蛙声爺の言葉の楽園

. 親の子から社会の子へ


 エッセイを整理していたら平成13年12月16日の伊豆新聞に掲載された私の『親の子から社会の子へ』という一文が出てきた。読んでみると15年経った現在でも未解決の問題だった。いやもっと深刻になっている。文章の中に出てくる「児童年金制度」は結局見送られたようだが、そのまま文を記すので、是非お読みいただきたい。


 新聞によると「子育て支援策として、一定年齢までの子供を持つ親に毎月現金を支給する『児童年金制度』の創設に向けて検討すること」が、厚生労働省によって決定されたという。歓迎すべきである。しかし同紙によれば「児童年金を受ける世帯と子供を持たない世帯との公平性の問題」があるという。こと少子化対策に関する限りこの種の制動は控えるべきだと思う。
 そもそも少子化が大問題化するのは、平成二年に合計特殊出生率が一・五七になってからだが、この傾向はその後も止まることを知らない。一方では女性の社会進出が進んで出産・育児と仕事の両立に悩み、他方では個人の価値観・結婚観が変化して未婚率が上昇したのが要因であるが、高学歴社会が親に突き付ける経済的負担も見逃せない。また親離れが遅れ「子ども」である期間が長くなる傾向もこれに拍車をかけている。

 この少子化に世界屈指の長寿が重なって起こるのが少子高齢化社会の問題である。労働力人口の減少と年齢構成比変化(高齢者人口が多くなる)によって、おおざっぱな言い方をすれば国の経済力が弱り、国の活力が弱る。さらに比較的少ない現役世代が、比較的多い高齢者を年金、福祉、医療などの社会保障面で支える必要を生じ、現役世代の手取り収入を漸減させていくので、社会全体を活発にしていく勤労意欲・上昇志向を阻害する。

 冒頭の児童年金の考えは年金制度全体の安定という目的から生まれている。しかし少子化が右のような危険をはらむとすれば、国をあげて、社会全体で、あらゆる部面において防止すべきではなかろうか。
 そういう視点に立てば、児童年金が納税者間不公平になるとか、子どもを産み育てるというのはその親の個人的な問題にすぎないなどという議論はできなくなる。すでに日本は、子どもという共通の財産をその人に「産んでいただき、育てていただく」という発想が必要なところまで来ているのである。
 結婚したくない、産みたくない、自由で居たい、楽しみだけを追求していきたい、それらの多様な考え方、生き方は肯定しつつ、むしろそれらを全うするために、誰か他の人が産んで育てている子どもに自分の収入の幾分かを拠出してほしい。そういうことである。

 全体主義的な考え方とは似て非なる「社会の子」というキーワードを差し込むと、従来難問視されてきたことに一つの方向性を与えることができる。道徳の欠如と社会教育、家庭内暴力と地域社会・学校、奨学金制度、里親制度、公的保育所の不足と無認可保育所、夫婦別姓、離婚と親権、体外受精等々。
 最後に「子持ちの親だけ得するなんて」とおっしゃる貴女へ。「では貴女も産んでください」


 
 きのうテレビで、捕獲した野良犬を安易に殺処分にしないで里親を探す保健所のことを放映していた。
 事情があろうが我儘でだろうが我が子を捨てたり殺したりする前に、秘かに子を預けられる機関があってもいいのではないか。けしからんとか、許されないとか非難はもっともだが、殺されてしまってからでは遅い。確か何十年か前に病院だったか慈善団体だったか忘れたが、実際に施設が存在したことがある。記憶が確かなら施設側も世間の非難を浴びていたようだ。当時も「なぜだ」と不思議に思った。捨て子の命を護った方も「後ろ指」をさされるとは。「社会の子」という常識があれば施設は称賛に値するのに。
 人間の子にも「慈悲を」と、お願いしたい。・・・世の中、少し変ではないか。


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. 読書歴で解かる「その人」?


 小説をよく読む方、一度「記憶に残る我が10作品」を選び出してみませんか。その結果から、「自分」が見えてきます。だとすると、他の人から見れば「その人」が垣間見えてきます。ちょっと怖い気がしますが、今朝、自分で実際に試してみました。なぜ記憶に残っているかは、この際詳細には問わないことにします、判断データとして狭くなってしまいますから。短い自分勝手な紹介文は付けます。
 ときには「自分を俎上に載せる」のも、案外良いかもしれません。
 やってみると、かなり迷いますよ。

① 『紫苑物語』 石川淳 流麗な文体の、哀しくも美しい物語。
② 『徳川家康』 山岡荘八 組織の中で生きる人間の羅針盤となる全26冊。
③ 『夏の闇』 開高健 食欲、性欲、睡眠欲の嵐を、終わりの数頁で名作に変換。
④ 『夢十夜』 夏目漱石 作家の深層心理に迫れる夢の資料。
➄ 『無影燈』 渡辺淳一 治療とは、医師とは何か、死を見詰めることの意味は何。
⑥ 『ひかりごけ』 武田泰淳 死なない為の罪の考察。カルネアデスの舟板の検証。
⑦ 『若杉裁判長』 菊池寛 思想の脆弱さ、温情という自分勝手。裁判自体を裁く。
⑧ 『チャタレイ夫人の恋人』 ロレンス(伊藤整訳) 猥褻文書にされた社会派小説。
⑨ 『わが解体』 高橋和巳 インテリの嘘を自虐的に表現。背景は学生紛争。 
⑩ 『点と線』 松本清張 鉄道を使った昨今の小説の源流。社会派推理小説の嚆矢。

 いまの若い人たちには馴染の薄い小説ばかりで恐縮ですが、Amazonを覗いたら、いまでも全て「存在」していました。文庫本でいけます。並べてみたら著者の方々は、殆んど亡くなっていました。比較的若かった読者の私がもうすぐ69歳なのですから当然かもしれませんが。
 やはり「自分史」を見るような結果でした。
 大好きな小説で意識的に挙げなかったのは『龍馬がゆく』と『宮本武蔵』、別枠ですねこれは。
 別枠と言えば、小説自体はあまり読まず、ドラマ・映画の原作者としてファンになっている作家がいます。東野圭吾と宮部みゆきです。「尊敬」の域なので、何冊か接した後で敢えて読まなくなりました。読者でいると、こちらが何にも書けなくなってしまうからです(^^♪

 ほんとうにやってみてくださいな。面白いですよ。なぜ選んだかまで黙考すると、その本を取り巻く当時の情景まで浮かび出てきますから。     


 思えばいろいろな人から「これ読めば」と小説を奨められましたね。中学時代の社会の先生から『次郎物語』、国語の先生から『若い人』、『車輪の下』、良友の国語教師から『紫苑物語』、女友だちから『わが解体』『されど我らが日々-』など。
 読書の動機で言えば兄の影響で松本清張もの『点と線』『ゼロの焦点』、卒論の関係で『チャタレイ夫人の恋人』、。少年犯罪の量刑への疑問で『若杉裁判長』、自分の手術を絡めての『無影燈』など。
 貧しかったせいで、殆んど小説本を買っていません。有り難いことに私の読書は、たくさんの人の厚意のお陰だったのです。 


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. アナログ爺とキーボード


 今日は「雨だれ入力」とブラインドタッチのお話になります。もちろん、というか69になろうとする爺の私は、ポツン、ポツンとキーを打つ弱い雨だれです(^^♪
 ブロガーの皆さんのほとんどが「英字入力」だと勝手に思っているのですが、中には私と同様「かな入力」で文章を作っている人がいるのではと「期待」しています。仲間は多いほど心強いので。

 じつは羨ましいのです。アルファベットでキーボードを高速で打ち、和文変換した後で「同音異義」語だらけの日本語を、思い通りの漢字に変換する。そんな操作をして文章を作っている訳ですよね。爺からみれば神業です。
 以前20代の事務員が文章を作成しているのを近くで見たことがあります。入力をしては訂正をし、あるいは別の表現に変えているのは分るのですが、その修正作業と本来の創作作業の切れ目が分らないくらい高速度なので「目ぱちくり」でした。あたかも文章作成に思考が伴っていないかのようで・・・。出来た文章、最終的には名文でした。

 もっとも、別の人ですが、この入力速度に文章力が全く合致していない事務員もいました。通常の業務上の挨拶文から用件をまとめて最後に丁寧に依頼するだけの20行が創れないというのです。「打つだけなんですか」と恐る恐る訊いたら、「はい!」と力強く返されました。ちなみに手書き原稿を手渡したところ、悪魔的な速さで打ち込みましたっけ。このとき、入力速度と創作力は別物であることを知らされました。

 でも、です。これは推測ですが、創作力と高速度入力は概ね一致していませんか。つまり前の例の方の方が多い。打ち込みコンプレックスの私はつい、そう思ってしまいます。神業的に速い人をみると、ピアニストを連想します。もちろん鍵盤を見ながら奏でてはいませんよね。はじめからブラインドタッチです。そのピアノの鍵盤よりずっと狭苦しいキーボードを、モニターに現れる文章だけを見詰めながら打ちまくるブラインドタッチは、ピアニスト以上だと感じてしまいます。なぜ、キーの中間を誤打したり、段を間違えたりしないのか。仮名キーの雨だれ族としては悪魔的な謎なのです、ハイ。

 15年以上も前、ホームページを創り、いまと違って自分の小説やエッセイを全部発表していました。当然備えていなければいけないと勘違いをして掲示板ティーカップも付けていたのですが、ある日、その掲示板にではなく、公開していたメールアドレスを使っての、超の付く長文のメールが届きました。どうやら大学院生らしいのですが、身震いするほど素晴らしい文章と内容でした。なぜなのかはいまだに不明なのですが、文学について通信で交流したいというのが結論でした。私は悩みました。願ってもないと思う反面、機械設備の仕事が多忙で、パソコンも未熟、相手の方の広義の「能力」についてはいけないと踏んだのです。とくに戴いたメールの文章量は衝撃的でした。現在よりも数倍荒っぽい雨だれの私が打ったとしたら、10数時間はかかるでしょう。おそらく彼女は、あっという間のブラインドタッチ族に違いないのでした。
 「言葉、言葉、言葉・・・」その時並んだ同じ単語を含む文章をいまだに忘れられません。このブログのタイトルに「言葉」が入っているのはそのためです。

 少し前のブログで『小説太田道灌』を上梓した動機を書きました。そのときのことです。同人仲間の「オネエさん」に入力を依頼しました。「校正もルビ振りもこちらでやりますから。いわゆるベタ打ちで結構です、不明な箇所やなかなか見つけられない漢字は〓(ゲタ)を履かせてください」と負担は軽くしたものの、出来るまで1か月ぐらいを予想していました。ところがです。本にして250頁もある時代小説のベタがメール添付で帰ってきたのは、400字詰め原稿が着いたであろう日の翌々日の夜でした。
 「たった2日で⁉ ブラインドタッチ、恐るべし」でした。

 かくして、その後何回か基礎練習を試みましたが所詮アナログ世代の爺、そうです、いまも堂々の雨だれです( >_< )/



 
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. 「夢」の高さに立てば見えるもの

 
 人生の中で誰しもが1度はみる「夢」
 つかめたら「夢」ではなく、それはただの目標。
 かつてみた「夢」の高さにむりやり立って下を見れば、
 否応なしに小さく見える現実(いま)の自分。
 「夢(む)」を「無(む)」に変換できるのは、しっかりとした現実だけ
 さびしいけれど、「たしかに」


   『ゆめうつつ』

     夜みる夢はいい、
     朝目覚めれば消える

     歳月を費やした夢はつらい、
     眠りの中でも顔を出す
  
     滾(たぎ)りをおぼえて、
     むりやり冷ませば
     鏡が出てきて姿が映る  
     いまの向こうに昔の自分

     いつまでも
     「ふたり」でいるのか
     ・・・「自分」
                         (馬場駿)





 今回の筆名も蛙声爺と同一人です。生意気にいろいろ「なまえ」を持っていますが、創作ジャンルや発表形態でなんとなく多くなりました。小説・エッセイ・詩は馬場駿、いまは加入していませんが俳句は蛙声、ブログは蛙声爺、同人誌の埋め草担当は高島京と、それに本名と。「おばか」ですね、ときどき振り分けが曖昧になります(^^♪

 今日、青空に誘われて河津桜を観に行きました。かみさんと伊豆急行の電車で伊豆下田方向へと南下したわけです。何年ぶりでしょう、混雑した車内の暑苦しい感じを味わったのは。38歳までの生活エリアは東京・横浜でした。
 桜は6-7分咲きでしたが。観光客は「満開」でした。あいにくカメラが不調ですので、写真は無しです、すみません。外国人もかなりいましたっけ。桜の下で飲む100円の甘酒は最高でした。 




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. 「終活がまだでしょう」


 タイトルはテレビCMのいわゆる「コピー」です。
 じつは同人誌の編集委員の1人から「このところ作風が変わったわね」と言われました。「このところ」というのは21号から最新号の24号までのようです。「死」を見詰めている」というのが論拠です。私は否定しませんでした。

 何に書いてあったか忘れましたが、『死と生は万人に等しく課された厳粛な歓喜であり、過酷な刑罰である』という言葉があります。黒澤映画『赤ひげ」の中で新出去定(にいできょじょう)医師は、『よく見ておけ、人間の臨終ほど荘厳なものはない』と若い医師保本に言っています。また小説『無影燈』の中では渡辺淳一(この作者は医師でもあります)が主人公の直江医師の口を借りて、『どんな死だって、死んでいく本人が納得できる死なぞは無い』と喝破していました。一方で最初の名言にもありましたが、「死」という終わりがある有限の命だからこそ、「生」に歓喜があり、彩りがあると語る作品も数多あります。
 子供の頃「自分もいつか死ぬんだ」と考え込み、ひどく恐れていました。成長して少しは薄らいだものの「恐怖」は青春時代を覆っていたといっても過言ではありません。そう、次の言葉に接するまでは。
「死ぬって怖くないんだよ、死ぬ死ぬって思っているときは生きてるんだし、実際に死んだら自分では何もわからないんだから」
 これも、読んだ本のタイトルすら思い出せません。ただ、大いに気持ちが救われたのを憶えています。

 私が「終活」を意識したのは10年前、車体が壊滅的になっていた交通事故を見てからでした。「人は年齢で死ぬとは限らない」という当たり前の認識をしたのです。何も成しえなかった。何も遺せない。この感覚は今にして思えば深刻でした。懸命に生きてきた自分に対する評価はあっても、問題は「結果」ということでしたから。ここでも自分の焦りを救ってくれたのは「文芸」でした。そのときすぐにでも決断できたのは、『小説太田道灌』を出版して狭い範囲ながらも「世に問う」ことだけだったのですから。その後も「終活」として単行本を2冊発行しています。とりわけ3冊目の小説『孤往記』は、母校の中学校の1期生仲間と恩師に送る「遺言」でした。もっとも誰も気づいてはくれませんでしたが。
 冒頭いわゆる「このところ」の4年間、『雪積む樒(しきみ)』では母の死、『くぐもり声』では労災で指を失った青年の死への彷徨、『傾いた鼎・全編』では難病の青年の性と死、『現姥捨(いまうばすて)』では10年後近未来の高齢者夫婦が見つめる死、をそれぞれ扱っています。これもある意味「終活」でしょうか。
 いまも「遺作」候補の長編に挑んでいます。そろそろ残る歳月が心細くなってきましたから。

 個人的には、ですが、CMにあるような生前葬をしたり、墓を造ったりすることが「終活」だとは思っていません。ひと頃喧伝された『断捨離』を実行し身の周りを小さくしていく作業をつづけ、出来れば少しでも自分以外の人のために時間を費やすこと。それこそが「終活」かなと、理解しています。
 もっとも自分の「死」への想いは皆、人それぞれだと思いますけれど。



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. 眠れない夜のままに


 深夜1時半に目覚めて、頭がなにやら動き始め、眠りに戻れないままのそのそと起き上がった。『味蘇帳(みそちょう)』を引き寄せて所在無さと戦うことに・・・・。

『あるべき自己と現在(いまあ)る自己との齟齬(そご)、それがあなたにいら立ちをもたらす。現在る自己をそのまま肯定するか、さもなくば、あるべき自己に向かって、先ず一歩を踏み出すことである。そうすれば、或る日あなたは自らの中に、いら立ちの姿を見かけないことに気付くはずである。
 躬(み)のうちに己(おのれ)かぎりは哀しけれ 人の間(はざま)に生きて活(い)きるを(蛙声)』

 40年も前の文芸備忘録の独白ページにあった。
 生意気に、このころも「蛙声(あせい)」を使っていたらしい(^^♪
 何に苦しんでいたのかは忘れた。・・・歳月は、ときには優しい。


 
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. 30%のあつかましさで『小説家志望』?


 「作家」というのは殆んど「小説家」と同義で、言うまでもなく小説を「創作」する職業人のことです。ですから自分のお金を出して「同人誌」に発表する小説書きを「同人誌作家」というと「作家」概念が混乱します。「素人作家」という言葉も、お金を得る玄人ではないのですから矛盾が生じて、同様です。
 のっけから何を言い出したのかと、自分でも「あれ?」なのですが、勢いで続けます。
 一方でプロの人気作家がこんなことを言っていました。「元プロ野球選手とか元女優という言葉はあっても、元作家というのはない。書かなくなったら作家でも元作家でもない」と。だから死ぬまで書き続けなくてはいけないという結論でした。

 でも、です。現在「文豪」と評されている方々でも、仲間内とほとんど無償で同人誌に小説を載せていた時代があります。そのとき彼らは「作家」でも「小説家」でもなかったのでしょうか。また逆に、プロの作家が筆を折ったあとでも印税で暮らしていた場合、次作の予定が無いとしても「作家」でしょう。こうなると「作家」「小説家」の意味内容も、それほど厳密ではなくなります。
 結局小説さえ書いていれば、「同人誌作家」も「素人作家」も呼称として成り立つような気がします。

 それはさておき、蛙声爺はきのう、あろうことかランキングカテゴリで配分30パーセントを『小説家志望』に振りました。「いい歳をして「志望」は無いでしょ、「しぼう」って音で勘違いして入ったんじゃないか」という「声なき声」」も聞えてきます(^^♪
 でも「志」ってことで、見逃してください。
 仲間に入れてもらう「履歴書」みたいな感じで言いますと、一応『小説太田道灌』、『夢の海』、『孤往記』と、自費でですが小説を出版しています。それと、『岩漿』という文芸同人誌も仲間とやっています。
 じつはブログ開始当初から『小説家志望』にしたかったのですが、年齢からしてさすがに気恥ずかしくて躊躇しました。さらに齢を重ねて、少し図々しくなったということでしょうか。
 いっときはランキング順位が気になりましたが、現在は少しでも多くの人と「交流」したいという気持ちが勝っています。きのうまで「加入」していた『映画評論・レビュー』は、難聴が進んでDVDでの映画鑑賞がきつくなりましたので撤退しました。
 新しいブログを訪ね歩くのを、楽しみにしています。

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 『目標を定めたら、絶対に達成してやるんだ、できるんだと、まず思わなければならない。9割の確信があったとしても、残りの1割に逡巡や躊躇があれば、もう、目標に向かって火の玉の如くなることはできない』(雑誌「法学セミナー」から)
  
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. こころ穏やかにする方法


 若い頃から50歳辺りまで、ずっと短気だった。もちろん抑える術も知っていたが、気性はそう簡単には変わらない。社会生活をする中で、それがどれだけマイナスだったことか。ある時ふと気づいた。治ってきた、と。『立場の交換』ができていると。比較的長い間同人誌小説を書いていた、その行為が可能にしたのだった。

 登場人物の1人Aの視点が全てで、その他B、C、Dを絡めて話を進めていく形の「1人称小説」ではなく、いわば天の視点から全ての登場人物A、B、C、Dの言動を描いていく「3人称小説」の場合に効果は、最も顕著になる。例えば小説の中で、BがAを罵倒したとする。Bにはもちろんそうする理由がある。Aはなぜそうされたのかと考える。同時にそれを目撃していたCもDもAとBに対してそれぞれの見方がある。つまり小説を書くという行為の中で、ひとつの物事、1人の言動につき複数の見方を用意しなければならない。これを日常的に繰り返していたことによって、現実の自分の生活の中でも自然にこれを取り入れるようになっていたらしい。

 いわゆる「カッとなる」、「感情に激して」という心理状態が、私の中からほとんど消えた(気性なので皆無とは言い切れない)。自分に向けられた相手の言動を複数解釈して、それぞれ『立場の交換』をしているうちに時間が過ぎ、知らず知らずに理性の支配下に「自分」が置かれているということが多くなった。「独りよがり」「杞憂」「邪推」「反発」「仕返し願望」などの心のマイナス反応が影を潜めたのである。
 後日、相手が上記「負の反応」と真逆の言動を見せたとき、ホットして心が温まることすらある。
 小説を書かなくても、これと同じ心の操作をすればいいし、心が疲れていなければ、だれでもできるような気がする。
 経験から来る小さな「提案」である。


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 図書館に行くとあるかも。ぜひ読んでいただきたい詩集です。その中から・・・。
  ちなみに作者は詩集発行当時99歳でした。

  『貯金』

      私ね 人から
      やさしさを貰ったら
      心に貯金をしておくの

      さびしくなった時は
      それを引き出して
      元気になる

      あなたも 今から
      積んでおきなさい
      年金より
      いいわよ

          柴田トヨ「くじけないで」(飛鳥新社刊。2010年3月発行)

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 ↑興味のある方、お時間がありましたら「素人作家」の世界を覗いてみてください。



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. 「3・11」が遺したものとは


 あと1か月で「3・11」が来る。
 あの、日本国中を震撼させた東日本大震災が。東北数県に亘って人々の生活を破壊し、数多の人命を奪い去った地震と大津波。そして復興を、5年経ったいまも妨げている福島原発の建屋爆発と放射能事故。
 「3・11」は、世界に、日本に、そして小さな私に、いったい何を遺したのだろう。

 1か月前というちょうどその日に『海外の反応.jp』というサイトに出遭った。
 載っている10数種類の動画 はほとんど、現場で被災者が撮ったものだった。もちろん米軍、マスコミ、自衛隊等々別角度から編まれたものもある。継続時間切れを何回も乗り越えて私は、約2時間、大震災当日の生々しい映像を見続けた。

 波というよりは海の大規模膨張と言えるだろう。真っ黒い海水が防波堤を乗り越え、数多の漁船と車を道連れにして街中に走る。自分も危険だろうに「早く避難を!」と叫び続ける拡声器の声。少しでも高い建物をと探し、声を掛け合って階段を駆け上る人たち、その足元に迫る海水。さらには身の危険を冒してまで、低い屋根の上で硬直している女子供を、消防ホースを使って高所へと導いている男たち。バリバリと大音響で木造家屋を破壊していく津波の勢い。映画ではない、現実だったのだ。私は目頭が熱くなった。
 きちんと並んで飲み水や救援物資を受け取る被災者の列。アメリカのレポーターの訪れに、感謝の証か、自分の菓子を笑顔で手渡す老人。潮が引き、破壊しつくされた元街路でペットの安否確認に走り回る婦人。等々・・・。
 さまざまな映像が、ネットを通して海外の隅々まで広がっていき、あらゆる国々の人たちが「日本」と「日本人」を称賛した。「未曾有の災害に遭いながらも、しっかりとして秩序正しく、温かさを保ち続ける民族」。彼らは口々に言うのだった、「信じられない」「素晴らしい」と。ここでもまた爺は涙ぐむ。

 そういう日本人だから、被災後も超スピードで完全復興を成し遂げたはずだ。経済的な特需として、日本国中の土木、建築業者が被災地になだれ込むからだ。阪神淡路大震災後の復興の速さをみれば分る。そういう「力」を持った「日本」なのだから。そう、あの福島原子力発電所の事故さえなければ、である。
 放射能の恐怖とこれに因る各種の規制は、復興を遅らせただけではなく、長きにわたる被害者の離散という結果を招いたのである。それなのに一体誰が「責任」をとったと言うのだろう。各国に称賛され、憧れを抱かせる国「日本」だというのに。
 何年間、原発の全停止を行えただろう。すくなくともこの間、原発無しで「日本」は動いていた。
 大震災の予告が頻発する中、次々と再稼働させている「日本」が、分らなくなった。
 この意味において「3・11」の教訓は、忘れ去られたと言っていいだろう。
  安全基準をクリアしたと言うけれど、大自然は人間が創った数値基準など読んではいないのだ。
 地震列島「日本」はまた自国に「原子爆弾」を抱え込んでしまった。
 そう思い、恐れているのは私だけではあるまい。


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. 「愛情の出口」というもの


 覚醒剤所持・使用で逮捕された元プロ野球選手についての、少々扱いが過剰なマスコミ報道に接しているとき私は、何の脈絡もなく昔覚えた『愛情の出口』という言葉を思い出しました。年を取ると言うのは哀しいもので出典を忘れてしまったのですが、若い頃に読んだ河合隼雄博士の本だったか、それとも同じく若い頃の親友K君の蘊蓄だったか、なのです。言語がドイツ語だったような記憶があります。感じとしては、原語で英独の社会科学の本を読んでいたK君の可能性が高いと思うのですが。

 それはともかくとして、私は『愛情の出口』の意味解釈を教えてもらった後の人生で、こんな風な「物語」でこの言葉を反芻していきます。
 人は生きている時間の中で(日々の生活の中で)、自分の体の中に不断に「愛情」を産み育てていきますが、それを使う対象が無いと、「出口」を失った「愛情」は体の中で渦巻き、終には腐敗していきます。人によってはその症状の進行につき自覚すらありません。愛情の対象は出来れば人間がいいに決まっていますが、何らかの事情でそれが望めないときは、『出口』に関して言えば、動物でも、植物でもいいのです。

 父母に寄り添い、友を求め、恋に落ち、妻を娶り夫を得、子を抱き、孫に尽くす。対象は移ろっても人は、つねに『愛情の出口』を持っていることで、「自分自身」を正しく映していられるのです。別の言葉で言えば「自分の存在価値」を映す鏡が『愛情の出口』だともいえるでしょう。
 今回の元野球選手は、もしかしたら、この意味での『愛情の出口』をなくしてから、いっそう軌道を外れてしまったのではないかと、そんな風に思えてなりません。だからと言って、べつに同情はしませんが。

 著名な映画監督チャップリンは言いました。
 『人生に必要なものは、三つある。勇気と愛情とsome moneyである』
 ここにいわゆる『愛情』は、もちろん『出口』をもったものに違いありません。

 これは愛情に関して語られたのではありませんが、自分と愛情の対象者との関係は、故正木昊(まさきひろし)弁護士の次の言葉が有用です。
 『二枚のレンズは、ある間隔を得て一つの焦点を結ぶ。人と人との関係も同じであろう』
  



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. 政治家に何を期待しているのだろう


 この記事は昨今話題の元経済再生担当相を弁護しているのではありません。まず、このことを申し上げてから進めます。

 政府の中枢にいた現職大臣が公的な場所で業者から現金を受け取ったとされる事件が、国会で野党から追及されている番組を視ていた私は、隣に居たかみさんにこう言いました。
 「彼は辞職するよ、きっと。したたかな人ならあんなに苦渋に満ちた顔は見せたりしないんだ。あれは質問に対してじゃなくて、自分自身に対して応えようとしている苦しさだ」と。
 まだ彼が「嵌められた」発言をする前の、最初の頃の国会中継でした。
 この「予言」は何日かを経て、終には当たりました。

 自民党の諸先生から矢継ぎ早に出たとされる同情論。証拠写真も録音もとられているところから、業者の陰謀にはまってしまっただけだ、大臣が気の毒、という理屈です。
 でもこれって、当の大臣のアシを引っ張りましたよね。そもそも出された金を受け取らなければ「騙された」も「嵌まった」も「場所がまずかった」もないのですから。弁護しているようで「受け取ったよ、確かに彼は」と大合唱しているようなものです。もしこれが故意にだとしたら、彼は味方から背中を撃たれた様なもので、自民の森はかなり怖い所ですね。もうすこし広げると、「こういう金銭授受は政治の世界では日常茶飯事」と言い募ったことなります。

 この件に関して海外、特に中韓のネットが興味ある見解を示していました。「50万と50万、たった100万円の金を受け取っただけで政府要人が辞職するなんて、自分の国では考えられない、日本てやっぱり凄い、日本人は偉い」と。私はこの反応につい「なるほど」と感心してしまいました。視点が違うとはこういうことですね。

 すこし飛びますが、古いフランスの人権宣言(1793)にこんな文言があったようです。
 公務員の選任に関して、「自由な諸人民は、選択の理由として、徳性と能力以外のものを知らない」。
 選挙権行使の自由と同時に、この二つ以外の人間の属性は問わない被選挙権を唱っていると受け取っていいいと思います。
 「徳性」とは「道徳をわきまえた正しい品性」のことですから、これと能力があれば、広義の「公務員」は適格という理になります。
 TPP交渉で「タフネゴシエーター」と評された力、髪がみるみる白っぽくなったことでも分る心労と努力、自民の中枢から「彼無しでは審議がもたない、法案が編めない」として慰留された事実から、「能力」という要件はもちろん?クリアでしょう。今度の問題は、けっきょく彼の「徳性」が責められたということになります。
 
 ただ、フッと思うのです。目の前に札束を積まれて、きちんと突き返せる議員ているのだろうかと。与党でも野党でも、です。
 どちらかというと、受け取り方や事後処理に「甘さ」があったのではないか。つまりコンプライアンス(法令順守)の問題です。もっとも、結論は同じ事で、遵守しなかった以上非難されるのは当然で、辞職は当然だったと思います。
 「彼は発覚し追及された時点で、辞職を覚悟した」
 冒頭で記しましたが、私見では、そうなります。彼の中にもともとは「徳性」があったから、と解釈しています。
 長い間、政治資金、政治献金という言葉の中で暮らしていると、お金は全て「合法」に見えてくるのではないでしょうか。
 怖い話です。

 最近読んだ『田中角栄100の言葉』(別冊宝島編集部編)のなかで、金権政治の権化と批判された故田中角栄氏を編者は、こう語っています。
 『角栄にはカネに関する「美学」があった。・・・貸した金は忘れろ。借りたカネは忘れるな」 言うは易いが行うとなれば難しいことばかりである。角栄は人間が現金を受け取るときの「後ろめたさ」を信じていた。それは「性善説」の思想である』
 じつに意味深長です。

 ちなみに政治献金抑制を企図した『政党助成法』(1995-)は、得票数割りで各政党に総額320億円を、政党交付金として配っています(日本共産党のみ受給を拒否)。不思議なのですが使い途に制限がありません。このお金国民1人当たり250円になる税金で賄われています。それでも「お金」が欲しいんですね「政治」って。 立法趣旨はどこへいったのでしょうか。

 この「事件」と、その報道で、いろいろ考えさせられたものです。

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. 同人誌24号発行となる


  このブログで年末から編集過程をご紹介していた伊東発の同人誌『岩漿24号』を2月1日に発行しました。『岩漿(がんしょう)』は地下のマグマのことです。 短歌、詩、エッセイ、小説など総合的に文芸作品を掲載して、今号は200ページとなっています。会発足から20年、創刊号は平成9年7月発行でした。

 2月2日午後、東伊豆町の事務局に住居が近い編集員3人が集い、固定送付先へ郵送する準備作業をしました。手は動いているものの、掲載作品から3人の作品の執筆裏話に至るまで口の方も大忙しで時間はあっという間に過ぎ、気が付けば郵便局の受付時間終了間際で大慌てでした。
 書き手も創作が大変、編集も忙しい中バタバタ。第一次発送手続きが無事に終わったとたん、フッと気が抜けました。
 さて、諸氏の反応はいかがでしょうか、楽しみでもあります。

 岩漿24号


 せわしく動いているうちにブログお留守4日間、この頃にしては珍しい「空き」になりました。
 さて、今日は自宅で1人、第二次発送事務です。



第二次発送してきてゆっくりとアップした記事をみたら、「表紙の隣の扉の画も字も霞んで見える!」
スキャンするときに厚い本と一枚の扉を並べて撮れば当然ですよね、薄い紙の方は少し浮きます。
また出かけるので、午後に何とか直そうと考えています。
「時間に追われても、テキトーはいけません」
画面がそう言っていました ( >..< )



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蛙声爺

Author:蛙声爺
文芸同人誌編集をしています。
考えるフクロウが理想。
木内光夫のHPもよろしく。

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