蛙声爺の言葉の楽園

. 「ねばならない」を捨てねばならない


 産まれねば育たねばで来て、物心ついてすぐに生まれ落ちた家の環境を知り、
 学ばねば、成績を上げねば、合格せねば、卒業せねば、職に就かねば、貯めねば、結婚せねば、産まねば、育てねば、尽くさねばで、「ねばならない」の息詰まる闇の連鎖にはまり、
 いつの間にか老いて、退かねば、断たねば、捨てねば、離れねば、癒さねば、治さねばと己を責め続け、
 終には、なんとしても生きねばに落ち着く。
 そしてあるときフッと気づく…ほんとうにこれが「人生のすべて」なのかと。
 さらに歳月を経て確信する。
 「ねばならない」を捨てねばならないと。
 「ありのまま」は、「あるべき」よりもしたたかなはずだと。
 そう、「自分自身」という究極の美のためにも。
 


       金魚

       金魚の目なんて気にしないで、ときどきギョと思わせながら。生かされているのだから


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. メディアに出まくる顔に、ちょっとだけ辛口と甘口


 自分の記事を振り返ってみると、いわゆる「名指し」はほとんどしていない。そのために旗幟鮮明にならず訴える内容が薄まることがある。もともと「名指しの非難」が好きでないこともあるが、名前を出したとたんに主張の範囲が狭まるだけでなく感情的な反論を誘発してしまうのでそうしている。
 今回の記事はそういう世界とは無縁だと思うので、というか皆さん有名な方なので、「平気で」出すことにした。
 「では、『つまらぬ者の言う言葉』という『蛙声』の名に恥じぬ勘違いな妄言に移ります」

 まずは失礼ながら見飽きるほどにテレビに露出したお顔から。まあ、スイッチを切れば済む話なのだが(^^♪

 ①小池百合子都知事。立候補前、選挙中、当選後もずっと、なのでダントツかもしれない。この人の顔を視ない日はなかったような気がする。久しぶりに登場した「カリスマ」、しかも女性。男たちの出世欲と保身欲を操り、劇場型の政治展開で大衆の心を鷲掴みしてしまった御仁である。本来軍師的な人だと思うので、軍師は軍師を持ちにくい点が心配だが、タフな心臓をお持ちの様子なので首都東京の行方が楽しみでもある。どんな要人に対しても堂々としているところも加点材料か。

 ②トランプ米国大統領。あの大きな顔と態度を冬の間ずっと視てきたのでトランプではなくトラウマになりそう。「ミス」しまくりの発言もじつは手の内を見せない理性的な戦略なのかも。名前からくるのか外交での博打(バクチ)も多そう。ハート(身内愛)とダイヤ(資産)が目立ってもいる。混乱し膠着している世界を突然かき回して各国の本音を引き出し結果的に好結果が得られるということになると、この人は国際的な「トリックスター」と言えるだろう。頭目の彼がまず衝撃を与え、理性的な頭脳集団がこれをまとめるというパターンが常態化すれば案外凄い大統領になるのかも。顔は見たくないけれど目は離せない。

 ③朴槿恵韓国大統領。 大変申し訳ないがマスメディアに長期にわたり朝・昼・晩と頻出して、本当に参った。マスコミ自身がこれを異常だと思っていないことが不思議な日々。ブロガーの方も記事で「ここは日本です、私は日本のニュースが視たいのです」と呆れていた。動画として出てきても静止画像のようにみえる無表情な顔。若いころの回想動画では笑顔も出ているのに。この人の心の暗部は大統領になっても消えなかったようだ。

 ④蓮舫民進党党主。上位お3方ほどではないが、強烈な印象があるのでランクアップさせてもらった。支持者の方には申し訳ないが、この人が画面に出てくると他局に移るかスイッチを切る。視ているのが辛い。「嘘」の闇の中で勘違いのスター気取り。国会の代表質問も「言行不一致」となるので聴くに笑止だし党としての減点材料にもなる。政府与党を攻める質問はほかの党員に譲った方が無難だと思う。最近接した報道では党が2分されるとか。彼女はどう想うのだろう、「三省」は中国の『論語』の学而編にあったと記憶しているのだが。この人、与党が国会の場で筆頭野党党首の「暗部」を取り上げないのは来る衆議院議員選挙の選挙戦略なのだとなぜ気づかないのだろう。

 少し暗くて「生意気」な文言が続いたので、「お口直し」を試みたい。
 上の文とは反対に、毎日毎晩テレビに出てきても構わない人の姿と顔のアップ。大谷翔平投手と女優新垣結衣。どちらも若くて長身、手足も長い、つまり「かっこいい」。何よりも笑顔が素晴らしい。あくまでも推測だが性格も良さそう。
 次がもう少し積極的に、もっとメディアに顔出しして欲しい人。汗をかくプロの政治家小泉進次郎、プロダクションに報復されながらも新しい道を切り拓く「あまちゃん」こと能年玲奈。金で動かないプライドを胸に秘める松井秀喜。
 最後にあの世から還ってきて、メディアに顔を出して欲しい人。コッポラ、スピルバーグ、ルーカス、スコセッシ、イーストウッドなど世界中の映画作家に影響を与えた巨匠黒澤明、敗戦後日米間の力の格差が著しい中でアメリカとのタフな交渉をこなした名宰相吉田茂。特にいまは邦画界も政界も「巨匠」が必要だからだ。


 ピントを合わせるのは大きくではなく小さく咲いている花の方だということ。「そんなものかも」

      ツバキ
       *伊東つばき園にて*


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. 先の先を見つめる人たちの素晴らしさに想う


 『若者がいかに元気かが、その社会の未来を決めると思う』
 2016年のノーベル生理学・医学賞を単独で受賞した東京工業大学の大隅良典栄誉教授(以下教授と記す)が、新たに「大隅良典記念基金」を発足させるという報道で語った言葉だ。教授が受賞賞金の1億円を寄付し、これに一般から募った寄付を加えて、来年度から同大学に入学する学生を対象に奨学金を付与するという。もちろん『優秀で経済的支援が必要な学生』に限られるが。
 カメラの前で淡々として趣旨を述べられる教授の顔は、達人とはこういう雰囲気なのだと思わせた。驕りも気負いもなく「当然のことをしたまでです」というような・・・。
 私は老いた涙腺が決壊しそうな想いでそれを視ていた。

 前年2015年のノーベル生理学・医学賞を受賞した北里大学の大村智特別栄誉教授も同様の感覚を持っている方だと思う。40年間に私財で集めた美術品を収めた美術館を韮崎市にそっくり寄贈している。教授は言う『優れた美術品というものは、本来は個人で楽しむものではなく、人類全ての共有財産だと思う』 と。
 ほんとうになんという人たちなのだろう。一流の人の目は、今の先の、さらに先を見つめているとしか思えない。

 勝手に思い込んでのことだが、この姿勢の源にあるのは「私(わたくし)と公(おおやけ)」の因果・峻別なのではないか。【今ある自分の地位・栄誉は「人様=公」によって与えられ支えられているもの。だから当然最終的には「人様」に還元すべきもの】という発想なのではないかと。自分以外の人たちの力という「公」→自分個人としての「私」→より大きな「公」→自分以外の人が享受する「私」、という流れというか循環がそこに生じる。このように想像して初めて、達人たちの想いを理解できるのかもしれない。

 学者だけではない。松下電器産業(現パナソニック) 創業者の松下幸之助氏は、1979年私財約70億円を投じて「松下政経塾」を開設したが、これは政治・経済の将来の指導者を養成する目的に出ていて、自社や自分のためのものではなかった。また『繁栄をとおして平和と幸福を(PHP)』も同氏の考え方である。
  
 こういう先の先を見る発想は明治維新からずっと生き続けているのかもしれない。
 国家の須要を涵養するための旧帝国大学に対するものとしての私学の創立に動いた人たちもまた『国家100年の計』を見つめていたのではないだろうか。そんな気がする。
 次に単純化して一部列挙してみるが、最初は皆一介の「私塾」と変わらない形なのに驚かされる。尚、大学名の前にあるのは当初の名称。
 福沢諭吉(慶應義塾大学)・大隈重信(早稲田大学)・山田顕義(國學院→國學院大學/日本法律学校→日本大学)・品川弥二郎(獨協学園→獨協大学)・新島襄(同志社英学校→同志社大学)・中川小十郎(京教法政学校→立命館大学)、なお少し特殊な出発をしたのが中央大学で前身たる英吉利法律学校は18人の法律家によって創立されている。ちなみに山田顕義と品川弥二郎は吉田松陰の松下村塾の塾生で、わけても山田は大日本帝国憲法告文に名を連ねる我が国初の司法大臣である。

 現代の各種議員の先生方、もしかしたら「公→→?」で終わっている人、多くないですか。
 以上全文につき妄言多謝。


 蠟梅(ろうばい)を「老梅」や「狼狽」と受け取る齢(弱い)かな?

     蠟梅
      *松川湖梅園にて*


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. 汝は「老人」か。識者の至言とちょこっと私見


 今朝のニュースで84歳になる五木寛之が名作『青春の門』の続編を週刊誌に連載し始めることを知った。23年ぶりだそうな。TV画像で視る彼の顔は何とも若々しい。健康に自信がなければ連載は企図しないだろうから、驚嘆というほかはない。
 ということで、今回は「老い」に絡む識者の至言を集めて、蛇足そのままの私見を貼り付けてみた。引用順序に工夫はない(^^♪

 この頃人付き合いもしないし家族の相談事にも「親身じゃないみたい」と評されているあなたに。
 『ちょっとした思いやりにすら、人間には、地位や余裕や体力が必要なのだ』(『悲の器』高橋和巳)
 まして老いたこの身ではと付加できる。

 テレビに映る観光地での出会いを懐かしがられ「なに忘れちゃったの」と古女房に責められたあなたは想う。
 『忘却作用は、好ましくない経験の部分から起こる』

 隣家の奥さんに「お若いですね、うちのやつと同じでしたよね、段違い」などとお世辞を言って、そっぽを向かれた高齢のあなたは「あ」と口をふさぐに違いない。
 『女性の年齢は必ず意識し、そしてそのままには決して口走るな』(『ジャーナリズム入門』扇谷正造)

 うっかり乗って1人しゃべっていて、相手が硬直しているのに気づいたときは思い出してほしい。
 『弁解し出したら中年であり、自慢で他人の口を抑えたら老人だ』

 おべっかとも知らず、会合で老婦人のこの言葉にやに下がったあとで、今は男女が逆だと応えるべし「とくにあなたは」と付け加えることも忘れずに。
 『男は年をとると魅力的になるのに女はバアさんになる。不公平だわ』(ディー・ウォーレス)

 「その年で勉強って頭大丈夫?」などと罵られようものなら、すっと背筋を伸ばしてかっこよく老妻に言おう。
 『男の夢は齢(とし)をとらない』(大昔のヤマハのキャッチコピー)
 ただし噴き出されるのは覚悟で・・・。 いや、そうなったら、慌てず騒がずこれをお経のようにつぶやこう。
 『少にして学べば則(すなわ)ち壮にして為すことあり。壮にして学べば則ち老にして衰えず。老いて学べば則ち死して朽ちず』(言志晩録) 正直、死んだらおしまいだけれども。  

 若い時のことをあれこれ精確に思い出せることを相手に自慢されたら、心の中でいいからきっちりと反論しよう。
 『年をとってから、若い時のことを想い出して、それだけ幸福になれるとは限らないと思うよ。想い出さない方が幸福な若い時だってある。それから逃れて漸く老いてきたって言うのに』(『されど我らが日々』柴田翔)
 これが一番「痛い」かな。

 今回のおしまい近くになって「老い」にエールを。
 『人間一生、誠にわずかの事なり。好いたことをして暮らすべきなり。夢の間の世の中に、好かぬ事ばかりして苦を見て暮らすは愚なることなり』(山本常朝)
 その通りだけど問題は先立つものの有る無しだ。

 日常的に迫られていることだ、老人は。怒っても仕方ないけれど。
 『孤独、ひとりぼっち、その中での決断――それができたら一人前』(扇谷正造)
 いまさら「1人前」と言われてもねぇ。


 雲(苦も)あり、落葉(楽よう)樹あり。ブルーな日は空使って活きよう。

    雲 
      *小室山公園にて*


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. 「寒中見舞い」で思い出した或る後悔


 「七草」が過ぎた今日、このあとで昨年暮れに年賀欠礼状を頂戴した方に「寒中お見舞い」を投函しに出かける。「こういうものはちゃんとしておこう」と。

 実は見舞いの葉書に宛名を書いているときに改めて後悔が芽吹いたのだ。
 昨年の11月25日が同人仲間だったS氏の3回忌になるのだが、川崎市に住んでおられる奥様に書状をしたためながら、迷ったあげく投函しなかったことがフッと思いだされたのだ。亡くなった後に発行した同人誌に追悼文を書いたのは当時編集長だった私だ。その「号」をお送りした後で丁寧なお便りをいただいた。S氏の人間性に触れる素晴らしい「数葉の便箋」に心を揺すぶられている。
 今回悩んだのは「夫君の死後、もう同人誌との関係を奥様が望んでいないのではないか」ということだった。しかも私はその11月に同人誌の会を「退会」している。つまり「会の編集長と今は亡き元会員」という繋がりも切れているのに代表ぶっていいのか、ということだった。結果は「形式」にこだわったことになる。そう、本音としては「心の問題」なのに・・・。
 
 『追悼文』は確かに、二人の間の「心」を意識して書いた。書状は、受け取る側の感じ方如何とは別の、何か意義があったのではないか。読み返してみてそう想う。後悔はそこにつながっている。

 『追悼 S先生
 平成二十六年十一月三十日の消印で、一通の年賀欠礼状が拙宅に届いた。差出人は奥様で『去る十一月二十五日に夫Sが六十七歳にて永眠しました。故人の遺志もありまして葬儀は家族のみにて執り行いました』とあった。
 先生と私が全く同じ年齢だったことを初めて知った。読み終えた直後、残念の極みと目を瞑った。
 「あまりにも早すぎる」
 そのときちょうど傍らに妻がいて、少しばかり劇的な先生との「出会い」について話をしている。平成十九年のこと、岩漿事務局でもあった拙宅に電話が入り、私が帰宅前だったので妻が伝言を受け取った。入会希望の方かと連絡をとったのが始まりだった。同年二月十四日発行の『岩漿十五号』に私は、幻想的な愛の短編『戯れる木霊』を載せていたのだが、これをご覧になった先生が、なんと私の「精神状態」を心配してくださり連絡を取られた由。先生の「普通の人だったんですね」の一言に、電話線で隔てられた二人が、同時に笑い出したのを憶えている。その後、ご夫婦で伊東に来られたついでに拙宅のある建物の駐車場に入られた折、またも留守だった私に代わって妻がお会いしている。会合の折に「奥さんも普通の方でした」と笑顔。よほど『戯れる木霊』に「異常」を感じられたようだ。(中略)
 読書家で、書き手でもあると私はすぐに解ったが、先生はとうとう「読み手会員」のまま逝去された。内面に相当深いものを持っていらしたと思っている。
 何年か経って一通のお便りを戴いた。南アルプスの富士山側の山麓で、いろいろな本を再読して新しい発見を続けている、一度お訪ねくださいという内容だった。「晴耕雨読」ならぬ「晴読雨読」の毎日だったらしい。兄が丁度山梨在住なのだから、すぐにお訪ねすればよかったと、後悔が芽吹いている。先生の笑顔を思い出しながら、ご冥福を祈りたい』(平成27年3月『岩漿23号』)

 どうやら私は人間関係において、いつも「形」と「心」で迷っているようだ。
 若いころはもう少し違っていたような気がするのだが。
 これも老いがもたらす「ためらい」なのかどうか。
 


  冬の桜が遠くのワシントンヤシに対抗心。「背丈がなんだ、春のわたしは凄いんだから」

       対抗心
        *松川遊歩道から市街を望む*


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蛙声爺

Author:蛙声爺
文芸同人誌編集をしています。
考えるフクロウが理想。
木内光夫のHPもよろしく。

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