蛙声爺の言葉の楽園

. 海よ、なぜ私を嫌うのか


 嫌っているのはむしろ私かもしれません。好きで憧れているのに嫌いだという、この摩訶不思議な感情はどこから生まれたのでしょうか。
 
 確かに海や海岸でいいことはほとんどありませんでした。
 学齢6歳に達していなかった幼い頃の話ですが、横浜は金沢の遠浅の海岸で3回ほど死にそなったのがそもそもの始まりです。情けないことに3回とも同じパターンでした。親に連れられてアサリを掘りに行きまして、もちろん遊びではありません、味噌汁をはじめご飯の「おかず」にするためにです。もし遊びだったら1度溺れかければ2度と行かなかったと思います。食べるためだから子どもながらに必死になります。時を忘れます。潮が満ちてきて岸への退路を断たれます。で、いつもどこかの知らない小父さん、お兄さんに救助されるのでした。
 同様の水難はかなりの頻度で起こり、そのトラウマで「泳ぐ」ということができないままに中学へ、大人へと進んだわけです。底なしのドブにはまったり、海でないシチュエーションもありました。

 17-8歳の頃長崎にペンフレンドが出来て、何と逢いに行きました。ここまでは「素敵?」なんですが、あろうことか現地の海水浴場で勧められるまま3人で手漕ぎのボートに乗ったのです。もちろん私には経験がありません。そもそも泳げないのですから小舟に乗るなど自殺行為なのです。のっけからその人が漕ぐのだと思っていました。結果は悲惨で、周囲で泳いでいる人たちから怒号を浴びました。このペンフレンドとの文通は、このことが原因で終わってしまいました。

 20代の頃の話ですが、力を抜けば絶対人間は沈まないのだと言い張る4人の友人に担がれ、背の立たない沖で手を離されたことがあります。当然ブクブクと沈みました。助けてくれたからいいものの大量の海水を飲んでしまいました。
 こういう例を挙げればキリがありません。

 私にとっての海は「外面如菩薩内心如夜叉」、そとの顔は妖精でうちの顔は悪魔、それ以外の何物でもないのです。
 嫌いでも怖くても海はしかし、憧れの的でもありました。とくに命に別状のなさそうな砂浜付近は別嬪(べっぴん)でした。
 この気持ちをもとに創った私の短編小説に、光と海水が遊ぶ波打ち際の描写があります。

「あのキラキラしているところを見ながら目を細くしてごらん。そう、もうちょっとで目をつむるってところまで」
 そういいながら自分も目を細めた。
 一つ一つの輝きの真ん中から、光の筋が空に向かって立ち上がる。それは逆に、太陽の光線が水面に向かってふりそそぎ、さらには突き抜けて、海水の下の砂にささっているようにも見える。
 光の精たちの向こうには、フジツボを身にまとった深緑色の石が庭石のように並んでいる。名前も知らない背の低い海藻が、右に左に揺れて微細な砂を舞い上げる。(平成21年「空に映る海の色」)

 沖に白波が立つ姿を時折り見ながら、陽の光を目いっぱい受けた波打ち際の一点を見ている至福のとき…。
 やはりこれは海への「恋」でしょうか。 



 4月30日 計画通り短編小説脱稿。1日捨ておいて明日2日 、読者の立場にたっての「推敲」をします。まだ3日で30枚書く気力があったことが嬉しい。
 5月1日 かみさんは孫と遊びに三島の方へ。私は咳が出るので留守番専科。今日はひとりDVDを観たり海岸まで散歩したりして、できればパソコン前から遠ざかります。


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. ブログ休暇ですか?


 小さすぎるお話です。
 1日400字詰め原稿用紙10枚のノルマで短編を書きだしたら、頭がブログネタを追い出してしまったので、都合2日間マイブログはお休みになってしまいます。3日目の明日の午前中に脱稿しますので、午後には気を入れて(^^♪記事を書こうと思っています(ほんとかな)。
 うっかり入ってしまった素敵な人たちのために宇佐美海岸の朝日をアップしておきます。どこにピントが合っているのか不明ですが色だけは「夢の国」のようでした。


 夕日



 4月28日 原稿用紙10枚。 同29日12枚。 同30日8枚の予定です。
 もっとも脱稿してからの推敲の方が手間を食うのですが。それと…

   祝 九州新幹線全線運転再開 


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. 日常という名の「平和」


 なんとなく蕎麦が食べたくなって、かみさんと近くのこじんまりとした店に入った。駿河湾産の桜海老のかき揚げ蕎麦を注文すると、カラッと小気味よく上がったまん丸の天婦羅が出てきた。きざみ葱がたんまりで、山葵も萌えな感じでこんもりしている。「ずずずー」と、ずっとすすって舌なめずり。春だよなーと、でかい湯呑に入った茶を口にした。
 「ごちそうさま」で外に出て、おばさんが一人でやっている隣の商店に入る。

 「きょう100円の宝くじ出ましたよねー」と声をかけると、彼女がとびっきりの笑顔を創った。爺が10枚、婆が10枚。何気なく店内を見渡すと、駄菓子、たばこ、宝くじだけの商いだった。お子たち、とうちゃん、かあちゃんの順だろうか、品揃えの配分が絶妙だ。真ん中の棚に袋詰めの銘柄米が10袋ぐらい積んであった。場違いな感じだが、これで「家庭」そのままだと思った。そう言えば、何年か前にこの近所のコンビニが店を閉じた。おばさんも商売の張りが出たのではないか。そんなことを、いいかげんな気持ちで思った。

 正月でもないのに直近の小さな神社でお参りとなった。古い石造りの狛犬らしきものの隣に、比較的新しい狐が居て何やら巻物を加えている。ちょっと目が恐ろしくなって、あわてて100円を「賽銭箱」に入れた。昼飯直後に「あたりますように」は穏当ではないと思い、宝くじ当選のご利益頂戴はあきらめて、「みなの健康」に切り替え、とりあえず合掌。…日本は八百万の神々なので。
 鳥居をくぐって表に出ると、目の前の「広場」で猫が前足で穴を掘っている。そのしぐさが面白くはあったのだが、できた穴に糞でもするのかと思ったら急に興が醒めて、目をそらした。
 あのとき確か、神社の奥さんなのか、後ろで猫の名を呼んだような気がする。

 家に戻りパソコンの前に座ったら、鶯の鳴き声がサッシ戸の向こうから聞こえてきた。
 ホーホケケチョ、ホーホケチョ 🎶
 遅れてきたわりには下手過ぎる。

 今日、人物関係図とプロット創りを終えて、新しい短編小説を書き始めた。



 のどかすぎる記事を書いていたら、横浜に居る姉の描いた水彩画をご紹介したくなりました。なにか後ろに居ますよね。

   ピエロ

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. 自分を励ますのは「自分」


 老いて衰えた肉体を修復するのは自分、弱りがちな気持ちを鍛えるのも自分、それらを実行する自分を励ますのも「自分」、すべて「自分」(心)の問題なのでした。たとえ若くても必要なことですが、老齢になればいっそう必要なことだと、最近は特に実感しています。

 今日は昼食後、伊東港の周辺を7640歩ほど歩き回って帰宅しました。
 何日か前に、歩くことによって殆んどの病気は予防できるという、医師が書いた本があることを知りました。要するに循環機能と代謝の健全さを確保しろと言いたいのだろうと、素人判断をして納得したものです。そう言えば、土砂や重い礫を積み1輪車で山道を運搬して18000歩を数えた過日の里山行きで、脚が大丈夫だったのは日ごろの「散歩」のおかげでしょう。
 とにかく歩くこと、「散歩」は高齢者の、何よりの「薬」だと思います。続けるのは意外に大変ですけれど。

 ただ、それだけでは説明がつかないこともあります。6年ほど前、メタボでもなく、平均10時間以上動き回って運動不足でもなかった私が、健保組合の健康診断の結果代謝異常を告げられたのです。推定原因は強度のストレスと恒常的な睡眠不足です。そうなんです、健康には「心」の問題も絡むのでした。
 或るラジオ番組に出演した高名な医師が、こんなことも言っていました。「人間、わはは、わははと笑って過ごせたら、ほとんどの病気は寄せ付けないんです」と。
 高齢者の心の健康維持には3つのことが必要なのだといいます。
 昔の自分と老いた今の自分を比較して落ちこまない。今の時点の周囲の人たちと今の自分の生活を比較して悩まない。誰にだってわからないのだから、いたずらに自分の先行きを心配しない。
 じっさいにはどれも難しいですけどね。
 
 歩数計の記録を使って「歩き」を管理している私ですが、やれ雨だから、やれ用事があってと、かなり自分には甘くしています。上記のように「成果」のほどが分っていてもなのです。
 祝い事は全て満年齢ではなく「数え年で」に従うなら、いまの私は「古希」にあたります。
 自分を励ましながら、それなりの「健康回帰」を図りたい爺ではあるのですが。はてどこまで、またいつまで、頑張れますか(^^♪



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. なぜ咲けるの、こんなところで


        花の名前は知らない。
       足元で呼び止められたような気がした。
       「すごいな、小さなくせに」
       しゃがんで、片膝をついた。


       どこから来たの




        間近で見るまで花とは分らなかった。
       背伸びまでして顔を出して。
       「パイプ、飛び越す気か」
       見習いたい気概だと、うなった。


       DSCN1002.jpg



 このところの筋トレのやり過ぎで少しばかり疲労感。「じじなのに」
 ということで、きょうはお休みと思っていたところ、朝の散歩中にがんばる「ふたり」に出遭い、ぜひともアップと。
 そんな事情です。

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. 名画『學(がく)』にみる心と命のはざま


 人が自ら心を閉ざし固い殻に入って中から「鍵」を掛けたとき、殻の蓋をこじ開け、光を与える者に必要なエネルギーの大きさ、勇気と犠牲の量を突き付けてくる作品だった。生きながらにして心を葬った13歳の少年學と、その再生のために立ち上がった余命いくばくもない元南極越冬隊員の祖父信一の、ロッキー山脈での凄絶な「戦い」の物語である。

 エリート夫婦はアメリカに居を構え、息子の學だけを独り東京に残した。學はパソコンを唯一の友にして暮らしていたが、ある日近所の4歳の女の子がパソコンをいじったのを知って激怒し突き飛ばして、死に致らしめてしまう。ここまでなら「偶発的事故」だともいえるが、學は結果に恐怖して死体を遺棄してしまう。しかしすぐに罪は発覚しマスコミに知れ、責めは學を放置した父母に向けられる。父母は責めを負って自殺。學は自らの心の殻に閉じ籠る。

 殺生(せっしょう)とは生き物を殺すことだ。仏教の教えでは最悪の罪になる(不殺生戒)。ところが人は、動物植物のいかんを問わず、生きているものを殺し、その「命」を頂戴して自らの命を維持していく定めなのだ。ここには容易に超えがたい矛盾がある。もし超えられるとすれば、「不殺生」には、殺さないという意を超えてその生をよりよく生かしきるという積極的な意があるとされるところにすがるほかはない。であれば、自分の命を守るために他の命を絶つことが許されるとしたら、つまりは自分にそれだけの価値が求められるということになる。「無益な殺生」という言葉の存在はこの解釈を裏付けていよう。
 これだけを考えても、學には女の子の命を奪う価値はなく、行為にも何一つ意味が無い。

 信一は独りで生きていく術を教え続けた後、遺書を書き、學1人をロッキーの山中に残し、自害して果てる。
 學は、生きようとするならば自分の頭と肉体と、それらを統一する心だけで、大自然と戦う以外、道がなくなったのだ。
 學は「ごめん」と謝りながら、虫、蛇、名も知らぬ小さな獣、そして小鹿と、次々と殺して自らの命をつないでいく。彼の「道」には木の十字架を刺した「墓」が、いくつもいくつも造られていく。
 しかしそれは本当に、少女の場合の殺生とは全く意味が違うのか。物語は断定しない、ただ「呈示」しているだけだ。
 麓に住むアメリカ人の信一の友人は、村人に信一はなぜ自殺したのか、こどもをロッキーの山中に置き去りにしてまでなぜだ、と質問されて応える。「日本人にしか分らないし、日本人にしかできないことだ」と。
 學は知る、生きることの過酷さを。命の重さを。彼は知ることによって犯した自分の「罪」と対峙し、事の重大さを知ってしまった自分と戦うことになる。そう、逃げるのではなく…。

 夜空の星は、ただ瞬いているだけなのか。
 川は、川の水は、本当はどこにたどり着こうとしているのか。
 樹は、なぜそこに佇(たたず)んでいるだけなのか。
 山々はなぜ常に聳(そび)え立っているのか。
 それよりもなぜ、人はこれほど弱く造られているのか。
 さらに、人はなぜ独りで生きてはいけないのか。

 學の生きるための山中彷徨が、私たちに直接訊(き)いてくることは多い。
 私たちは、自らにでもいい、答えられるだろうか。

 この物語はいまから4半世紀も前に、倉本聰によって創られている。
 彼は『北の国から』、『前略おふくろ様』、『風のガーデン』などで知られている屈指のオリジナル脚本家である。
 複雑な心理の少年學役の高杉真宙(まひろ)、祖父信一役の仲代達矢の二人に脱帽したい。現地山岳ロケの過酷さに想いをいたし、「この映画をありがとう」と口にしたい。



  消えた記事、根性で?夜「再生」を試みましたが、やはり何か落としたような気がします(^^♪
 映画の話なのに記事のカテゴリは「人間」です。DVDを観ていない人にも何かを感じてもらえたらと思います。
 ああ、老人家庭にとってはもう「おやすみなさい」ですね、21:12。どこかで「ええーっ、もお?」って聞えてきそうですが。


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. 誰がために燃えるのかツツジ

 間違っても足腰が弱ることのないようにと今日も散歩に出た。車で小室山公園に行き駐車したあと、補色関係にある赤と緑だけの園内を歩き回った。この小室山(こむろやま)、汁椀を伏せたような嫋(たお)やかな姿をしているが歴とした火山である。
 園内を見渡せば、地下の岩漿(マグマ)が地表に噴き出したかと見まごうばかりの赤、緋色(あか)、紅色(あか)。いったい何株のツツジが植わっているのだろう。いやパンフに載っている数字ではなく「無数」と表現しておこう。

   つつじ

 今年も天候は不順で、桜特にソメイヨシノは開花のときも散るときも迷いが感じられた。きっと花の色彩のように繊細なのだろう。ところがツツジは人間が主催する「つつじ祭り」にドンピシャで満開になるのだ。事実間近に迫った祭りの支度が園内のあちこちで進んでいた。山本健吉は著書『ことばの歳時記』のなかでいう、『桜よりつつじの方が、よほどタフにできている』と。さらに詳しく『時候の微妙な違いなぞとんとお構いなく、咲くべき時が到来すればつつじは咲く』とも。まるでつつじにはデリカシィが無いかのようで気の毒だが、実際に高所から見渡してみると深くうなずけるものがある。その丈夫さと相まって庭木に頻繁に用いられるゆえんかも。

   小室山公園


 余談だが、ツツジの表記を漢字で「躑躅」としても平仮名で「つつじ」としても何かしっくりこない。この激しい色彩と艶な印象が表せていないと感じるのだ。「ツツジ科」などと学問的な分類は別として、各品種のネーミングでそれぞれの「美」を訴えるしかないのかもしれない。例えば昔の花魁(おいらん)のような「みやまきりしま」(深山霧島)、可愛い妹みたいな「さつき」(皐月・杜鵑花)、小粋な小料理屋を連想させる「おおむらさき」(大紫)というように。
 この手法鉢植えのツツジの園芸品種になると、すでにたくさんありそうな気がする。

 どうやら赤に酔ってしまったようだ。


 ◆震災記事が3回続いていたのと復旧の兆しが見えたので、ぱっと視覚的に明るい記事をと考えていました。すると伊東市内の小室山を思い出したのです。
 「つつじ祭り」は4月29日から5月8日まで。出店・催し物もありますのでぜひどうぞ。蛙声観光局?
 桜と違い、ツツジには著名な和歌も俳句もみつかりませんでした。童謡でも歌謡曲でも同じです。
 ご存じの方、教えてください。何だかツツジが可哀想。

 ◆4月23日午前、400字3枚程度の本日記事を書き上げアップ寸前にクリックミスをしました。全文が消失してガックリ。少なくとも今日書き直すのは無理となりました。昼飯に注意盗られてもらいミス。  

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. 素晴らしい人たち


 物資が次々と搬入され、大きな余震が減ってきたのも手伝って、被災地に関する報道内容が少しは変わってきた。不思議なもので「前向きな内容」になってきたのだ。それらの中で私は、あらためて「素晴らしい人たち」を知ることができた。なんと民度の高い国なのだろう。

 なかなか支援物資が届かないと分って地域住民が食べ物を持ち寄り、おばさんたちが創った「給食部隊」。農家が多いからだと言ってしまえばそれまでなのだが、本当はこういうのを「女子力」と表現してほしい。
 避難所で先々を憂い一様に沈み込んでいた大人たちの周りで、明るく無邪気な笑顔をふるまっていた幼児たち。「この子たちのためにも頑張らなくちゃ」と、どれだけ周囲を奮起させただろう。
 ある避難所では中高生が、家族のためだけではなく、被災者みんなのために動き回っていた。泣きそうな顔で彼らに感謝していた老人の顔が忘れられない。「してもらう」から「する」へ。これは輝きと言うべきだろう。
 半壊した自分の家の前で「先がみえません」と言いながらも、めいっぱいの笑顔で「いま」を片付けているお母さんに当たる陽射し。必死で耐える被災者の表情を視たときにはなかった現象が私に起きた。涙が出たのだ。「素晴らしい人だ」と。
 同じ高さの段ボール箱を並べてベニヤを載せ、高齢者のために「即席ベッド」を創った青年たち。優しさが工夫を育てている。

 こういう措置は組織の上司の頭が硬直していては出来ないだろう。その柔軟性と勇気に敬意を表したい。
 刑務所内の一部を避難場所として解放。海上保安庁の複数の船の風呂を被災者のために解放。陸上自衛隊の特設浴場を「火の国の湯」として避難所近くに設置。フェリーボートを「仮設住宅なみの避難所」とする計画。

 前の震災の経験から研究開発された「優れもの」も出てきた。巨大なバルーンの避難所(すでに設置)。ウレタン使用の空気が抜けたりしないゴムボート(今回はまだ未使用かも)。組み立てに工具が要らない段ボール製の着替え室(すでに設置)。車がそのまま薬局になった「モバイルファーマシー」(準備が済んで熊本に出発)。

 昨日、突然の報道に「やっぱり!」と「日本の凄さ」を感じたことがある。「今日明日にも電気・ガス・水道といったライフラインがほとんど復旧する」というのだ。複数の震度7-6の揺れであれほどメチャメチャになっていたのに。震災発生直後に全国から専門技師・職員が応援に来るとは発表されていたけれど「まさかこんなに速い」とは。
 それだけではない、大破損の個所は別として道路、鉄路、空路(空港)という輸送路の修復も余震が続く中、進めていたのだ。
 マスコミ報道はどうしても被災者救済の現場に特化する。一方で、注目もされず経過報道もされず、黙々と困難な「仕事」に取り組んでいた人たちがいる。これもまた素晴らしさだ。



 文章を「です・ます調」にしないと、「たかがお前が偉そうに」と反発を食らうかもと迷ったのですが、結局この文体にしました。驚きとか感動を文で伝えるにはこの方がいいと信じたからです。失礼がありましたらご容赦ください。
 わたくしごとながら、ブログを続けるかどうか、また迷いが生じています。訪問者半減はつらいですよね。かといって「うけ」を狙うのも性に合いませんし。この創作日記、あと数回で400回を迎えます。そのときに決めようかなと…。
 今日はこれから雨だそうです。


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. 5日間の震災報道で見えてきたもの


 18日熊本市役所に支援物資山積み。5日待っても水、食べ物が殆んど無い避難場所。→迅速に救援方針を示し各閣僚に指示すれば官公吏に浸透し、完璧に実施されると信じている総理は少し甘くないですかね。下からの情報が入ってこないのかもしれませんが。
 →鉄道が駄目、道路が殆んど駄目なら空輸しかないのは子供でも分かます。なぜ国の機関が直接搬送の指揮を取らなかったのでしょうか。被災地の市役所や県庁だけでは無理でしょうに。また、自衛隊のヘリだけでは人の救助は出来ても大量の物資は搬送できないでしょうに。初動にこそ米軍の輸送力が必要だったのに、政府の米国支援受け入れは、なんと17日の10時頃だったとか。さらに国が直接動き輸送にあたるとの報道に接したのは19日朝でした。
 熊本の公務員の人たちは自らも被災者です。また、行政は、公務員は、上の指令で動き勝手な判断をしないようにと教育されていますよね。であれば政府、防衛省は現地公務員や自衛隊の指揮官の直接判断を許可し、搬送を迅速にすべきだったと思うのですが。非常時の「超法規的判断」は過去にも例があるではないですか。
 ためらうのも一つの「政治的判断」なのでしょうか。

 米軍のオスプレイが18日から動き出したとき、野党や一部勢力が「オスプレイを政治的に利用している」と政府を批難したとの報道。→そういう議論より十万単位の国民の命や健康を守ることが最優先でしょうに。どこまでも党利党略・政治的な主義主張なんですね、おどろきました。「助けて」と要請しておいて「あんなものを使って」と非難する「日本国」、これではどっかの国と一緒だと思いませんか。→高邁な議論は国会でやるとして、とりあえず「国民の命を守る」、でおねがいします。

 「震災の時3日間は自分で自分の命は守って」と言われ、また、防災の本で読みましたが。→今回司令塔がある東京が完全に無事でも6日間以上かかりますね。東海地震や首都直下型地震の予測では東京も被災地になります。これからは「最低7日間の自力生存」を目標にする必要があると感じました。

 被災現場の担当者の人、被災者の方々が文字どおり必死に耐え、相互協力している姿が報道から伝わってきます。
 大変でしょうけれど、がんばってください。
 みなさんのお姿に、敬服しています。自分だったら耐えられるかどうかと想いつつ。




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. 被災時に想う、日本は先進国


 国でも企業でも個人でも、緊急時に何を為すかで評価が決まるように思います。
 熊本地震は、4月16日の本震がM7・3と阪神大震災に匹敵する規模でした。報道で被害が次第に明らかになっていくのを視て、原発事故も津波も無いことを考慮すると、もしかしたら最も被害が甚大な地震なのではと感じました。しかも震度5-6の余震がずっと続いているのです。
 そんな中、各方面の即日緊急対応が軒並みに発表されました。見出しを集めただけでも胸が熱くなります。
 やはり、「海外の反応」が言う通り(一部隣国のおぞましいコメントは除く)、日本は対応も先進国だと感じました。
 米国も、要請があれば即座に救援に動くと言ってくれたそうな。
→◆4/16 政府。アメリカに救援物資輸送の支援を要請へ。→24時間程度要請が遅かったかも。4/17の物資不足の報道を見るとねぇ。沢山の軍用ヘリが必要だから。

 どんな動きだったのか、発表されたものを箇条書きにしてみましょう。

 ◆政府発表。自衛隊に東日本大震災の時と同じように統合任務部隊を設置。規模は8100名からで16日中に15000名に。さらに2 0000名へと増強する。
 ◆同。警察・消防の速やかな増援を指示。
 ◆警視庁。特別な技術を持つ救出部隊140名を熊本に派遣する。
 ◆航空会社。鉄道・道路が被災したため九州への増便をする。復興支援者の運賃を無償化する。
 ◆電力各社。熊本の停電が広範囲なため、病院など緊急性が高い所に電源車を派遣する。
 ◆ガス・石油会社。速やかな復旧作業に向けて支援・増員体勢に入る。
 ◆コンビニ大手やイーオン。前震から水・おにぎり・毛布の緊急配布をする。
 ◆NTT西。熊本で公衆電話を無償化する。
 ◆民泊仲介業者。被災者に対して無償化する。
 ◆財務省。被災者の本人確認のみでの預金払い戻しに応じるよう要請。各金融会社応諾。
 ◆生命保険会社。「免責条項」適用せずに保険金を支払う。
 ◆メガ銀行3社。被災者と被災企業に低利での融資をする。
 ◆大手銀行。被災者の住宅ローンでは最優遇金利で応じる。
 ◆政府。被災中小企業に対し、国が資金支援策を講じる。

 まだまだ出るでしょうが、4月16日14時までにネットに現れたものを整理してみました。
 「だいじょうぶ、きっとすぐに立ち直る。それが日本」
 「がんばれニッポン」
 海外の応援コメントの中で見つけた言葉です。



 午前4時から1日中、熊本地震が気になって、こまめに報道に接していました。
 いつどこで起こるか分らない地震。あしたは自分が被災者かもしれません。
 ご無事で乗り越えて、「元気を出してください」としか言いようがありません。
 すみません。



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. 小さくとも直向きに、目立たなくても綺麗に


 小さすぎる。どこからやってきたのかも分らない。すでに落ちたものに囲まれ、大きなものの肥やしになることを迫られているのかもしれない。人に踏まれ、あるいは無慈悲に摘まれる定めか、「すみれ」。
 それでも咲くんだな、爽やかな色で、つつましく。


   野草1
        すみれ(菫)


 いまお前を目立たなくしている枯葉の一団が、土も凍てつく冬にお前を護っていたのかもしれない。偉そうな岩も寒風を防いだに違いない。「目立ちたいからどけ」とは言わないことだ。

   野草2
        イカリソウ(錨草l)


 枯葉がどかされていたのですぐに見つけることができた。勘違いはしないことだ。お前を食べるためだったのかもしれない。それをさせなかったのはお前自身の「力」だけどね。

   フキノトウ
        フキノトウ(蕗の薹) 


 白い雄蕊(おしべ)はせめてもの化粧、花びらさえ無いのか。たとえ「花」と認識されなくとも懸命に「仲間」を増やす。それで良しとして凛と立つお前は、たしかに「独り静か」。    

   ヒトリシズカ
        ヒトリシズカ(一人静) 



 急に無粋な話になりますが、このところ著名な方々の金にまつわる事件が多いですよね。
 「金でつまずく」のはたぶん、金を足元に置いて前に進もうとあがくからです。自分よりずっと高い所に置いておけば、目標や理想に目線が行くでしょうに。なんて感じちゃいます。家柄も良く、高学歴で、財産持ち、さらにまた社会的な身分も高い人がねぇと、こちらはため息をつくだけが許されている低い位置に居ますが。そんな爺がみつけた至言(といいますか、「よりどころ」)があります。
 「いまの貧しさは清廉な人生の証」 (^^♪
  

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. 里山の3日間


 4月11日、車で山梨県北杜市の里山に向かう。到着後山荘入口道路の改修作業で終日「土方」をする。12日、兄の買い出しと韮崎市立病院通院の「足」となる。姪も到着。13日、朝散策いしうとろ渓流へ。午前9時30分兄の山荘を発つ。伊東-むかわ山荘間往復440キロの「旅」になる。


 広葉樹の新緑には3週間ほど早く、見た目は冬木立に近い。所々に山桜の白が浮き立っている程度。それでも兄の山荘の周辺には小さな草花たちが精一杯花をつけていた。野鳥たちの飛び交う姿がのどかさをいや増してもいた。
 天気はうす曇り時々晴れ。
 初日は花崗岩らしき石(礫)、砂、土を一輪車(ネコ・=^・^=)で、雑木林の中を運び続ける作業のみ。常日頃筋トレをしていたので上半身はそれほど堪えなかったが、さすがに膝が泣いた。歩数計は18560歩を記録。年は取りたくないもの、かなりキタ。夕飯どきの缶ビールがうまかったこと。難工事そのものは、当然のように未完となった。
 日が沈むと薪ストーブを焚くほどに冷えてくる。



   駒ヶ岳
                     山荘前から残雪の甲斐駒ケ岳を望む


   石空中流
                       第二用地から石空上流側を望む


 夜に何と霜が降りて、敷地内で満開だった木蓮の花が一輪残さず茶色に変色して「死んだ」。朝見つけた兄が落胆しきりだった。大自然の「無慈悲」な一面といえよう。
 兄を病院に送ってから韮崎駅近くのホームセンター「D2」で必要品を買い、さらに「くろがね」に移動して灯油を買った。10時50分ごろ駅で姪と合流して病院へ。兄の診療が終わるまで、病院敷地内のベンチで姪と二人、何年振りかの「ひなたぼっこ」をした。何人かの患者さんが、気のせいか「ヒマそうでいいわね」と言いたそうな目つきで前を通り過ぎた。「…ごもっとも」
 帰ってから姪は掃除と炊事、私は篠竹を草刈り機で刈った。円盤上の刃が前回の草刈りで傷んでいて鋭さに欠けたので、どちらかというと「力」で倒した感じだった。



   韮崎市立病院
                       韮崎市立病院正面(兄の撮影)
              
     
 最終日の朝、散策をして3人で朝食をとり、山荘を後にした。途中韮崎駅で姪を降ろし、中央高速道路で伊東へ。1回のガソリン補給はしたものの、あとは一気に走り抜けた。
 「ブログが3日欠けたっけな」などと、帰宅しシャワーを浴びながら思った。もちろん取り組める「力」は残っていなかった。
 「やっぱり元気なようでも69歳は69歳だ」
 しみじみと、そう思った。



   渓流
                       石空川(釜無川上流)堰堤最下部


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. 巣作りですか、おふたりさん


 サッシ戸の向こうに緑色の草木に覆われた垂直に近い崖がある。
 さすがに姿を見ることはまれだが、鶯やメジロもやってくる。タイワンリスは姿も見せる。
 今日、用事で市内をグルグル回って帰ってきたときに、伊東の市の鳥になっているイソヒヨドリと思しき2羽が向かい合って、枯れ木にとまっているのを発見した。5分以上経っても動かない。観ているこちらも同様に動かない。
 見合い? いや、すでに夫婦か…
 すると1羽が飛び立ち、残った方が草むらに移ってゴソゴソやっている。
 まさか、こんな急な崖で巣作り? たしかに卵を産んでも蛇は近寄れないわな。

 パソコンと格闘して息をつき、思い出したように崖を見た。
 居た。また「ふたり」で枯れ木の枝に。
 『ふぅ、ヒマだな、お前ら』

 「…そっちこそ」
 まさか、この前メジロを襲ったのお前らじゃないだろうな、テリトリーとかなんとか言っちゃって。
 何か、気にしているのがバカバカしくなってきた。
 
 明日の早朝、樹々の新緑を訪ねて山梨へ向かう。
  


 『忙裏山我ヲ看ル
  閑中我山ヲ看ル
  相看レド相似ルニアラズ
  忙ハ総テ閑ニ及バズ
           (戴 文公)』


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. 優しい姫鼠


短編小説 優しい姫鼠

 午前二時、寝静まったホテルの階段を、一階から三階まで、泥棒よろしく抜き足差し足で上がる。塗装のニスが長年月を経て光沢を失い所々剥げている手摺に左手を添えながら。いつものように、戻ったらすぐに眠りに入れるよう、頭や体を覚醒させない工夫をする。薄目を開ける程度で歩く。手足を動かす範囲を最小限に食い止める。
『おしっこするのも大変ね、毎日、毎晩』
 いつの間にか並んで上がっているココがクスッと笑った。細かな水玉模様のパジャマの上に、オレンジ色の綿入れを着込んでいる。指先だけが覗いている袖口が可愛い。
「ついてくるんじゃないよ、これでもまだ男だ」
『そんな心配してないもん』
 そう言いながらも、素直にココは消えた。
 踊り場に佇んで自分の短い影を見た。ついこの間までは、もう少し長かったような気がする。
「たしかにもう、放尿器官でしかないな」
 鼻先で自分の男を嘲(あざわら)ってやった。
 ようやく枠が歪んだ木製のドアに辿り着き、油の切れたヒンジが放つ異音に眉を顰(しか)めつつ、自室に入る。共用部を歩く際のマナーとして着込んだジャージ上下をのそのそと脱ぎ、下着のまま通信販売で購入した折りたたみベッドにスルリと滑りこんで、睡魔の再到来を待つ。引越当初は夜一回で済んでいたこの一連の「作業」が、このごろでは二回、三回と次第に増えてきている。症状が悪化しているということか。夢を見ているときは熟睡していないのだと主治医は言うが、いまは熟睡すること自体が夢になっている。一時尿瓶を使った。階段を昇り降りする手間はなくなったが、部屋のナツメ球の下で一物をつまみ、瓶にチョロチョロと音を立てて尿をしている自分の姿が侘しく、ほんの数日で止めている。
 幸いそんな場面をココに見られたことはない。ただ、見られたらと、その時の惨めさは十分意識した。
 小さな倉庫のような部屋に移って二年になる。著名な観光地に在るのだが、とりわけ辺鄙なところにホテルは建っているので、従業員はそれでなくとも住み込みが多い。加えて、若い力を借りて活気を出すという狙いから、辞めた従業員の補充は二十五歳未満と採用基準を変えた関係上、徐々に近隣から通勤している年配者が減って、独身寮の方が満杯になった。
 総務担当なので、空き室皆無の状態下で採用した若者二人のために、住み慣れた城を明け渡さざるを得なくなった。そういう事情だ。この二年の間には当然退職者も出て、何度か正規の寮に空きが出来たのだが、新人を補充すればすぐに来るであろう引越しの煩わしさが嫌で、部屋にトイレが無いという不自由に耐えている。

  しっかり閉じた目を時々開けて、周囲が暗いことを確認する。なぜか眠気を催さない。早晩永眠できるのだから無理に眠らなくてもいいはずだが、焦れて、傍らに置いた腕時計を手にする。針や数字が見えるわけも無く、結局起き上がってプルスイッチの紐を手探りし、部屋の真ん中にある灯りを点ける。午前三時。すでに一時間も夢現どっちつかずの自分の中に居たことになる。「よいしょ」と声を出して椅子に座り、机上のノートパソコンを端に寄せて、灰皿を引き寄せた。ホテルの名入りライターを手にしてから気付く。『ああ、やめたんだったな』と。それでも、残っている古い吸殻から長めのものを拾って、唇に挟んだ。火をつけた後で、無意識に首の付け根を揉んでいる。うっかりすると、コト、コトッと凝りからくる音すら聞える。次いで両の手を頭の後ろに回し、親指で耳の後ろのツボを圧した。これがすこぶる気持ちがいい。
『年を取るとみんなそんなことするんだ』
 ハッとして振り返った。回転椅子なのだが、頭が先ず背後の壁に向かい、揃えた足が少し後(おく)れて追いついた。またココだ。今度は声だけだが。
 半年前に亡くなった従業員の北島鼓のことを皆、「つづみ」と呼ばずにココと呼んでいた。
 

 
 辺鄙な場所にある観光ホテルで起きた18歳の女子従業員のココの自殺。愛情喪失の過去のある初老の総務の想いの中にココは現れ、「事件」がはっきりと見えてくる。「生きる」って何。彼もまた次第に自死に近づいていく。
続きはこちらから 短編小説「優しい姫鼠」



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. コンピュータの下位に立つのか人間


 車を運転していてちょくちょく思う。運転席に誰もいない車だらけになったら気持ち悪いだろうなと。「自動車運転」が「自動運転」に変わる世の中がくるまでこちらの命があるかは不明だが、「政府は2020年までに自動運転車の公道利用を解禁する方針」で担当官署が動き出しているというから、現実味を帯びてはいる。あと4年しかない。
 欧米の技術者が視野に入れているのは運転手無しの自動運転だ。一方の日本は当初、運転者の恒常的または突発的な異状に対応するすることにより事故を未然に防ぐという運転者を補完する自動運転だった。ところが補完に特化すると将来の自動車輸出で欧米に対抗できなくなる。道は二つ、国内用と輸出用を異なる仕様にするか、基本的に欧米と同じ目標で進むかだ。自動車が日本の基幹産業であることを考えると、研究開発は後者ですすめ、具体化はとりあえず国内仕様での発進となりそうな気がする。
 
 車に取り付けられたセンサと搭載された「コンピュータ」で完全に自動運転するなら、搭乗者に「運転免許」はいらない。赤ん坊、病人、認知症の老人等々、あたかもベルトコンベアに荷を載せるようにして設定した目的地へ運べる道理になる。
 しかし、現在でも多々発生しているコンピュータ障害が発生した場合、車ならどうなるか。利用者の入力ミス、新しい情報を得る役目を果たすセンサの毀損・故障、ビル等の避雷針に落雷した場合周囲に生じる強い電磁波、漏水や結露水、軍用機が発する強力な妨害電波、外部のネットワークと接続している関係で想定されるサイバー攻撃、原因不明のフリーズ…これらから生じる暴走、対物事故、人身事故に一体誰が対応するのだろうか。さらに刑事、民事の責任は誰が、どこが負うのだろうか。現在の法制や各種保険制度は、人間が運転することを前提に出来上がっている。これらがどれだけカバーできるのだろうか。自動運転を「よし」としない人もいる。そうなると、現在のオートマチック車とマニュアル車の両立、選択制度と同様にするのだろうか。しかしことは車自体、運転操作だけの相違ではないのだ。同日には語れない。

 自動運転システムを開発しこれを企業論理で貫徹しようとするならば完全な「自動運転」化を政府に求めるだろう。なぜなら、利潤追求もさることながら、自動運転に運転手と言う人間の操作が一つでも混ざり込めば、彼らの言う「完璧性」が阻害されるからだ。責任の所在があいまいになってくる。さらに「そもそも」と言ってくるだろう。各種の実験により「人間は車の運転操作に向いていない」という結果を得ての開発だったからである。結論については日本の研究でも同じだそうな。「だから無人」という短絡的な発想は、「人間」をコンピュータの下位に置く過ちを犯している。万一の場合の「安全装置」としてシステムに補完させるという、日本が最初に目標とした方向が正しいのだ。

 ちなみに、米国カリフォルニア州は昨年末に公表した自動運転規制案で、過渡的になのかどうかは定かでないが、「免許を持った運転手が運転席に座ること」を義務付けている。
 事故現場に交通課のパトカーが「駆けつけ」、「自動運転車」を現行犯で逮捕する?シーンは見たくない。
 自動運転車に事故を起こされた側が損害賠償を起こそうとした場合も困難を極める。先端技術の粋の集積たる自動運転システムのどこに欠陥があったのかを主張立証することが、極めて困難だからだ。この理は現在の医療過誤訴訟をみても明白だろう。挙証責任の転換でも法規化して救わない限り、一般の被害者には無理だと思われる。



 この記事は、一日遅れの「週刊じいじ」です。各記事のタイトルの頭に「曜日テーマ名」を冠するのは止めています。
 土曜テーマの「月毎のべる」は予定通りこのあとで記事にします。小説の冒頭をブログで「紹介」し、「続き」に興味を持っていただいたらリンクで全編を読んでください、という載せ方をしています。
 私のホームページも宜しくという狙いもありまして(^^♪


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. 時のはざまに


 テレビ、新聞、週刊誌が言う。見ろよ、聞けよ、読めよ。鬱陶しいから今日は放っといてくれ。
 情報が海馬で渋滞している。
 車で奥野ダムに行き、降りて3キロ歩いた。昨夜の暴風雨に耐えた桜だけが胸を張っていた。


   うつわ
          壊しているやつら



 不思議に指の間から時間がこぼれて忙(せわ)しかった。
 なぜかアップ予定の「コンピュータの下位に立つのか人間」を、明日に回した。
 今日で68歳が終わる。 




   河口
           言いつけている石たち


 いいんじゃないの、 水に流すよ私、川だから。   


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. 旅館さんガンバッテ、再び。


 「旦那さん」がいて「女将さん」がいた。夫婦二人で経理をやり、営業・予約係を務め、板場と交渉をした。男性の中働きとして「番頭さん」がいて、共用部の掃除をし、温泉や浴場を管理し、庭を整え、お客様の送迎もした。「女中さん」、「仲居さん」、「おねえさん」と呼称は違っても、旅館の仲働きの中心をなす女性の役割はだいたい一緒だ。お客様を出迎えて案内をし、夕食の部屋出しをし、食後にそれを下げる。朝食後は冷蔵庫内を確認し、チェックアウト後は、客室の清掃をして当日のセットをする。料理を客室まで運び、客室から洗い場に器を下げるのと蒲団を上げ下げする役目は、旅館によって担い手が異なっていた。
 この時代、ロビーや客室には、心づくしの生花が飾られていた。規模の大小はあっても、旅館の庭は刈込や剪定が行き届き、お客様到着時の玄関には必ずと言っていいほど「打ち水」が見られた。お客様は着いてすぐに、これらの「おもてなしの心」に触れることができた。女中さんの着物と前掛け、番頭さんの半纏、地方であればきっと聞けた温かみのある方言…。お客様は着くやいなや「非日常」の中に導かれだたろう。

 ひるがえって館主と従業員、つまり「労使」は、心でつながり、いい意味でのお節介や奉仕が闊歩していた。長い拘束時間にも労使双方に「残業」という意識は希薄だった。それは、長時間労働がいいという訳ではなく、旅館が、職場というよりは家庭に近かったせいだと思われる。特に従業員の側からすると、「旅館勤め」には、雨露をしのげる部屋があり、ただ同然の三食が付き、「お仕着せ・制服」という労働着もある。「お給金」は少なくても、とりあえずは暮らせて、人間としても「心豊かな」部分があった。
 また、「家庭的待遇」、「家庭的な職場」と言えば、ふつう薄給かつ過酷な長時間労働を糊塗する言葉だが、一昔前の旅館には、文字通り労使の間に「家族」の心が存在していた。近隣の娘さんは、花嫁修業にと旅館に勤め、両親も世間もそれを奨めた。礼儀作法から着付け、生け花、茶の湯、調理まで習わせる旅館も珍しくなかった。館主が親代わりになって女中さんを嫁に出す世話まですることも稀ではなかったという。従業員の子を孫のように可愛がり、躾までする館主もいたらしい。

 しかし、旅館はしだいに時代の波にもまれ、心ならずも変質を迫られていく。
 高度成長期あたりから、企業は業績好調の波に乗り、社員旅行なるものを活発化させた。都市部の高級飲食店・風俗営業店で「社用族」が跋扈跳梁(ばっこちょうりょう)したのと軌を一にする。議員さんたちの後援会も団体客となって押し寄せた。少人数の小間(こま)のお客様を丁寧にもてなし、さらにはリピーターになってもらうというタイプの旅館から、大量処理・一見客(いちげんきゃく)相手の観光ホテルへと転換が進んでいく。収容三百人ないし千人という大型の観光ホテルが、それぞれの観光地の中心に座る時代になったのだ。
 旦那さんは「社長」に、女将さんはたとえば「専務」にと名称が変わる。個人経営に近かった旅館はこぞって法人化を進めいわゆる部課制をしくようになる。支配人、営業部長、調理部長、管理部長などが置かれ、下もフロント主任、客室主任、果ては浴場主任に至るまで細分化され、これに伴って人を採用する場合の基準や枠組みが変化した。たとえば、浴場係に常時二名必要だと考えた場合、その二人に法定の公休や有休を与えて回していくには、もう一人用意しなければならない。かくして各部署、各係で同様にして採用定員が決まり、人件費が増大していった。また、ここから他部署の仕事は「よその仕事」となり、旅館・ホテル全体のサービスの担い手だという意識の欠如を招いていく。旅館組織の「官僚化」、悪しき「セクショナリズム」の横行である。
 膨大な設備投資、漸増する人件費、落ちていくサービスの質、うしなわれていく温かい「おもてなしの心」、それでも旅館経営が破綻しなかったのは、好景気、右肩上がりの経済、そしてバブル期の恩恵でしかない。顧客は「向こう」からやってきた。旅館は自らのサービスの実質で料金を設定するのではなく、地域の、業界の相場で値を付け、それを顧客に押し付けて、予約係がただ選べばよかった。たまたま営業成績が落ちても、長雨や、外国の戦争や、地震や、カレンダーのせいにしていれば済んだ。換言すれば、経営努力や反省が不要な「時代」が続いたのである。 

 しかし、それでいいのかと言わんばかりに、「旅館業受難」の時代がやってくる。バブルがはじけ、経済の長期停滞が始まった。業績が悪化した企業は、社員旅行や過剰な接待を止めた。後援会旅行も消えた。タテ社会は微妙に揺らぎ、家族中心主義、個人主義、利己主義が当たり前の社会になり、レジャーライフは大きく変容を遂げた。顧客のニーズは多様化の一途をたどり、旅館がそれに対応できなくなった。賢く経済的に旅をする傾向が強まる中、海外旅行が比較的安価になり、無反省で料金ばかりが高いホテル・旅館は避けられるようになった。「そんなに費用かけるなら、いっそ海外へ」などの流れが出来たのだ。
 旅館と旅行会社はやむなく、宿泊料金を落とすことでこれに対応した。昨今では一泊二食付きで一万円を超すと「高い」といわれるほどになっている。受難開始時に比べれば、相場として半値以下になる。供給(広義の旅館数)が変わらず、需要(顧客)が減ったのだから「値崩れ」は当然なのだが、顧客が去っていった原因を料金だけに求めた結果でもある。旅館業の不況スパイラルはここから始まった。

 十人泊めてかつての五人分の売り上げという旅館経営から導き出される「生き残り策」は何か。
 館主の多くは①設備投資を抑え、修理営繕を控える ②人件費を大幅に削減する ③広い分野で原価率を下げる、という手法を採った。いや、採らされたというべきか。コスト削減のみによる「利益」の創出は魅力的で、「痛み」を即時に和らげるという麻薬効果がある。しかしそれは、いつしか「コストしか見ない」という症候群を発し、最終的には死(倒産・廃業)に至るおそれを内包している。この、前向きな営業努力の要らない経営視野には、肝心な「お客様」が入っていないからだ。さらには、サービスの担い手たる従業員の質やその健康をないがしろにしているからだ。

 このところ瀕死の温泉旅館を救い(買いあさり?)、全国的に事業展開しているいくつかの企業がある。時代を先取りし、いまの顧客ニーズに細かく対応し、旧来の「のれん」に頼らず、利益を生み出す企業論理を前面に打ち出して。
 いまや二十数年に達するこの「受難の時代」はリトマス試験紙のように、残す旅館と潰す旅館を、誰の目にも明らかなように色分けして見せていると言えるだろう。 




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. 桜に酔いしれて言霊を想う不思議


 「ことだま」①  伊東のソメイヨシノはいま、どこでも満開です。
 この1行が書きたくて、伊東市街から川奈、富戸、城ケ崎、伊豆高原、一碧湖、松川湖と車で回りました。「言の葉」は発した通りの結果をあらわす力があるとは「言霊(ことだま)」の解義のひとつ。車の中から観るたっぷりの桜、満開に例外はありませんでした。
 きょうは桜に誑(たら)しこまれて綴ります。
 そうそうこの「言葉巧みにだます」という「誑す」、ゴンベン(言)にクルウ(狂)とは見事ではありませんか。

 私が初めて綺麗だと感じて暗誦した詩は、島崎藤村の『初恋』(若菜集)でした。中学生のときです。
 『まだあげ初めし前髪の 林檎のもとに見えしとき 前にさしたる花櫛の 花ある君と思ひけり …』
 大勢の人が口ずさんだことでしょう。「まだあげ初めし前髪」ですから、今で言えば中学生ぐらいでしょうか。次の段で林檎をもらい、第3段でたぶん抱きしめます。問題はどこでなのか、です。
 『わが心なきためいきの その髪の毛にかかるとき たのしき恋の盃を 君が情けに酌みしかな』
 きゅうに「おとな」になってしまいますね。してみるとこれは、成人してからの思い出という設定なのでしょうか。ものの本によりますと藤村は、後にこの3段目をみずから削ってしまいます。私はそれが「正解」だと思いました。4段目は林檎の木の下に踏みしめられた細道が出来たということで往来の頻度が語られ、1,2段と融合して「淡い恋心」として完結すると感じたからです。「恋の盃」は酒ではなく比喩だと考え、「酌みし」も同様だとすると、林檎の下でただ抱き合ったとして「蒼(あお)林檎の恋」でうなずけるようような気もしますが。作者がのちに削除したのなら「おとなの恋の成就」のつもりだったのではと、思います。そうだとすると4段全てがそういうレベルでの「追憶」になろうかと。
 こんなふうにゴチャゴチャ考えること自体が、楽しいですね。

 40代で藤村にまた出遭います。谷崎潤一郎の『春琴抄』を思わせる激しい恋の詩でした。これもそのまま暗誦できる美しい言葉の流れでした。
 『君こそは遠音(とおね)に響く 入相(いりあい)の鐘にありけれ 幽(かす)かなる声を辿りて われはゆく盲目(めしい)のごとし…』(落梅集)
 この1段目の「入相の鐘」、夕暮れ時の鐘なのですが、この詩に触発されて『いりあいの鐘』という同人誌小説を書いてしまいました。初老の芸術家夫婦(入相の年齢)と危なっかしい若い男女の錯綜した恋心を扱ったものですが、この詩に「ちから」を貰ったといまでも思っています。これは言葉に宿っているとされる力、すなわち「言霊」によるのかもしれません。余談ですが、この小説、或る人は純文学と表し、或る人はポルノと非難しました。読む人によってこれほどまでに評が違うのかと考えさせられたものです。いつかこのブログの「立ち寄り小説」でご紹介できればいいのですが。
 4段目の『あな哀し恋の闇(やみ)には 君もまた同じ盲目(めしい)か 手引きせよ盲目の身には 盲目こそうれしかりけれ』には、「盲目」が4行の中に3つも重なります。藤村ほどの文豪があえて言葉の重複をいとわなかったもの、ここにこそ言霊の報復を感じるのですが、いかがでしょうか。

 締めのようなことを言いますが、とくに藤村の詩には「言霊」を感じます。次のこの詩にも。
 『吾胸の底のここには 言ひがたき秘密(ひめごと)住めり 身をあげて活ける牲(にえ)とは 君ならで誰かしらまし』(落梅集)
 
 

 
        桜  
            狂おしいまでに咲く伊東の桜 
 


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. 或る視点のフォト5枚


 カメラを壊してしまい新しくしたところ性能が良すぎたのか「ファイルあたり5MBまで」というブログのアップ制限に引っかかり、ただいま善後策を講じています。で、今回は或る視点をもって撮った写真を5つ集めてみました。すでにどこかの記事で出しているものもあります。
 5枚に共通する「想い」は、「写真で絵を描いてみたかった」ということでしょうか。ご覧になって皆さんは納得なさるでしょうか。

 ①透視図法を連想しました。白熱灯の灯りが哀愁を帯びていました。終着駅は皆そうですよね。「出口」の掲示は意図的に入れました。
 
 
終着駅
           ①修善寺・虹の郷の終着駅

 ②マンホールの蓋は鉄製で、下はどうやら温泉排水のようです。冬の朝、のらの生活はきびしそうですね。駐車場の空間は、あえて広く撮りました。一人ぽっち感をだしたかったのです。

暖をとる野良猫
           ②伊東図書館近くの駐車場・暖をとる野良猫

 ③元旅館のこの施設は現在観光施設として伊東市が管理しています。松川の対岸からこの灯りを観たとき、観光旅館というものの厳しさを実感しました。私のデジカメではこの質が限界でした。

すでに公営施設になった東海館の夜景 
           ③伊東・木造の東海館の夜景


 ④朝の逆光という「悪条件」で像の周りをグルグル回り、撮影ポイントを探しました。著名な芸術家の作品で、三浦按針が帆船をこの地で建造した史実に因みます。受けた印象は「がんばれ!」でした。 

伊東海岸按針1
           ④伊東海岸にある帆船の像

 ➄真っ直ぐ歩んでも揺れて先細りになる「道」。下を見ないで上を見て歩くことにしましょう。
 撮影上の困難は、常に観光客が「画面」に入ってしまうことでした。肖像権というのもありますしね。実際の橋の幅よりも狭く処理してあります。
 
  
釣り橋
           ➄伊東城ケ崎海岸の吊橋


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. 暖かい風が吹く映画「あん」


 新企画「どらまチクッ」の①です。観た映画の自儘なレビューになります。

 恥ずかしながら早く観ようと思いつつ何と1年を過ごしてしまいDVDでの念願果たしになった。10年近く前に『殯(もがり)の森』でカンヌ・グランプリを獲得した女性監督河瀨直美の作品で、主演は名優樹木希林(徳江役)と受賞男永瀬正敏(千太郎役)だ。
 小さなドラ焼き屋の雇われ店主千太郎の生気のない捨て鉢な日常から導入される。或る日、時給額は問わないから雇ってという老婆徳江が訪れてドラマは始まる。じつは、あん造り名人の徳江は、完治したとはいえ元ハンセン病患者で、これが原因で店を去っていき、後日肺炎を患って施設内で急死する。
 徳江が過去のある千太郎の心を温め、恵まれない家庭の娘ワカナ(内田伽羅)の心を修復していく。「映画は一言で説明できなければならない」と言った黒澤明に従えばこの作品は、「元ハンセン病患者だった老婆が、生きるという意味を教えてくれる映画」である。

 出来合いの餡子(あんこ)を一斗缶で仕入れている千太郎に、小豆から自分で「あん」を作らなきゃと手ほどきをするシーンがある。見ようによっては退屈なほどに長い。じつはこのデテール(detail)が重要で、素材との対話の必要性、時間をかけて愛情を注ぐ努力、我慢、それなしには愛される「あん」(=人)は出来ないという理(ことわり)を、観る人の潜在意識の中に忍び込ませている。ちょっとくたびれかかった素材の千太郎、粗削りで沈んでいる未熟な素材ワカナ。ふたりはそれぞれに、愛すべき「あん」に変わっていく。新藤兼人に曰く『ドラマは人間を描くことです』に徴すれば、「あん」は、「体現者」だと言えるだろう。

 もう一つのテーマは偏見の怖さだ。ハンセン病はかつて「らい」と称され、重症化すれば顔かたちまでが崩れる不治の病でしかも伝染病、患者を隔離するしか手が無かったと言われている。人々はこの病を忌み嫌い、恐れおののいた。松本清張の『砂の器』はこれを扱っている推理小説である。しかし現代医学はこれを克服し、日本人患者は近年数人になり、終にはゼロにまでなった。ただ、目に見える病痕や障碍は「差別」を誘い、いまも施設で暮らしている人が多いという。映画には徳江に対する声高な差別攻撃も、積極行動による排除もない。徳江のつくったあんの美味しさに群がったお客が、らい患者という噂だけで一気にゼロになるという静かなシーンでそれを示しただけである。この抑制の利いた映像処理が河瀨監督の「訴え」につながっている。 

 河瀨監督の映画の特色の一つに音楽の抑制がある。優れた俳優の演技はそれ自体が映画音楽ということを知っているのだ。シーンの喜怒哀楽を音楽で助ける必要が無い。この選択は換言すれば俳優への信頼感だと思う。さらに突き詰めれば自分の作品を解かってくれるはずだという観客への信頼感でもあろう。台詞が少なく、かつ短い。これもその証だ。観客の理解力を信じればこそだろう。脚本も監督自身が書いている。

 筆者も、感じながら、考えながら最後まで目を離せなかった。
 嬉しかったのは、「あん」がかなり大勢の観客を呼んだという事実だ。かつて日本の映画には、文芸作品という「分野」があったはずだ。テレビには「芸術祭参加作品」というドラマの肩書も存在した。
 CG駆使のアクション映画やコミック原作の青春映画が目白押しの映画界だが、エンドマークの後で、何日もいや何年も銀幕が問いかけたものに引き戻される、そんな映画も欲しいと思う。
 「あん」を観て、常日頃の想いを再確認させられた。



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. 「えせいすと」・似て非なる青春


 「似非(えせ)いすと」とはロマンチストなどとは違う「青春老人」のこと。先の無い空虚な時の中で遠い昔を眺めては、いまと大差無い時なのに、輝いていたと評価できる心優しい人のこと。
 「わたしの中に今も居るあなたが、心優しき人たちを斥けてしまうからといって、あなたのせいではありません。あの人がわたしを見つめる瞳の中にあなたの笑顔を見たら、今度もきっと、わたしはさよならの言葉を手にします。なぜって、わたしから言わなければ、あの人に、あの人の想いに悪いから。黙(もだ)したままに、哀しみだけが育つから。いいえ、あなたのせいではありません。ただあまりにも、わたしのあなたへの思慕(おもい)が強いだけのこと。ただそれだけのことなのです」
 ばらけた心のノートにある嘘つきな言葉に、精一杯のほろ苦さを味わおう。これに似た想いは誰にでもありそうだ。
 誰にとっても「昔」、それはパンドラの箱。
 甘ったるい風船を膨らませて摑んでいれば、きっと空へ飛び出せると思っていた季(とき)。あの愛すべき時の区分。遠ざかることで傷は癒え、汚点も昇華し、いつしか輝いていたとしか認識できなくなった青春。心老いた目にはそれさえも優しい。歳月の力を借りてやっとわすれてきたものを。鍵を壊し、固くなった抽斗を引いて、あなたは、皆は、何をさがそうとしているのか。
 誰もが同じだ。心の皺が顔の皺になって鏡に映るいま、苦汁をさえ取り出して何かを膨らませようとしている。
 つまり、それが心の「老い」だとも知らずに。
 見上げれば、明るい空に逢えるのに。 



 

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. 「月毎のべる」・冷川峠①


 短編小説『冷川峠(ひえかわとうげ)』①

 朝の八時半に、二階の物干しに日が差すのと同時に蒲団を干した。ご近所に「とうとうあの親父、寝小便か」などと思われては心外だが、パジャマがぐっしょりと濡れるほど寝汗をかいたので干さざるをえない。敷布団の濡れている場所が真ん中付近ではないので、まさか誤解はされまいと思いつつ気になって仕方がない。これが孫でもいれば、「お孫さん、泊まったでしょ、きのう」などと、先様が勝手に想いをめぐらせてくれるのだが、あいにく、先だった女房の畑に問題があったのか、私の種が弱かったのか、子どもはいない。だから孫もいない。「じぁあ誰のだ」と結局噂はそこに来そうだ。あの蒲団が自然に目に入るご近所は四軒、真後ろのしもた屋を除けば、金物屋、乾物屋、クリーニング屋、皆昔からの商いだ。しかも当代の主はガキの頃から知っている連中で、その分口が悪い。うっかりすると「悪事千里を走る」のたとえで、今日の夕食どきには、「いでゆ蕎麦の奴、とうとうボケた」と決めつけられるに違いない。
 ぐじゃぐじゃ考えながらゴローを連れて舗道を歩いていたら、「きやっ」と急に若い女の声がして、足元のゴローが「ワン」と吠えた。一瞬何が起こったのかと立ちすくんだのだが、ズボンから下が冷たくなってきたのと、目の前の女店員がヒシャクを持っているのとで、『ああ、水を掛けられたのか』と腑に落ちた。
「ごめんなさい、すみません」
 気の毒なほどあわてて彼女は、首からタオルを外すと、私の足元にひざまずいてズボンを拭きだした。
「い、いいから、そこまでしなくても」
 ゴローはと見れば、『いや許さん』とばかりに、何度目かのブルブルをして、しつこく彼女をにらんでいる。血統的にはいい秋田犬なのだが、いかんせんまだチビだ、犬としての修業ができていない。
 はたから見れば私が無理やりズボンを拭かせているように見えるはずだ。『まずいな、どこかのばあさんが二人こっちに来る』と私は困惑の度を増し、想いとはまったく逆効果になる怒鳴り方をしてしまった。
「もういいってのに! 恥ずかしいだろうが」
 拭く手を止め、顔を上げた彼女。その眼にはうっすら涙があった。
『くそ、なんて日だ』
 寝汗、打ち水、女の涙。今日は水難の相があると、私はほうほうの体で退散した。

 せかせかと店に戻ると、モッサンがバイクで出掛けるところだった。本名は長沢次郎、最初動きがモタモタしていたので女房がこのあだ名をつけた。この男、三十五にもなるのに独り者で彼女のかの字もない。蕎麦打ちの腕はいいし、気性も穏やかで、ややニヤケてはいるがどちらかといえば男前、「商店街に見る目のある女はいないのか」と、私がときどきぼやくほどのいい人間なのだが。
「あ。小説のお仲間から手紙来てました。そうそう親方、医者行った方がいいですよ、昨夜の咳、下まで聞こえましたよ」
 そんなことは分っている、と反発が先に立ったが、こっちの身体を心配してくれているのに怒るわけにもいかない。無視することにして、
「この先の花屋の店員なぁ」
「プチフルーの若い子、ちょっとブスちゃんの。タッバはかなりありますけどね」と言って、不満の代わりに空ぶかしでガスを吐いた。人の話はちゃんと聞けよという意味らしい。
「ブスじゃないだろ、あのていどなら」
 べつに怒ることもないのだが、そんなに簡単にブスだと言って一個の人格を切り捨てていいものか、と少しばかり感情的になったのだ。いや、きょうに限らず、最近、イライラが募っている 。たぶん体調が悪いせいだ。
「いや、僕が言ってるんじゃなくて、商店街の若い連中が」
 モツサンは、『まいったな』というように指先で坊主頭を掻いた。
「謝りたいんだよ、怒鳴っちゃったから、水掛けられて」
「あー、でもわざとじゃないんでしょ」
「わざとならこっちも謝らないよ。こういうときどうする? 相手、若い娘だし」
 聞いてから少し悔いた。道端の地蔵に歩けと言うようなものだ。
「花屋の子に花持っていっても何ですしねぇ」
 やっぱりだ。私は掌を団扇のように振って、出掛けていいよ、と合図をした。
「お店の床の間の花、枯れてますよ、十分。じゃあ、行ってきまーす」
 バイクの音が妙にうるさい。そろそろ買い替えどきか、しかしいま店にはそんな余裕はない、近頃の若い者は蕎麦を食わなくなったなぁ、と想いがあちこちに富んだ。

 さすがにゴローは店に置いてきた。この前の調子では、そう簡単に彼女を許しそうもないからだ。そうすることが私への忠誠心だとでも言いたげな犬だ。ま、そこが可愛いといえば可愛いのだが。
 プチフルーの店先に人影はなく、きつい花の香りだけが私を出迎えた。
「あのー、すみません。すみませーん」
 花の値段というものがわからないので、私の手は、胸のポケットの財布を何度かさわり、その存在を確認している。ここらあたり、まるで子どもだ。
「あのー、床の間に飾る・・・」
「はい」と不意に背中の方から声がしたので、後の言葉を飲み込んだ。 
 振り返ると、くだんの彼女がニコッと笑って立っていた。
「あの、花をね」
「先日は失礼しました」
 べそをかいていた前回とは違い、声が明るく前に出ている。
「いやいや、私こそ怒鳴ったりして悪かった。で、君に謝りたいのと、花を買いたいのと、それで」
 この前は気にも留めなかったのだが髪がショートだ。男の子のようにサッパリしている。ちょっとオデコで、眉のカーブは緩やか、しかも自然なままだ、眉墨で書いたりはしていない。目鼻立ちは決してよい方ではないが、相好を崩したときのバランスが際立っていい。スマイル美人とでもいうのだろうか。向かって左の口元に小さな笑窪ができる。それも加点材料だ。あらためて見ると確かに背も高い。私もかなり大きい方だが、目の高さがほとんど同じなのだ。ただ股下の長さは呆れるほど違う。私のベルトの位置に彼女の股間がありそうな…少なくとも二十センチは差がある。
「あの、どんなお花を?」
 彼女が少し焦れたように言った。
「店のね、この先の蕎麦屋なんだけど、知ってるかな、床の間に飾る花を、と思って」
「京壁ですか」と彼女は背中を見せて花の群れの中に入った。「…床の間の壁の種類なんですけど」
 おお、若いのに分っているらしい。何だか嬉しくなった。
「そう、いちおう本格的な和風にしてあるんで。違い棚もついてる」
「何か違うんですかぁ」
「あ。いや、べつに」と早すぎた採点を悔いた。
「これなんかどうでしょう」
 そう言って彼女が持ってきた花は、金魚鉢の水草を空中におったてたような葉っぱに、ピンク色した小ぶりの花。私の感覚では床の間に合わない。
「なんという花? それ」
 知らない花はイヤだという精一杯の抵抗だった。
「ボロニア、ピグミーランタンとも言います。案外日持ちがよくって、一週間から十日はもちます。延命剤をうまくつかえばもっと」
「エンメイ剤って?」
「花の命はみんな大体短いですから、少し薬で延命を図ります」
「ああその延命」
 花も人間並みに浅ましくなっている。そう思った。
「わたし思うんですけど、和風のお座敷だから日本古来の草花じゃなくちゃって、頑固に考える必要ないです。どこに行っても春なら梅、柳、桜、秋ならススキ、桔梗、菊っていうんじゃつまらないし。三原色が一気に使えちゃう極楽鳥みたいなストレリチアもいいし、黄色ならミモザアカシアがつぶつぶしていて面白いし、提灯いっぱいって感じのオンシジウムもいいし。形で人の目を引くなら狐の鬼火のイメージでグロリオサかな。生け花にタブーはないんです」
 意外に饒舌な娘なのでビックリしたが、それ以上に、花の名前を聞いていて頭が痛くなった。さらに長くしゃべると客向けの言葉遣いが崩れてくるのが気になる。「必要ないです」とは何だ。それはこっちが決めることだ。「つまらない」も同じだ。自分の価値観を押し付けているのに気がついているのか、いないのか。『タブーがないのは、むしろ君の言葉遣いだろ?』と、いじめてやりたくなった。
「どうします?」と、くだんのピンクの、なんとかランタンという花を胸に抱きしめて、彼女が私の顔をのぞきこんだ。
 可愛さが突然に前面に出た。なぜだろう。モッサンの評価はブスだったはずだ。とっさに女体というものから離れて何年になるかを数えた。けっこう長い。女の性的な香り自体には美醜はないらしい。のどが渇いてきた。
「いかんな」
 自戒するほどの妄想は抱いていないのだが、つい口をついて出た。
「はい?」と彼女がいぶかる。
「なに、西洋の花がだ。うちは日本蕎麦屋だぞ」
 だからどうしたと、言われかねないのが気になった。
「じゃ、ひとつ聞きます」
「な、なに」
「床の間に蕎麦の花を活けないのはなぜです?」
 私はうかつにも方向を見失った。蕎麦屋に必要なのは蕎麦粉だけだ。花の段階で手折れば蕎麦の実は絶望になる。蕎麦にそんな仕打ちが出来るか。そう思った。が、言葉となって彼女の前に出てこない。
「パン屋さんだって小麦は店先の花瓶に活けないと思います」
「だから、何?」
 私はついに焦れた。ここらあたりが、五十九という年齢なのか、どうか。
「ナンセンスです、お客さんの決めつけ」
 負けたと思ったのは、この後だ。



4月2日午後、伊豆高原桜のトンネルに行ってきました。8分咲きぐらいでしょうか、満開に近いです。天気予報が雨のち曇りだったせいか、いつもは渋滞する道路がスイスイ動ける状態でした。急いではもったいないので時速30キロで桜をたのしみました。

 この先は「続きを読む」で「縦組み全編」に入ってどうぞ。おせっかいな蕎麦屋のおじさんが若い男女の「キューピッド」になる軽めの、心温かなお話です。
続きを読む「冷川峠」

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 4月1日、テキトーにゆるい感じで「発刊」です。時事ネタで蛙声の爺ちゃんが無責任な放言三昧。「蛙声(あせい)」ってね、もともと「つまらぬ者の言う言葉」という意味があるんです。
 今日のネタは①ぜったい衆参同日選挙やるよ安倍ちゃん ②FBIに勝ったぜ日本企業 ③横綱相撲とれなきゃ引退だね ③ガンジーも塩っ辛い顔してるよ の4つ。「腹を立てないで読んでね」、なにせ素人の偏見ですので。

 ①『消費増税延期や衆参同日選/首相判断5月メド』(日経新聞)

 記事にある来年4月の消費増税を予定通りするかどうかを「5月をメドに」決める、がほんとなら準備が間に合うのかな? もっともマイナンバー通知送達事務でも急発進で不到達ありがへいちゃらだったわけで、遅れなんて気にしていないのかも。で、これが同日選のやるなしに懸かっているわけです。TVでも高名な評論家さんがあれやこれや議論をしてたけど何かねぇ、責任が絡むからかはっきりものが言えないようで。こういうときは自分が安倍首相になり切って考えればいいんです、どうせ予想なんですから。彼は歴史に名を残したいんです、吉田茂、岸信介、佐藤栄作みたいに「大きいこと」を成し遂げて。ここから出発すると、先ずアメリカGHQ主導で生まれて「70年間塩漬け状態になっている憲法」の改正しかありません。我が国独自の防衛はもちろんその中にあるわけです。そうすると国会で改正発議ができるだけの議席が欲しいとなり、自分が総理で居られる残りの期間を考えると「今でしょ」となりますよね。続いている株価の低迷、国内消費の減衰などアベノミクスとやらもほころびましたし、「戦争法制」とあだ名された法整備も、自衛隊の「危急時」訓練を選挙後まで引き延ばしているくらいだからかなり不人気ですし、「少しは失地回復を図ってから選挙を」は、むしろ「論理的帰結」です。最近のニュースで彼の言動を垣間見ていると「増税延期しかないな」としか見えてきません。つまり絡み方としては同日選をやるやらないが増税延期判断に懸かっている、と逆になってきます。ということで同日選をやりたい彼の選択は「増税延期」です、きっと。
 「衆院解散については頭の片隅にもない」って言ってるよ、ですか? 外国にはこんな「名言」があります。「国家の安全と婦女子の貞操を護るための嘘は許される」。ということで、総理大臣には「許される嘘」というのがあるんです。

 ②『FBI、iPhoneロック解除/イスラエル社技術活用か』(日経新聞)

 映画でもお馴染みのFBI(米国連邦捜査局)がテロ事件の容疑者所持のスマートフォンのロックを解除できず、メーカーのアップルに解除法を照会して断固拒否された「事件」の顛末です。新聞の見出しでいくとセキュリティーを破ってみせたのはイスラエルで、「日本じゃないじゃん」となりそうですね。ところがその会社「セレブライト」、実は日本の電子機器メーカー「サン電子」の子会社だったのです。何とも「クール、かっこいい」話です。でもね、なんです。たかが「携帯電話+α」程度のセキュリティー解除もできなかったFBIってどうなの? と爺などは余計な心配をしてしまいます。データを抽出する方法は言うまでもなく「企業秘密」(サン電子)だそうな。このニュースが流れるや証券取引所ジャスダックに上場している「サン電子」株は急上昇していわゆる「ストップ高」になっています。こう言っては語弊がありますが、東証一部でも二部でもない会社がねぇと、頭が下がります。
 ところでアップルはテロ事件一件だけのこととして解除要請をとらえなかったのだと思います。テロ事案だからといって一つでも例外的に司法官憲(この言葉の古いこと(^^♪)の照会に応えて個人情報のロックを解除したらどうなるのか。
 そこに想いを致したと爺は受け取りました。「アップルとはその程度の会社か」と信頼性が揺らいでしまいます。どこかで誰かの手によってセキュリティーは解除されてしまうだろうが、そのどこかの誰かが「アップル」であってはならないと考えたのでしょう。FBIの要請を突き放す意志が強ければ強いほど、消費者のアップルに対する評価は高まるという経営判断だと思うのです。
 3月28日アップルは「製品のセキュリティーを強化し続けるとの声明を出した」(日経)そうな。またその新技術が投入された新製品の販売予定は今年の秋だそうな。「何とまぁ、したたかなこと!」

 ③『優勝の白鵬に大ブーイング』(ライブドアブログ)

 大相撲春場所千秋楽結びの一番は、「相撲道」壊滅確認の「瞬間」でしたね。爺も最近は相撲中継を視ませんが、たまたまNHKの番組待ち状態で少し早くチャンネルを合わせていました。『すくなくとも国技指定外せや」と口汚くTVに向かって罵りました(^^♪
 『こりゃ酷いわ』、『流石にこれはねーよ』、『横綱のくせにつまんねー相撲採ってんじゃねぇ』
 テレビもブログも大騒ぎになりましたね。横綱日馬富士も立って真っ直ぐ土俵外へ突っ込んだだけで終り。ぶつかり合いを避けた白鵬は、勝てれば何でもありの横っ飛びだけで分厚い懸賞金ゲット、でした。難聴の爺でも聞こえましたよ観客の怒声、『勝ちゃ―何でもいいのか!』。表彰式に入った館内は、客が帰ってしまってガラガラだったそうな。
 要するに文化の違いなんです。強ければいい。勝てばいい。金になればいい。最近はいざしらず、相撲解説の神風さんや玉の海さんを知っている大相撲ファンから見ればこの日の白鵬は、「強い」とは言えない、「勝った」とも言えない、賞金を受け取る資格もない、となります。「横綱がなぜ三役とは別格の立派な地位なのかが分らなくなったのなら引退しなさい」。この理屈はだれが指導しようがご本人には通じないでしょうね。そもそも「神事」でもあった大相撲に外国籍の力士が入ったところから、つまり異文化が混入したところから異変が生じたんです。一人一人の力士の心がけ云々は、彼らにとっては迷惑な話かもしれません。
 道と礼を重んじた講道館柔道が国際化してオリンピック「JUDO」になり、「ジャケットレスリング」に堕してしまったと同様に。
 これは「人種差別」とかいうカテゴリとは無縁の主張です。ただ昔の「○○道」が懐かしいだけ。
 「相撲道」の回復を唱えて理事長選挙に立候補した貴乃花親方が大差で完敗している相撲協会ですから、相手が土俵を割って勝負が決まっているのにあえて土俵下に落下させ、審判員まで負傷させた「横綱」を、本気で指導できる人がいないのかもしれませんね。
 やっぱりこれからも、中継は視ないようにします。哀しいから。

 ④『塩の価格を4月から約35%値上げ 塩事業センター』(ヤフー)

 4月1日出荷分から「赤いキャップの食卓塩」が25円値上げで98円に、「四角い箱のクッキングソルト」が52円値上げで198円になるそうな。なんでも24年ぶりだそうで。
 注目したのは現在「センター塩」と呼ばれている塩が、公益財団法人「塩事業センター」で扱われていて、そうなったのが20年近くも前の話だったことです。爺の中では「塩だけは国が直接管理する」という感覚でずっといましたので。(気付くの遅すぎ)
 生命の維持に不可欠な塩の「管理」が、日本専売公社-日本たばこ産業-塩事業センターと「旅」をしたのは興味深いです。どうかお願いですから完全な民営化はしないでください。どんな値段を付けられても買わなくてはいけない「食品」なんですから。
 昔映画で、インドのガンジーが、支持者を大勢伴って海沿いの「塩製造所」まで、徒歩で行進したシーンを観ました。
 「命がけの戦い」のシンボルだったのですね、そうです塩が。
 


 こういう文章を書くときに自分の立場を旗幟鮮明にして書かないと、大体の場合読者はちょっとイラッとします。「お前どっちの味方だ?」と。ところが私は問題の「状況」を書く気持ちでいるので「解説調」になる傾向があります。それが書く行為の醍醐味みたいに思っていて。卑近な例で恐縮ですが、冒頭の「安倍ちゃん」という表記が彼への支持・親近感ゆえと解釈されれば、筆者は「自民支持の安倍傾倒」と決められてしまいます。逆に不安を抱えた「からかい」なのだと解釈されれば、全文が揶揄に満ちた批判となります。そのいずれと採るかを読む人に任せてしまうんですね。「これってずるいのかなぁ」
 自分では賛意支持か辛口批判か分ってもらえると過信しているんですけど、これ、かつて3回に分けて熱く語った「憲法9条」の記事のときにも強く感じました。むずかしいものですね(^^♪


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Author:蛙声爺
文芸同人誌編集をしています。
考えるフクロウが理想。
木内光夫のHPもよろしく。

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