蛙声爺の言葉の楽園

. 群れて咲いても「一人静」


 里山でヒトリシズカを見つけました。

     ヒトリシズカ

 広葉樹の落葉や松ぼっくりに囲まれてひっそり立っている姿は、楚々としてなかなか風情があります。ヒトリシズカ(一人静)なのに群れているのは変じゃないかと言われそうですが、「静」はご存知源義経の側室静御前を指しているそうです。じゃ「一人」は?となりますが、白い1本の花穂のことだと理解できます。この1本の周りに白い糸のような雄蕊(おしべ)が寄っています。そうそう花びらというものがありませんね。地味にすごい花です。
 写真でも「白」が輝いて見えます。静御前は元、流行りの歌舞を演じる遊女「白拍子(しらびょうし)」だったとか。さぞや美しい女性だったのでしょう、義経が見初めたのですから。「静」とこの花の「白」のつながりは、ここからの連想でしょうか。
 私的な好みで恐縮ですが、茎から花への流れから見ると別名の「まゆはきぐさ」の方が「なるほど感」が強いですね。
 もの静かで素敵な野草です。



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. 紫陽花と「おいね」を追って


 青空に誘われて今が盛りの紫陽花を追った。隠れ目的は足腰の鍛えだ。
 なぜか伊東市内での勤務が少なく、十数年市内に住んでいるのにこの土地に詳しくない。だからだろうか、時として驚くほど近くに、新鮮な印象を受ける場所がある。

     アジサイ3

 伊豆半島の海岸近くの山林には各種アジサイの原種である「額咲き」のガクアジサイが自生している。これが欧州に渡って品種改良され逆輸入されたのがセイヨウアジサイ、日本で改良した「手まり咲き」のホンアジサイと区別される。紫陽花を特徴づける妖しい色彩のひらひらは、実は花びらではなく「萼(がく)」である。土壌が酸性ならば青、アルカリ性ならば赤に染まる。落ち葉が窒素肥料に変じる山野山林では従って、青い紫陽花が主流になるようだ。もっともヤマアジサイのように緑色という例外もある。
 わたしはアジサイの別名の「七変化」が気に入っている。つぶらな蕾から小さく白く咲き始め、長じて色気を増し、あろうことか微妙に装いを変えて妖艶になる花。「花言葉はもしかしたら、移り気かぁ」などと口に出したくなるではないか。
「それにしても美しい」、うっかり食すれば毒にあたるというのも魔性の女のままだ。くわばらくわばら。

     アジサイ2

 紫陽花といえば江戸のころオランダ人と称して長崎に居たドイツ人医師で植物学者のシーボルトの話だ。彼は日本で初めての女性産婦人科医楠本いねの父親だが、日本で新種の紫陽花を発見したとしてその名を「ハイドランジア オタクサ」としたらしい。ところがこのオタクサは、自分の愛妾楠本「お滝さん」の名だったというのだ。なんという粋な、お茶目な(^^♪
 内心「ふざけるな」なのだが、昔TBSの朝ドラでやっていた『オランダおいね』の、あの若き、綺麗だった丘みつ子にめんじて許そう、「エラソー」だけど。だいいち、そのときすでにほかの学者が命名登録していたそうな。こういうドジなところ案外カワイイ。それにこの先生、江戸末期に「日本の蘭方医」を育てた人なのだから。

     アジサイ1

 『あじさゐの下葉にすだく蛍をば四ひらの数の添ふかとぞ見る』 (定家)
 『あじさいや藪を小庭の別座敷』 (芭蕉)
 おあとが宜しいようで。




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. なぜ咲けるの、こんなところで


        花の名前は知らない。
       足元で呼び止められたような気がした。
       「すごいな、小さなくせに」
       しゃがんで、片膝をついた。


       どこから来たの




        間近で見るまで花とは分らなかった。
       背伸びまでして顔を出して。
       「パイプ、飛び越す気か」
       見習いたい気概だと、うなった。


       DSCN1002.jpg



 このところの筋トレのやり過ぎで少しばかり疲労感。「じじなのに」
 ということで、きょうはお休みと思っていたところ、朝の散歩中にがんばる「ふたり」に出遭い、ぜひともアップと。
 そんな事情です。

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. 誰がために燃えるのかツツジ

 間違っても足腰が弱ることのないようにと今日も散歩に出た。車で小室山公園に行き駐車したあと、補色関係にある赤と緑だけの園内を歩き回った。この小室山(こむろやま)、汁椀を伏せたような嫋(たお)やかな姿をしているが歴とした火山である。
 園内を見渡せば、地下の岩漿(マグマ)が地表に噴き出したかと見まごうばかりの赤、緋色(あか)、紅色(あか)。いったい何株のツツジが植わっているのだろう。いやパンフに載っている数字ではなく「無数」と表現しておこう。

   つつじ

 今年も天候は不順で、桜特にソメイヨシノは開花のときも散るときも迷いが感じられた。きっと花の色彩のように繊細なのだろう。ところがツツジは人間が主催する「つつじ祭り」にドンピシャで満開になるのだ。事実間近に迫った祭りの支度が園内のあちこちで進んでいた。山本健吉は著書『ことばの歳時記』のなかでいう、『桜よりつつじの方が、よほどタフにできている』と。さらに詳しく『時候の微妙な違いなぞとんとお構いなく、咲くべき時が到来すればつつじは咲く』とも。まるでつつじにはデリカシィが無いかのようで気の毒だが、実際に高所から見渡してみると深くうなずけるものがある。その丈夫さと相まって庭木に頻繁に用いられるゆえんかも。

   小室山公園


 余談だが、ツツジの表記を漢字で「躑躅」としても平仮名で「つつじ」としても何かしっくりこない。この激しい色彩と艶な印象が表せていないと感じるのだ。「ツツジ科」などと学問的な分類は別として、各品種のネーミングでそれぞれの「美」を訴えるしかないのかもしれない。例えば昔の花魁(おいらん)のような「みやまきりしま」(深山霧島)、可愛い妹みたいな「さつき」(皐月・杜鵑花)、小粋な小料理屋を連想させる「おおむらさき」(大紫)というように。
 この手法鉢植えのツツジの園芸品種になると、すでにたくさんありそうな気がする。

 どうやら赤に酔ってしまったようだ。


 ◆震災記事が3回続いていたのと復旧の兆しが見えたので、ぱっと視覚的に明るい記事をと考えていました。すると伊東市内の小室山を思い出したのです。
 「つつじ祭り」は4月29日から5月8日まで。出店・催し物もありますのでぜひどうぞ。蛙声観光局?
 桜と違い、ツツジには著名な和歌も俳句もみつかりませんでした。童謡でも歌謡曲でも同じです。
 ご存じの方、教えてください。何だかツツジが可哀想。

 ◆4月23日午前、400字3枚程度の本日記事を書き上げアップ寸前にクリックミスをしました。全文が消失してガックリ。少なくとも今日書き直すのは無理となりました。昼飯に注意盗られてもらいミス。  

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. 彼岸花は天からのメッセージ

 道路脇の何ということもない片隅に、数日前までは居なかった筈のヒガンバナが蕾をつけて佇(たたず)んでいた。

 ヒガンバナ

  ヒガンバナは彼岸花と書き、曼珠沙華(まんじゅしゃげ)ともいう。「この花は不思議だ」と子どもの頃から思っていた。カレンダーも寒暖計も持っていないのに、なぜ毎年お彼岸の頃にサッと出てこられるのか。さらに大人になって付け加えている。俳句の季語は秋だが、当然「歳時記」だって読んでいないだろうと。「誰」が出番を教えているか。もう一つ、いつも茎と花だけで葉っぱが無い。毎年出てくるには蓄えた養分が必要なはずだ。葉が無くては光合成ができないではないか。さりとて、ナンバンギセルのような寄生植物ではない。そう、なにかこう、神秘的というか、黒魔術的というか……草刈りでも彼岸花だけはそのままにしておくのは、なんとなく「畏(おそ)れ」を感じるからだった。

 大袈裟な話だが、今回、ようやく本来の調査癖に火をつけて「謎」に挑んだ。
 「彼岸」は文字通り「かなたの岸」だ。では何の彼方なのか。仏教は言う。「煩悩(ぼんのう)の激流、煩悩の海」、つまりこちらがわの「此岸(しがん)」から見た彼方だという。「輪廻(りんね)を超えた涅槃(ねはん)の境地」(『岩波仏教辞典』)をいうのだそうな。余計に難しくなってしまうので、ザックリ国語辞典的にまとめると、「生き死にの迷いの世界から見た対岸の悟りの世界」が「彼岸」になるらしい。日本でのお彼岸は、3月の春分の日と、9月の秋分の日を中日(ちゅうにち)として各々前後3日を併せている。「彼岸会」は遠く聖徳太子の頃からあったというが、年中行事になったのは江戸時代だという。
 
 話を花に戻そう。別名「曼珠沙華」はもともと梵語(ぼんご=サンスクリット)で「マンジュシャカ」、漢語訳では、花の外形からか「円華」、色の方からか「赤団華」となっている。爺は、「柔軟花」とも訳されることもあることから「まどかのはな」と解し、「円華」が好もしいと感じる。前記仏教辞典によれば、この花は釈迦が法華経を説かれる際の瑞兆(ずいちょう)としての天からの使いであり、見る者の心をやわらげる」ものだとされている。なるほど、である。だから、摩訶不思議な出現の仕方が可能なのだ。やはり彼岸花はただものではない。

 もう一つの謎は、爺が知らなかったというだけだった。花の時には葉っぱは無いが、花が消失したあと、晩秋に水仙の葉を細くしたような葉っぱが出て越冬し、春に枯れるという。しかしこれもまた、普通の花々とは異質なもので、やはりミステリアスである。さらに興味深いのは、この花、地下の鱗茎にリコリンという毒を蓄えている有毒植物だということ。日本の別名「しびとばな」は、あまりにもストレートに怖さを教える。お墓に似合う野草だからか。
 知れば知るほど、摘んだり切ったり、機械で刈ったりは、したくなくなる。
 仏の露払い的な「お使い」だからこそ、期日に遅れないようにきちっと現れ、彼岸には必ず開花するのだろう。
 きょう写真に撮ったこの花も、9月19日までには見事に咲き誇っているに違いない。
 そうそう、もし他の時季にヒガンバナの姿に接したいのなら、そっくりな花がある。花屋にたずねられたい、「洋花でネリネという花は無いか」と。きっと、同じ仲間だと思う。
 この花を見て墓参りを思い出す人、意外に多いのでは。とりあえず、合掌。

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蛙声爺

Author:蛙声爺
文芸同人誌編集をしています。
考えるフクロウが理想。
木内光夫のHPもよろしく。

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