蛙声爺の言葉の楽園

. 歌詞を創るむずかしさにクリック


 昨晩と今朝と、かみさんが視ている歌謡番組を、パソコンの前で音が届くかぎりで聞いていたら、なんだか不満が募ってきた。歌詞が観念的でつまらないのだ。とくに最近の演歌はひどいと感じた。

 分野はそれぞれだが以前ヒットした曲の歌詞は、必ずと言っていいほど具体的な場面が語られ、そこから情や想いという観念的な世界へ導かれていたような気がする。だからこそ歌詞と聞き手の心の世界がシンクロできたのだ。男女の別れや未練などはその最たるものだった。『天城越え』(吉岡治作詞)のように観念的な情の世界で通した名作は珍しいかもしれない。著作権が絡むので歌詞の引用は控えるが、『勝手にしやがれ』や『津軽海峡冬景色』(いずれも阿久悠作詞)、『恋』(松山千春作詞)などを思い出してもらえれば、私見にうなずいていただけると思う。『雨やどり』(さだまさし作詞)のように具体的で且つ軽い物語にしてしまった例もある。

 偉そうに言ってるけど「あんたは創れるのかさ」と突っ込みが入るとは思う。無理、いいのなんて。創ってみると難しいのだ、これが。松山千春のように自分の恋の経験をベースに出来ればいいのだが(これご本人が言っている。全ての恋が自分を成長させてくれたとも)、若い頃から「恋日照り」だった爺には無理なこと。試しに創ったのが下記の詞だが、自分で批判していた観念的な言葉の羅列に堕している。駄作の見本みたいなものだが、これは「引用」できるので、誌面稼ぎに(^^♪載せてみる。ご容赦を。
 一番が男から、二番が女からで、必ずしも曲を意識していない(あ、これ弁解でなく)。

 ♪「恋の帳(とばり)」

     霧雨の静寂(しじま)をぬうように
     夜の雫(しずく)が落ちるころ
     うつむいたあなたの 震えを
     とめる術さえ知らないで
     ひとこと帰ると言えないで
     ただ歩いたね あの日
        あなたは石になったね
        あなたは家になったね
        開(ひら)かない門を構えて
        心の垣根を高くして

     いつわりの鎖を解くように
     泪(なみだ)が壁をこえるとき
     よろこびの泉に ふたりで
     溺れることもできるのに
     ひとこと抱いてと言えないで
     ただ歩いたわ あの日
        あなたも罪がこわいの
        あなたも過去(むかし)を紡ぐの
        描(えが)けない愛も知らずに
        心のモザイクはがして


            春の花



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. 按針祭伊東太鼓合戦

 8月9日伊豆新聞の記事を読んで、夕方6時半からの催し物「第38回伊東太鼓合戦」を観に行った。場所は8月10日の花火大会を控えた「なぎさ公園」。15分前に到着するとすでに300人近い人たちが園内に陣取っていた。比較的出無精のかみさんも和太鼓となるとついてくる。熱川にあった観光ホテルで毎夕ロビーの浮き舞台を使い30分間創作太鼓のショーをやっていた頃、総務でもあり御伊豆太鼓事務局長をしていた関係で私は、「桶胴(おけどう)」という大太鼓を打っていた。
 そのホテルも保存会もすでに無いが、それだけに和太鼓への想いはかなり強い。

   太鼓合戦・伊東囃子
               太鼓合戦でトップを切った「伊東囃子保存会」

 鑑賞したのは「伊東囃子」、「豆州網代太鼓」(熱海市)、「伊達の黒船太鼓」(東北石巻市)、「鳴神流雷神太鼓」(八王子市)、「天城連峰太鼓」(伊豆市)まで。あと2つあった太鼓は残念ながらあきらめた。補給水、トイレ事情もあるが、すでに芝の上に座っての1時間半はきつい状態だった。
 それぞれの太鼓には特色があり、期待以上に楽しめた。見習い中の子どもたちの「一所懸命さ」にも心打たれた。太鼓の設置を共にする指導者の方の笑顔が嬉しい。子どもたちの表情は舞台の緊張でこわばってはいたが。太鼓を打つときにほとんど腰が入っていないので、たしかに初心者だと分かった。
 胸を打ち、腹に響き、頭を「砕く」太鼓の音。とくに眼を皿にしてみたのは網代太鼓と天城連峰太鼓だった。
 途中で思ったのは、これは甲乙を付けるのではなく、結局聞き手の「好み」だな、ということだった。
 で、爺の好みで言えばやはり、連峰太鼓になる。なんでも公演が2つ重なったそうで、6人のみの構成になったとか。そのお陰と言っていいのかどうか。こういう場合を想定しての特殊な演奏法なのか。のっけから舞台に1人立った大太鼓の打ち手は、「みごと」の一言に尽きた。ため息が出た。音の「強弱」「大小」、奏法としての「緩急」、「間」、「振り」、腰の入れ方や背中の筋肉の動きにさえ「メロディ」を感じた。横笛とのセッションでは、おそらく「ここでこう叩く」などとはあらかじめ決まっておらず、笛の音に呼応して寄り添うだけではないかとさえ感じられた。さらには締め太鼓5台での曲打ち。その「美しくも激しい狂演」。
 「あれは音楽だし、もう芸術だよね」
 爺の感動と興奮は帰り道の、物静かな「東海館」の灯を見ても鎮まらなかった。

   すでに公営施設になった東海館の夜景
               松川河畔の夜の東海館。すでに公営施設になっている。

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. 『水曜歌謡祭』

 5月6日の夕方の2時間、珍しく地上波のテレビ番組に釘づけになった。フジテレビの生放送の音楽番組『水曜歌謡際』がそれだ。なんでも今年の4月15日から毎水曜日に、と始まったとか。

 視聴しての印象を一言で表現したい。「歌謡が本来芸術であることを思い出させてくれた番組」である。
 出演歌手は「生」なのに、錚々(そうそう)たるもので、爺的には、恥ずかしながら初めて聞く名前もあったのだが、「歌唱力」で選び出演交渉をしたのだなとすぐに理解できた。

 歌番組として新鮮に感じたことを羅列してみる。

 ①歌を大事に扱っている。楽曲をきちんと伝えようとしているのだ。
 「歌番組だから当然だ」と思わないでほしい。歌謡特番などで、かつてのヒット曲をビデオ再生しておきながら歌詞の一番も終わらないうちにぶった切ってしまったり、歌に司会者たちの声をかぶせてしまったり、ひどい番組構成に呆れたことが再三再四ある。曲のファイル整理を見せられているだけの番組が多かった。

 ②「実力派」とか「歌うま」とか言われている歌手がほとんど。
 名前こそ知られているが、すでに声もろくに出ず、「元歌手」としか言いようのない人は1人もいない。自分の持ち歌以外まともに歌えないという人も出ない。事実この日は、歌手たちに求められている歌のほとんどが、他の歌手の曲だった。

 ③出演者を2人、3人と「コラボ」させて、あたかも競い合わせるようにして歌わせる企画の凄さ。
 通常思いも及ばない組み合わせで、飛躍し、あるいは突然変異して輝く歌、そして歌手。感嘆しきりだった。1曲ヒットしただけで司会者から「アーチスト」などと持ち上げられる時代に、「本物」が物申す風情だ。

 ④「コラボ」のリハーサル風景まで挟んだ凄味。
 生の本番前のリハーサルの開示は、歌手にとっては辛いはずだ。控室で着替える姿をさらされるに等しいからだ。あえてこれを歌手に納得させて収録し、しかも開示したスタッフの本気度に圧倒される。その本気さに見事応えた歌手たちも立派だと思う。

 ただ、ここまでやると実力のない歌手は出られなくなる。番組は長く続くのだろうかと、心配にはなる。
 反対に、実力のある歌手にとっては、これほど刺激的で魅力のある番組は無いだろう。今回も何人かは、或る種の冒険に挑戦し突破したことを興奮、歓喜していた。また、それがこちらにも十分に伝わってきた。
 本気って素晴らしい!
 …これからも必ず観ようと心に決めている。
 
 
 

. 創作和太鼓

25日日曜早めの昼飯を摂ったあと、伊東市内松川藤の広場に出かけた。第21回伊東温泉めちゃくちゃ市が開かれている。徒歩で向かい近づくうちに何やら太鼓の音が聞こえてきた。広場は食べ物販売用のテントで一杯だったが、分け入ると特設舞台で和太鼓のショーが行われていた。和太鼓ファンの爺はズット前へ。すると驚いたことに打ち手は「御諏訪(おすわ)太鼓」の方々(5名)だった。

 周知のごとくこの創作和太鼓の雄「御諏訪太鼓」は、古くは武田信玄の太鼓21人衆にまで遡(さかのぼ)る由緒ある太鼓で、初代小口大八(おぐちだいはち・故人)氏が昭和26年に再現・復活させ、発展させてきたものだ。この太鼓は、邦楽や交響楽団との協演も果たし、NHKの大河ドラマにも縁が深い。神事に関係するらしく、「振り」の中で撥(ばち)先を天に向ける特色がある。残念ながら後半2曲のみの鑑賞になったが、ラストの「諏訪雷(すわいかづち)」は圧巻だった。複式複打の組太鼓の傑作なのではないか。噂だけで実際に観るのは初めてだったが、難曲だと直感した。
 腹にも心にも響き渡る太鼓音、無意識に爺の足先も調子をとっていた。

 実は爺、20数年ほど前に伊豆熱川のホテルで総務をしていたころ、板前の打ち頭(うちがしら)の要請で、会社公認の「御伊豆太鼓」の事務局長をしていたことがある。打ち手が足りない時期があって急に、事務だけではなく打ち手にもなってくれと打ち頭が言い出した。もちろん創作太鼓は難しい。一朝一夕に成るものではない。成り行き上承知したのだが、前打ちのスターは打ち頭と若い女性2人。そこで桶胴(大太鼓)専門の担当に決まった。それからというもの休憩時間は太鼓練習一色となったこと、言うまでもない。ロビー舞台での無料ショー、宴会場での有料ショー、文化祭や神社での催し、老人会慰問など、引く手数多だったこの和太鼓も、保存会ができないうちに解散となり、いまはない。
 なぜ急に思い出の糸を御諏訪太鼓にたぐられたのか。御伊豆太鼓が御諏訪太鼓の指導で生まれたからだ。演目が「飛竜三段がえし」「勇駒(いさみごま)」など同じだった所以である。もっとも独自性を出すためか作曲の才もあった打ち頭が演出を変えた部分もあった。変更は大太鼓の「初っ切り」の部分に多かったと記憶している。

 当時の伊豆には、御伊豆太鼓のほか、稲取にどん太鼓、熱川に道灌太鼓などがあり、かなり活発だった。現在もっとも活動している創作和太鼓は、天城連峰太鼓だろうか。数度観る機会をもったが、素晴らしい技術でため息が出た。
 
 30分打ったあとの、背中に流れた滝のような汗が懐かしい。いま流せるのは冷や汗ぐらいか(微笑)。

ちなみに『御諏訪太鼓』『道灌太鼓』『天城連峰太鼓』は、それぞれ太鼓の名そのままで検索でき、公式サイトにたどり着ける。御伊豆太鼓が無いことは上記のとおり。
 
 

 

. ちょこっと、陽水

 青春時代に付き合っていた女性(ひと)の弟君が持っていたLPレコード。それが井上陽水の「氷の世界」だった。当時学校で習った音楽以外全く無知だった爺には、その曲想の良さも、斬新な歌詞も、演奏の素晴らしさも解らなかった。そう、ほとんど無関心だったのだ。たしか「やかましい曲だな」と思った記憶がある。中年になり、老年になって漸く好きになったアーチストということになろうか。TSUTAYAに行き通勤路で聴くCDをあれこれ探していたとき、懐かしいモノクロの、サングラスをかけていない陽水に出会った。ミリオンセラーとなったこのアルバムには『陽水の金字塔』と記されていた。この人にも下積みがあったのだろうか。金字塔という単語に触発されて、一瞬そんなことを想った。そういえば「下積み」という言葉を使えるのは成功した人だけだ。また、成功した人に対してだけだ。「最後まで下積み状態で終わった人」を何というかは業界次第で、区々だろうが、この理(ことわり)だけは事実だ。この人陽水は紛れもなく「大成功者」と言えよう。
 所収13曲を3回ほど聴いた。歌詞を憶えているところは一緒に歌って。車の中はいい、よそ様の迷惑にならなくて(苦笑)。もちろん彼の作曲も、アレンジャー星勝(ほしかつ)も良いのだが、趣味の文芸の関係で、好きになる曲目の選考基準の一番は詞だ。数多い陽水の曲の中で爺が最も魅かれたのは『白い一日』。ところがこれ、作詞は小椋佳だった。そう知った後も歌は作詞者本人よりも陽水のほうが似合うと確信している。『ある日踏切りの向こうに君がいて 通り過ぎる汽車を待つ 遮断機が上がりふり向いた君は もう大人の顔をしてるだろう』これはもう、陽水の風貌と声でなければ歌詞の想いが響いてこない。彼女はなぜ踏切りの向こうに立っているのか。遮断機が下り列車が通過している間、彼女は何をしていたのか。こっちを向いていなかったのだ。ふり向いた彼女は、大人の顔をしてる(だろう)。女は突然に変わる。なぜ、だろうと思うのか。それは陽水が歌うから伝わってくるのだ。
 「氷の世界」からだけではないが、好きな曲はだから、こうなる。『おやすみ』『ジェラシー』『いっそセレナーデ』『少年時代』。納得がいくと思う、歌詞でピックアップしたのだから。特に『あやとり糸は昔 切れたままなのに』と続く『おやすみ』の歌詞は、深くて哀しい。
 CMのイメージソングだったからか、もうまったくマスコミでは聞けないのだが、『夢寝見』という陽水の曲が気にかかってしかたがない。摩訶不思議な曲想で、歌詞の記憶すら定かでないのだけれど。 
. プロフィール

蛙声爺

Author:蛙声爺
文芸同人誌編集をしています。
考えるフクロウが理想。
木内光夫のHPもよろしく。

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