為に殺意があれば「殺人」ですが。
 「逮捕」じたいは1月5日だそうな。なんと、新年の松の内・・・
 「被害者が犯人にしたこと」はただの「咳」ですよ、二人は介護施設で同室の高齢者ですよ、痛まし過ぎます。
 朝からどんよりとしてしまいました(すみません、この記事も同様かも)。

 二人の日常に何があったのか詳細は分かっていませんが、私は、だんだん追い詰められていく「人の心」を、漸減していく心の「余裕の値」というものを考えてしまいました。
 『閾値(しきいち)』という言葉があります。『ある反応を起こさせる最低の刺激量』あるいは『生体の感覚に興奮を生じさせるために必要な刺激の最小値』と定義されています。現代社会、管理社会ではこれが下がっていると説明されています。上記の例で言えば、簡単に怒る、切れる、それがすぐに反社会的な行為に直結してしまう、というわけです。

 覚えていらっしゃる方も多いと思いますが、昔もありました。後ろの車からクラクションを鳴らされてイラつき降りてその運転手を殺してしまったという「クラクション殺人」、この事件以後私は、感謝のサインとしてのクラクション以外、全く鳴らさなくなりましたっけ。
 さらに隣室の風鈴がうるさいとイラつき隣人を襲った事件もありました。あの風鈴ですよ。将来、セミの声がうるさいと近隣の樹木を勝手に伐り倒す人も出るのではないでしょうか。羽のあるセミの殺戮は難しいでしょうから。
 「昔」だけではありません。最近の、刑事事件に発展はしませんでしたが大晦日の除夜の鐘がうるさいとお寺に止めるよう抗議をしたという「事件」、行政が保育園を造ろうとしたところ一部近隣住民が幼児の声がうるさくて居住環境が悪化するのでと反対した「問題」なども、何か「根っこ」が同じような気がします。
 『不寛容』ということです。それがさらに「利己的な行為」に結びついていきます。
 万一この傾向が拡散していけば、「内向きな社会」に一瀉千里のような気がするのですが、いかがでしょうか。杞憂だといいのですが。

 『やさしさ(寛容)は心の健康の証』だと賢人は言いました。
 自戒も含めて肝に銘じたいと思います。
 


    「注意」喚起するにしてはイノシシ可愛すぎ(^^♪ 出会いたくしてどうするの

       イノシシ
        *伊東市内の、とある公園にて*



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. 「寒中見舞い」で思い出した或る後悔


 「七草」が過ぎた今日、このあとで昨年暮れに年賀欠礼状を頂戴した方に「寒中お見舞い」を投函しに出かける。「こういうものはちゃんとしておこう」と。

 実は見舞いの葉書に宛名を書いているときに改めて後悔が芽吹いたのだ。
 昨年の11月25日が同人仲間だったS氏の3回忌になるのだが、川崎市に住んでおられる奥様に書状をしたためながら、迷ったあげく投函しなかったことがフッと思いだされたのだ。亡くなった後に発行した同人誌に追悼文を書いたのは当時編集長だった私だ。その「号」をお送りした後で丁寧なお便りをいただいた。S氏の人間性に触れる素晴らしい「数葉の便箋」に心を揺すぶられている。
 今回悩んだのは「夫君の死後、もう同人誌との関係を奥様が望んでいないのではないか」ということだった。しかも私はその11月に同人誌の会を「退会」している。つまり「会の編集長と今は亡き元会員」という繋がりも切れているのに代表ぶっていいのか、ということだった。結果は「形式」にこだわったことになる。そう、本音としては「心の問題」なのに・・・。
 
 『追悼文』は確かに、二人の間の「心」を意識して書いた。書状は、受け取る側の感じ方如何とは別の、何か意義があったのではないか。読み返してみてそう想う。後悔はそこにつながっている。

 『追悼 S先生
 平成二十六年十一月三十日の消印で、一通の年賀欠礼状が拙宅に届いた。差出人は奥様で『去る十一月二十五日に夫Sが六十七歳にて永眠しました。故人の遺志もありまして葬儀は家族のみにて執り行いました』とあった。
 先生と私が全く同じ年齢だったことを初めて知った。読み終えた直後、残念の極みと目を瞑った。
 「あまりにも早すぎる」
 そのときちょうど傍らに妻がいて、少しばかり劇的な先生との「出会い」について話をしている。平成十九年のこと、岩漿事務局でもあった拙宅に電話が入り、私が帰宅前だったので妻が伝言を受け取った。入会希望の方かと連絡をとったのが始まりだった。同年二月十四日発行の『岩漿十五号』に私は、幻想的な愛の短編『戯れる木霊』を載せていたのだが、これをご覧になった先生が、なんと私の「精神状態」を心配してくださり連絡を取られた由。先生の「普通の人だったんですね」の一言に、電話線で隔てられた二人が、同時に笑い出したのを憶えている。その後、ご夫婦で伊東に来られたついでに拙宅のある建物の駐車場に入られた折、またも留守だった私に代わって妻がお会いしている。会合の折に「奥さんも普通の方でした」と笑顔。よほど『戯れる木霊』に「異常」を感じられたようだ。(中略)
 読書家で、書き手でもあると私はすぐに解ったが、先生はとうとう「読み手会員」のまま逝去された。内面に相当深いものを持っていらしたと思っている。
 何年か経って一通のお便りを戴いた。南アルプスの富士山側の山麓で、いろいろな本を再読して新しい発見を続けている、一度お訪ねくださいという内容だった。「晴耕雨読」ならぬ「晴読雨読」の毎日だったらしい。兄が丁度山梨在住なのだから、すぐにお訪ねすればよかったと、後悔が芽吹いている。先生の笑顔を思い出しながら、ご冥福を祈りたい』(平成27年3月『岩漿23号』)

 どうやら私は人間関係において、いつも「形」と「心」で迷っているようだ。
 若いころはもう少し違っていたような気がするのだが。
 これも老いがもたらす「ためらい」なのかどうか。
 


  冬の桜が遠くのワシントンヤシに対抗心。「背丈がなんだ、春のわたしは凄いんだから」

       対抗心
        *松川遊歩道から市街を望む*


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. 年末年始はあっという間の出来事


 12月28日からの「年末年始」、過ぎてみれば瞬きする間の感じでした。
 新年を迎えてあと少しで満70歳、「古来稀なり」なんですよね、こちらからの視点なら「70年」もまた夢見る間に等しい歳月ということでしょう。さて「現(うつつ)」に返って、あとどれだけの時間がありますか。

 昨日は初詣とやらを、いつもと違う少し大きな寺社でやろうと伊豆高原の神祇大社に向かいました。伊東の大室山の麓を経て、とりあえず昼食をとってから国道135号線に入ったのですが、なんとまあ大渋滞。前も後ろも下り車線を来る車も皆他県ナンバーばかり、ここでやっと正月のUターンラッシュにはまったのだと気が付きました(いわば「閑散地ボケ」)。それでも混雑が若干嬉しく思えるのは観光地に住んでいるものの不思議な部分かも。
 国道を3キロ以上カタツムリ運転をしてやっと着いた目的地の神祇大社は何と「進入禁止」、駐車場が満杯なのでした。警備員の腕がむなしく×印を作っていましたっけ。「ここ諦めよう」と結論は即座。こだわらないところは夫婦とも「無宗教という名の宗教」の人。
 つまり・・・何処でもいいのです(^^♪ 

 年末ジャンボ宝くじも、これまたかすりもせずに外れ。これで約30年間、寄付行為をしていたようなもの。もっとも寄付ならそれはそれで何となく気持ちいいものなのですが。

 年賀状もとてもいい役を果たしてくれました。昨年少々わだかまりを残して離れた人たちがくれたハガキの内容がすべて、穏やかで温かいものだったからです。もちろん爺も出していました。やっぱり「賀状の効用」はあります!

 今日4日から普通の日々です。ずっと穏やかだといいですね。何かこう世の中、波乱含みのような感じですので。「普通であることの大切さ」を思う「3が日」でした。
 この「年末年始」は創作日記ではなく、無意識で「普通の日記」調でした(^^♪
 「すみません


 宝くじ外れたあとの椿かな (蛙声)

       冬の椿
        *小室山公園にて*

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. 小さな「お正月」に想う


  あけましておめでとうございます(^^♪

 大晦日には『元日に記事の「書初め」を』と思っていたのですが、二日酔いで初日の出の撮影に失敗したとたん「元日は何にもしちゃあいけないんだっけ」と口実をみつけてそのまま終日ぼーっとしていました。1年ぶりに日本酒を味わい年賀状を嬉しく読んだのが唯一の「実績」でしょうか

 明けて2日、今日が「今年の動き出す日」です。
 実は年頭のこの記事、2013年7月開始から数えて500回目なのです。そうです、創られた意図的な「記念日」。思い起こせばいろいろありました。私的には「ぶろぐ村」にも登録せず数名の方にしか知られていなかった初期の頃の100回分が1番燃えていました。拍手はあっても1つか2つ、FC2の創作日記でランキング1000番台をうろうろしていた時期です。「創作」の文字にこだわっていたのでした。でも愛着のある記事ばかりです。
 
 いつか誰かが試してくれるといいなと思っていることがあります。興味のあるカテゴリで、例えば「映画」とか「アニメ」とか、マニアックに「太田道灌」とか、さかのぼって読んでもらえたらと。もっとも他所様のブログで「いいな」と思っても、自分自身なかなかできないんですけどね。
 さて今年ですが、より一層「自由勝手に」書こうと思っています。案外むずかしいんですよね、これ。とくにブログでは政治と宗教がタブーなんだそうで。でも宗教はともかく、昔と違って「政治・経済」は家庭の食卓にも即直結していますよ。
 口にしない方がいい『我が仏 隣のたから 婿舅(むこしうと) 戦(いくさ)の話 人の良しあし』は意識しますが、そもそも「書く」ということは自分の中の何かを自分で確認する作業ですから、頑張りたいと思います。
 少なくとも自分という1人の読者はいる。そんな感じですかね♪

 ご挨拶が長くなりました。「二日ですよ、いってらっしゃい」
 と言いながら爺はきょうも「籠(こ)もり虫」です、かね・・・ 


 ほんとに小さな「お正月」。「何でお地蔵さん?」「近くにいらしたので 」

     小さなお正月


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蛙声爺

Author:蛙声爺
文芸同人誌編集をしています。
考えるフクロウが理想。
木内光夫のHPもよろしく。

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