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蛙声爺の言葉の楽園

. 図書館通いって案外いいかも


  図書館で本やDVDを借りると貸し出し内容やら貸出日、返却予定日などを記載した小さなカードをくれます。きのう、整理して古ノートに記録として貼り付けていましたら、なんと1か月の間に7回も通っていたことを知り小さな驚きを感じました。いつから読書家になったのかな(^^♪と。でも、すぐに気づきました、調べたいことがたくさんあったにすぎないのだと。

 直近の執筆で細部(ディテール)の確認に手間取りました。心房細動、心室細動などの原因や危険性、心不全など突然死への過程について専門医の手になる本が必要になった(ちなみに私自身不整脈)のですが、書店に適当な参考図書がなく、ウィキペディアでも専門用語の紋切り型が多くて物語の中に取り込む知識としては不適当でした。それで「もしや」と思いつき、市立図書館に出向いたのです。ありました、図解の多い専門書が。それからでした、書店に行く前にまず図書館に行くことにしたのは。若い頃、東京と横浜で住み込みで働きながら高校と大学の勉強をしていた私でしたから、「勉強部屋」は常に公立図書館でした。長い間、それを忘れていたことが不思議と言えば不思議。とにかく図書館は大変役に立ったのです。

 きっかけは辞書的な求めからでしたが、気軽に読める本も借りてくるようになりました。寝る前に布団に入り、腹ばいになりながら読むのが目的の本なので、役に立つけれど肩は張らない、さらに大き目の活字であることが必須条件です。借りた記録を見ると「高齢者もの」が多いようです(^^♪
 きのう読み終わったのは、曽野綾子と上坂冬子の『老い楽対談』(196頁)でした。「老いらく」と言えば「恋」なのでやわらかいと思いきや相変わらず「老い」に辛辣な内容でした。もっともそこが心地よいのですが、ええ、綾小路きみまろやちょっと前の毒蝮三太夫のように。もっとも以前読んだ『引退しない人生』(曽野綾子)が厳しい「口調」だったので、それほど驚きはしませんでした。いろいろ自分の「味蘇帳」にメモしたことばがありますので、その一つをご紹介します。これ、曽野さんのほかの著書でも観たような気がしますけれど。『ふと考えたの。自分にはまだ一つ、「死ぬ」という大きな仕事が残っている』

 …有り余る時間…図書館通いって案外いいかもしれません。



    伊豆半島富戸の海岸

      荒波を防ぐ消波ブロック、人の道を護るためにも欲しくないですか?

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. 高齢になりハッピーエンドの作品が嫌いになった


 自分のことを「嫌な年寄りになったのかなぁ」と思うときがあります。
 小説でもテレビドラマでも映画でも、ハッピーエンドがうそ寒くて苦手になったのです。実際に自分が生きて来た道も、その間に見聞した世の中の犯罪、出来事もアンハッピーで山盛りだったからです。だからこそ創り事の世界ぐらいはハッピーに、そう思っていた時期は確かにありました。でもね、と思うのです。不幸なことに、思い通りにならない苛立ちと絶望に、精神面で慣れて抵抗力をつけておかないと、現実の世界で無残な局面に立たされたときに抵抗できなくなります。

 年寄りなので大昔の話になりますけど、未成年の頃に読んだコミックや小説、観たドラマ・映画で一番疑問に思ったのは、主役や「いい者」がどんな目に遭っても必ず勝つ、周りがどんどん死んでいくのに最後まで死なないということでした。「これ、うそだぁ」という、一つの「白け」でした。つまりそれは創作における約束事だったんですね、それが「疑い」の始まりでした。
 ところが、白土三平の『カムイ伝』という劇画がこれを覆してくれたのです。作品の中で、綺麗なお嬢さまと元乳母らしき二人が旅の途中で無頼の男たちに無慈悲に犯され殺されてしまいます。しかも裸のまま野に遺体を置きっぱなし…その絵面は凄い衝撃でしたから、その時の感覚はいまでも蘇ります。弱ければ、いい人間も負けて殺される、言わば野獣の世界を垣間見たのでした。「これが本当だよね」世の中のことなど、よく知りもしない年齢でしたが哀しくもそう思った記憶があります。
 そしていま、70年以上生きて来て、「本当だよね」が体験済みになったわけですが、決してハッピーでない現実をそのままに描く作品に評価を与えている自分がいます。鑑賞していて居心地がいいのです。創作物の中の虚構と体験している現実との落差が少ないからでしょう。

 自分が創る方も同様になっているようです。私は自分のこの心理現象を、「本音は美しい」とキャッチコピーのようにして胸に仕舞っています。小説を書く時も、人間関係を執筆前に図化しますが、互いの心の中の方向性を多角的に押さえています。激しい葛藤の結果生まれる人間関係や事件の方が真実味があり、うっかりすると美しく見えるのです。50歳を過ぎて、ようやく気付いた私でした。

 残念なことにもう、美しすぎたり、優しすぎたり、温かすぎたりする作品は心地よくないのです。ただ、ほんとにこの頃ですが、自作は当然ですが人の作品もラストシーンがハッピー、アンハッピーどちらにでも解釈できるものが好みになりました。昔の作品で例えるなら、彼と彼女が二人とも勤務先の会社を揃って辞め、失業して結ばれる『アパートの鍵貸します』のような。
 自分の心身がよほど弱って来たのかもしれません。 

  

   散る前に見せる妖しさ

     散る前に見せる燃えるような妖しさ、人間もかくあれば…
 

. 短文から妄想の世界を歩くと


 例えばこんなシーン。ママが具合が悪くてパパが料理をしようとしています。どうやら作りたいのは残り飯を使った炒飯らしく、生意気に中華鍋を火にかけ油をたらし、いままさにご飯を炒めようとしたときです。ママの注意が聞こえました、『たまごからだからね』と。「なんだよ、卵無いのかよ」とパパは「買いに行くのは面倒」と俄かコックをさっさと諦めました。ママが冷蔵庫の『卵空だから』と言ったと勘違いしたのです。じつは卵から炒めはじめてね、という意味だったのでした。ちなみに調理の仕方は人それぞれなのですが、ここの奥さんは卵を先にするタイプの人だったのですね。いずれにせよ注意が短すぎるのが原因です。

 親子で小さな工場をやっていました。超零細企業です。親父は心労がたたって寝込みましたが工場が心配でたまりません。そこで或る朝息子に「俺、今日は行くから」と電話しました。息子の返事は『とうさんだからこなくていい』でした。金策間に合わずにいよいよ倒産かと親父はしょげました。本当は息子、『父さん、だから来なくていい』といたわっただけなのでした。
 玄関から娘が入ってきました。母「お帰り、もういいから」、娘『帰れって何よ、離婚認めるって言ったじゃん』の世界ですね。もう少し長く会話しましょうよ、親子だからこそ。

 ではここでひとつ遊びます。「はやくつみなよな」と仮名入力したとします。少し想像しただけでも3つのシーンが出てきます。ちなみに「早く」は一緒でしたが。畑で姑が嫁に『早く摘みなよ菜』、運送屋が倉庫でフォークリフト担当に『早く積みなよな』、ヘボ将棋の相方がヘボに『早く詰みなよな』。日本語はかなり面倒な言語かもしれません。 


 一昔前は電報がかなり活躍していました。誤訳の例文で有名だったのは、『○○シンダイシャタノム』でした。解釈は2つで「死んだ、医者頼む」と「寝台車頼む」でした。当時生意気だった私は、死んだのに電報で医者を頼むの? 「シニソウ」なら解かるけどと難癖をつけたものです。心肺停止は素人でも判定できて、一般人この段階で「死んだ」と言っていますが、正式には医師が死亡確認をして「死んだ」なのですね。ですからこの例文、必ずしも変ではありません。新幹線全盛の時代になり、少し前「寝台車」なるものが無くなったと聞いたような気がします。結論としてこの例文も、たぶん死んでますね。

 妄想の失敗例を1つ。『おしっこしにくい』がそれでした。「オシッコしにくい」が1つ目で、穴の開いてないパンツなのか、寅さんいうところの男のスワリションベンなのか? 前立腺肥大の場合は「オシッコ出にくい」の方が適切なように思えますし…。2つ目の「お引越し憎い」はマニアックすぎて、小中学生がお友だちと別れるのが辛いというシーンが浮かぶだけでした。

 長編小説が脱稿したら「ずいぶん暇になったな」とからかわれそうですが、日本語の難しさみたいなものを感じた次第です。
 いえ、「難しさ」というより、日本語における同音異義語の氾濫やそれに対応するための誤変換というデジタル機器の苦悩を見る想い、さらには文章における漢字の役割などに想いを致したと言うべきかもしれません。
 




    もう起きてたの

    「もう起きてたのか」 早朝散歩で見かけたアオサギ 「お前ずっと独りだな」
  

  
 

. もう空が見えないのだろうか



       誘いかけてくるキラキラした諸々よりも
       足元のほうが綺麗に思えるのはなぜだろう
       もう空が見えないからかもしれない


      足元の景色



    この2週間ほどの間は、400字詰原稿用紙換算で1日平均8.5枚
    のペースで書き続けていたことになる。予定よりも1か月早く脱稿
    となった。
    夜半から、払暁に、朝涼しいうちに、一番暑い2時過ぎにと、書く力
    が内から湧いたときは、時間を選ばず執筆をした。
    あとは10日ほど寝かせて、全編を通読し校閲をする。
    酷暑と冷房、さらに座りきりが多くなり、体調は最悪になった。
    やりとげたという心の高揚とは裏腹に、自堕落にひたすら眠い。



. 目をいたわります。これからは時々帰ってきます


 当分の間、眼をいたわるためにパソコン作業量を必要最少限にいたします。ブログ記事が極端に減りますので、もしよろしければ、カテゴリ別の過去記事をお訪ねくださいますよう。
 いつもいつも、ありがとうございます。 
 


     発行済みの爺の本
 

. プロフィール

蛙声爺

Author:蛙声爺
文芸同人誌編集をしています。
考えるフクロウが理想。
木内光夫のHPもよろしく。

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