蛙声爺の言葉の楽園

. 黄泉の国からアスファルトに降り立って?


 ほんとに近くの、いつもの道
 ある朝、ガードレールの下のアスファルトの割れ目から
 この、名前も知らない花が顔をだしているのに気づいた

 和の野草とは雰囲気が違う
 言ってみれば「異邦人」の雰囲気だった

 しばし対面した後で「あ、そうだ」と膝を打った
 振り向けば、かつて収容千人超を誇った観光ホテルがいまも寂しく聳え立っている
 たしかここの板前さんだった人
 花が好きで道路の川沿いに鉢を並べ
 四季折々の花で、道に彩を添えていた

 かたいことを言えば道路占用許可が要るケースだが
 たぶん誰一人として責めたりはしていない
 水をやったり剪定をしたりしている彼と談笑している近隣の人たちを
 何度となく見かけている
 もちろん私も心温まる想いの笑顔で

 ところが花の鉢がある時を境に減り始めた
 彼の死を耳にしたのはだいぶ経ってからだった
 花と彼を愛でた人たちの持ち去り行為の意味は、どうやら「形見分け」だったらしい

 「七月のお盆が近いからかい?」と
 シャッターを切る前に、目で聞いてみた
 写真が少しぶれていたとしたら
 それはきっと二輪のこの花が、風のせいにしてうなずいたせいだ  



     花よ、君の名は

        目を細めて見てみると。目玉二つの緑の生き物が地面から顔を出してニコッ


. 生きて活きるということ


緑内障で視野が4分の1未満になった兄を検査日なので市民病院まで送った。
手伝いで韮崎駅に降り立った姪を拾い、検査後3人で兄の山小屋に戻る。
昼食後に始めた作業は、鹿や兎といった野生動物から山野草を護るための柵作りだった。
100坪以上の土地の周囲だからかなり長いものになる。
里山は人間と動物が共に生きる空間だ。
彼らに悪気は無い、おいしそうな草があったので食べた、それだけのこととも言える。
ただ、野草も生きていて、葉を出し花を咲かせ種につなげている。
柵はこの中の草は食べないでとのメッセージなのだった。

夕食で食べ残しがあると「食堂」の外に出しておく。
野生の誰かが夜の間に食べていると兄は言う。
私も早朝5時過ぎに、それが誰かを知った。
もとは飼い猫だったと思われる白黒まだらの美形と、
「先客」の権利を侵害されたと怒ったのかネコを追い払う小柄な狸と。

私が帰る日の朝。
道の駅まで車を走らせた。
目的の「農民の直売所」もスーパーも開店は午前9時。
天然素材で手造りの日除けの下で兄と二人で休む。
兄弟とも耳が遠いので会話はさほど弾まない。
尾白川の天然水が湧出する水場に次々と容器を持って水を汲みにくる地元の人たち。
お爺さん、お婆さん、お嫁さん? おいしい水を飲む家族の姿が後ろに「見える」
それを飽きずにじっと見ている私たち二人。
初夏の風が爽やかで心地よかった。
開店後直売所で兄が買ったのは案の定、山野草の苗たちだった。

里山に戻っての別れ際、次は灯油を買う12月でいいよと兄。
1ケ月置きの市民病院往復は、なるべく1人でやってみると言うのだ。
目に悪いのでブログも長期休止にすると自分のブログで「宣言」もしていた。
気丈な配慮が心に痛かった。
『老人道』なるものがあるとしたら彼は、その道を極めようとしているのかもしれない。 




      輝きすぎる罪

        レンズは言う、輝きすぎると周りの景色が沈むよと。

. 白装束の本たち


 また古紙回収の日が来る。昨日は意を決して3回目の選別をしていた。
 ブックカバーがある本は、カバーを裏返して真っ白にしてから元に戻す。書名と著者名を回収場所で晒さないというせめてもの配慮だが、作業をしている自分は知っているわけなので、自分自身の、本に対する気持ちからは逃げ出せはしない。時間がかかるのはそのせいだ。
 「終活」の一つとして1年ほど前からやっている。その以前の引越しのたびに行う廃棄を含めて考えれば、すでに数百冊になると思う。真新しいものや、古書店で引き取ってくれそうな「売れ筋」の本は第1回のときに「処分」している。ただ、人気がありそうなものでも、書き込みやアンダーライン、蛍光ペンでの塗り込みなどがあれば引き取ってはくれない。

 選別だが、人からの寄贈本は「最後まで」として残す。次に3年間見も読みもしなかった本を一次選別し、これからの執筆資料にもならないものだけを廃棄候補として取り出している。
 今回の処分で部屋にある高さ1メートル80センチの本棚1つ分の書籍が消えたことになる。
 なぜそんなことをと、言われそうだが、70歳になった私に万一のことがあれば、これらの本を「片付ける」のは老妻だ。負担は軽くしておくべきだろう。そう思ったのだ。ふつうなら怖い発想だが、特別不安でドキドキするわけでもない。
 唯一動揺することがあるとしたら、最後の長編と捉えている小説の完成を「そろそろ急ぐべきだ」という、そのことか。
 「・・・もうそういう歳になったんだな」
 まだ残っている歳月に感謝している自分がいる。



 
     白装束の本

       手に入れた本はその時々の「自分」の姿。それを捨てているのはいまの自分。


. 遅れても小さくても、咲く桜花


 最も身近にある桜並木なのに、今年もまた満開の時季に他所に居た。
 松川沿いの遊歩道を、それこそ上を向いて歩いていても、見えるのは花びらを落とし蕊(しべ)だけになった「残骸」とそれを包み込むようにしている若葉だけ。
 それでも、のたりまったりと独り歩を進める。早朝6時、前にも後ろにも人はいない。
 「おっ」と思わず声が出た。
 太い古木の幹に小さく顔を出している桜3輪。しばらく立ち止まって、じっと見つめる。
 華やかさもなく、実を結ぶこともない、言わば仇花。そよとした風にときどき揺れる。
 見つけてもらえなくてもいい、褒められなくてもいい、ただ自分なりに咲こう。そんな風情だ。 
 省みて古希の己を想う。何かいまから、咲かせられるものがあるのだろうかと。



     桜花


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. 山梨での1週間は私にとっての「リハビリ」に


 4月12日から18日までの1週間、標高800メートルの里山に入っていました。兄の山荘の改装工事を手伝うためです。それは同時に私の健康管理にも役立ちました。
 現地は満開の桜でしたが、今回観光目的の桜見物はありません。従いまして桜の写真も…。

       到着

 12日9時到着です。片道220キロになります。


     甲斐駒

 甲斐駒ケ岳です。まだ雪を頂いていました。山荘の西側です。


      
      鳳凰三山

 鳳凰三山です。山荘の東南側にあたります。17日午後からの雨が頂付近では雪になったようで、帰り際に見たときはもっと雪の白が広範囲になっていました。


     山荘

 兄の山荘です。これを兄は自分一人で造ったのでした。


      梯子工事

 改装の一つ、2階への梯子工事です。避難口にもなります。


      観音

 韮崎平和観音像。17日市民病院・薬局での兄の診察・投薬が済むまでの待ち時間、姪とともに登りました。


     富士

 富士山。18日の帰途、積雪を増やした姿に感激する。車の中からの撮影です。 
    
      

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. プロフィール

蛙声爺

Author:蛙声爺
文芸同人誌編集をしています。
考えるフクロウが理想。
木内光夫のHPもよろしく。

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