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蛙声爺の言葉の楽園

. 「爺ちゃん無理ムリ」と言われそうな「世界」を訪ねてみた


 本日午前3時に今年3作目の小説を脱稿しました。机の周りだけ明るくしての「作業」だったので、「さあ寝なくちゃ」と灯を消したとたんに足元が危なくなり、這ってそのまま布団の中へ。朝七時に起床しました。
 体が重く他に何もする気が起こらなかったので、パソコンを立ち上げ「YouTube」で検索して音楽を楽しむことにしました。ヘッドホンが使えるので唯一まともに鑑賞することが出来る再生機器がパソコンなのです。
 以前たまたま見つけて気になっていた若手の「アーチスト」たちを次々に検索していきました。全てYouTube検索欄に名前だけ打ち込めば彼らの演奏動画が並んでいます。何と3時間も、ある種の感動とともに楽しませてもらいました。

 826aska 数字は当て字としてではなくそのまま「はちにーろく」と読みます。数字の意味は分かりません。エレクトーン「STAGEA」を駆使してまるでオーケストラのように親しみやすい曲を独りで奏でます。スターウォーズ、ターミネーター、宇宙戦艦ヤマト、007などのテーマ曲や、吹奏楽曲としても有名な「威風堂々」などもそれこそ堂々と熟(こな)してしまいます。幼いころから取り組んでいて、動画のラインナップには彼女が小中学生の頃の演奏風景すら入っています。ずいぶん可愛くて童顔な女性だなと思っていたら何と今も現役の高校生なのでした。16歳でしたか。『天才少女』の看板に偽りはありません。
 商店街に招かれて奏でていた1本の動画が特に印象的でした。規制ロープにくっついて聞いている真剣な少年少女の目が忘れられません。奏者の両手が鍵盤から離れているのに音がしているのを不思議がった女の子が、しゃがんで奏者の足元を観察していました。きっとこの子も感動を覚えたに違いありません、好奇心全開。そう、足だけで演奏しているときもあるのです。

 ヲタリストAyasa 最初に入った動画は、アニメ映画『君の名は』の中でも異彩を放っていた楽曲『前前前世』でした。ファッションモデル顔負けのスタイルと美貌。以前ギタリストの村治佳織の美貌にも驚かされましたが、今回のバイオリニストの彼女(ですよね)は特別な美なのでした。コメント欄に見られた『フィギュアかと思った』『美人ていうけど女性ですか』『このコスプレ』など、そして『いつも無駄にエロい』という女性からの一言もこの衝撃を補強しています。
 映画『進撃の巨人』からの『紅蓮の弓矢』も良かった。歌うように奏でるのです、この人は。別の人のコメントにもありますが、膝上20センチ以上はありそうなJK制服のコスプレでの演奏は破格の衝撃でした。(そっちかい?)

 上原ひろみ 世界的に有名なジャズピアニストで、かつてグラミー賞も受賞しています。知ったきっかけはかなり前に車の専門誌に出ていた記事。それを忘れかけたころ、TV 「スッキリ」のゲストのなってMCから無茶ブリをされ『マイ・ウェイ』のアレンジ演奏している姿を視聴しました。ジャズピアノを6歳から始めたそうで、なんでも、年配の方はご存知でしょうチック・コリアとかつて共演したこともある由、現在は超多忙なアーチストになっているようです。ピアノをひいているときの表情が、はしゃいでいる小さな女の子のようで可愛いですね。

 はなわちえ 津軽三味線の独演部分の動画で鑑賞しました。美しく、哀しくそして激しく、流麗に。2回続けて聴きました。新しげな和装が綺麗でした。しかも照明でそれが倍増されて・・・。演奏していたのは『津軽じょんから節』、ファンのコメントの一つが言いえて妙でした。『津軽三味線ってロックだわ!』 私はもろに「にっぽん!」を感じましたが。

 生田絵梨花 恥ずかしながらと言いますか、最初、乃木坂46の人だとは知りませんでした。ですから、彼女の奏でるショパンの『革命、エチュード』でしびれたときは「凄い人がいるんだな、若いピアニスト」にと感じ入っただけで(^^♪ 清楚でいいですしね。 その彼女が『アナと雪の女王』の中の唄を独唱しているのにはびっくり。年寄りならではの反応でした。YouTubeでは11歳のときの『ピアノソナタ』も視聴できました。

 何かに疲れた時など、飽くほどに長時間、若い人たちの演奏を訪ね聴くのも心の保健薬かなと、そう思います。この記事に間違いがあってもお許しを。なにせ、ずいぶんと若い人ばかりなので、ハイ。
 素晴らしかった。それにつきます。



    
    光を受けて

        それぞれに光を受けて真っ直ぐに。いいなぁ



. 薄暮からの太鼓合戦を観ながら


 地元の祭でも出不精な私だが、薄暮からなぎさ公園で始まる太鼓合戦は徒歩で観に行く。
 往復6500歩ほどの散歩にもなる。
 25年以上も前に創作太鼓で桶胴(大太鼓)担当だったせいもある。
 老いた今はまともな「ドン」1発も打てないだろうが、頭の中には当時の興奮が棲んでいるのだ。

 強く打ち、大きい音で、撥さばきが速ければそれでいいのだろうか。
 太鼓にはメロディがない。だから強弱、大小、緩急、高低、無音(間)、振りでこれに代える。
 今回も天城連峰太鼓に上記それぞれの円熟さを感じた。音と構成、技術もさることながら、特に視覚に訴えるものが並外れていたのだ。
 打ち手、衣装、そして振り。ため息がでた。
 礼儀や激励の気持ちでする拍手ではなく、感動で自然に拍手が出た。
 たぶん「好み」もあるだろう。
 しかしこれが、3時間余りも芝生に座り続け腰を痛めた結果得た、正直な感想になる。
 冒頭の太鼓チームの打頭十八番(おはこ)の台詞が、いまさらながらに蘇る。
 太鼓は『振りが全てを決める』
 振りが凛として美しければ、呼吸が合い、自信に満ちて太鼓にメロディを感じさせることが出来る。彼はそう言うのだった。
間とか振りとか、それ自体音が出ていないところが重要とは、何となく「奥義」のような…
 
 いずれにせよ、若さというものの凄さ、美しさを改めて思い知らされた時間だった。
 太鼓合戦よ、ありがとう。
 




    太鼓合戦の日

        伊東市按針祭恒例の太鼓合戦/18:00-20:50 その開始前
    
 

. 全員参加型コンサートの迫力。久石譲の凄さ


 YouTubeサーフィンで偶然出会ったのだが、少し視た後「これは早朝にでも集中して鑑賞しなくちゃだめだ」とすぐに思った。
 翌朝5時から7時までの約2時間、私は大きな感動の中にいた。
 「この人は、久石譲は、何と全員参加型のコンサートを本気で企図したのだ」と。

 これは持論だが、そもそもオーケストラも合唱も「個を抑え全体を活かす」ものだ。ソリストや独唱のパートがあるじゃないかと言われそうだが、それさえ「花」にとどまる。そう、「音の花園」の一部にすぎないのだ。久石氏はその理を確かなものとして見せてくれた。
 指揮とピアノ久石譲。オーケストラ200人。正規の合唱団、少年少女合唱団、さらに公募で集まった合唱団総計で800人。マーチングバンド150人。平原綾香らゲスト歌手数名。客席にいる宮崎駿、鈴木敏夫らジブリ関係者。そして武道館を埋め尽くした一般の観客。はては陰で人知れず汗をかく大勢のスタッフにいたるまでを巻き込んだ壮大な催し物。 奏でる人も歌う人も聴く人も、丸ごと久石ワールドの歓喜の中にいた。
 ヘッドホンをしながら休みなしに視聴し、ラストでは自然に涙ぐんでいた私。
 「すごい人がいるものだ」という素直な感動だった。

 アニメ界の巨匠宮崎駿と作曲家久石譲は、このコンサート以前に9つの映画で協力関係にあった。『風の谷のナウシカ』『天空の城ラピュタ』『となりのトトロ』『魔女の宅急便』『紅の豚』『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』『ハウルの動く城』『崖の上のポニョ』。そのすべてが久石氏によって改めて「調理」され、参加者全員で味わう形になっている。
 おしゃれで、豪華で、清々しい(^^♪・・・言うことなしの2時間だった。



 ※このコンサートの模様はネットで「久石譲コンサートジブリ武道館」と検索し、約2時間のものを選ぶと出てくる。これとは別にリハーサル映像を編集した美味しい動画もある。


       

. 歌詞を創るむずかしさにクリック


 昨晩と今朝と、かみさんが視ている歌謡番組を、パソコンの前で音が届くかぎりで聞いていたら、なんだか不満が募ってきた。歌詞が観念的でつまらないのだ。とくに最近の演歌はひどいと感じた。

 分野はそれぞれだが以前ヒットした曲の歌詞は、必ずと言っていいほど具体的な場面が語られ、そこから情や想いという観念的な世界へ導かれていたような気がする。だからこそ歌詞と聞き手の心の世界がシンクロできたのだ。男女の別れや未練などはその最たるものだった。『天城越え』(吉岡治作詞)のように観念的な情の世界で通した名作は珍しいかもしれない。著作権が絡むので歌詞の引用は控えるが、『勝手にしやがれ』や『津軽海峡冬景色』(いずれも阿久悠作詞)、『恋』(松山千春作詞)などを思い出してもらえれば、私見にうなずいていただけると思う。『雨やどり』(さだまさし作詞)のように具体的で且つ軽い物語にしてしまった例もある。

 偉そうに言ってるけど「あんたは創れるのかさ」と突っ込みが入るとは思う。無理、いいのなんて。創ってみると難しいのだ、これが。松山千春のように自分の恋の経験をベースに出来ればいいのだが(これご本人が言っている。全ての恋が自分を成長させてくれたとも)、若い頃から「恋日照り」だった爺には無理なこと。試しに創ったのが下記の詞だが、自分で批判していた観念的な言葉の羅列に堕している。駄作の見本みたいなものだが、これは「引用」できるので、誌面稼ぎに(^^♪載せてみる。ご容赦を。
 一番が男から、二番が女からで、必ずしも曲を意識していない(あ、これ弁解でなく)。

 ♪「恋の帳(とばり)」

     霧雨の静寂(しじま)をぬうように
     夜の雫(しずく)が落ちるころ
     うつむいたあなたの 震えを
     とめる術さえ知らないで
     ひとこと帰ると言えないで
     ただ歩いたね あの日
        あなたは石になったね
        あなたは家になったね
        開(ひら)かない門を構えて
        心の垣根を高くして

     いつわりの鎖を解くように
     泪(なみだ)が壁をこえるとき
     よろこびの泉に ふたりで
     溺れることもできるのに
     ひとこと抱いてと言えないで
     ただ歩いたわ あの日
        あなたも罪がこわいの
        あなたも過去(むかし)を紡ぐの
        描(えが)けない愛も知らずに
        心のモザイクはがして


            春の花



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. 按針祭伊東太鼓合戦

 8月9日伊豆新聞の記事を読んで、夕方6時半からの催し物「第38回伊東太鼓合戦」を観に行った。場所は8月10日の花火大会を控えた「なぎさ公園」。15分前に到着するとすでに300人近い人たちが園内に陣取っていた。比較的出無精のかみさんも和太鼓となるとついてくる。熱川にあった観光ホテルで毎夕ロビーの浮き舞台を使い30分間創作太鼓のショーをやっていた頃、総務でもあり御伊豆太鼓事務局長をしていた関係で私は、「桶胴(おけどう)」という大太鼓を打っていた。
 そのホテルも保存会もすでに無いが、それだけに和太鼓への想いはかなり強い。

   太鼓合戦・伊東囃子
               太鼓合戦でトップを切った「伊東囃子保存会」

 鑑賞したのは「伊東囃子」、「豆州網代太鼓」(熱海市)、「伊達の黒船太鼓」(東北石巻市)、「鳴神流雷神太鼓」(八王子市)、「天城連峰太鼓」(伊豆市)まで。あと2つあった太鼓は残念ながらあきらめた。補給水、トイレ事情もあるが、すでに芝の上に座っての1時間半はきつい状態だった。
 それぞれの太鼓には特色があり、期待以上に楽しめた。見習い中の子どもたちの「一所懸命さ」にも心打たれた。太鼓の設置を共にする指導者の方の笑顔が嬉しい。子どもたちの表情は舞台の緊張でこわばってはいたが。太鼓を打つときにほとんど腰が入っていないので、たしかに初心者だと分かった。
 胸を打ち、腹に響き、頭を「砕く」太鼓の音。とくに眼を皿にしてみたのは網代太鼓と天城連峰太鼓だった。
 途中で思ったのは、これは甲乙を付けるのではなく、結局聞き手の「好み」だな、ということだった。
 で、爺の好みで言えばやはり、連峰太鼓になる。なんでも公演が2つ重なったそうで、6人のみの構成になったとか。そのお陰と言っていいのかどうか。こういう場合を想定しての特殊な演奏法なのか。のっけから舞台に1人立った大太鼓の打ち手は、「みごと」の一言に尽きた。ため息が出た。音の「強弱」「大小」、奏法としての「緩急」、「間」、「振り」、腰の入れ方や背中の筋肉の動きにさえ「メロディ」を感じた。横笛とのセッションでは、おそらく「ここでこう叩く」などとはあらかじめ決まっておらず、笛の音に呼応して寄り添うだけではないかとさえ感じられた。さらには締め太鼓5台での曲打ち。その「美しくも激しい狂演」。
 「あれは音楽だし、もう芸術だよね」
 爺の感動と興奮は帰り道の、物静かな「東海館」の灯を見ても鎮まらなかった。

   すでに公営施設になった東海館の夜景
               松川河畔の夜の東海館。すでに公営施設になっている。

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蛙声爺

Author:蛙声爺
文芸同人誌編集をしています。
考えるフクロウが理想。
木内光夫のHPもよろしく。

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