蛙声爺の言葉の楽園

. 爺のおおつごもり


 平成28年最後の日が、快晴を約束して開けました。
 早速散歩にと思いたちますが、外の寒気に恐れ入って二の足踏み。「師走の街の喧騒に触れたいなら、うん午後だね」と自分に言い訳してあっさりやめました。このあたり「ものぐさ太郎」ですね。

 それでも昼飯のあと、自分への約束通り出かけました。定番の松川遊歩道で海に向かい、途中で左に折れてキネマ通り商店街へ。店が半分も開いていないのに落胆して住宅街へ方向転換。遠回りして修善寺街道沿いの商店街に出たものの、ここも師走の喧騒など夢のまた夢で閑散、大晦日の「世間の風」に当たろうという企ては見事に頓挫しました。

 もうすぐ山の端に陽が落ちようとしています。
 結局「これやった」と言えるものは風情のかけらも無い『日経会社情報』の閲覧だけでした。

 「本当は」ですが、今年最後のこの日の記事として『「広島」と「真珠湾」について考える』を創っていたのです。記事にした用語、引用文などの確認作業も終えていました。でも「大晦日にこれは無いな、空気読めてない」ともう一人の自分が言うのです・・・。結局見送りました。延期です、納得でしたから。

 気を取り直して「らしい楽しい記事を」と机に戻ったのですが、見つからないので今日はこれで失礼します。すみません。
 爺らしく、締めのお風呂に入り、少しのアルコールとおつまみ、次いで老夫婦で『紅白』鑑賞、最後はテレビでお寺の鐘の音を聞いて、パタンと就寝です。そんなものかも、おおつごもりも。
 では「良いお年をお迎えください」 


 沈思黙考・・・実は二人で向き合っているのか

       沈思
         *河口近くの広場にて*


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. 私のホームページを更新「馬場駿と蛙声爺」へ


 今年の初夏、20年間事実上主宰してきた文芸同人誌『岩漿(がんしょう=マグマ)』を退きたい旨を主要会員に伝えた。事故による脳の海馬劣化が主原因だが、新編集部体制への「引継」で協力を約束し、その限度での残留をして11月に至った。それもほぼ終わり、「リハビリ」も効薄いところから早期完全引退という道を選ぶことにした。
 次号25号の原稿締切も近く、また忘年の定期会合も間近だったこともあり、雰囲気を壊したくないので大騒ぎはせず、静かに去った。
 思ったのだが、すべからく或る職を辞するときは短時日で完遂すべきで、たとえ惜しまれたり引継ぎの全うを頼まれたりしてもズルズルと残るのは結果的に良くはない。端的に言えば「後任者」の改革プランを「善意」で阻害するからだ。「相手」にしてみれば一応依頼した以上「もういいですよ」とは言いにくい。これは言われる前に、去る側が推し量って身を処すべきなのだ。そう思う。

 それはともかくとして、完全引退に伴い私個人のホームページだった『馬場駿と岩漿文学会』から文学会関連の記事、頁を一掃してリニューアルを図った。あたかもまだ会の主宰者のような体で会の情報公開をすること自体、失礼だからだ。またその「任務」の継続を押し付ける資格も権限もない。自分のホームページを使って会の活動情報を公にしていたのは私の判断と負担だった。換言すれば「現状回復」ということになろうか。

 ふと傍らの本棚に並んでいる24冊の同人誌『岩漿』と関連書籍に目をやる。1列に並んでいて50センチはある。
 感慨無量というのは、こういう感覚なのかなと、しばし黙り込む。
 これからは一人、劣化した海馬を励ましながら長い、長い最後の「小説」を書くことになる。

     リニューアルしたホームページ『馬場駿と蛙声爺』


 「鳥インフルが流行ってるってね」 「どう(銅)でもうつしたいのかな」

       鳩たち
        *松川の遊歩道にて*



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. イヴの冷蔵庫整理に「ツッコミ」入れてみた


 なんか頭の中で「ギャグ」っぽいのが止まりません。
 我が家の「クリスマス」が大笑いだったのでご紹介かたがた自分で「ツッコミ」を入れてみました。
 ふたりとも何を勘違いしたのか、24日の夕食が「なんとか聖夜」と言いたくなるレベルで大笑い(^^♪

 さとうの切り餅2枚、ややコゲ (まだ正月じゃねーよ) 「昔から妬き過ぎはからだの毒ってな」「それ落語?」
 冷凍たこ焼き1袋を半分ずつ (ここ大阪じゃねーって) 「お寺ならチン!だけどな」「チン2回ね」 
 細かくきざんだ林檎 (椎名じゃねーから) 「だって歯が溶けてるんでしょ」「歯茎に刺されば歯に見えるか」
 お湯割りの「いいちこ」 (バンバンのもーってか) 「これコマーシャル見てないと?だな」「あれいいちこだっけ」
 ツマミが「チータラ」 (独身かい二人とも) 「3角チーズもあるよ」「男女共同参画か、ふーふだしな」
 追加で明治のブラックチョコ (ほろにが

 で、25日は反省して赤ワインとローストビーフを揃えてみました。主食はパン君。
 夕食と体重は軽めがいいようです。
 「あの、お昼はしっかり食べてますから、念のため」


 鳥と撮影者側の双方に使える台詞。「トリオ(鳥を)鳥な(撮りな)待ってんだから速く」

      トリオ
       *松川河口の橋の上にて*


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. 年末を笑い飛ばそうゲスなギャグ


 師走ですよ、歳末ですよ、あんまりいいことなかったよ1年、しかも流行語大賞「金」だってよ、やだねー、いっそ上に昇れない私たちで、下らない(つまり上る)言葉遊びしちゃいましょう。3連休の真ん中だし、365連休も間もなく終わりの1里塚だし。
 
 というわけで、まずは「ダジャレ(駄洒落)」の意義から。おおむね平仮名で表記すると同じだという2つの言葉を短い台詞やセンテンスの中で使って、少なくとも本人が喜ぶ芸ですね。いいかえれば同音異義語遊び(以下この手の解説は個人の見解であり、学問とは無縁です)。
 事実の摘示風に 『これ内臓が無いぞう』 最近のアンドロイドがこれですね、ハイ。
 断定的、恫喝的に 『ウランは売らん!』 政策的には成功しませんでしたが、どっかの中国がレアアースでやりましたね。
 疑問・質問の体で 『この味、魚の差かな?』 このタイプ一番創りやすいですね、『冷やし中華は冷し中か?』もこの類。「このカレー、辛えか?」も。あ、止めましょう(^^♪
 事件発生でも 「スイカ泥棒、誰何(すいか)されてる」 でもこれはぁ、高齢者と法学生相手にだけ使ってください、言葉古過ぎ。

 この「ダジャレ」、なんとメリットがあるんです。
 ◆相手に使われて ①言葉への観察眼が育つ。突っ込みを入れるには言葉に敏感になる必要がありますものね。
 ◆自分で考えて ②語彙(ボキャブラリー)が増える。とくにスピードは命です、熟考したあとでのダジャレではシャレになりません。万に一つうけることがあるとしたら3つ以上関連語を重ねることです。
 即興の駄作で1例。「ニワトリってさぁトリエないよね、チキンと鳴けない奴もいるしエッグいね」
 ◆実際に使ってみて ③おのれを低くして(笑われて)その場を和らげる術を身に着けられる。嘲笑に耐える姿は美しい。
 現実に洗剤の『アリエール(あり得る)』とかTV番組の『そこまで言って委員会(良いんかい?)』などあちこちで応用されているまことに素晴らしい(?)文化(分化)なのです。

 分化といえば、これを実際に居そうな会社員に当てはめてからかう(もしくは嘆く)ことで「イベント」化したのが『貝社員』シリーズでした。最初お気に入りのTOHOシネマズでの「幕間」で見て、最近はTVの朝番組『ZIP!』でもお目にかかっている亜流ダジャレです。最初が貝の種類で、後がどんな社員かとの短い解説です。すこし例を読んでいただければ何故「亜流」としたかをわかっていただけると思います。
 「あわび」 お詫び(アワビ)すれば済むと思っている社員
 「マテ貝」 いつも「待って(マテ)」で後回しにする社員
 「ムール貝」 周りが被害をこうムール社員
 ・・・だそうです。

 『おやじギャグ』に移りましょう。特におやじ世代が好み、昨今では若者もマスコミもからかい半分で使用するようになった『ダジャレを含んだ安直なギャグ』です(安直でないギャグって見たことも聞いたことも無いような気がしますが)。
 馬鹿にされてますが、「世の中」でけっこう氾濫しています。泡も重ね次第でクッション、ですかね。
 この流れは、一世を風靡したあの、あのねのねの『赤とんぼの唄』からかもしれません。『あのねのねをアンネに替えたらアンネがね♪』(大変)というあれですね。笑えました。ただ、あぶらむしの足とったら柿の種という歌詞には参りましたっけ。色と形からイメージしたのはチャバネゴキブリなので、ツマミにできなくなりまして(^^♪。
 あ、それはさておき、オフィスオートメーションの走り出しのころ見た『ドットコムって、どこが混むの』には笑った。きっとちょび髭の年配課長さんのギャグでしょう。『残暑がきびしいザンショ』は、高齢の方はトニー谷という芸人?を思い出しそう。最後に生徒におもねる先生の定番です。『ここに居ない人、手をあげて』、朝礼台が凍ったことでしょう。

 もうネタはおしまいですが、自分でも創ってみませんか。もうレジェンドになった?『ころばないのに転倒虫(テントウムシ)』みたいなやつ。では私から・・・と言ってもあえて女性バージョンで
 姑さんに押しつけられて私 『えらんでないけど選択機(洗濯機)』
 やな男に下の名前ばかりで呼ばれてイラつき 『名前ばかりで蛆虫!(氏無視)』
 ブラックな残業を抗議して私 『夜なべ(鍋)なのに夜食釜めしって何よ!』
 思いたって穏やかに 『あさくさで平和祈念の戦争時(浅草寺)』 ・・・ん?
 おやじギャグじゃなかったぁ? あ、おやじギャルね、はいはい納得(^^♪
 「きょう、おだやかでヒマだわ」
 


 暗いところにいると輝くものって余計眩しいよね。え、これ再登場だとツッコミ? 「陽はまた昇る」

      明ける



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. 空に映えていた黄色い樹


      晴れた日に見上げていたら出だしの2行が出ました。昔に戻れない人たちに贈ります。

     黄色い樹
       *伊豆高原のとある駐車場にて*


               空に映えていた黄色い樹

     
     真っ青な空と
     ふたりの蒼さを重ね見ていたころ
     
     双樹の葉にはまぎれもなく艶(つや)があった
     こんなじゃなかった

     つないだ手はどこまでも熱く
     頬を冷たく撫でる風さえやわらげていた
     戻り来てもただ髪を小さく揺らすだけ
 
     心をあえて閉じて見ていた未来
     言葉にしなかった約束

     甘受した、時のいたずら

     ああ、黄色い樹が落ちてくる
     葉も枝も幹もつれて
     連理(れんり)なんてもともと夢だった

     だからもう、逃げなくていいんだ
     つないだ手はとっくに離れていたのだから



 カテゴリ「世の中」で時事問題を書いていたら、あまりにも暗い出来事が多くて中断しました。
 ネットで「マスゴミ」と揶揄されている報道の人たち、たまには「明るい」ものを探しませんか。いや、ふつうに穏やかでしょう、この国。犯罪発生率の低さも世界3位らしいですよ。現在の日本を暗黒街のように扱ってばかりいて愉快なのですか。
 昔はもっと報道が知的だったように思うのは私だけでしょうか。
 ああ、とうとう言っちゃいました(^^♪


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. 竹久夢二の世界にしばし留まる


 「なぜこの人の描く女性は儚(はかな)げなのだろう」
 展示会場のギャラリーのオーナーでもある市議の解説を拝聴しながら、私はうっかりそれを口にした。30数点に及ぶ作品に囲まれていると、うちの母が子どものころに生きていた大正時代のロマンが染(し)みてくるような気がした。
 嫋(たお)やかでためらいのない線とパステルカラーが活きる色づけ。ほとんどの婦人が真っすぐにこちらを見ていない不思議。顔と手が時として微妙にバランスを崩している妙。胸元を広く開けてみせる女も・・・彼女たちの色香のせいなのか、何なのだろう、この胸苦(むなぐる)しさは。


     DSCN1182.jpg
       *湯の花通りのギャラリーヤマモトにて購入*


 明治17年に生まれ昭和9年、50歳という若さで逝った竹久夢二。画家にして詩人、童話作家、装丁家。ものの本によれば彼は、「日本のロートレック」とも称されるとか。
 「なんか違うな」と、今度は口に出さずに言ってみる。
 彼は千葉で或るとき19歳だった賢(かた)という名の女性に出会い1篇の詩を創る。のちに原詩は夢二自身の手で3行詩に変えられて発表されたという。
 『待てど暮らせど来ぬ人を 宵待草のやるせなさ  今夜は月も出ぬさうな』
 「賢」を待っての詩とも言われるが、たまき、彦乃、お葉と多くの女性と暮らした彼をみると、もしかしたら彼の一生に通じる想いなのかもしれない。同居歴がある3人の中で婚姻したのは「たまき」1人だという。その彼女でさえ離婚、その後も同棲、別居を繰り返していた。彼はついに「運命の人(ファム・ファタル)」には出逢えなかったのではないか。そう、ウィーンの画家グスタフ・クリムトのように。美貌、容姿では語れない理想の女を求める姿は痛ましく、だからこそ彼らの描く作品は美しい。

 さらに妄想をたくましくすれば、彼女たちは誰一人夢二を「直視」しなかったのではないか。直視できなかったと言っても夢二にとっては同じ。夢二は恋をしながらもいつもそれを感じていた。彼が描く女たちが揃いもそろって「同じ視線」であることが証左ではないか。
 そう思いたい自分が居るだけ。そうかもしれないのだが。
 ・・・久しぶりに「絵の世界」に浸(ひた)った。  
 


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. 自分という名の他人


          『自分という名の他人』


     ずっと追いかけてきた
     夢だなんて思わずに

     なぜか恐れていた
     心に秘めた「病」を

     損得じゃないと
     かたくなに信じて
  
     いくら努めても
     誰も褒めはしなかった

     或る日、気がついた
     手には何も無いのだと

     お人よし、今更ながら止めてみた
     包んできたのは、寂しさか

     もう戻れないぞと
     誰もが嗤(わら)う 

     残されたのは――自分と時間



  行く手を阻む流れでも、 必ず渡河できる場所はある

       渡河
        *伊東大川上流*


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. 愛まではいらないけど挨拶を


 散歩の途中で知らない人と交わす挨拶についてのエピソードを書こうとしたら、『愛のあいさつ』という曲を思い出した。行進曲『威風堂々』で有名なエルガーが、ピアノの生徒だったアリスと自分との婚約を記念して創ったというこの曲、ピアノ曲として聴くと、何とも言えない優しさに包まれる(ヴァイオリンでも美しい)。
 いま住んでいる伊東市の地域放送では挨拶を交わしましょう運動をすすめている。穏やかで親しみやすい街づくりということなのかもしれない。いいことだなと感心して、実践してみようと思った。

 まずは朝一の散歩のとき。すれ違うご夫婦やお一人様にとりあえず「おはようございます」と言ってみる。そうするとほとんど外れなく挨拶の言葉が返ってきた。「では」と小さな実験をしてみた、こちらが先にしなかったとしたら相手が先に挨拶をしてくれるだろうかと。結果は2割と言ったところか。少しがっかりした。データが足りないと思い、翌朝も、翌翌朝もやってみたがほぼ同じだった。もちろん出会う人たちは日によって違うのだから「テスト」結果の確度も高い。つまり「個体の特質」ではない。

 ところがこの話をしたとき、かみさんが思いもよらぬ指摘をした。私の服装が悪いというのだ。「いま出勤途中です」的な服装の人に高齢者やリタイアした人たちは声を掛けにくいのではという理由付けだ。確かに私は超カジュアルな散歩服に身を包んでいない。というか、そんな衣服も靴も「正規に」は持ってはいない。「助言」をもらった翌朝、部屋着に毛が生えたような服装で首にタオルを巻いて若干ワクワクしながら散歩に出た。
 結果は「正解」だった。相手から先に「おはよう」や「おはようございます」が来たのだ。「なるほどねぇ」だった。

 これは「解決」したとして、かみさん説が正しいとしても、もう一つ試すべきだと思った。先に声を発しなくても「この人挨拶しそうだな」と感じさせるしぐさをしたらどうか、ということなのだが。私はすれ違うほんの少し前に相手の顔を視つつ小さな会釈をしてみた。その直後に声も発する。するとどうだろう、挨拶の言葉が同時になってハモるようになったのだ。
 誰しも自分がした挨拶を相手から無視されるのは嫌に違いない。ましてやさわやかな朝のことだ、気分が壊れる。いわば「あいさつリスクの回避」が起こるのだろう。その心配が少ない場合に声が出るのではないか。
 誰に頼まれた試行錯誤でもないのだか、自分の中で腑に落ちたのは成果だった。

 そうそうこの「理屈」、昼間でも、また場所が山野でも散策時の挨拶なら共通だと「確認」をしている。「面白いものだ」と思った。
 記事の初日に書き忘れたが今はほとんど「自分からの挨拶」に努めている。 直近の松川湖畔の散歩道では、9割がた挨拶返しをいただいている。  


  樹も雲も自分で映ろうとはしていない、水の方で映しているだけだ

       水鏡
        *奥野ダム遊歩道*




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. 年賀状書き


 年賀状をいただくとたとえ印刷したものでも、新年早々、少なくとも3つのことが分かる。
 ①相手が無事であること(高齢の場合は亡くなっていないこと)
 ②相手がまだ自分を憶えていてくれること(しかも新年を慶びあう相手として)
 ③相手の住所がわかること(変わらない・移転した共)
 さらに手書きの文字が入っていれば相手の健康状態など「いま」の情報になる。懐かしい文字など、相手との思い出につながる「おまけ」もついてくる。
 ということで、昨日は1日中年賀状書きをしていた。
 何かがあるとすぐに中断するので、第三者の目で言えば「遅々として進まず」なのだが。

 今年は45枚と決めて始めたのだが、住所録をめくりながら宛名書きをしているうちに要70枚だと気づいた。
 例年7草までの到着数と暮れの発送数はほぼ一致している。不思議なものだと思う。
 来年は激減が予想されるが、それもまた「齢の結果」、むしろ納得しやすい。

 それにしても7枚の書き損じはひどすぎる。全てやり始めて30分以内の出来事で、その後は1枚の失敗もなかった。いかに手で書くことが減っていたかが分かる。キーボードを叩くだけの執筆がほとんどだからだ。書き慣れてきたら手が勝手に、以前のように円滑に動くようになった。ボールペンが優秀なのか、文字が楽しそうに踊っている。

 途中娘からの相談事をまとめた。13年も前に済んでいるはずの相次ぎ相続に関するもので、2時間ほど集中して文書を作成し、その結果を青森県の司法書士宛にFAXをした。
 ホッとしたとたん急劇な睡魔に襲われた。何のことはない、年のせいで長時間の使用に耐えられない頭になっていたのだ。劣化は記銘力の低下だけではないのに、うっかり忘れていた。
 少しの充実感を「おみやげ」にして15分ほど眠った(気を失ったのではないと思う(^^♪)。

 さて「来るのは何枚かな」と、夕方になってから年賀状の束を輪ゴムで括った。
 たまには終日「事務員」でいるのもいい。
 なんだかほんとに「小さなお話」


再度同じ写真を載せてみますね、12月17日。また画像が壊れるのかどうか。

       かなり怪し
        かなり怪し。たしか名前はカナリアヤシ。

アップした画像の下半分が破壊されたので削除(原因不明)12月16日3:30
朝起きてビックリ。写真の半分に赤と緑の乱れたシマシマ模様。最近ネット接続が変なんです。ウイルスでも侵入したのでしょうか。毎日イラついています。防御ソフト入れてありますし、私の知識では全く原因がわかりません。昨夜ブログ訪ねてくれた方が不快じゃなかったかと心配です。すみませんでした、こんな事情です。
   

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. 老いの扉は開いたまま「海馬」は眠ったまま?


 老いの扉が開いたのはいつか、明確に覚えている。それは数年前の或る日突然警告のような形で現れた。職場で毎日一緒に働いている50代の男性の名前が、本人を目の前にして出てこなかったときだ。確かに長時間労働の果てで疲労が蓄積していたという事情はある。脳の劣化に気づいてからも必死で、過労に原因を押し付け自分を偽ろうとしていた。そして何事もなかったように悪い兆候が消えた。
 仕事中に2度も前頭を強打したのはそれから1年ほど経ってからだった。

『脳の機能も肉体と同じように、二十代の青年期を過ぎると、だんだん低下していきます。つまりは人が人としてたどる道筋を着実に歩んでいる、と言ってもいい』(東北大川島教授『脳を鍛える大人の計算ドリル』)それでも、その低下の速度を落とすことはできると、教授は臨床研究の成果から脳トレの本を書いた。
 あと3か月で70歳になるいま、そのトレーニングを日々試みている。

 簡単な加減乗除の計算を100問、できるだけ速く解き進む。難しい問題を解くのは私が侵された脳の領域ではない。ストップウォッチをオンして必死に挑む。「とりあえず2分」を目標にと本はいう。急かされると余計頭が霞み3分30秒もかかってしまった最初のころ。昨日は2分38秒だった。少しは向上しているらしい。
 次いで音読をする。ゆっくりではなく声をきちんと出しての速読を短時間で繰り返す。文章はいわゆる文豪たちの作品でこれは別の意味で勉強になった。「こんなのが?」と生意気に落胆したものもある。
 数を1から120まで数える。これも速くだ、声を出してだ。まるで学齢前の幼児のようだと自嘲してみる。みなストップウォッチで所要時間を計る。
 速度を早くしたとたんに広い範囲の脳が熱く「燃える」のだそうな。しかも毎日繰り返せという。

 もっとも深刻だったのは、意味上のつながりのないたくさんの言葉を2分で読んでいくつ再生できるかというテストだ。海馬を傷めたらしい私には、この結果が一番堪える。うなだれる。
 知識の累積はすべてこの短期記憶装置たる海馬から始まるのだ。幸い長年貯めた知的貯金はほとんど被害に遭っていない。いま読んでいる情報データは理解し批評すらできる。文章も書ける。しかし新しい蓄積ができないなら「頭は半分死んでいる」のと同じなのだ。

 今までの人生でどんなに貧しくても、恵まれなくても、また世間の床に這いつくばっていても、胸を張って生きてこられたのは自分の頭に対する信頼があったからだ。その「屋台骨」が損傷した。
 今年1年を「漢字1文字で表わしたら」という行事に倣って見つけると、私の場合は「去」になる。いったい自分が活動していた「場」から、どれだけの数去らなければなかったのだろう。

 このごろ1時、2時という早過ぎる時間に目覚め、そのままになることがある。眠れないそんなとき、消灯している部屋の「天井」を見つめながらフッと思う。「哀しい脳トレ、いつまでやればいいんだろう」と。
 「死んだ子(脳)の幻影に浅ましくすがっているようなものかもな」と。
 いや、心細さに耐えて生きていれば「ただいま」と帰ってくるような・・・そんな気もする。
 「だいいち、それをしている毎日が生きているってことだろ」と、声を出さずに笑ってもみる。
 『人が人としてたどる道を着実に』・・・か。



  道遠し・・・

     道遠し


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. 名作『言の葉の庭』に心遊ぶ


 雨の日都内の庭園の東屋(=四阿・あずまや)で、少し大人びた15歳の少年秋月孝雄と、訳ありの27歳の美人雪野百香里(ゆきのゆかり)は偶然に出会う。現実的な将来の職業として「靴職人」を目指し授業をさぼりがちな孝雄と、高校で古文の教師をしているなかでつまずき「出勤回避」が多い雪野。二人は雨の日に同じ東屋で会い、それぞれの現実の中を「歩く練習」を始める。これが理由で物語上孝雄の希望職が靴職人であることが必須だったのだろう。作品は飽くほどに二人の「足元」を登場させる。わけても雪野の下肢は妖しくもすこぶる麗しい。

「鳴る神の少し響(とよ)めてさし曇り雨も降らぬか君を留めぬ」(万葉・作者不詳/巻11-2513)と、和歌を口にした「おんな」。
 雪野はずっと「つぶやき」を繰り返す。それは彼女の心の流れ。言の葉(ことのは)・・・それだけで「恋」の流れ。
「どうせ人間なんか、みんなちょっとずつおかしいんだから」
「わたしね、うまく歩けなくなっちゃったの、いつの間にか」
「わたし、だいじょうぶなのかな」
「雪野さん、じゃなくて先生でしょ」

 こんなに美しい自然描写を成しえたアニメーションがあったろうか。これほど多くの撮影・編集手法を用いたアニメ監督がいただろうか。そんなことを想った。だからこそ言の葉(台詞)を極限まで削り取れたのだと。また「寡黙」だからこそ、一言ずつが皆、不可欠なものとして、重いものとして伝わってくる。孝雄のひたむきさが切ない。大人の女であろうとし、強がる雪野が痛々しい。

 東屋に二人が近づいていく鳥瞰。人の顔ではない、糸としての、また雫(しずく)としての、さらには樋から飛翔するものとしての雨の、クローズアップ。二人の「ためらい」を振り払う激しい俄雨の「やさしさ」。吹きまくる風は二人の心の叫び。聞こえない会話も、綺麗なバックのピアノも恋のエチュードか。大写しの歩行者信号が青から赤へと変わる「シャレード」。次のシーンの「危険」を教えている。二人は雪野の部屋で雨に濡れた全身を、着衣の上から拭う。
「いままで生きてきて、今が一番しあわせかもしれない・・・雪野さん・・・」
 そう「今」がね、と「観客」の私は「好きです」と告白した孝雄に心で語る。
「雪野さん、じゃなくて先生でしょ」と距離を置いた雪野の第1弾。
「四国に帰るの」で第2弾。
「今までありがとう」で必殺の弾(たま)。
 孝雄はやり場のない気持ちで部屋を出ていく。閉まるドアの大写し。「わかる。あのタイミングであれはない」と私。
 案の定雪野は、「真の自分」を裏切れずに裸足で孝雄を追いかける。外廊下で、階段で、危なげにもつれた走りが雪野の中の「おんな」の全て。その描写、見事というほかはない。涙が出ないのは爺だからだ。若かったらたぶん涙ぐむ。
 踊り場で孝雄に抱きつき泣き続ける雪野。
 ふたりの「恋」のカタルシスに遠慮するかのようにカメラは勢いよくその場から遠ざかる。

 タイトルローリングの後で、雪野が四国で教鞭をとっていた。一方の孝雄は、ひとり東屋を訪ね、雪野にぴったりするように創りあげた靴をベンチにそっと置く。
 フェードアウトして真黒なスクリーンはこちらに向かって言う。もうこの二人は、この靴が無くてもちゃんと歩ける。「大丈夫だ」と。
 新海誠監督、はかなくも美しい物語をありがとう。


 言葉には言霊(ことだま)があり、樹木には木霊(こだま)があるという。どちらも真だ。

     やんも
       *伝・樹齢千年の山桃(やんも)の木*
 


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. 空に映る海の色、「海」にツンデレ


「誘拐犯か。なってもいいかな」
 そう思わせる魅力が、傍らで海を見ているこの男の子にはある。
「おじさん」
 急に男の子が呼びかけてきた。
「うん?」
「おソラの色がうつってるのウミだけだよね」
「ボク、それは反対だ。海の色が空に映ってるんだ」
「ウソだぁ」
「空より海の方が偉いんだ。その証拠には、空には魚がいないだろ。大将が家来に色をつけてやってるってところかな、ウン」
「でもおソラにはトリがいるよ」
「海にだって鳥はいるさ、ほらあそこ」と、小松は沖のカモメを指さした。
「あの波乗りしている白いのはなーんだ」
「トリ」
「ほらね、海の方が偉い」
「でもね、ヤマのほうにいってもおソラはあるけど、みどりいろはおソラにうつってないよ」
「そうきたか。うん、そうそう、山と空だと空の方が偉い」
「でも、おソラがあおいときでもヤマはみどりいろだよ」
「あっ、と」
「へんなの」
 こんな小さい子に負けていれば世話はないと、小松は唇を尖(とが)らせた。

 これはだいぶ前の拙作『空に映る海の色』にある1シーンで、子どもの問いかけにいい加減に応じていると大人がへこまされるというお話だが、小説自体は「海礼賛」でまじめに取り組んだ記憶がある。この作品を同人誌小説の評論者は、「作者はきっと海好きで、海そのものを描きたくて小説を創ったんじゃないかな」と書いた。当たっている。
 じつは筆者、学齢までにつごう3回、遠浅の潮干狩りの海で溺れかけている。幸いこのすべての回で、親ではなくよその人に助けられて、今もこうして生きている。ただこの経験が一種のトラウマになり、「泳ぐ」ということができなくなった。もちろん海だけではなく、川でもプールでも同じだ。
 「泳げない人は溺れない」とは至言だ。水際でさえ体が「恐怖」のために避けようとするのだから。
 その背負った恐怖感の重さだけの憧れがあるのも事実で、海で泳ぎ、遊ぶ人たちが羨ましくてしかたがない。
 海はその実際の姿以上に、私の目には美しく魅力的に映っているらしい。

 誰ですか。
「ああ、それで世の中も上手に泳げないんだ」なんて言う人は。
「下手なのは・・・確かにそうなんだけど」


  船の赤いお尻だけが叶えてくれた。映している海の方を大事に撮りたかったのだが。

       朱いお尻の舟
        *伊東マリンタウンのヨットハーバー*


ありがとうございます

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. 話題の映画『君の名は。』を観る


 興行収入200億円! 308億円に達した宮崎駿『千と千尋の神隠し』に次ぎ歴代第2位に昇ってきたこの長編アニメを私は、何一つ見逃すまいとして楽しむとは程遠い「構え」で観続けた。エンドロールが始まったとき、これ、「おいてけぼり」にされる映画だなと思った。何度も観に行く人がいるとネットでは言っていた。そうだろう、「再見中毒」になるように編集されている。事実、うちのかみさんは帰りの車中で混乱に陥っていた。ただ、これは作品に対する非難ではない。観客への「謎かけ」「いい意味での挑戦」なのだ。理解できなければ「罰」として「もう1度観に行かなくちゃ」となるだけだ。
 もっともこの映画、理屈をこねて「理解」する性格のものではない。「日本人のDNA的な感性」に訴えた極めて感覚的な代物なのだ。そのはずなのに、すでに台湾、英国など数か国の拡大上映で大ヒットになっているのは興味深い。「絵」の驚愕的な美しさや展開の妙、可愛いキャラクターなど魅力満載なことをちょっと横に置いてその原因を考えてみると、「カルチャーショック」という言葉にぶち当たる。これからも世界のあちこちで「ふしぎちゃん、君の名は。」に翻弄される外国人が多発するに違いない。

 とにかく目まぐるしい。大都会東京と伝統的な田舎、男子高校生の日常と女子高生の日常、主人公瀧(たき)の体に入り込んだ三葉(みつは)と同じく三葉の体に入り込んだ瀧、太古の昔と現代の電子社会、三年前に死んでいる三葉と、隕石の落下で死ぬ前の三葉を三年後に追いかけている瀧。何度も対比し、さらに因果の順逆の流れで観客の目から頭へと実写を超える素晴らしい映像で襲ってくるのだ。観客は整理する十分な「時」を与えられないまま必死で「作品の跡」を追わなければならない。時系列が吹き飛び、頭の中で散逸し、終には「おいてけぼり」に気づく。

 過去(むかし)と現在(いま)、宇宙と地球、人と人、親と子、男と女、さらには心と心、心と体、生と死、死と復活、前世・現世・来世・・・・それらを一言で表現するとすれば「結び」。奥が深すぎて彼方が見えない。
 君は誰で僕はどこにいる? 君はそこにいるけどわたしって誰? 「今」の先に昔があるって何? 必死で君を探していた時の僕って死後の君を?そうなるよね。 僕に会いに来た君って生きてた頃の君?だとしたら当時の僕は中学生だ ・・・じゃあ東京で、電車でお互いに見つけて駆け寄った二人って、いつの僕で、いつの君? ・・・だいいち「君の名は。」
 このタイトルにあえて「。」つまり終止符を付けたところが、謎解きの鍵かも。

 かくして私、自称「映画オタク」の爺もつぶやいた。「もう一度観なくちゃ」
 それにしても組紐(くみひも)のシーンで「結び」の意義を説くおばあちゃんの一葉(ひとは)さん。何とも素敵だな。
 「あーあ、それにしても歳だなぁ、また理屈こねちゃった」・・・感覚けっこう錆びてるし(^^♪


  サルスベリのツルツルの素肌にチューをする花の唇。「あ、エロ」いいえ「アロエ」です。

       アロエたち
        *伊東・蓮着寺にて*

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. 野鳥の姿に「生きる」美しさを見て


 もうかなり冷たいだろうに、名も知らぬ水鳥が松川の流れに足をさらしてじっとしていた。目だけは川面に向けられている。微動だにしない。たぶん「奴」と同じだ。
 何分経ったろう。デジカメを手に興奮している私がいる。

 凄かった。昨日の早朝に目撃したあの一瞬の出来事。立ったまま往生しているのかとさえ思えた「奴」が、流れに嘴(くちばし)を突っ込んだと思ったら小魚を銜(くわ)えていた。カメラを出すことも忘れて息を呑み、呆然と見つめていた私。「奴」は捕らえた餌が動かなくなるまで冷酷な顔をして待ち続け、時が来たらサッと飲み込んだ。

 「もう一度見たい」
 美しくも残酷な鳥の食事を。ひたすら機会を待ち、耐え続け、瞬時に「狩り」をするあの姿を。
 「あ。だめか」
 動き出した「奴」を撮るしかなかった。
 ・・・散歩の「ご褒美」が毎度あるわけもない。


  容姿端麗なやつは危険。鳥も「おんな」も同じだ。ん? 「いやいやそのぉ、たぶん」。

     野鳥
       *松川(伊東大川)下流にて*



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. 当世ぼやき節②こんな「わたし」に誰がした?


第2弾は、自説はあるけど「どうなの?」でいく。
 「新語・流行語大賞」で『保育園落ちた日本死ね』をトップテンに入れた選考委員に「なぜ」。
 ネットで見たらかなり非難が集中しているようだ。大賞はもちろんこれではなく『神ってる』なのだが。昔から固有名詞まで候補に入れている妙な賞なので興味は薄いが、「仏(ぶっ)てる」「びっクリスチャン」などにも応用できるような優れた大賞の選び方をみると、最終選考の対象となるトップテンの作品の方は「下選び」の人たちが担当するのではと推測した。それにしても「時局をわきまえない」候補選考だとは思う。非難は「日本ラブ」という感情の問題なのだろうが。
 問題になっている言葉も「○○落ちた○○死ね」という「使い方」自体が選考基準に合うなら、○○に入れる言葉次第でたくさん創れるので救われる。例えば「入試落ちた大学死ね」なら大学は生き死にしないので受験生心理がまっすぐに切なく出てくる。ただしこの例はあまりにも普通過ぎるが。「死ね」は「しね」と表記してほしいが、この騒ぎ「如何に」。

 わが街で最大の文房具屋で小洒落た便箋でも買おうかと店内をきょろきょろ。封筒を見つけたので喜んで近づいたところ「無い。便箋が無い」。そんなバカなと店内を「散策」。売っていなかったのは「なぜ」。
 冷静にこの事態を「分析」するとこうなるのかも。「手紙を書かなくなったのだ」。ケータイ、ブログ、メール、フェイスブック、ツイッター、ライン等々、伝達端末や通信手段の多様化で、便箋に手書きといった便りを出さなくなっているのだ。需要のないところに供給はない。そういえば爺も、こみ入った読後感や事務連絡はワードで打ちプリントして封筒に詰めることが多い。「時代だな」とスゴスゴと帰ってきた。
 その時々の「こころの動き」を将来にまで残したりはしない。ましてや本人証明になる手書きなどで、ということか。
 若い人の「恋文」や「置き手紙」、もしかしたらそれらも電子端末でかい。
 かみさんにぼやいたら、一言。「百均なら売ってるよぉ」

 相も変わらずニュースに登場する「いじめ」と称する犯罪の数々。そのたびに学校や教育委員会が「不知」を免罪符にして記者会見しているのは「なぜ」。
 この「いじめ」というカテゴリの欺瞞性は以前ブログで詳しく書いたが、応えは簡単だ。知っていても「存在しない」とか「知らなかった」と答えなければ責任が生じるからだ。とぼければ問われても最大でも過失で済む。学校内に「いじめ」が存在しないことを高評価し、存在すること自体を「管理不行き届き」として扱っている限りこの隠蔽体質は変わらない。その姿勢を責めている人も自分が同じ立場に置かれればどうだろう、或る意味御身大切は、「社会的人間」の通有性だ。
 むしろ大前提に「いじめ」ありきを置き、その可及的予防と適切な対処に「加点」、という発想にしたらどうか。
 もっとも加点材料にしたとたん、他愛もないこどもの諍(いさか)いを「いじめ」として収集し、「防いだ」「直した」と上に報告する事例が生ずるかもしれないのだが。どちらが、子どもたちのリスクが少ないか、ではないか。如何に。


大人になっても子どもの目を。「かわいい若葉のひこばえ君が根っこ怪獣に食べられちゃう」なら合格

      ひこばえ君
        *伊東・蓮着寺境内にて*

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. 当世ぼやき節① 「不思議の国」に入った爺ひとり


 「知っていたら教えて」という小さなお話。これ第1回。
 テレビで報道される東京ドームや武道館でのコンサート、まだ名前も知らない人なのに、またいつでも、どんな形のものでも、超満員なのは「なぜ」。「知らないのはあんたみたいな爺さんだけだよ」との反論には、こう応えよう。特にファンでもない、楽曲に興味すらない、そういう一般人までがフルネームで知っている。そういう人しか満員にできない会場。それがドームであり武道館だったのだと。
 おそらくその「なぜ」の理由は、たぶんCDが売れない時代だということに関係している。それだけは想像がつく。
 聴くから参加へ。 もしかしたら、かつての『歌声喫茶』と同じ社会現象か。

 10勝以上、つまり2桁以上の勝利もしていない投手が、2億円とか3億円の年俸を臆面もなく懐にしていられるのは「なぜ」。例えば9勝何敗とかいう投手が年俸2億だとすると1勝あたり2千2百万円以上になる。しかも完投すらおぼつかないのに。別に投手に限らないが、下手をすると全く活躍しない年でもそれを辞退すらしない。いろいろ条件は異なるにしろ、昔は20勝以上が一流の基準だったような気がする。さらにその前は30勝投手も40勝投手もいた。
 逆に言えば、企業経営としてみると、どうしてそんなムダ金が払えるのだろう。第一野球ファンに失礼ではないのか。

 1、2曲ヒットすると「アーチスト」、少しの間人気が沸騰しただけで「カリスマ」とされるのは「なぜ」。「名誉称号」をかくまで貶めたのは商業主義か。「巨匠」「大女優」「レジェンド」「マエストロ」等々、類似の「冠」も同様になってきた。もう常に、本当にそうなのかと疑い始めている。本物への侮辱ですらある。マスコミすべてが「熱愛」「大親友」など誇張好きの「スポーツ新聞」に同化しているのだろうか。
 もっとも全て「しゃれ」、気にする方が異常、そうみられる社会になったのだろうか。


 どこまで昇る気なんだい、お蔦。電柱なのでビビッドしびれるまで。

     電柱に蔦
        *伊東・四季の花公園駐車場にて*

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蛙声爺

Author:蛙声爺
文芸同人誌編集をしています。
考えるフクロウが理想。
木内光夫のHPもよろしく。

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