蛙声爺の言葉の楽園

. 二人で一緒、愛情の出口


 いつも後ろ姿しか見たことがない
 朝の5時半ごろが多い
 ・・・それも必ず晴れた日。

 今日も私が、散歩の足を速めて松川の橋の角を曲がると
 左足が少し曲がった老犬が立ち止まっていた
 かなり高齢の夫婦がその両脇に立ち
 心配そうに視線を落としている
 ひたすら待っているのだ
 愛犬が再び歩き出すのを。

 時間が止まったような風景の真横を
 私は息を止めて通り過ぎる
 愛情の出口があるっていいんだなと
 心の中で言葉にしながら。


   『女の唇 十も集めて カンナの花』 (青邨)

     カンナ

       斜め逆光でカンナを撮る。赤が朝日を吸って艶やかになった。 


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. 老いに向き合う勇気、の・ようなもの


 「老けたな」「年をとったな」「呆けたのか」と人から自分の「老い」を知らされる方が、実は反発しやすい。何が辛いといって「老い」を最初に自覚した瞬間を超えるものはない。
 私の場合それは、数年前に起こった。誰とだったかは忘れたが、仕事の話をしているときだったと思う。相手がしゃべり終わるのを待って意見を言うタイミングが来たのに、言うべき言葉、伝えるべき内容が出てこなかったのだ。頭が真っ白になり、心は衝撃で真っ黒になった。そのときは疲労に因る「一過性」のものだと、必死に自分に言い聞かせたものだが。
 
 のっけから無秩序な思い出話では知恵がないが、あれからつながっている時間はずっと、能力減退の証拠を日常的に突きつけられる被告の立場だったような気がする。被告はある意味自分自身に追い込まれているわけなので「逃げ場」も「隠れ場」もなく、自虐と自嘲がせめてもの「反発」になった。救ってくれたのは作家曽野綾子と医師近藤誠の対談本『野垂れ死にの覚悟』だった。
 『ドジをやって落ち込んでいるうちは、まだしっかりしているんです』(近藤誠)
 それからだった。「ドジ」るたびに自分はどういう方針をたてたらいいのかを考え、その都度実行に移しだした。自分の老いと戦うのではなく、従容として冷静に対応するために・・・。

 ①責任ある立場は、自分から降りていく。
 いわゆる「老害」の戒めである。周囲から嬉しいことに本気で慰留されても、逆に「無責任」「卑怯」などと面罵されても、良い結果を信じて自分を殺さなければいけない。その結果、どんなに経済的に不安定になろうともだ。それが「力」が衰えた者が採れる最良の「責任」の取り方だと思うから。

 ②もろもろ無理ならば「社交」の場から離れる。
 気をつけるべきは、これは「認知症」予防の処方箋に反する行為だということ。私はこれを、いわゆる「年金生活」に入った時機に実行に移した。
 さらに経済的な理由が絡むと『義理欠く、見栄欠く、恥かく』の「三かく主義』に等しくなる。もしそうなら「バカにされる。嫌われる。外される」という「三れる現象」を覚悟しなければならないだろう。

 ③自分で出来ることと出来ないことを峻別する。
 これは過去の自分と現在の自分の「体力・能力」についての冷静な比較を前提としている。かなり辛い「作業」になる。医師によれば、少なくとも認知症になってからでは不可能だという。

 ④評価は他人に任せる。
 だいいち、他人の思うことは止められない。気にして想い煩うのはよそう、心と体の双方に良くない。
 そしてこれは次の➄につながる。 

 ➄「かくあるべき」の人生から「あるがままでいい」という人生へ切り替える。
 そもそも心の欲するところに従いて矩(のり)をこえないはずの齢なのだから。さらに、

 ⑥待つべきは心静かに待つ。
 これは多言を要すまい。誤解の氷解、傷病の快復、何よりも尽きるべき「心身の寿命」。
 それでも何かしたい、役に立ちたい、必要とされたい。だから、

 ⑦自分でも可能なら、人の頼み事にはできるだけ応える。 
 他人の頼みはもちろんのこと、それが自分自身の内心の『頼み』でも。だから、
 私は、締切にも、ページ数の制約にも、負担金の多寡にも関係のない、本当に書き残したい小説に挑みたい。私にしか書けないだろう、「あのテーマ」で。
 
 ⑧延ばしてもらっている命という受け取り方をして。
 戦後まもない昭和22年に生まれ、すぐに当時の「貧乏病」に罹り、ずっと蒲柳の質で、しかも幼児期に水難で3回死にかけ、長じてからも腹膜炎1歩手前で助かり、頭の怪我だけでも4回あった人生。それが古希の齢まで生きているのだから。

 こうやって改めてしたためてみると、「老い」を見つめるにはやはり「勇気」が要る。



     鯉関係

      「長生き」できているのは、この山紫水明の環境と伊豆の温泉のお蔭かもしれない



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. 心癒せますか、この三枚の写真で


 心塞ぐ傷ましい事件が続く昨今ですが、かみさんと昼食をとった帰り道で偶然撮れた写真です、少しの間でも和んでください。爺の記事よりもよほど効果的だと思います。

     野鳥

       「ストップ、私はだまされない」 『でも、サギだと思います』



     松川の鯉


       「誰だ、鯉路の邪魔する奴は」 『私、コンクリ・ヘンという堅物です』
 


     鳩ふたり

       「ここ牢屋の中じゃないよね」 『水(見ず)に聞くんじゃないよ』



 報道に接して心傷めた方。ご参考までに。
 『心神喪失者の行為は、罰しない。』(刑法39条①) 『心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。』(同条②)
 ケンジ「残念だな、君の行為は論理的な確信に基づき、周到に準備し、冷酷にこれを実行に移した極めて冷静な故意犯だよ。責任能力は十分ある」
 『罪を犯した者が捜査機関に発覚する前に自首したときは、その刑を減軽することができる。』(刑法42条①)
 ケンジ「残念だな、法文にいわゆる減軽することができる、の反対解釈は減軽しなくてもいい、ということなんだよ。自首減軽など期待するな」
 世間様「ホッ・・・有罪でなきゃ、あまりにもひどすぎる」



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. ポストまでが遠い「暑中見舞」


 今夏は猛暑だと言っていた気象庁やお天気小父さん、このグズグズした「梅雨空」をどう償ってくれるのか。何が「東海地方も梅雨明け」だ。ふつうは「梅雨明け十日」といってギンギンの晴れが相場だろうに。
 のっけから文句たらたらといきたい。毎日曇天、むしむし、気ままに雨。そのくせ地元の水源の松川湖は減水位。半端すぎる。地上に出たら短命という哀しい蝉たちも困惑気味の鳴き方で「方針尽く尽く」だとさ。いや、それよりも何よりも、書いた暑中見舞が机のそばで何日も何日もヂッとしている。投函するタイミングがつかめないのだ。それにあて先はおおむね東京・横浜だから、あちらは「梅雨明け宣言」未満の陽気なのだ。
 このままで行くと秋分の日が来て、「暑中」の2字に線を引いて「残暑」に替え、「弐字訂正+印鑑」にしなくてはなどと妄想までしそうだ。まさに<寒さの夏にはオロオロ歩き>だ。
 そもそもが、たまにしか出さないのに「初中終(しょっちゅう)見舞い」だなどとダジャレをかまして自嘲気味に郵便局で十枚ハガキを購入、筆不精を決め込んでいた己を恥じながらしたためた「暑中見舞」。いまも目の前で申し訳なさそうにしている。たった十枚では「お厚うございます」とも言えないが、厚さだけはある赤い「ポストイット」のそばでは、さらに薄さが引き立つ。

 ところで、見舞った方がいい知り合いはたくさんいるのになぜ十枚なのか。この時間暇なので言い訳を創ってみた。
 『一枚、二枚では「番町皿屋敷」だ。三枚では「三昧」というほど集中できない。四枚では「仕舞い」で終わってしまう。五枚はいいが「来まい」に近く返信が期待できない。六枚は「無枚」で無しになる。七枚でつまずくが、どう「しちまい」ばいいのか(ここかなり苦しい )。八枚は「やまい=病」、九枚は「愚昧」を連想させる。ここまでこじつけた挙句、十枚で締められるとホッとした。「従妹」は「いとこ」なので囃子言葉が使える。「いいとこはーとこ、いと、はとこ」(これ全国区かどうかは不明)で、ちょうど「いいとこ」なのだ』

 あまりのバカバカしさに「拍手」も「ポイント」も期待できなくなったが、ご容赦ありたい。
 世の中、邦人も外人も大人も子どもも「ポケモンGO」に日々終日(ひねもす)夢中のご様子。幸い爺は「ポケモン」の何たるかも知らずに老いてきたので、蚊帳の外で立ち尽くしている。そういえば昨日、カインズで「ローズの香りの殺虫スプレー」を買ってきた。(これでオチがつくと思うけど、どう?)
 ・・・さあ!「仕事」するか。 



     椿の実

      椿の実 首ごと落花で 生(な)る不思議  蛙声
      人知れずちゃんと仕事しているんですね。しかも葉陰で目立たない姿に魅かれました。



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. 『お遍路さんの心得』で知るあるべき姿


 性懲りもなく都知事選の報道をフォローしていたときのことです。珈琲タイムにふと手にした小冊子の記事を読んでいてハタと膝を叩きました。
 著作権に配慮して正確に出典を記しますが、まずは次の『十善戒(じゅうぜんかい)』をご覧ください。お遍路さんが「心得」とすべき十の戒めがあるそうなんです。

①不殺生 (ふせっしょう) 生き物を殺さない
②不偸盗 (ふちゅうとう) 盗みをしない
③不邪淫 (ふじゃいん)  ふしだらなことはしない
④不妄語 (ふもうご)    嘘をつかない
➄不綺語 (ふきご)     お世辞を言わない
⑥不悪口 (ふあっく)    悪口を言わない
⑦不両舌 (ふりょうぜつ) 二枚舌を使わない
⑧不慳貪 (ふけんどん)  欲張らない
⑨不瞋恚 (ふしんに)   怒らない、ねたまない
⑩不邪見 (ふじゃけん)  邪心を持たない

                    『JAFMate 2016・8・9』号26ページより

 このページを是非原文のまま前都知事や現候補者の方々に見ていただきたいものですね。
 いえ、実際にこの戒めがどうのこうのではないのですが(^^♪

 ところで私は「不瞋恚」の読みで引っかかりました。「瞋恚」は「しんい」と音ずるはずだと思ったのです。ここでふと、あることを思い出しました。私に「編集者」としての「いろは」を教えてくれた故人F氏の言葉です。
 『この字が間違っていると断じるには最低関係資料3冊に当たること』がそれで、書き手の知識の方が『自分を上回っている場合を常に想定することだ』というのです。「確かに」ですね。で、私は『角川漢和中辞典』にまず当たりました。「しんい」しか載っていませんでした。次いで『岩波仏教辞典』に。仏教での特別の読みと意味はないとみえて、項目すらありませんでした。ではと最後に2冊に分かれた『大辞泉・第二版』を引きました。答えは「しんに」も読みとしてありました。『連声(れんじょう)に因る音変化の一つ』で「しんい」の「い」が「に」に変化するのでした。おなじみ「三位一体」が「さんい」ではなく「さんみ」と読み、「因縁」が「いんえん」ではなく「いんねん」と読むように、という訳です。つい「おそれいりました」と辞書に頭を下げた次第です。

 上の十戒に似たものが古代中国社会にありました。夫が妻を離婚という合法的な手段で追い出せる条件を定めた『七出三不去』の制度です。男尊女卑の典型ともいえる決りですが、ただ7項目の1つでも該当すれば離婚できるものの、妻が3項目の事由に該当するときは離婚できないと定められていました。今回は本題でないので入り込みませんが、7つのうちの4つが上の十戒の内容とダブルのです。妻に限らず、昔も今も、男も女も、富者も貧者も、「人間として守るべき戒律」なのでしょうね。
 その4つとは「淫疾・嫉妬・多言・窃盗」でした。
 上の④➄⑥⑦は人の口のことで、「多言」の範疇でいいと思うからです。

 なんのことはない、整理作業の途中で、だいぶ時間を食ってしまった私です。
 ではまた。




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. 都知事選報道を見ての或る妄想


 テレビ、ネット、新聞、週刊誌などで連日都知事選の報道に接して思うのは、「選挙」っていったい何なのだろうということでした。実は決まっていますね、民主主義を支える屋台骨の制度です。なのに『これで選べっていうの?』と都民でもないのに首をひねっている私がいます。

 いえ、有力候補3人が個別にどうこうというのではありません。自分自身で彼ら同士の誹謗・中傷・告白・告発などにつき、その真偽を検証できるわけがありませんから。でも約1300万人の頂点に立つ、いわば首都東京の「大統領」でしょ、都民が選べと迫られているのは。
 極論を言いますと、今の選挙制度では立候補した人の中から選ぶしかないし、その権利を選挙権と言っているんですが、選びたくてもそういう人が立候補していない場合は、大事な権利が死んでしまうのです。
 国政の場合は政党政治ですから、特別な人材は別として立候補者個人の資質や能力がわからなくても「政党」で選ぶことができます。その選出基準も「現政権下の自分の生活」がほぼ満足以上なら与党、不満足なら批判票として野党と、比較的アバウトで済みます。この投票結果の全国的な集計で、実際大過無い?選挙結果がもたらされている訳です。経済学でいう『見えざる手』の政治版とでも言いましょうか。
 第一国家行政の最高権力者である内閣総理大臣を選挙民が直接選べませんものね。法的な制度としては『首相公選制』というのもあるんですが、現日本国憲法はこれを採らず『議院内閣制』を採用していますので、現実的には議席過半数を占めた政党の被推薦人(自民党なら総裁) が首相になっています。
 こう考えてくると都知事というのは地方とはいえども「行政」の最高責任者を都民という選挙民が直接選べるわけですから、画期的なんです。ただ、話がもとに戻るのですが、立候補者の中から選べるだけで、立候補者は選べないんです。ここが或る意味悲劇ですよね。
 ここからが妄想です。都民が都知事選に立候補してほしい人をあらかじめ推す制度がないものでしょうか。何だかアメリカの大統領選挙を彷彿とさせる「提案」ですが、あちらのはそもそも立候補させた後の最終候補者選びですよね。こちらは本人が立候補していないのに「ぜひ立候補して都知事になって!」とご本人をその気にさせる制度です。「人気投票」的ですが、これだけメディアが発達しているのですから可能なような気がします。週刊誌などがやるのではなくて公的に実施するのです。もちろん当の本人に立候補義務など生じませんが、何人かの人は可能性を肌で感じて立候補するのではと思います。いかがでしょうか。各メディアが別に実施すればなおさら欲しい人材の輪郭が明確になってきます。

 そういえば前回の参議院選挙、棄権率が半分近くにまで迫りました。こちらでも妄想しましょう。各投票所の片隅に『棄権箱』を設置するのです。立候補者の中に投票したい人がいない場合でも、「棄権するしか選択肢がないことを投票」しましょうという制度の新設です。従来の消極的棄権ではなく、言わば「積極的棄権」です。さらにこの棄権票用紙には「本当はこの人になってほしかった」という意味で立候補者以外の名前を書いてもいいことにします。現行制度ではこれをやると「無効票」ですよね。「何が無効なものですか」との発信力がここには産まれてきます。

 以上、要するに『出たい人より出したい人を』ということですが、これ、ずっと昔ですが公的な選挙標語になっていませんでしたか(^^♪。


  「サルスベリ」(滑りが去る)と「ガードレール」は安全対策でお友だちか? 舗装路からよくもまあ・・・

     百日紅


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. 「自分しかやれない」という落とし穴


 文芸同人誌に会報が不可欠などと言うつもりもないし、平成9年の会発足当時もそんなことは考えもしなかった。何か会員に知らせる必要があるなと思うに至ったのは、発行後に送られてくる読者の反応の多さだった。いくら代表でもこの「情報」を独占してはいけない。会報『岩漿通信』はこうして生まれた。1号の資料はアップできる資料としては残っていなかったので2号を載せてみる。当時はパソコンではなく、ワードプロセッサである。おなじみ「windows95」が出てから3年程度の頃なので私などは、具体的にはパソコンの「パ」の字も知らなかった。

     岩漿通信2

 写真の解像度が悪いのはご容赦。
 ただひたすら読者の感想文を記事にしていた気がする。岩漿文学会の中だけで自己完結する会報と、括れるかもしれない。もっとも、代表だった私一人で会のほとんど全ての事務をやっていた関係上、余裕がなかったのは確かなのだが。当時はフロッピーデスクに作品のデータを入れ、プロの印刷屋に版下作りから先のすべての課程をお願いしていた。もっとも読み手会員もたくさんいて資金も年74万と比較的豊富、年に2回発行できたのだから、年予算17万がやっとの現在と同日には語れない。しばらくして、会員の特技などプロフィールをカラーで紹介してみたものの、会の内部だけに限定した活動だったことに違いはない。
 ただ静岡県東部を中心に公立図書館にはずっと寄贈をしていた。地域の文化活動について一応意識的に動いていたとは思う。

     会報・柳田氏

 創刊から約10年程経って入会してくれた柳田会員が、代表としての私の事務の中から会計役と会報作りを引き取ってくれた。本職バリの会計とパソコンによる色刷り会報の誕生である。大いに助かったことは言うまでもない。
 タイトルも『岩漿通信』から『会報マグマ』に変わった。年に何回も発行してくれるのでその手腕に驚いたが、毎号「代表のひとこと」をノルマとして課されるのには少々参った記憶がある。彼の代の会報は事務連絡の比重が高く、その質もまた高かった。
 だが彼の一番の貢献は、「会の運営」担当者を複数にすることの意義と効果を、身をもって教えてくれたことである。 
 もしかしたら私は「自分しかやない」を「自分しかやない」と錯覚していたのかもしれない。
 この「ら」と「れ」の差は相当に大きい。「代表」などという地位は要らないのではないかと気付いたのはこのころだった。

 「3・11」の大震災のあと私は、代表を辞した。自分が会の中心になっていることの功罪をじっくりと考えた結果だった。
 岩漿文学会はここから複数担当制の新ししい「時代」に入ったといえる。
 馬場、佐木、深水、桂川の4人でする編集、深水会計担当、桂川会報担当の誕生がそれだった。不思議なことにその後の5年間に会員4人が単行本を出し続け、各人の地域文化活動も広がっていった。
 この会と会員の「生き様」を丁寧に追いかけて編んだのが、桂川氏が担当した素晴らしい『会報CORE』だった。

     CORE9

 会やグループは構成員各人の能力が発揮され、また調和されて大きく豊かになっていく。
 同人誌『岩漿』や『会報』の「成長」は、私にこう教えてくれたような気がする。
 『人の大きさを見つろ。自分の小ささを見つろ』
 次号25号を前に齢69歳の私は、事実上の編集長の座も下りて人に委ねることにした。
 これからも大きくなるであろう『岩漿』を楽しみにしつつ。 



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. 梅雨明け、つゆ知らず


 かみさんと昼飯を食い、最寄りのスーパーマーケットで食材などを買いに出かけた。一緒に入店したが爺は折詰の簡単な寿司を指さし、早々と炎天下の車に戻る。本当はいけないのだが、駐車したままエンジンをかけ、冷房を№3にした。連れが戻るまで所在無いのでカーラジオをONにした。とたんにNEWS、のっけから「東海地方梅雨明け」の報。
 『ん、伊東ははたして東海地方なのか』と一瞬首をひねる。横浜出身の爺としては何とか関東の仲間に入れてほしいのだが、無理難題であることは、もろにジリジリ迫る太陽を見れば明らか。車の前を通り過ぎた老夫婦も二人そろって、あまりの暑さに口を開けたままだった。
 
 「とうかい」と言えば「韜晦(とうかい)」を頭に浮かべる。自分の本心や才能・地位などを隠すことだが、爺ともなるともちろん地位もなく、隠すべき才能はもとより無い、せいぜい世間様に嫌われないように「怒り」という本心を隠すのがせいぜいのところ。「韜晦癖」などという小洒落たものは持ちようがない。「とうかいへき」を誤変換して「倒壊壁」とし、老いた自分の「壁」でも壊そうか。
 漢字の読み方で「そうだ当て字だ」と急に思いついた。いや、毎日のように写真館のショーウィンドウで見る赤ちゃんの名前、難読文字、いやキラキラネームのことだ。立派な評論家の方々が何やらこの風潮を憂い、「国家の解体は近い」などと口にしていたが、なんのことはない、日本文化に根付いている国字とか当て字の「名前版」なのだ。秋刀魚を「さんま」と読ませ、向日葵を「ひまわり」と無理やりおぼえさせる、あれだ。これと、例えば「彩魅」を「あみ」と仮名を振り女の子の名前にするのとどこが違うのかといいたい。「あや」の「あ」を採り、「魅力」の「み」をくっ付けた親の愛情あふれる?命名。
 私見では何となく、どっちもどっちだ。読めないというなら、仕方がないから、戸籍や住民登録だけ漢字にして、日常生活はすべて名前をひらがなでと、決めれば済む。それでも親の愛は記録されるのだから。「ね、あみちゃん」

 なかなか冷えない車内でボーッとそんなことを考えていたら、急にドアが開いてかみさんが入ってきた。
 「あぢぃー、すごいねぇ、この暑さ」
 これも言葉の凄さだ。「暑いわね、とっても」より臨場感がある。
 ついに猛暑が来た!
 それにしても今年の伊東の梅雨は、雨天が少なかった。


 



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. うれしかった1本の電話


 昨日の午後、パソコンの前に坐っていたら突然子機が鳴りました。「突然」と言っても普通に電話機が役目を果たしただけなのですが、こちらがボーッとしていたせいでしょう、ビクッとしました。
 「あの、いつも岩漿(がんしょう)を読ませていただいている者ですけど」
 『あ、はい、ありがとうございます』
 にわかに背筋を伸ばした私。
 「デュオのサガミヤ書店(※注) に買いに行きましたら、いつもの処に無いんですね・・・」
 年配の男性の方で、うちの同人誌の、ずっと以前からの読者だというのです。私の家電(いえでん)番号も 同人誌の奥付(おくづけ)で知ったようでした。たしかに「代表」をしていた『岩漿19号』までは電話番号も載せていました。今号は24号ですから、以前からの読者だと分かります。
 これは書店のレイアウトなどが変わったせいで、実は私も慌てて店内を探し回り「移転先」を見つけたくちです。
 説明をすると「はい、そこへ行って見てみます」と明るい声で電話は終わりました。
 話の内容から、彼は今号の巻頭においた短歌集の作者の知り合いだと思います。
 これだけのことですが、受話器を置いてからもしばらくの間、温かいものが胸の中に残ったものです。
 電話一本の魔力とでもいいますか。
 「あ、自分を、馬場駿を売り込むの忘れてた・・・」




 ※0557-32-0303 伊東市サガミヤ書店

   岩漿
                           


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. 少し明るい話を探したい


 1週間ほど暗めな記事で埋め尽くされた感じなので、つとめて明るい話を探してみようと思う。たぶん困難なミッションだとは思うけれど。

     誰の石

     『誰に言われてそんな邪魔なとこに居るの!』 「自分の意志(石)」 『参った、ロープ』


 帰路、曇天の空の下を走る (7月16日)

 15日は山梨の里山を後にして、韮崎で用事を済まし、中央道、富士5湖道、箱根山、伊豆スカイラインと走って帰宅した。
 記事の更新をと考えもしたが、手足も頭もひどく停滞していて働きそうもなかった。
 それどころか今日もひたすらひたすら「おやすみ」状態・・・。新聞と読書で終わった。

 一昨日も昨日も午前4時前に起床で心身ともフル回転。その結果を診て、あらためて「齢69という老い」を実感させられた。
 数年前とは明確に違うのだ。
 それでも明日は、がんばれそうな気がする。
 「留守中に訪問してくださった方、ありがとうございました」
 


車で山梨へ (7月14日)

 北杜市へ行ってきます。雨が降らないことを祈りつつ。
 早朝5時半に伊東出発です。

 ロボのペッパーとやらに出会った (7月12日 ) 

 昨日、故障した携帯電話を修理したいと地元のサービス店に足を運んだ。うまい具合に空いていると思ったのだが、こういう手続きはもろもろ手がかかるようで、私はソファーに長い間座ったままになった。
 なんと途中で気づいたのだが、目の前に居たのはソフトバンク社の応接ロボット「ペッパーくん」だった。次々に入店してくるお客さんだが彼に何か尋ねるということもなく、くるくると向きを変えて動いてはいるが、退屈そうな風情だ。1時間も経ったろうか、彼にとっての「救世主」が現れた。3つか4つの女の子だ。母親に教わって彼と早口言葉の遊びを始めたのだ。
 4つの色分けで選択肢が胸の画面で出てくると、まだ漢字混ざりは読めないらしく色彩で選んでポチッと触れる。もちろんタッチパネルだからだ。「生麦生米生卵」よりずっと難しい早口言葉をロボットが言い、女の子にもやらせようと催促をするのだが、女の子は「・・・」。『無理だろう!』と私は内心彼に向って叱る。すると彼は、外国人が「あきれた」という場合にする両手を肩の高さまで上げて広げる動作をした。『しつれいな!』とまた私。女の子はその意味を知る由もなくまた指示に従って選択を続ける。選んだ色は早口「10億倍」だった。『よくもまぁ、あんな選択肢つくるよ』とブーイングの私。彼がサンプルで言った早口は「ピ」で終わった。あたりまえだ、10億倍の早口なのだから(^^♪ 女の子もバカバカしくなったのか、「ママぁー」と叫んで立ち去った。

 そのあとでだ。30秒近く彼がわたしの顔を見つめたのだ。『な、なんだよ』少しばかり狼狽した私。
 『こいつ。こっちの腹の中、読んでる?』
 なにせ、相手は犬までしゃべらせるソフトバンク社のペッパーなのだ。
 『ん、じゃあペッパーって、あのピンクレディのあの警部かぁ』
 たしか作詞は阿久悠だった。そう「悪友」。どうりで女の子に優しくないわけだ。『じゃまをしないでぇ♪』
 待機と手続きは2時間で終わった。
  


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. 相変わらずの「カオス」の世で


 宇宙が発生する前のすべてが混沌(こんとん)としている状態をギリシア人は「カオス(混沌・無秩序)」と言ったそうな。

     トカゲのしっぽ

      トカゲのシッポ切り。今はアタマの方を切り落とす。ただし大ナタは振るわれない。
 

 選挙結果に見る「見えざる手」 (7月11日)
 開票速報は昨夜22時近くまでテレビ東京を中心に視ていた。独自性に好感が持てるからだ。大きな流れがわかったところで、年寄なのでそさくさと就寝、今朝は4時半から結果を確認し始めた。結果の確認だけはNHKに限る。

 爺がひそかに希望していた「結果」がある。①「自民の議席が極端に増えないでほしい」。現政権の、政策自体はともかくとして、実現手続きでの暴走が気になっていたからだ。加点は初めて「戦略的外交」を見せてくれたこと。よほどのブレーンがいるのだろう。これほど前向きに、精力的に世界に雄飛した内閣はなかったのではないか。
②与党内の暴走抑止力公明の微増。その持てる集票活動能力によって、たとえ自民が単独で過半数を占めたとしても無視されることがない唯一の党だからだ。
③民進議席の減。これは希望というよりは失望したうえでの選挙結果予測だった。共産主導の「野党連合」によって野党第一党としての役割とプライドを捨てたからだ。結果、現政権、現政策の批判票の「受け皿」として失格し、強めの現政権批判票は民進を飛び越して共産などに流れてしまった。これは以前の記事でも少し触れたが、「野党連合」で利得するのは共産だけだとなぜ気づかなかったのか、ほんとうに不思議だ。党首の責任は重い。
 共産は、野党共闘によって選挙民の共産アレルギーを緩和し、「戦争法案・9条改悪、是か非か」という二者択一的選挙活動を実践して「勝利宣言」という結果になった。じつに「頭」がいい。共闘したのだから民進の項で感想を括っておきたい。
④政党名としていかがなものかと思っていた党は今回、ほとんど獲得議席ゼロだった。

 つくづく民意(選挙民の投票行動)は、バランス感覚がいい。どこかで「見えざる手」が働いているのかも。そんな風に思えてならない。そう、選挙民の半数に迫った棄権率が、「国政選挙の欺瞞性」に対する猛烈な抗議であることも含めて。
 爺の分際で、妄言多謝。

 自由人から奴隷へ (7月10日) 『・・・人民は自由だと思っているが、それは大きな間違いだ。彼らが自由なのは、議員を選挙する間だけのことで、議員が選ばれるやいなや、・・・人民は奴隷となり無に帰してしまう』(ジャン・ジャック・ルソー)
 ちなみに私とかみさんは期日前投票が始まるやいなや、早々と「奴隷」になるべく投票所に向かっている(^^♪
 各種報道では選挙の争点とか隠れ争点とか数多く並べ立てているが、今回の参院選挙結果で判明するのは、ただ一つのことだろう。それは「民主国家日本の選挙民はまともか、どうか」ということなのだが、はて。

 蜥蜴の尻尾切り (7月9日 ) 
 トカゲのシッポ切りで、以前は秘書や中間管理職が「罪」を背負わされた。事件をウヤムヤにするために尻尾の自殺などもあったらしい。ところが最近は、週刊誌などが頑張ったりして世間を目覚めさせ議会を動かし、何やらアタマそのものを切るようになったようだ。TPPの経産相や2代続いた都知事が記憶に新しい。
 弱い立場の者が追い詰められて「手打ち」に至るよりは数段良いと思うのだが、そのプロセスで重要な議会の審議が停滞するのを見ていると、「本末転倒かなぁ」と首をかしげたくなる。何か別の「追及機関」を設けた方が良くはないか、議会はあくまでも立法機関なのだから。不正をされた上に議会の長期にわたる運営費用が無駄になるのは2重の損、そんな気がする。
 札束の魅力、権力という魔力、どちらも本来立派なはずの人間を骨抜きにする。
 「これらに誑(たら)し込まれるのは人間の通有性?」
 われら庶民はどっちにも誑し込まれたことがないので、験(ため)してもらわないと解からないけれど(^^♪



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. どこまで広がる暗雲


 風雲急を告げるか、この年。新年からずっと、なぜか重たい。

     海洋公園

 犯罪大国に見えてしまうニッポン (7月7日) 
 何度でも言いたい。「テレビ各局の犯罪報道、何とかならないかなア!」。夜明け前の4時から真夜中まで、死体遺棄、ひき逃げ、親殺し、子殺し、通り魔的殺人、強制わいせつ、強盗、強姦、ストーカー・・・政治家の不正。「3面記事のオンパレード」、しかも繰り返し何度も何度も。『もうたくさん!』とばかりにチャンネルを替えても全く同じ。あろうことか日によってはNHKまで。これでは日本は犯罪大国だワナ。ついには「視ない権利」の行使でスイッチをプチッ。
 『どうしちゃったの?マスコミ』、もっと大事な、報道解説が山ほどあるだろうにと嘆息するばかり。
 視聴者が暗いニュースを求めていると本気で思っているのだろうかテレビ局は。『犯罪白書』によれば減り続けているという「日本の犯罪」。ネットの海外の反応では「日本礼賛」の方が多い。安全だと「あこがれ」さえ口にしている。
 ・・・このところ私は、憤慨を治めるために好評価・礼賛系の本を読み続けている。

 『誰もいなくなる? 五輪ゴルフ』 (7月5日)
 『日本時間の4日(月)には、エースと期待された松山英樹が日本代表の辞退を表明』(Yahoo!ニュース)
 なんでも世界のトップクラスのゴルファーが10人ほど不参加だとか。ジカ熱とリオの治安のへの不安が原因らしいと記事はいう。このままでは、アガサ・クリスティ『誰もいなくなった』をもじって「誰も行かなくなった」につながる恐れもあるや無しや。そういえばずっと前にも「わたしはまだ子供が欲しいから行かない」と辞退した女性アスリートもいた。ジカ熱恐怖は当然男性以上だ。
 競技場建設の遅延、大統領の不在、伝染病、治安の悪化、ドーピング・・・やれそうもないと分かった時点で、何とかならなかったのだろうか。確かに無事に開会し、何事もなく閉会するにこしたことはないのだが。
 治安への不安では今回のバングラテロの衝撃も大きいと思う。

 近頃多い布教のための「訪問客」(7月4日)
 「あれ?」と想いだした。新興宗教と括っていいのかどうかは不明だが、3回も宗教系の団体のアプローチを受けたのだ。まず郵便受けにあった○○教のパンフレット、2回目が立派な会誌を持参した○○会のご婦人、さらには学ぶ会の形をした○○寺○○会の新聞を携えた若い女性会員。以前にも書いたが、こういう訪問を受けた時の私は、くれた「資料」を「教養の書」として後で読むことにしている。なるべく丁寧に玄関先で言葉の応接はする。ただ「相対主義的無宗教者」の私はどこにも入らない。
 その資料の中にあった『濁悪』という表現が適切かどうかは不明だが、今の日本が「カオスの中にある世界」の影響を受けて先が見えない状態であることは認めざるを得ないだろう。こういう時世だから新興宗教は力をつけるのかもしれない。
 心が何かに頼りたくなるのだ。これは資産の多寡や学歴の高低などとは無縁のものかもしれない。
 ふとこんなことを考えた。自分で自分に縋(すが)るということは「縋る」、ではないと。
 

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. もう少しで回復

ID:g81fca


回復用の記事です。よろしくお願いします。
今日も蒸し暑くて頭がボーッとしていす。このところ操作中にちょくちょく邪魔な画像が入ってくるのでイラついてもいます。
クリックミスが多いのも、そのせいかも、なんてね。
トラブル、午前中に回復しました。


     かわいい2

      商店街を散歩していたら、突然「二人」に呼び止められました。で、ついパチリと。



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. 心の欲するところに従いて


 耳順(じじゅん)は遠く過ぎ去り、いまはそこそこ矩(のり)を踰(こ)えず心の欲するままにつぶやけると思ったので、小説等で少し「多忙」な間、こんなスタイルをとりたいと思う。

     池の水草


 「自動運転」で死亡事故 (7月3日) 
 アメリカのある電気自動車メーカーにスポットライトがあたったらしい。『ドライバーが自動運転モードを作動させている最中にトレーラーの下へ潜り込むように衝突した』(7月2日ネットの日経)。ブレーキがかかった形跡はなかったという。「革新技術」に絡む傷(いた)ましい死亡事故だ。
 私は、以前このブログで書いたことを繰り返したい。「自動運転」は、運転者の万一の場合の補助としての機能にとどめるべきだと。車がひしめき合って利用する道路は、空路や鉄路とはちがうのだ。自分や他人の命を車の電子センサーに100%預けるのは無謀としか思えない。

 歯っ欠け老人の引きこもりリスク (7月2日 )
 『歯が少なく、入れ歯を使わない高齢者ほど引きこもり状態になるリスクが高い』(ネット朝日6月29日)。人との会話や食事にためらいがちになるため外出が減る傾向にあるとの、東北大の調査結果だ。
 「なるほど確かに」と、数えで70歳の私は納得した。治療薬の副作用か眠気防止のガム多用のせいかは分らないが、ここ数年の間に歯が一気にボロボロになり、本数も半分近くまで減った。或る会合で「つばが飛ぶからマスクしてくれない?」と「注意」されるに及んで、怒るどころか迷惑をかけないよう、外での会話や食事の場を遠慮しようと決めて現に実行しつつある。
 老いという「化け物」は、まったく容赦がない。



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. 爺と孫の対話で「大衆迎合主義」②


爺 「大衆迎合主義っていうけどね、大衆が生活に不安を抱いて政治に不満を持ったり、何かの改革を求めたりするのは民主政治の中ではむしろいいことなんだ。いま問題にされているのは、これを利用して当選したり、権力を強めたりする側の危険性なんだ」
孫 「あ、今度の離脱派の論客のジョンソンて人。次期首相立候補やめちゃったね」
爺 「ミスリードがはっきりしてバッシングが起きちゃったからね、無理と踏んだんだろ。出世のためだったわけだ結局」
孫 「何かかっこわるいね」
爺 「こういう政治家がよくやる手法は、①危機の煽(あお)り、②情報隠しを含む情報操作、③選択肢の単純化の3つだ。」
孫 「だけど簡単に引っかかっちゃう選挙民にも問題ない?」
爺 「ほう、そうきたか。その通りでね、民主政治はね情報を得て、争点について是非弁別能力がある選挙民が意思決定をする。その意思が投票行動を経て民意として形になる。つまり数で方向が決まる、でなければならないんだ」
孫 「それの一番でかいのが国の進む道の選択ってわけだね」
爺 「そう。でもね選挙民のあるべき姿はあくまでも擬制でね、実際の投票行為はもっとラフだよねぇ、名前が売れてるとか美人だとかイケメンだとか(^^♪ そういう1票も情況を的確に把握し熟慮の末の1票も、選挙や国民投票での価値としては同じなんだよ。ここらあたりが付け込まれる原因かな。総理大臣の1票も君の1票も同格だという意味、1度じっくり考えてみてほしい」
孫 「ひどいなぁ、ぼくは候補者の容姿でなんか選ばないよ」
爺 「これは習っただろう、歴史的には当初男にしか選挙権がなかったし、その以前にはさらに社会的地位や財力なんかで制限を受けてたし、婦人参政権の獲得にもかなりの厳しい段階があった。そしてついに今度は18歳以上にと選挙権が拡がった。けっこう権利の闘争があったんだけど、いまの選挙民がその重さを意識してるだろうか」
孫 「ぼくら何にも知らないかも、金魚が自分のまわりの水のこと何にも知らないみたいに。70年以上戦争がなくて、テロらしいテロもなくて、それを当たり前のように享受してきたわけでしょ、第一、学校の歴史で昭和史なんてやってなかったような気がする」
爺 「知らなくても水槽の水に毒が入れば金魚は死ぬ。国の安全を損なえば国民は死ぬ」
孫 「ほんとだね、今度はちゃんと考えてみるよ」
爺 「今度は?」
孫 「だってまだ2回目だから」
爺 「そういう意味じゃなくて・・・」
孫 「あ、爺ちゃん、ぼくお茶入れてくる(^^♪」



 ※この対話は記事のためのフィクションです。私に男の孫はいません(^^♪

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       「いいカモにならないように」 「うん、わかった」



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Author:蛙声爺
文芸同人誌編集をしています。
考えるフクロウが理想。
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