蛙声爺の言葉の楽園

. やっとエイトマン

 やっとWindows8搭載の日本のノートパソコンとまともに向かい合えた。それも数日前のことだ。購入したのが去年の3月だから早1年になる。できなかった理由は山ほどあるが、結局、平たく且つ冷たく言ってしまえば「面倒臭い」からだ。①ホームページビルダーが旧パソコンの中、②XPと全く異なる仕様に困惑、③旧データを新パソコンに移し替えるのが面倒、④解説書を読みながら取り組む時間的余裕がない、などなど。ではなぜ今回踏み切ったか。何を隠そう、旧パソコンが耐えられないほど壊れてしまったからだ。英字打ちとかな打ちが混濁、ネットで頻繁に「開披不能」、メモリ不足、オンオフが病的に遅い。言いつのればきりがないのでやめるが、実際にブレーキとして強烈だったのは③だった。過去何回か助けてもらっているパソコン修理屋さんに思い切ってこれを依頼すると、爺からみれば魔法のような手法で、ほとんどすべてのデータを新パソコンに移してくれた。ソフト自体は無理だったが。これではもう勉強してW8に立ち向かわざるを得ない。プロとは大したものだと思う。
  岩漿22号の編集もあって、懸命に、とにかくワード系の初歩は覚えなければならない。慣れた人から見れば、この決意すら滑稽に見えようが、高齢者とはおおむねこんなものだ。ところが向き合ってみると、いままで劣化していた機器のせいでイライラしていたものが雲散霧消、じつに爽快になった。拡張子.docxの文書を開けないでいたのも解決、.docに変えてメール添付することも操作で可能と、だんだん「良さ」が解ってきた。このブログも書きやすくなっている。
 なによりも今回の変換がプラスだったのは、学ぶ姿勢がもたらした自らの積極性の回復だ。
 パソコン修理の方に、とりあえず、心から感謝。
 

. ワグナーを聴く

 車で1時間20分かかる通勤時間をワグナーのCDで埋めた。一つ一つの曲目のタイトルさえ入っていないクラシックはなんとなくとっつきにくいが(どの音楽のCDも同じか)、今回はしみじみと鑑賞した。雑学的にはワグナーを知っていたものの、最後まできちんと聴いたのは初めてだと思う。4曲しか納められていないのにたっぷりと1時間はあった。そのすべてが、宮廷音楽風だが、吹奏楽と聴きまごうほどに劇的で、淀みがない。それでいて重層的な音、さらに華麗。凄まじいほどの矜持と、曲の各所の奥底に名状しがたい哀しさが漂うのはなぜだろう。帰宅して少しの間彼のことを調べた。恋多き彼は、さぞかし愛の蹉跌も数多くあったろう。青春時代の貧困と借金、さらには亡命と潜伏。長きにわたる音楽界での雌伏。なるほどと、納得がいった。
 前記の「雑学」のなかにさだ・まさしが創った『交響楽(シンフォニー)』がある。『今から思えば あなたがワーグナーの 交響楽を聞き始めたのが 二人の別れゆく 兆しになった なぜならそれから あなたは次第に 飾ることを覚えたから 確かに美しくなったけれど』という歌詞の意味が初めて得心できた。さだ・まさし自身、、クラシックへの造詣が深く、楽器の演奏にも長けているようで、彼でなければこの曲は創れないだろう。また『結婚行進曲』はメンデルスゾーンとワグナーの曲が双璧だが、爺はワグナーの『ローエングリン』のなかの行進曲の方が荘厳さがあって好きだ。そういえば、『ワルキューレの騎行』もワグナーだ。コッポラ監督の映画『地獄の黙示録』で、軍用ヘリの群がベトナムの村を爆撃するシーンで使われていた(もっともロケ地はフィリピンだった由)。当時の映画評でこの曲を使用したこと自体侵略者側の作品である証左というのがあったが、それも妙な話だと首を傾げた記憶がある。と、ここまできて宮崎駿監督のアニメ「崖の上のポニョ」での1シーンを思い出した。ポニョが大好きになった少年宗介を追って、魚の目を持つ波の群の上を疾走するのだが、このときのBGMも胸躍るものでワルキューレを彷彿とさせる。
 ワグナーの女性遍歴はかなり凄いものだったらしい。そもそもアーチストはそういうものなのかとも思うが、同時代の画家グスタフ・クリムトがミディを心で追い続けたのと同様で、最初の女性ミンナが彼にとって「永遠の女(ファム・ファタール)」なのでは、などと勝手に想像をしている。それにしても天才は「神」から並外れた才能を授けられた代償に、本人には解らない何か重いものを背負わされているようだ。愛の彷徨はきっとその一部なのだろう。

. 眠りこけて

 ついに来たかと思うのは爺だけか。十年以上も前に、戯れに創った穴埋めのつぶやき詩。


 「眠りこけて」

  あなたも眠っている
  私も眠っている

  社会も眠っている
  国も眠っている

  動いている「夢遊病者」も実は眠っている

  醒めている誰かが、それを見ている
  はずなのに、結局
  誰も起きていない
  ・・・
   

. 久しぶりの読破

 休みなのに5時起をしてしまった関係で、自由時間がたっぷりになった。昨日、同人誌「岩漿」22号の原稿につき到着分をまとめたので、気分としても爽快だった。朝食後324ページという分厚い本「宮崎駿―続・風の帰る場所」を読み始めた。『ポニョ』『風立ちぬ』から引退宣言に向かうまで、と帯にうたってある。ほとんどがインタビュー記事なのだが、それだけに本人の飾らない部分が前に出ていて興味深く、久しぶりに一気読みをした。完読後、炬燵の板上にコトッと本を置いて、ホーッとため息をついた。遠い昔、石原慎太郎だったと記憶しているが、人間10時間も肉体労働をしたら、そのあとで精神労働なんてまともにできるものではない、という趣旨の一文を見たことがある。そう言われてみれば初期の思想家たちはほとんど貴族階級ではなかったか。それほどの大家でなくとも、いや、そこそこの読書家程度でも、おそらく同様だろう。ふとそんなことを想った。
 世界的なアニメ作家にして映画監督、宮崎翁はまっすぐで、大きくて、やんちゃな「こども」だった。「最後の長編作品」だなんてとんでもない。いつか最期を迎えるその日までずっと、作品と戦っていてほしい。かつて故黒澤明は、この世界で最後まで残っている「独裁者」は映画監督だろうと言った。そうでなければ何百人ものスタッフを鼓舞して企図した通りの芸術作品を創ることなど、できるわけがないのだ。翁もその意味では「暴君」でいいし、また、そうあらねばなるまい。読後感は実に爽やかだった。
 それよりも何よりも、一人でたっぷりと、ゆったりと過ごせた読書の時間が爺としては嬉しかった。
 いったい何か月ぶりなのだろう。

. 有限「会社」ロウジン

 近頃はやりのカタカナの社名だが、もちろん本当の意味の会社ではない。自然人たる個人が、職業人を高齢であるがゆえに退いた後の立ち位置のようなものを文字で表わしてみた。一般的に個人というと卑怯だ。私という「爺」がそれだと言えばすむ。「有限」なのは「責任」ではなく「命=余命」ということになる。働いて収入を得ている間、いわゆる「現役」時代に行っていた諸々の主張・活動を自分の中で始末する手立てとして大いに役立つ考え方かもしれない。換言すれば老後の自分を「みじめ」と感じさせないための知恵、だ。

 自分をひとつの「会社」と見立てれば、営利(生活の安定)のための合法的活動はすべて許される。一般的に知られた「三欠く主義」、つまり『義理欠く、見栄欠く、恥かく』は「経費の節減」として賞賛されよう。肉体労働がなくなった分、高カロリー摂取は不要になったわけで、食材・食事にかける費用は当然減らすことになる。水光熱費削減も美徳に変ずる。こうして、日常的な支出項目を一つ一つ吟味して「有限会社老人」の収支は健全化するというわけだ。あらゆる消費行動はあたらしい視点で要不要の判断をすることになる。いかがだろうか。

 こんな面倒な解説はいいとして、実際の行動でこの考え方を実行している高齢者を、爺は知っている。当初は正直なところ「なにもそこまで」と思っていた。彼女は言う。「人様に迷惑をかけないで生きていくためにはこうするしかない」と。いまは爺、自らの誇りを失わないための彼女の信念に、ただただ敬服している。真の意味でのプライドは、他者の皮相的な毀誉褒貶とは無縁のものだと思うからだ。
 

. 恋(戀)の不思議

 連休があったのに諸々の雑事に追われ、「ブログ」と向かい合えないうちに最終日になってしまった。車の中で用意した案のどれにしようかと迷っていたが、またまた漢字の『妄想』に決めた。
 布施明の歌に「恋というものは不思議なものなんだ」という出だしの曲がある。爺はこれを「恋という漢字は不思議なものなんだ」と変えてみたくなった。少々面倒にお付き合い願いたい。
「恋」の本来の漢字はタイトルのカッコの中に示したように糸と糸の間に言葉を意味する「言」を鋏み下に「心」を付けて表記する。心を除いた上の部分を「れん」と音読みするが、その意は「牽(ひ)く」だ。つまり「心」を「牽く」で恋になる。要するに新字体の「恋」はいわゆる俗字なのだ。では新字体の方に「意味」は無いのか。これが爺のこだわりの始まりだった。それは、心に載っている「亦」は何かということに尽きる。ここらあたり、オタクっぽいが、ご容赦ありたい。漢和中辞典をどっかと机上に置いて調べた結果、「亦」には「すべて」「また」「・・もまた」「わき」の意味が隠されていた。爺はうーんと唸った。自分の心を相手が「すべて」覆い尽くして、「ただ」ひたすら相手の心を欲し、肉体だけでなく心「もまた」通わせたいと念じる。さらにはいつも自分の「わき」に居て欲しいとも願う。もちろん下「心」はお互いにある。蛇足ながら、誤解の無いように注釈すれば「恋」の部首は「心」だが「したごころ」ではない。したごころはりっしんべんと並んで「心」の仲間なのだが、慕うなどのように心が崩れて下に付いている。
 とにかく「亦」の字は「恋」の部品としては優れものといえる。テキトーに俗字に使われては居ないのだった。
 ところで、糸と糸との間に言といえば年配の方はご存知かと思う。連想されるのは「糸電話」だ。筒と筒の間を糸で結んで、話すと聞くを交互に繰り返して会話を交わす遊びだ。同時に話す、同時に聞くということができないことで、会話というもののルールが自然に身につく効果が期待できた。きっと恋する二人の間でもこのことは重要なのではないだろうか。心をベースに置いた糸電話なら尚更に。
 最後に頼朝と八重姫の音無しの森での「糸電話」? のお話をどうぞ。

音無の森の糸でんわ

. 小説って何?

少し体調が回復したのでと、溜まっていたあれやこれやをやり始めたところ、それを見透かしたように文芸系の「ねばならぬ」が押し寄せてきた。同人誌『岩漿』の22号の原稿が集りだし、特にニーチェの論文が活字になって戻ってきたことで、追われだした感がある。そこへ九州在住の同人誌作家、というより純文学作家ともいうべきY.H氏の作品を受贈した。読みたいという衝動が走る。さらに手元にはアニメ監督宮崎駿のロングインタビュー本があり読み始めている。この本がなんと324ページという「つわもの」なのだ。そうそう文藝春秋「日本の軍師100人」というスペシャルも控えている。ご明察の通り、爺が太田道灌の次に気に入っている黒田官兵衛が載っているのだ。これも必読だ。
 「うーん」と順番を決めかねていたそのとき、なぜか唐突に「ところで小説って何」と疑問が再燃してきた。受贈本というところで「そういえば」と目覚めたのだ。・・・「自分の小説歴は人からの受贈本の歴史」そう気付いたのだ。
 爺の最初の鑑賞は志賀直哉の『城之崎にて』だったが、これは教科書。この短編の技を全く理解できずに「小説ってつまんないな」と怖ろしくも斬って捨てている。次が石坂洋次郎の『若い人』、これは爺の中学生時代の国語の先生が特別に薦めてくれたもの。爺の作文能力を初めて評価してくれた恩師だ。長じて映画『光る海』や『陽のあたる坂道』でこの作家が著名な人だと知った。当時の若い男女の交際のバイブルだったらしい。世相が変わり性風俗が激変してくると当然バイブルの質も変わった。次いではっきりと小説とは面白いものだと思わせてくれた作品群が登場する。これらは爺の長兄の本だった。松本清張の『点と線』『ゼロの焦点』等々。特色はほとんどラブシーンがないこと。青年の入り口に入った爺の興味などそんなところだ。中年を過ぎて遅ればせながらこの社会派の作家を尊敬するようになった。「遅い!」って、分ってますって。すみません。司法試験の絡みで石川達三の『青春の蹉跌』。こういうのも、小説なんだと、考え込んでしまったのを憶えている。この本は友人が貸してくれた。このあとで借りた本は衝撃的だった。高橋和巳『 悲の器』など数作品、確か当時は京大の助教授ではなかったか。作家高橋たか子の夫君で、憑かれたように著作を重ねたあと、若くして逝去している。びっくりしたのはその文体もだが、小説を尻から、つまりエピローグから書き始めることが出来るということだった。ものの本で読んで、仰天したものだ。どういう作品を『小説』と呼ぶのか。このころではないかと思う、全然解からなくなった。その思いは司馬遼太郎『竜馬がゆく』で頂点に達する。たとえば『ここで長州について語る』と言った具合にして論文のように解説を始めるのだ。しかし嫌ではなく、むしろ大のつくファンになっている。時代物といえば山岡荘八『徳川家康』が特筆に価する。一体が新聞の連載小説なのだが、全部で26巻あった。爺はなんとこれを全編3回も読んでいる。当時経営者・管理者必読の書といわれたが、ちなみに爺はアルバイトで食っていた。強烈な印象は、その時代のその場に居たような臨場感のある台詞にあった。悪く言えば「見てきたような嘘を言い」なのだが、これが小説というものなのかと、妙に感じ入ったものだった。それにしても何んともビギナー過ぎる爺ではないか。記しているだけでも恥ずかしい履歴だ。最後は大分歳がいってからの開高健『夏の闇』、ショックに近かった。ひたすら喰らい、眠り、交わる。最後の1頁の記述で、それまでの自堕落な日々を必然的な、そして貴い人間の日々にしてしまう素晴しさ。読んだあとの一夜は、興奮して眠れなかったのを覚えている。 

. 老いの自覚

 古人曰く「麒麟(きりん)も老いれば駑馬(どば)に等しい」と。ましてや「沈香(じんこう)も焚(た)かず屁(へ)もひらず」で平々凡々な爺においておや、なのだが、此処へ来て1年で3年分老いたような気がする。ごく最近まで職場で、誰が最初に言ったかは知らないが『スーパー老人』と称されていたはずの自分が。いまや「超」ではなく「スーパーマーケット」うろうろの意味での『スーパー』に成り下がっているかもしれない。髪はまだ黒いもののボリュームが極端に落ちた。「目は霞、耳に蝉なき歯(葉)は落ちて髪に霜降る齢かな」。春夏秋冬になぞらえた詩的な老人像。それさえも自らへの嘲笑に思えてくる。目は老眼に霞み目も加わった。耳は長年の機械設備の騒音に因り難聴が出てきた。「ほらこの悪臭、気が付きませんか」と言われて真っ白になった。嗅覚も老いていると。糖尿予備軍を節制を尽くして「退役」したはずが、過労で「再入隊」。ついには高血圧につかまり降圧剤を処方される始末。数え年67にしてついに普通の老人の仲間に入れた、ということか。少々ものうい新年にはなった。
 こう書くと読んでいるほうも気持ちが重くなりがちだが、文芸ならこうなるという爺の古い一文を掲げる。

 
忍び寄るのは何の気配

 どんなに深刻な事態でも、笑い飛ばして文章に昇華させ読む人の微笑を誘える。それくらいの強さがなくては書き手にはなれまい。そういう一文が創っている本人をも勇気付けるのだ。そう思う。
 昔、こんな話を聞いた覚えがある。目が良く見えなくなるのは細かなことを気にしなくてもいいように。耳が遠くなるのは人の悪口や諸々の「雑音」に無縁でいられるように。鼻が利かなくなるのは世間の腐りきったあれこれの悪臭に悩まされないように。頭がどんどん退化していくのは肉体の衰退に合わせていけるように。老化した肉体に鮮明な頭脳はむしろ自他共に悩ましかろう。惚けていない頭のまま排泄の介護をされたらと、それだけを想像しても怖ろしい。全てはこれ、自然に備わった知恵だ、と。
 標語にもある。「子供を叱るな来た道じゃ。年寄りを笑うな行く道じゃ」
 そしてついには万人に来るお迎え。
「人間はずっと死なないんですって。死ぬ死ぬって思っているときはまだ生きているんだし、本当に死んだら、自分じゃ何にも分らないんだから」(「愛と死」から)「大なる悲観は大なる楽観に通ず」か。
 サッシ戸から鬱陶しいほど低い、真っ黒な雨雲を見ていたら、柄にも無く物思いにふけってしまった。 

. ひとりのデイト

 女が強くなった。仕事で出世もできる。その反面ストレスも、その発散も男並みに。一昔も二昔も前、女が独りで居酒屋なんて、女が一人で立ち食い蕎麦なんか、女がひとりで旅館に泊まるなんて等々と、男尊女卑思想の男や姑が騒いだのがまるで嘘のように今は跋扈跳梁(ばっこちょうりょう。なんと失礼な)。それでも世の男たちは昔風の「女」への郷愁が断ち切れないのかも。大昔に雑誌で読んでメモしておいた一文を意味も無く掲げる。出典は残念ながら不明だ。
『真夜中に女が淋しそうにしている。その原因は二つ、指輪をなくしたのか、孤独か、きっとどちらかだって、ママが言ってた。エメラルドグリーンの、リキュール・エンド・ソーダを頼んであげるから、スパークリングな笑顔を見せてごらん。この店では誰も、ブルースなんて歌わないんだ』
 心が空き家になったとき、ひとは思い出をそこに住まわせて、ひと時の甘味に酔う。甘さで隠したはずの苦味が直後に、無慈悲に襲ってくると知りながら。これを砂糖菓子のように(これ開高健の形容を拝借)詩で創るなら、主人公はやはり女だろう。


 「ひとりのデイト」

 もしかしたら 遇えるかも
 そう思ったらそわそわと
 紅など染めて行きました
 いつもあなたと会った店
 いつもすわった 隅のほう・・・
 ライムの香りが思い出を
 左の方から連れてくる
 カラッと 氷の目覚ましで
 誰も居ないと知りました

 メヌエット 確か あなたは好きだった
 お願いできる? と、聞いたわ、いつも
 奏でる指の向こうから
 寂しさだけが優しげに
 そおっと肩に触れてった
 涙をためて カーディガン・・・
 これも あなたは好きだった

 レヂまで耐えて、ドアの外
 一度にあふれる恥ずかしさ
 忘れるために思い出す
 そんな感じの きょうでした

 街を歩けば、人ばかり
 行きかうだけの人ばかり
 ショルダー片手に縫うように
 ただ歩いたの その中を
 あなたの香りがもしかして
 すれ違うかもと 考えて 
 
 

. 温まればいい

 「55.1.20.即興」と末尾に記されている。いまから34年ほど前になる。当時の作詞集団というか、よく分らないが気になるポエムを創っていた「キャベッジグループ」という「作者」に影響されて、ほやほやの「もえポエム」のようなものを創って遊んでいた時期がある。「受験」のため独り山にこもったりして、愛にも恋にも縁遠かった頃と記憶している。とにかく無性に「温かさ」が欲しかった。それを男言葉で表現すれば、惨めで女々しい。いまのように「女々しくて」がヒットするような世相ではなかったのだ。この詩の中の「あなた」はたぶん「私」だ。いま読み返してみて、そう思う。

「温まればいい」

 寒い日に
 暖かそうな焚き火を見たら
 寄って行って温まればいい
 誰が初めに火をつけたのか
 現在(いま)誰のために燃えているのか
 それを炎に問うことなく
 ただ、あなたは
 傍に行って、温まればいい
  

. のだめ、じゃだぁーめ?

 年末年始の仕事疲れを癒すために終日ゴロゴロしていた昨日。数年前に大ヒットしたTVドラマ「のだめカンタービレ」をDVDで楽しんだ。じつは爺、これが4度目の1クール分全部鑑賞となる。かみさんに言わせると『はまりすぎ』ということになる。もうストーリーが分っているのに、というのが呆れる理由らしい。黒澤明の映画『赤ひげ』を10回、『七人の侍』を8回鑑賞し、TVドラマ『ストロベリーナイト』を全2回、『ガリレオ』も同様の爺にとって、筋が分っているからもう観ない、はありえない。観る視点を変えて味わうからだ。それに費やされる時間、きゃりーばみゅぱみゅ君風に言わせれば『もったいない』ということか。「のだめ」を見ていると青春時代の自分の「苦しみ」「哀しみ」がオーバーラップしてきて切なくなる。もっとも彼女のような天才的なものは何もなく、反対に彼女とは違ってゴミは片付けられるほうだと思うのだが。見ていると不思議に老いた心が更新していくのを感じるのだ。
 ここで『岩漿20号』で埋め草用にしたためた一文をご紹介しよう。
『「のだめカンタービレ」をご存知? 二ノ宮知子の原作のクラシックをテーマにした連載漫画で、のちTVで11回の連ドラ、2回のスペシャルで放映、さらには前後2部作の『最終章』として映画化された。筆者は主演の上野樹里と玉木宏に大いにはまり、それらの全編を数回に亘って鑑賞している。繋がりにくいと思われるコミックとクラシック音楽の両ファンを握手させた名作だが、この作品、教職課程の教材にして欲しいとつくづく思う。優等生千秋真一と一見駄目人間の天才野田恵を、ある種の自己犠牲を厭わずに本気で見守る複数の「教師」、桃が丘音大の江藤・谷岡の両教官、世界的識者のシュトレーゼマン、コンセルヴァトワールのオクレール教授が見事なのだ。共通点がある。学生や弟子に媚びず、好かれようなどとは微塵も思わず、ひたすら才能を開花させるべく、皮相的には「悪者」や駄目人間になってでも、「教え育てる」教育ではなく、千秋とのだめの中に在る良さを「引き出す」黒子に徹するのだ。教え子に学び自らも変化し成長していく。』
 ところでこの作品、爺とかみさんは妙な順番で観賞することになった。きっかけは元大学教授のG氏がブログの中で劇場公開された「最終章・前編」を絶賛していたこと。先生がそれほどおっしゃるならと、小田原のムービルに出かけたのが始まりで、次がTVのスペシャル「ヨーロッパ編」の1と2、それから1クールの1に行って11回まで。そして仕上げがロードショーで「最終章・後編」となる。こうなると、正規の順番で通して観たいというのが人情というもの。これですでに2回となるわけだ。かみさんが以降、鑑賞に付き合わなくなったのは言うまでもない。
 指揮者志望の千秋にはのだめを知る前からの恋人がいた。声楽を学び容姿端麗のその彼女に千秋は、落ち込んでいた一時期に面罵されて捨てられる。のちに栄光の兆しがみえた千秋に復縁を迫る彼女。しかしもう千秋の心の中にはのだめがシッカリと巣を作っていた。あきらめた彼女は言う。「私は彼に振り向いてもらおうとしていた。でもあの子は自分を高め彼と肩を並べようとして努力をしている」。どちらが勝ちかは自明の理だった。
 ただこの歳になって爺は思う。青春時代はそうかもしれない。しかし人生は長い。高い位置で先を歩いていた相手が、何かあって自分のところまで墜ちてくることだってある。そういうときに気丈に支えるのも愛情だろうと。競って高めていくだけが理想の男女間とは言い切れまい、と。
 かくて、のだめ役の上野樹里は爺の中で、お気に入りの女優さんになった。
 
. プロフィール

蛙声爺

Author:蛙声爺
文芸同人誌編集をしています。
考えるフクロウが理想。
木内光夫のHPもよろしく。

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