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蛙声爺の言葉の楽園

. 「昭和」のアナログ生活に戻ります。


 今般、機器故障を機にインターネットの利便を捨てて、昭和時代のアナログ生活に帰ることにしました。長い間お世話になりました。とくに励ましのコメントをくださった方々には唐突で申し訳なくも思うのですが、自分に何かあった際に老妻では始末できない諸々につき撤退を進めていますので、ご容赦ください。ブログ、ホームページ、メールの全てに及びます。
 ありがとうございました。
 失礼をします。
         蛙声爺 


   一人静

       野草、一人静

. 孤高の人のブログが完全に終わりました


 眼を患いながらも独り気丈に里山で生きて来た実兄のブログが最終的に終わりました。インターネットを「卒業」したのです。従いまして電子メールも終わりました。電話は残っています。
 長い間彼のブログをお訪ねくださり、激励を続けてくださった方々に私からも御礼を申し上げます。
 温かい励ましの数々、本当にありがとうございました。

 当ブログでも彼の最終コメントをそのまま記したいと思います。
 2018年4月に『今まで応援していただき感謝をしています。コメント欄は開けておきますが返信は出来ません。ブログは人生の記録として残しておきます。さようなら』と更新を閉じていましたが、皆様のブログに時折訪問するなど、自分のブログを意識し続けていました。それも不可能になったことになります。

 このたびの『追加記入・・・さようならをもう一度』を原文のまま。

 『春に我が道の工事も完成しましたが、残された左目も徐々に悪くなり、今ではメールやインターネットを見ることも苦痛になりました。明日、11月30日でインターネットを止める決断をしました。生活物資の殆どをアマゾンや楽天で買っていたので生活に困りますが、しかたのないことだと思っています。飯を炊いたりする生活視力は少し残っていますので、この視力の残っている間は生きてゆくつもりです。
 皆さん、お元気で過してネ。サヨウナラ』 (2018・11・29)



   兄の住む里山の秋

      兄の住む里山の秋と冬

   兄の住む里山の冬

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. 「保険のトイレ」という発想


 唐突ですが、夫婦は高齢になるにしたがって「男女関係」から「人間関係」 に移行するのかもしれません。それを顕著な感じで受け取ったのは、うちの中で排泄の話を自然にしていると気づいた時でした。「やっと快食快便に戻ったよ」「わたしも調子いい、野菜たくさんたべたからかなぁ」から始まって話はもっと具体的な処まで進みます。最初にこういうことを口にしたときは、何かが終わったなと妙にしんみりとしたものです。
 『人は産まれて生きて死んでいくだけ』とは或る高僧の至言ですが、この「生きて」の部分で最重要なのが「食べる」と「排泄する」の二つです。若い頃は考えもしなかったほど自然にできていたこと、それが60歳を過ぎたころからでしょうか、周囲で「胃瘻(いろう)」や「人工肛門」の話が飛び交うようになり、これができなければ命にかかわることが鮮明になってきました。ところが普段「食べる」は公然としかも声高に語られますが、「排泄する」は裏に回され、広い意味の羞恥のベールで覆われているように思います。エチケットという「壁」もありますし。
 考えてみれば、何事もなく飲食し排泄していること自体、すごく有難いことなのでした。
 
 食のことはさておき、排泄について一つのことを思い出しました『保険のトイレ』がそれです。高齢になると毎日のように感じるのは排尿関連のこと、「頻尿」や「尿漏れ」は頭が痛いですよね。症状がきつくなると睡眠、外出、仕事、交友・交際にまで影響が及ぶのですから。睡眠の質の問題以外は全て、自宅の外での問題ということになりますし。
 以前同学年だった人の葬儀で7人ほどの同窓生と遠方に出向いたことがありました。当然皆高齢です。移動の所々で私は「保険のために入れるときに入った方がいいよ」とトイレ行きを勧めました。まぁ、余計なお節介ではありましたが、皆笑ってそうしてくれました。綺麗に整った施設があるときは特に『保険のトイレ』は必須です。ちなみに膀胱は500ミリリットルで満杯、300ミリリットルで尿意を感じ始めると、ものの本にありましたが、高齢になればこの数値通りにはいきません。少量でも過敏なくらい切迫した感じになるわけです。いい施設があったら入れる時に利用しておく。そうすることによって心理的に楽になり、尿意不安から意識を遠ざけられるのです。人に勧めるだけでなく、うちでは私もかみさんもだいぶ前から実行しています。
それで、どこが保険?と言われそうですが、たとえ「そのとき」に行きたくなくても見つけたときに入って膀胱を空にしておけば安心という、ただそれだけのことなのですが(^^♪ かなり効果があります。  


   
   道の駅にある幸せの黄色いトイレ

         山田洋次監督も仰天のネーミングではありますが…
 
   
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. 耳が聞こえなくなった、そのことの意味


 数日前老妻とファミレスで食事をしていたとき、私が口にした言葉を妻が3回も聞き直しました。周囲の席が混んでいて声が重なったからと弁解していましたが、彼女もだんだん耳が遠くなっています。そのとき自分の中に生まれた小さな「いらだち」が、あることを思い出させました。1年ほど前のこと、友人宅でテーブルをはさんで会話をしていたのですが、難聴なので大きな声でないと聞こえないから会合に参加できないと説明したところ、彼は率直にこう言ってくれたのです、『耳が遠いって宣言されるとけっこう言われた方も負担になるんだよね』 そのときは、負担ならおしゃべり相手として呼ぶなよと、少し不快でした。ところが、このファミレスでの老妻への「いらだち」が、「あのとき」の友人の言葉の裏側を理解させてくれました。確かに「負担」なのでした。
 この友人とはそれからも呼ばれれば会って話をしていますが、距離を縮めるために、まるで恋人のように隣に付くようになりました。そうしないで真正面に座って距離だけを近づけると唾が飛んで迷惑をかけるからです。気遣って工夫して近づいても、いまは6割程度しか聞き取れません。4割の部分は自分の中で補足して「聞き取る」のです。

 横浜から伊東温泉に旅行に来た友人から会おうと誘われ、居酒屋で盃を交わした時もある意味「地獄」でした。昔から穏やかな口調でしたから彼の話が佳境に入れば入るほど聞き取れないのです。終始笑顔で「聞き役」として対応していた自分が偽善者のようでたまりませんでした。さらに1年後の同様の誘いの際は、補聴器を試しに使ってみました。現場で耳に挿入するときに難聴であることを告げています。確かに音そのものは大きく聞こえました。しかし彼の話の半分も分かりませんでした。店の喧騒の方が彼の言葉より大きくなったからでした。

 私はすでに聴覚障害者になっていたのでした。
 それは職業病プラス老化として冷静に受け入れようと、このごろ思うようになりました。これからどのように健常な人に対応していくのかだけを真剣に考えることにしたのです。
 聞こえない部分は相手の心の音を聞くしかない。それが結論でした。なぜならいま私の周りに居て話しかけてくれる人は、ある程度私という人間を理解してくれている人だけだからです。その人との人間関係が創った「音声」が自分の中にあり、それが補足してくれると信じるからです。
 逆に言えば新しい人間関係を作り難いということになります。難聴が相手の負担になるのなら自制するしかありません。先々のある若い人なら別ですが、もしかしたらそれが「老後」というものなのかもしれませんし。
 相手の心の音を聴く。ちょっと素敵だなと思いつつも・・・。 



    小室山公園の亀 

       「ねえ、聞いて聞いて」


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. 閉院する病院の患者という貴重な経験


 私なりに数か月前から予測はしていたのですが、地元新聞に期日を明確にした閉院に関する広告記事が出て確かなものになりました。医院ではなく「病院」と分類される市内でも数少ない医療機関が閉じられるのです。私は6年ほど前から高血糖の患者として通院していました。担当医は昨年9月まで院長先生でした。
 郷里横浜で中学の同窓生が内科医として開業しているのですが、彼曰く「内科の場合、馬が合う医師に巡り合うことが最良」とのこと、そういう意味でも最高の先生でした。少々癖のある患者の私に合わせてくれたのですから(^^♪ 28年ほど前に1日だけ入院したことのある病院ということでも記憶に残る場所でした。これからもずっと、でしょう。
 院長先生も人間、1年前頃に診察現場を離れられ、だいぶ経ってから病魔に侵されてと原因を知りました。

 2年ほど前でしたか、自分の病状と服用している比較的高い特効薬の効果の関係を実証すべく、先生には理由を知らせずに4カ月ほど通院せず該薬品も使用しなかったことがあります。その自分の体を実験台にした結果を確認するために再度患者として復活したときも、実証実験だったと正直に話せました。結果はヘモグロビンA1cの数値が1カ月に0.2ずつ上昇した勘定になり、7.6となりました。 「参考になったよ」と笑顔で接してくれた院長。これもかなりの好感度でした。皮肉の1つも言われると覚悟していたのです。後日談的にいえば、その復帰直後から1カ月ごとに0.2数値を下げました。どういう栄養の摂り方をすればどう数値が変化するのか、散歩や負荷運動との関係は如何にと、私の「自分自身の実験」は続いています。因みに数値を安定させるコツも知り、現在はお酒も少々頂戴しながら6.6になっています。ご参考までに身長は169センチ、体重は63キログラムです。これもほぼ一定に保っています。先生によれば、いま服用している薬を続けつつ、食生活で数値をどんどん下げていくのは、高齢者なので脳のためによろしくないとのこと。服用しないですむなら別だということでした。「このくらいがちょうどいいのでは」と。

 話がそれましたが、事実上最後の診察では採血を見送りました。院長は病状からもちろん不在でしたが、診察室を出るときには現在の担当医にいつもより丁寧なお礼の言葉を口にしました。いつも血を抜いてくれた看護師さんにはお別れのお辞儀を。
 最寄りの薬局も同時に余所へ移転するとのこと。私も次の内科医院を探さなければなりません。はたして「馬が合う」先生が見つかるかどうか。自分では普通だと思っていますが、私はかなり変わった患者なのだそうで・・(^^♪
 またまた今日は妙な記事になってしまいました。このあたりで、 「失礼します」

 あ、そうでした。病院や医院が閉院したあと、患者のカルテはどうなるのでしょう。もしご存知の方がいらしたら教えてください。
 本当は食事療法と運動療法のみで一定の数値になるのが一番理想的ですが、自身の実験で駄目だと分かってしまいましたから、この先ずっと「薬服用」ですね。
 



   
   すすき

       逆光でしか絵にならない不思議。それでも花です、尾花



   太陽と芒

      
. プロフィール

蛙声爺

Author:蛙声爺
文芸同人誌編集をしています。
考えるフクロウが理想。
木内光夫のHPもよろしく。

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