蛙声爺の言葉の楽園

. 何となく体調悪いです


      ほんとに「夜明け」なのかな

     夜明け



      真実は見ないほうがいいのかも

      まだ「夜明け」とは言えない



      むしろ暮れているような

     夜明け3


      それって「老人」の終わらない日々のこと?


     『自己を俎上にのせるほど壮絶なことはない』 (丹羽文雄)



    

. すませました特定健診、健康は貯金と同じ


 6月1日から受診可能になった2018年度の特定健康診査に行ってきました。といっても、検査項目のほとんどが採尿、採血した検体の専門的な分析結果にかかるものなので、そのほかの血圧やメタボ判定のための測定が済めば早々と終わっています。私の場合、毎月の投薬を受けるための診察が別途加わりますので、それなりの所要時間になりましたが。
 特定健診の結果は1週間経過後に病院で確かめることが出来ます。

 実は私、数年前まではほとんど受けませんでした。受診しなければ市の負担をそれだけ減らせると考えていたのです。食後高血糖で通院していたことも理由の一つです。ところが市の実施率が一定の率を超えないと国からの助成金が減り、国保や市民に不利益が生じると判ったのです。「常習的に受診しない者」を啓蒙すべく訪問指導をしていた人に諭されて分かりました。因みに市国保の目標受診率は52%だそうです。「協力」出来て幸いでした。

 地方公共団体によって区々なのでしょうが、私の住む市では、男性である私に向けられた受診の奨めは、「検診」と名の付く主だったものでも以下のようになります。「胃がん」「肺がん」「大腸がん」「前立腺がん」「歯科」、さらに「健康診断」カテゴリに入る今回の「特定健康診査」、これとは別に「人間ドック」「脳ドック」などがあります。
 ここには「治療」から「予防」へと行政の目が広がったという流れがあるようです。罹患してから長期治療になるよりも予防する方が保険財政上の負担が軽いからです。市民としては「有難い」ことではあります。
 配布された広報には「健康マイレージ」の案内まであって、これにはさすがに市の真剣度が伝わってきたものです。

 いいと分かっていても受け損なう案内があります。例えば今年の3月末に私の生年月日に対応する助成金が終了した「肺炎球菌予防接種」がそれでした。病院の廊下に貼り出されていた2018年度の案内を見て知った次第です。もっとも、助成金の対象ではないのですが、自己負担で任意の予防接種は受けられるようです。
 ご存知のように肺炎は①がん②心臓病に次いで③位の死因ですが、その肺炎での死亡者の95%が65歳以上とのことです。私は71ですから、年齢的に罹患は「やばい」です。後悔先に立たず、ですが。

 それにしても健康は安上がりです。また、老後の備えとしての「貯金」と同じです。
 この2日間、身に染みてそう思いました。



    公園の亀



. こわごわなめたサイコロ状のぶどう糖


 のっけから告白しますが、私71歳になったばかりの爺です。しかも食後高血糖症状ありで、つまり糖尿病を患っています。と言ってもヘモグロビンA1c7.0から7.2程度なのですが、消化器官からの糖の吸収を平均化する薬を服用しなければ、かなりのペースで数値は上がってしまいますから要注意です。
 自分でも「変な人だ」と思うことがあるんですが、薬の効果を確認する癖があります。実は上記の数値6.8のとき服用を止めてみました。そうです、高価な薬なので「費用対効果」をテストしたのでした。結果は6か月で数値が7.6まで上昇しました。食事の仕方をほぼ同じにしていてのことなので「薬効」は実証されたことになります。叱られるのを覚悟で主治医の元に帰りましたが、正直に病院から遠ざかっていた理由を告げると、意外や意外、喜ばれました。「そういうデータは貴重だ」と。「この先生、懐が深い(^^♪」

 数年「がんばるシニア」に「在籍」していたのですが、最近めっきり弱りまして、頑張れなくなったのに「がんばる」というのも何ですから、未練を残しつつ、「がんばる」の文言が無いこちらに「移籍」した次第です。
 さて本題ですが、いまも続けている服用薬、処方箋を持って薬局に行くと必ずと言っていいほど「ぶどう糖を常時そばに置いてくださいな」と真っ白で味もそっけもない箱に入った粉末タイプのぶどう糖を寄越そうとします。ところが主治医はこう説明していました。この薬は食後糖分を吸収する役目を果たす酵素に働きかけて食後高血糖を抑え、糖の吸収を平均化する新薬だと。他の局面では抑え込まないので低血糖状態に陥りにくい利点があると。だとすれば、「理論上」低血糖防止用のぶどう糖は「肌身離さず」の必要はないことになります。なので意固地な爺は「要りません」と言い続けています。

 再び「ところが」なのですが、ときどき頭の働きが急降下し、睡魔に襲われることがあります。高齢者であることを考慮してもなお不思議に感じるレベルでした。5分程度の「睡眠」で回復するのですが、またまたテスト癖が頭をもたげました。危険な低血糖と言わないまでも薬の効きすぎは考えられるのではと。そんなとき偶然、近所のドラッグストアで見つけたのが、「夢のくちどけ」とキャッチコピーも艶めかしい小さな角砂糖のような「ピュアグルコース100%の固形ぶどう糖」でした。
 購入して、上記症状が出た際にさっそく実験しようと手にしました。ときは午後2時、「いま服用薬が高血糖を抑え込んでいるときにぶどう糖を舐めれば間食するのと一緒じゃん」と首を傾げながら、サイコロを二つに割って半分だけ口に入れました。甘い塊があっと言う間に崩れ、溶けていきます。1分も経ったでしょうか。おどろいたことに眠気はなくなり徐々に頭のもやもやも晴れたのです。
 以上から、答えはこれでしょう。「いつもではないが薬効過剰は皆無ではない」
 素人判断ですが、薬剤師は加点報酬のためだけに奨めていたのではなさそうです。
 いまは、ウェストバッグにサイコロ糖分2つを忍ばせている爺です。粉末よりは始末がいいので。




    生きるとは食べること.

      就活戦線異状なし。売り手市場ってほんと?



. 枯葉からクローバーへ「幸せは来るのかな」



 四つ葉のクローバー探しは本来乙女の夢仕事ですが、私の場合は『加齢に伴って生ずる身体の機能の低下が自動車の運転に影響を及ぼすおそれがある』との自己判定で簡単に入手した代物でした。場所も広い野原ではなく最寄りのホームセンター。
 この四つ葉のクローバーの法的な名称は『高齢運転者標識』、味も素っ気もないものですが、せめて通称がきれいなので良しとしましょう。2011年1月までは枯葉マークと呼んでいた標識で、翌月からデザインも一新、現行の四つ葉になったのでした。もっとも道路交通法により、嬉しいかどうかは別として『当分の間』は枯葉も許されています。

 私が四つ葉を購入して車に取り付けたのは今年の4月20日でした。つまり「この車の運転者は70歳以上です」と、駐車していても走行していても「公表」し続けるわけです。前後の他人様の車から「なんだ爺かよ」と舌打ちされることなど覚悟の前ですが、いったい何のメリットがあるのでしょうか。それは冒頭の文言の通りです。「他人様に迷惑をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします」ということなのです。手前味噌的に言わせてもらえれば、私の運転、それほど年寄っぽくありません。それでも自分自身は「昔」と比較出来てしまいますので、逃げようがありません。衰えています、運動神経、反射神経が。
 大の字が付く「昔」、輸出車を船に乗せる陸送のバイトをしていました。次々に超狭い船内に運び込みさっさと駐車させていく仕事で、停まったとたんに船の揺れで車同士が接触しないようにと船舶作業員が鎖で固定していきます。その速いこと速いこと。もたつくと「使えねえな、帰れよ」と真っ直ぐにバカにされるのでした。それさえ熟していた私なのに、最近「車庫入れ」すらうまくいかなくなったのです。混んでいる道路での他車との連携操作も鈍くなりました。とくに高速道路は鬼門です。というわけで、「決断」したのです。

 想定外の「いいこと?」もありました。海馬萎縮、聴力減退、視力後退、口腔破壊など私の高齢者的な衰えは、案外、外見からは判りにくいので実際の年齢より下に見られているらしいのです。先般住人調査で訪れた女性警察官にのっけから「まだ若いので」云々と言われ、嬉しいやら困惑するやら。もしかしたら同棟の住人にも、年中仕事に出かけない危ない人間と思われていたかもしれません。ところが四つ葉マークによって70歳以上の爺だと「知らされた」わけで、「非難」もやむかなと。これ妄想の類ですが。

 このマークを付けてからは、走行中も、あちこちの駐車場でも、「仲間」を探すようになりました。ところがほとんど見つかりません。
 見た目、高齢の運転者が多いのですが、やはり「まだ衰えちゃいねーよ」と頑張りたいのでしょう。法はまだ強制はしておらず「努力義務」に留めていますしね。また、「弱み」は見せたくないですからねぇ、普通。それでも貼り付けたのは、私の危機感でした。



     
     夫婦?

. また一人旅立った


 二つ違いの兄が病死した。25日通夜26日告別式という俄かな葬儀のため急ぎ郷里の横浜へ向かった。車はやめて鉄道を利用したが、高齢になったせいか辿り着くまでが、かなり長く感じた。
 近親者の死に直面すると、人は急に「哲学者」になるらしい。体が眠りを欲しているのに頭だけが無暗に冴えてくる。
 24日夜は睡眠2時間、25日は同4時間半、帰宅してからの26日夜は5時間と睡眠不足が続き、かなり体力を消耗した。それでも「弔問外交」とでもいうのだろうか、普段会えない人たちと多少なりともお近づきを得た。
 急に下りて来た親族代表挨拶と遺影持ちの役に戸惑いながらもなんとかこなす自分。
 それにしても収骨室は心身に堪える。高齢者ならとくに「明日は我が身か」となぜか喉が渇く。
 「また寂しくなった」
 8人の兄弟姉妹の内2人が逝き、3人が葬儀に参列できない健康状態にある。
 帰りの電車内には、湘南の海を黙って見続けている71歳の私がいた。




    2羽の水鳥

        この子、水ばっかり飲んでる、つきあうのよそうかな
. プロフィール

蛙声爺

Author:蛙声爺
文芸同人誌編集をしています。
考えるフクロウが理想。
木内光夫のHPもよろしく。

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