蛙声爺の言葉の楽園

. 「パンダコパンダ」ミタンダ

 2週間ほど前に、ご存じツタヤのTカードの更新に出向いた。ところが、急に観たいDVDを見つけて旧作を5本揃えてしまったため、更新者への旧作2本無料の権利行使を保留にしている。このとき財布の奥に「引き換え葉書」をしまい込み、この件をみごと失念…。
 昨日、空財布をひっくり返した際に葉書を発見、すぐに散歩を兼ねてツタヤに出かけた。

 爺が借りたのはジブリの中編アニメと、アクションものの『96時間』。心なしか係の中年女性が首を傾げたように感じた。その後で少し「ニコッ」。爺は思った。『パンダコパンダ』は孫のためだと腑に落ちたのだな、と。
 ここ三週間、自分でも気づかなかったのだが、精神的に疲弊していたらしい。「他人(ひと)の言動や遭遇した「事件」が、2通り以上の解釈ができるならば、最も善いもの、最も穏やかな肢を選択すること」という自己ルールが破られる傾向にあったからだ。結果、心は暗く澱む。ゆえに疲れる、となる。

 「夕餉の映画館」で気楽に鑑賞した宮崎駿脚本、高畑勲演出の『パンダコパンダ』は、絶好の「対症療法」だった。このDVDには1作目の『パンダコパンダ』と2作目の『パンダコパンダ雨ふりサーカスの巻』が入っているのだが、爺はずっと笑い続けた。自然に頬が緩むのだ。まっすぐで、元気で、明るくて、やさしい女の子ミミちゃんがいい。近づく人の誰をも、またどんな動物をも、疑ったり怖がったりしない。まさに選択肢の中で最良のものを、自然に選んでいるのだ。小さな「子パンちゃん」も、その父親の「パパンダ」も同様だ。彼らの言動が、まるで幼児の塗り絵のように単純な色遣いの背景とあいまって、「シンプル・イズ・ベスト」を謳いあげている。「荒唐無稽」に映るストーリーがさらにそれを助長する。「照れ」の無い、訴えたいものを明確にしたアニメだと、爺は理解した。後年の宮崎アニメの『となりのトトロ』や『崖の上のポニョ』の、まぎれもない原型が、確かなものとしてそこにはあった。

 「お孫さん」にも「爺ちゃん」にもいいアニメだと思う。
 おかげさまで、鑑賞後に観た錦織圭のテニスの素晴らしさも手伝い、昨夜はぐっすりと眠れた。
 

. 夢の中で

 『一心不乱に走るのだが、路地は狭隘さを増して終わる気配も無い。「挟まる、潰される!」絶叫する私の口が顔から剥離して後に飛び去った。次いで呼吸する鼻が腐って落ちた。いや、疾走しているので胸元に吸着して落ちないでいる。それを見ている眼が、ついには一瞬にして砕け散った。眼の無い私が走れるのは何故だ。私は自分に問うた。頭があるからだ。そう思ったとたん、残っていた部位の全てを連れて頭部が丸ごと千切れ、走っている体を離れた。もう何も見えない。聞けない。嗅げない。話せない。第一考えることが、できない…『でも駿、いまそう言っているお前は一体誰で、何者なんだ?』(馬場駿『孤往記』)

 自分が書いた小説の夢のシーンが、ほとんどそのまま本当の夢の中で映像化されたのには、すこしく驚いた。「いやな夢だ、現実を嘲(あざわら)っている」。汗で湿った肌着を脱ぎながら首を左右に振ってみる。たしかに起き上ったのは爺自身だ。薄暗い中で、ちいさな目覚まし時計を見る。午前3時20分。ゆっくりと頭を枕に沈める。点いていない照明器具は、ただの「天井の膨らみ」。…働かなくなった「頭」は、からだにできた、ただの「大きな瘤(こぶ)」。
 
 自分以外の人のためにどれだけ、残された時間を費やせるか。
 これからの自分が「本来の自分」であり続けるためには、この問いかけが不可欠になる。
『いまそう言っているお前は誰』に応えよう。それは「著者」自身。『何者なんだ』には一瞬ためらうが、こう言える。「年甲斐もない老人」。そう、まだ何かできると、本気で思っている。
 ――「夢」にうなされているくせに。

 キーボードを打つのを止めて、カーテンを引く。木々も山も空も、みな色が付いていた。
 

. 筍流し

 かみさんが孫のところへ出かけて、またひとり部屋に残った。テレビの声も洗濯機の回転音も無い。カラカラカラッと音を立てて、パソコンの隣に位置するサッシ戸を開けた。
 修善寺街道を走る車の群れが出す走行音が、伝播する間に微妙に変化をして、まるで「風音」のように聞こえてくる。目の前にある直角に近い崖は滴る緑。木々の枝も草も、たしかに揺れてはいるが、こちらの音は皆無だ。もっとも、難聴のせいかもしれないのだが。ところどころで白いものがリズミカルに踊っている。数えてみたら、4種類の花。毎年見ているはずなのに名前は、ひとつとして知らない。馴染みの居酒屋で毎度見かける客だが、氏も素性も興味が無いというのと、少し似ている。
 今吹いている、この雨さえ予感される湿った涼しい南風は、『歳時記』によれば「筍(たけのこ)流し」と云うそうな。

 シネマスコープ状のサッシ画面の左側に、根っこも天辺(てっぺん)も食み出して見えない若竹が居る。画面の下端に頭を出したのは1週間ほど前のこと。3日ほどで急成長を遂げた。縦筋の入った茶色の皮を、地面に近い方から次々に脱ぎ捨てていくさまは、まるで「動物」のようだった。或る日フッと気づくと、節ごとに細い枝を伸ばしていた。誰に教わったのか、左右にバランスを取りながら。それでもまだ、水分過剰で弱弱しく見える。このところの寒冷前線の突風で折れやしないかと心配したが、どっこい強いもので、「最敬礼」をした。

 一昨日まで下手糞な歌をうたっていた鶯。きょうはまだ来ていない。
 今朝「ちょっと来い、ちょっと来い」と騒いでいる野鳥がいたが、「奴」に呼ばれて行ったのかも。

 今日は、午後1時半から『岩漿23号』の合評会が、伊東市内の喫茶店である。
 爺が飲むブラックコーヒー、2杯は確実だ。もちろん…ホット。

. 「初対面」だった日本画家

 沖縄が梅雨入りしたと報じられた日の翌日で、こちらでは晴れ間が出た日。『富士の見える美術館』と称される箱根の成川美術館を訪れた。おなじみの平山郁夫画伯や加山又造画伯の作品はもちろん堪能したのだが、一室を全て使用して展示されていた日本画の数々を前に、「こういう絵は初めて」と、文字通り目を瞠(みは)った。
 50号、100号クラスの作品のほとんどが、画布の7-8割を暗い色調で描いているのだ。『春』も『ひまわり』も『芥子』(けし)も、『草の星』も…。明るい光と色鮮やかな花は、なぜか最上部に固まっている。それは、浮かんでいるようにも見える。不思議だった。爺は、移動するたびに、立ち尽くして首を傾げた。
 「この受けている衝撃って何なんだろう」。

 企画展のタイトルは、『永遠なる浄景 久住三郎 展』だった。
 解説によれば、この人、大学で法律を学んでいたが20歳のときに医療事故に遭い、九死に一生を得る。これを契機に好きな絵の世界へと人生の舵をとり直し、東京芸大絵画科に入って日本画を専攻する。36歳のとき、20歳手術時の輸血が原因で肝炎を発症、その後も慢性肝炎を引きずる格好になる。絵のさらなる精進は、この闘病との「二人連れ」になるのである。その後、ニューヨークに渡って成功するも、体調好ましからず数年で帰国。引き続き『日本画の新たなる可能性を求めて』活躍するが、病は悪化し、53歳でこの世を去っている。

 生きていれば現在、彼は爺と同じような年齢になる。彼もまた歴史的芸術家と同様に天賦の才をもらったがゆえに「代償」を払ったのだろうか。あまりにも早すぎた死だと感じる。
 この日観た花は、アイリス(あやめ)とひまわりが多かった。勝手な想像で失礼だとは思うが、心情として、前者が現実で後者が目標だったのではないか。そう思わせるに十分な「むらさき」の乱舞だった。

 

. 先生を囲む会

 5月16日は大きな1日になるだろう。そう感じた。
 会合の開始時刻正午にぎりぎりで間に合った爺。先生がずっと以前から馴染みにしている横浜は上大岡の中華屋さんの2階が会場である。
 階段を上がって室の入り口に立つと、ぎっしりと埋まった生徒達。齢は67から68、中には誕生日の関係で66もいるかもしれないが、とにかく全員が「前期高齢者」(ちなみに68は爺「独り」だけ)だ。その一番奥に中学時代の国語の先生(88歳)が笑顔で座っている。
「一声20人は集まる」と常日頃から幹事役は「豪語」していたが、文字通り20近い顔が並んでいた。

 これって、凄いことなんだと、爺はうなった。特筆すべきは、卒業後すでに54-5年経っていること。つまり半世紀以上経過しているということだ。さらに爺もそうだが、先生がクラス担任ではなかった者もかなりいる。
 昼食会が宴もたけなわになった頃、既視感的にふと或る映画のことを想った。
 大学の独語教師から随筆家に転じた内田百閒(ひゃっけん)と、彼を長年月に亘って慕い、集い続けた「生徒達」を描いた『まあだだよ』だ。ご存じ黒澤明の脚本・監督になる。その、映画のキャッチコピーがいい。
『今、忘れられているとても大切なものがここにある』
 この会合が参加者全員に確認させたであろう想いが、これなのだ。
 百閒先生の門下生の会には名前があった。
『摩阿陀会』(まあだかい) 
 先生の応えはいつも『まあだだよ』だったそうな。
 ちなみに旧字「閒」は「間」に同じ。「なかま」という意味もある。百閒先生の筆名はもしかしたら、「百人のなかま」のことだったのかもしれない。

 とても気持ちのいい会合だったので呑みすぎて、昼間なのにしたたか酔った。
 伊東への帰路、電車の中で立ったまま数秒間眠ってしまった。
 目覚めてあわてて降りたので、何と藤沢駅。折り畳み傘と車の鍵とケータイの入った「カバン」も網棚に忘れた。だいぶ枯れてきたね、爺も。
 翌日の早朝、平塚駅「忘れ物承り所」で無事戻されている。平身低頭…。
「にっぽんていいな」

 


  

. 小説の中の「おんな」

 爺は言うまでもなく男なのだが、創作の中での主役は圧倒的に「おんな」が多い。何故か、を突き詰めていくと、20数年も前の出来事に突き当たる。あるとき別の同人誌の方から、「作者の生の声を小説に混ぜている」というご指摘を受けた。爺としては身に覚えが無い。してみると主人公が男の場合、「創る」のではなく「自然に出てくる」自分が文章の型に混ざってしまうのだろうと解釈した。書き手として未熟ということに尽きるのだが、当時としては即時に善後策を講じるしかなかった。なにせ、意識的にそうしているならともかく、「無意識に」、なのだから。

 試しに『いりあいの鐘』、『色あせたデコイ』など女主人公の小説を書き続けたところ、これが予想以上に具合がいい。自分が男である以上、「おんな」は姿形も心も創り出さなければならない。単行本にした長編『夢の海』では、ヒロイン静子をエッセイストと設定したため、彼女が創ったエッセイまで「おんな」の作品にすることになる。実はこの「なりきりの訓練」、後の創作活動に大いに役立っている。
 それでも、というか、そうすればしたで今度は女性読者からご指摘を受けた。全て好意的な読後感想のあとでなのだが、揃いも揃って他誌のベテラン同人からだった。「自分では思いもよらない女としての言動だった」「女の体を持っていない男には女は書けないと思う」「現実には存在しない女性像ではないか」、がそれだ。
 
 最初のご意見には脚本家新藤兼人の次の言葉を思い出して心の中で「反論」をした。
『女性を描いているのに私なのだ。私が書くのだから私を書いているのだ。自分以外の人は私が分ったと思っているだけなのだ』。また、お二人目の方には「極論だと思う。この理屈だと女流作家は男を描けない、となる。私の筆が及んでいない、未熟だと批判するだけにすべき」と受けた。もちろん心の中で。

 最後のご批判には、かつて短文で「反論」したことがあるので、引いてみる。
『私が産み落とした彼女たちはいい女ばかりである。たしかに、しっかりとした意志をもち、行動力もあり、知的ですぐれた美貌の持ち主という、少々現実離れしたきらいはあるのだが、それらの逆のキャラクターはヒロインにしにくいので、そこはご容赦願いたい。たとえば「彼女はブスだ」と書くのではなく、どういう具合にブスなのかを描くのが小説なのだ。そんな作業が楽しいわけがない。だから美人になる…お金をもらって小説を書くなら我慢もしようが、当方、お金を払って小説を書いているのだ。せめてこの程度の密やかな楽しみは大目に見て欲しい』
 最後は何やら情けないお願い口調になったが、偽らざるところである。
 感想、批評というのは実にありがたい。それへの反発ですら自分のためになるのだから。

 すこし引いてみたら、その先も紹介したくなった。原文のままでは読者に失礼なので、語りや注釈も追補してみたい。
 読者諸氏を震撼とさせた強力なパワーの持ち主『夢の海』の静子にはイメージモデルがいる。もちろん小説は創り事なので、生い立ちも家族構成も全く違うし、いわんや犯罪歴など皆無、かつて爺が唯一尊敬した女性である。その知性、向上心、決断力、行動力など、知らず知らずのうちに参考にしていた節(ふし)がある。形の上では数々の「罪」を犯しながら、読む人をしてそれが「正義」のように錯覚させてしまう恐ろしいほどの自信、そしてその裏に隠された哀しいまでのニヒリズム。パワーの源は、兄への愛と傲慢な「家」というものへの反発心。ぜひ会ってやって欲しい「おんな」だ。

 『いりあいの鐘』では、当初主役の予定だったモデルのジイアを脇から出てきて押し出し、自ら「主演女優」を勝ち取った知子が忘れられない。小説やシナリオではこの種の逆転はよく起こる。ストーリーの方が作者の当初の意思を押し退けるのである。この「おんな」二人が温泉に浸かりながら互いの嫉妬心を「昇華」させていくシーンは難しくて、丸々1日を費やした記憶がある。この小説「純文学よ」と言う人もあれば、「ポルノ紛(まが)い」と評した人もあり、かなり印象深い作品になった。凡そ作品は発表したら最期、「読者」という違う世界の中で一人歩きを始める。もっとも人の経験や「想い」のフィルターを通してでしか「見て」もらえないのは、小説に限らない。人と人との関係そのものについても、互いに同様かもしれない。…そう思う。

 『耄老(ぼうろう)の海』のヒロイン佳江は76歳だが、忘れかけた自分の中の「女」を、乞食同然の昔の恋人の心を蘇生させるために燃焼させ、ラストで彼が死亡するや、後を追うべく青い海に入水して果てる。心の「可燃物」を得たときの老いた「おんな」のパワーを、いのちの燃焼を、描きたかった記憶がある。

 宮部みゆき女史は「小説を書くのって楽しいのよ」と喝破したが、素人作家の爺もまた、そこだけは同じである。 

. さらば「相聞歌」

 同人誌の編集長をやっているからと言って、短歌に詳しいわけではない。青春時代に訳も分からず創ったことがある程度だ。ただ、鑑賞するのは好きだったようで、とくに昔の恋の歌「相聞歌」(そうもんか)は、雅(みやび)で、憂いを含み、ある種「じれったさ」のスパイスも効いていてお気に入りだった。
 この部分が唯一活きたのが、伊東市内の作家の著作『身を尽くしてや恋い渡るべき』(文芸社刊)の短評を書いたときだった。
 
『「難波江の葦の刈根の一よゆゑみおつくしてや恋いわたるべき」。難波の入江に生えた葦の刈根(仮寝)の一節(ひとよ=一夜)のように、ほんの短いさなか一夜を共にしたことで、これからずっと身を尽くし(みおつくし=澪標)て、貴方を恋い続けるのでしょうか。括弧内は掛詞(かけことば)、葦、刈根、一節、澪標、渡るが全て難波江の縁語(えんご)である。作者は皇嘉門院別当。本名は薔子(しょうこ)、若年の和歌名は小大進(こだいじん)という。』

 技巧を凝らし女の恋心を言の葉で覆った秀歌だと想う。ただ、個人的にはひねりにひねった感じの相聞歌は、相手の、想い人の、解読力をためしている臭いがして嫌だった。この「あそび」が典雅だというなら、それはそうだろうが、相聞歌が私的な「情け」を交わす手立てであるなら、素直な想いを詠んだ方がいいと思ったのだ。
 
 爺が初めて短歌の力を知ったのは、青春時代の綴り方仲間の先輩女性に起こった「事件」で、だった。怪我をして入院していた彼女のもとを同じ会の仲間が見舞ったそうな。彼は持参した果物をその場で手渡した。彼女がその時のことを短歌にしている。
『バナナの皮くるりと剥(む)いてわたしにくれた彼のしぐさにこだわっている』
 何とこの後、ふたりは結婚をしたのだ。短歌、恐るべし。
 そういえば口語短歌が、とくに若い世代の女性の胸に突き刺さったことがある。
『「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日』
『思い出す君の手君の背君の息脱いだまんまの白い靴下』
 そう、俵万智(たわら・まち)の、衝撃的な登場だ。

 妹(64歳)が子どもたちに置き去りにされたようだと哀しみ、老犬と暮らす寂しさを、「鞘のない本身の刀」で刻んだ短歌を創って来た。散文は苦手で書けないと言う。『岩漿』に数首載せたが、身内読者から「重い」「暗い」との感想を受けて少しく凹んだようだ。爺は書簡の中でこう言っている。『暗さ、重さがダメなら、ほとんどの文芸作品は失格になる』。ある意味では、非日常性や「暗黒面」を露わにして、人間性を探求するのが文芸だからだ。ただ、本身でこられては読者が傷つくし痛い。そうであれば本能的に避けようとする。それを防ぐのが「文の芸」、「技巧」かもしれない。妹にはいろいろな短歌に接することを勧めた。それで十分変われる。第一難しいことが言えるほど爺は、短歌に詳しくはないのだ。

 数日前まで書棚にあった、友人の父君の著作『介護歌集 虹の輪』という本。じつはこれを読ませたくて妹に送った。いわゆる老老介護の、見ようによっては凄惨な日々を心静かに詠み続けている。いまはお2人ともこの世にはいない。繰り言を聞き、食の世話をし、体を拭き、下の世話をする。介護する夫も、される妻もさらに老いて削られていく。1首1首読み重ねていくうちに爺は、「わが身であればどうできるのか」と自らに問いかけるようになった。目頭を熱くしながら…
 何首も味わって初めて見えてくる作者の「顔」や「想い」がある。

 一方で1首だけで突き刺さる短歌もある。個人的な選択で恐縮だが、数種かかげてみたい。
『後(おく)れても後れてもまたきみたちに誓ひしことをわれ忘れめや』 (高杉晋作) 
『戦死せる夫の最期を知れる人あらば尋ね行きたし幾日かかりても』 (相原ゆう)
『益荒男(ますらお)がたばさむ太刀の鞘鳴りに幾とせ耐えてきょうの初霜』 (三島由紀夫) 
『はたらけどはたらけど猶(なお)わが生活(くらし)楽にならざりぢっと手を見る』 (石川啄木) 
『ねがわくは花の下にて春死なんそのきさらぎの望月の頃』 (西行) 


 爺が好む短歌は、「散華」に酔う趣があるかもしれない。




. ブログの「予告編」て何

 「予告編」で、時間が無いため更新できない「言い訳」をしようとしている。
 山梨から戻ってきて、5月12日、14日、15日と勤務、16日は「中学時代の恩師を囲む会」で横浜行き、と続く。手元に溜まっている「ブログ案」を電子文字に変える余裕が無いと言うのが、正直なところ。
 『夕餉の映画館』で観たDVDの「紹介記事」も、アンジェリーナ・ジョリーの初主演作『ボーンコレクター』、今村昌平監督の『カンゾー先生』、トニー・スコット監督の『デジャヴ』、堺雅人・新垣結衣コンビの『リーガルハイ2』 と控えている。さらには、このところ伸びないカテゴリ「文芸」でも『さらば相聞歌』、『小説の中のおんな』は決まっているのに。

 5月17日から、連続してアップしようと決めた。なんのことはない、決意ではなく、先送りの告知にすぎない。
 実は11日に書きだしたのだが、比較的大きな「記念」のブログと知って、すこしためらったのが、そもそもの原因。
 これは大真面目に創らなくてはと考えたのだ。そう、柄にもなく。

 そうしたら急に勤務と予定が迫って来た。
 今夜も目がトロンとしてきたので、そろそろ就寝だ。
 みる夢はきっとまた、追いかけられる物語。
 もう急ぐ必要のない歳なのに、難儀な性格ではある。

 ああ、これが200回記念のブログとは…最初のためらいは何?
 いや、何とも「爺」らしい。
 
 

. まじめ、いいめ、さんざんなめ

 5月8日金曜日は薬が切れたので内科を訪ねジャヌビア(この名前ちょっと神秘的)を処方してもらった。血圧は134-64で「けっこういいじゃん」状態。体重も65キロ。ちなみにご存じBMIは22.75になる。その後ホームセンターで、山梨の兄に頼まれていた赤玉土8袋などを購入。さらに近くのGSに寄って、洗車をしガスを満タンにし、オイルを補給し、空気圧をチェックする。なにしろ2カ月ぶりの高速道路なのだ。しかも20年以上里山に行っていないかみさんが今回は同行する。命が2つ係っているのでまじめにやらざるを得ない。

 翌9日土曜曇り。伊豆箱根の稜線をつなぐ有料道路を経由して御殿場、そして目的地の北杜市むかわ町にある里山へ。
 10名の親族の会合と宿泊は、その隣町白州町にある公営の施設「べるが」で。そこは清流尾白川沿いの森の中にある。施設内には大きな温泉施設もあってかなり寛げる空間だ。
 会食は数時間に及び、話題は四方八方に飛んで跳ねて楽しかった。

 10日日曜、朝食をすませ、それぞれの予定に従って「べるが」を出発。爺の車は、里山に住む兄を送りとどけてから、一路伊豆の伊東へ。通常なら210キロ程度の距離になる。
 中央自動車道の双葉SAのGSでガスを補給。ここからいろいろと起こり始める。
「え、バッテリーがだめ? 危険レベル?」
 確かに、伊東のGSでも「そろそろ換えた方がいいですよ」とは再三言われていた。
「で、いくらなの交換修理」
 返事は2万3千円だった。3年保証とか言っていた。往路費用と宿泊費用など支払った後なので、手持ち残額では少し足りない。万が一の用意はしているはずと、かみさんに言って一時借入れ。修理を待つ間、復路にやや暗雲の予感を得た。

「そんなことないだろう」と、考え直して富士五胡方面へのICで自動車道を離れ、一般道へと降りた。借りたカーナビでその利便性を経験するという目的があったのだ。ところがようやく迷走が進みだした。運転中は老眼鏡をかけられないということも忘れていた。小型の画面の表示内容がよく見えない。車内に響く「ここで左です」「右です」が「嘲笑」に感じさえする。ついに自然林に囲まれた静かすぎる道路に入り込んでしまった。富士山の雄姿もとうに見失っている。悪戦苦闘。爺は自分の中の迷いや不安に苛立った。「何おたおたしてる、バカが」と自嘲して、路肩に止め、心を落ち着かせる。

「よし」とカーナビの電源を抜いた。
「自分の勘で走る。その方がいい」と、ローカルな指示標識をその都度解釈してスピードを上げた。
「俺らしくもない」。なんども腹の中で「言葉」にした。分岐点でも2度と迷わなかった。
そしていつしか交差点。「国道138号」の文字。
「ここからは完全に分る」。右折する際、左方確認でかみさんの顔が見えた。
 心なしかほっとしているように見えた。
 これで山中湖、篭坂峠を経て御殿場だ。
「カーナビ、買うのやめたから。逐一自分で判断する」
「そうだねぇ、便利なんだろうけど機械は機械だから」

 「べるが」発9時。自宅着15時30分。
 この日の帰路で、二人とも「年寄り」なのだと、嬉しくもない確認をした。
 
 

. 「ママごとパパいやプチふりん」

 この妙なタイトルは、募集元がどこだかは忘れたが、爺が25年ほど前にコミックの原作公募に応じた際の作品名である。「ままごと」は昔幼い女の子たちが家庭生活の真似ごと、特に食事風景を真似して遊んだもの。「パパイヤ」は熱帯地方の果物でパパイアとも表記されるもの。「プチふりん」は小さなプリンのつもり。
 つまりママを巻き込んで、パパ嫌いの男の子が悩みながらも成長していく話で、父母の小さな不倫が絡んでいる。

 選考担当者に少しでもインパクトを感じてもらいたくて付けた題名だった。昨今のコミックのストーリーは小説並みで、事実そのままシナリオに転換したりしているが、自作は家族法的な処理なども詳細に入っていて、当時としては異例だったかもしれない。コミックの原作にしては大人向けすぎると、応募してからすぐに「どうせだめだな」と決めつけ、参加したことすら忘れてしまっていた。

 数か月経ったある日、我が家の電話が鳴った。もちろん「家電」だ。しかもジリリリリンと鳴く黒いやつ。
「もしもし、キノウチシュンさんのお宅ですか。○○社の原作小説の公募に作品出していらっしゃいますよね」
「え? いえ違いますが」
「違うんですか、失礼しました」
 ぷつりと切れて、終わった。
 本名の氏(うじ)と馬場駿の名(な)をくっつけて創ったペンネームすら忘れていたのだ。相手の社名も憶えておらず、「コミック」の言葉も無かった。爺は名前の段階で反応して、「出してません」ではなく「違います」と応えている。

 ときどき自嘲しつつ想う。「あれ、入選してたのかもな」と。落ちた人間に個別にかつ電話で、「選外」を知らせるコンクールなどあるまい。
 『チャンスの女神に後ろ髪は無い』。確かに。

. 『水曜歌謡祭』

 5月6日の夕方の2時間、珍しく地上波のテレビ番組に釘づけになった。フジテレビの生放送の音楽番組『水曜歌謡際』がそれだ。なんでも今年の4月15日から毎水曜日に、と始まったとか。

 視聴しての印象を一言で表現したい。「歌謡が本来芸術であることを思い出させてくれた番組」である。
 出演歌手は「生」なのに、錚々(そうそう)たるもので、爺的には、恥ずかしながら初めて聞く名前もあったのだが、「歌唱力」で選び出演交渉をしたのだなとすぐに理解できた。

 歌番組として新鮮に感じたことを羅列してみる。

 ①歌を大事に扱っている。楽曲をきちんと伝えようとしているのだ。
 「歌番組だから当然だ」と思わないでほしい。歌謡特番などで、かつてのヒット曲をビデオ再生しておきながら歌詞の一番も終わらないうちにぶった切ってしまったり、歌に司会者たちの声をかぶせてしまったり、ひどい番組構成に呆れたことが再三再四ある。曲のファイル整理を見せられているだけの番組が多かった。

 ②「実力派」とか「歌うま」とか言われている歌手がほとんど。
 名前こそ知られているが、すでに声もろくに出ず、「元歌手」としか言いようのない人は1人もいない。自分の持ち歌以外まともに歌えないという人も出ない。事実この日は、歌手たちに求められている歌のほとんどが、他の歌手の曲だった。

 ③出演者を2人、3人と「コラボ」させて、あたかも競い合わせるようにして歌わせる企画の凄さ。
 通常思いも及ばない組み合わせで、飛躍し、あるいは突然変異して輝く歌、そして歌手。感嘆しきりだった。1曲ヒットしただけで司会者から「アーチスト」などと持ち上げられる時代に、「本物」が物申す風情だ。

 ④「コラボ」のリハーサル風景まで挟んだ凄味。
 生の本番前のリハーサルの開示は、歌手にとっては辛いはずだ。控室で着替える姿をさらされるに等しいからだ。あえてこれを歌手に納得させて収録し、しかも開示したスタッフの本気度に圧倒される。その本気さに見事応えた歌手たちも立派だと思う。

 ただ、ここまでやると実力のない歌手は出られなくなる。番組は長く続くのだろうかと、心配にはなる。
 反対に、実力のある歌手にとっては、これほど刺激的で魅力のある番組は無いだろう。今回も何人かは、或る種の冒険に挑戦し突破したことを興奮、歓喜していた。また、それがこちらにも十分に伝わってきた。
 本気って素晴らしい!
 …これからも必ず観ようと心に決めている。
 
 
 

. 「パガニーニ」

 案外音楽家の伝記(風)映画が好きなのには、自分自身驚いている。と、言っても、「オタク」ほどでもなく、また、音楽に直接間接に関わっていたわけでもない。少し突き詰めて考えてみると、こうなるのかも。美しいクラシック音楽を「BGM」で聴きながら、天才たちの或る種の「狂気」と「恵まれない愛」とのコントラストが味わえるから?
 かつて観た映画を鑑賞順に記してみよう。『チャイコフスキー』、『アマデウス』、『敬愛なるベートーベン』、『未完成交響楽』、『フランツ・リスト』、『ラフマニノフ』、そして今回の『パガニーニ』となる。他にも演奏家で何作かあったのだが、不思議にこちらは失念している。たぶん中の恋愛が普通だった、つまり、幸せ一杯だったのだろう。
 そう、「成就しない愛」だけが、人(ひと)の心の襞(ひだ)に深く刻まれる。

 『パガニーニ』(バーナード・ローズ監督)の最大の魅力は、主演の俳優デイヴッド・ギャレットが、そのまま超絶技巧のヴァイオリニストだというところにある。これがジェスチャーだけの嘘者だとしたら(テレビドラマはほとんどそうか)映画の魅力は半減したに違いない。彼の演奏をタダ同然で聴視できる作品。もしかしたら、これに尽きる。
 パガニーニは粗野で、女誑(たら)しで、博奕(ばくち)好き、しかもナルシストで、ケチ。放蕩三昧で「無礼で向こう見ずなイタリア人」として描かれている。「感情も欲望もすべて音楽に注ぎ込む」男とも。その人間離れした演奏技巧と作曲の才能ゆえに「悪魔」とさえ呼ばれたようだ(the devil's violinist)。

 その手当たり次第に女を抱くような男が、未成年で「乙女」のシャーロット・ワトソンに心を惹かれる。彼女は音楽を学び、アリアもこなせそうな美声の持ち主だった。パガニーニの才能に惚れ、ロンドンでの成功だけでなく、以後の興業にも関わりたい敏腕マネージャーのウルバーニはこれを「商売の危機」と断じ、策を弄して二人の間を割いてしまう。策士は思ったのだ、純粋な愛はパガニーニを束縛する、相手は尻軽女や娼婦がいいと。
 結局パガニーニの再三の求愛にもシャーロットは、二度と応えずに終わる。
 女の体は数多抱けても、女の心は抱けなかった天才。シャーロットを知るまでは、心など気にもしなかったのに…
 映画は、それはなぜかを語らずに、観る者に「投げつけたままで」フェード・アウトする。
 
 「神」はここでも、パガニーニに「天賦の才」を与えつつ、苦悩と破滅を科している。
 そう理解していいのだろうか。
 

. ツツジと和太鼓

 爺のGWは「飛び石出勤」になった。ふつうなら「飛び石連休」というのだが、目下「週5日が日曜」というカレンダーを使っているので。
 珍しくかみさんが外出しようと提案してきた。希望は伊東市内で催されている「小室山公園つつじ祭り」。
 「35000平米の敷地に40種10万本のツツジ」がほぼ満開だった。空の青、眼下に敷き詰められた彩度、明度の違う赤、赤、赤。彼方に臨む富士の山。まさに絶景だ。
 中腹にある広場にたどり着くと、ちょうど催し物が始まるところだった。
 何と高校の和太鼓部の演奏だった。

 桶胴風の「大太鼓」、低音用の「平太鼓」、5-6台もある曲打ち用の「前打ち太鼓」、全体を引っ張る高音の「締め太鼓」…プロ並みの陣容だった。取り囲む人の輪の中に入り、数曲のすべてを堪能した。
 10人近い奏者が寸分違わず、しかも自信に満ちた音で演じるのは大変なことだ。
 太鼓を打っていない「呼吸」の時間ともいえる「振り」も、音が聞こえてきそうなキレの良さ。この「振り」がきちんと合えば、複数の太鼓の音が、いくら早打ちでも、ずれることはない。
 大太鼓を太撥(ふとばち)で打っている演者の、腰を落とし肩より下に撥を下ろさない姿勢は、きついものだが、彼の背中はそんなことは微塵も感じさせないほどに堂々としていた。
 前打ち太鼓を斜めに設置し地面に腰を下ろして、投げ出した両足で太鼓を挟むような形。これで力いっぱい太鼓を叩くためには、腹筋と背筋を使って上体を浮かせていなくてはならない。そう、その曲目が終わるまで。この辛さはおそらくやったものでなければ分るまい。
 炎天下だ。若い筋肉が汗で光る。距離があるので見えはしないが、おそらく彼らの汗はほとばしり、また飛散しているに違いない。凄い持久力だと、舌を巻いた。
 来てよかった。聴いて良かった。心底そう思った。
 だから、本気で拍手をした。「ありがとう」と。 
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蛙声爺

Author:蛙声爺
文芸同人誌編集をしています。
考えるフクロウが理想。
木内光夫のHPもよろしく。

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