蛙声爺の言葉の楽園

. 『関ケ原』期待をしていたればこそ


 「うーん」と何とも複雑な思いで映画館を出た。億2桁は確実に費やしたであろう時代劇超大作『関ケ原』(原田眞人監督)は、期待が大きかっただけに不完全燃焼のままに、帰路の重荷になった。常なら「シゲルと愛子」のコンビで感想文を書く爺だが、今回は自分の文体で書きたい。そう思わせる立派な作品ではあったのだ。

 以下、叩きつけるように述べるがご容赦有りたい。浅学菲才の身、論点に誤りがあるかもしれないが、それは勢いというものでご寛恕願うとしよう。勝手に膨らませた期待がスクリーンにぶつかって破裂しただけのことなのだから。

 確かに原田監督の高揚感は伝わって来た。だが深みを感じられなかったのだ。司馬遼太郎の上・中・下3巻ものの小説『関ケ原』は2回読んだ。この作品の原作である。だからかもしれない。
 2時間半の上映時間を通して、どの戦国武将の苦悩も伝わってこなかった。ただ戦闘・関ケ原に向かっていく動機らしきものを羅列しただけで終わったように感じた。原因はシナリオにあると踏んだ。全くの私見だが、監督が同時に脚本を書くときは共同脚本にするべきだと想う。創作の情熱が上滑りし、巨匠監督といえども客観性を担保出来ないからだ。それを知って実行している監督を二人挙げよう。黒澤明(井出雅人や小國英雄など多数の脚本家と共同するのを常とした)と山田洋次(最近多いのが脚本家平松恵美子との共同である)がそれだ。黒澤映画に心酔していたのなら、なぜ倣わなかったのだろう。不思議でならない。

 例えば女の忍び初芽(有村架純)の創出が男のドラマを甘くしてしまった。しかも不思議に数回も危機を生き延びる。安直ともいえる恋愛要素が時間を奪い、どれほど多くの武将の内面描写を削らせただろう。ラスト近く石田三成(岡田准一)が刑場の連れられて行くシーンで初芽とアイコンタクトをとるが、失笑を禁じえなかった。「観客」への悪しき迎合とさえ思える。
 小説『関ケ原』の魅力は各武将の心の動きの活写だった。戦闘行為そのものの描写は従たるものでしかなかった。観客にこびた要らぬ女忍者に費やした時間は、各武将のそれにこそ使われるべきだったと愚考する。もっとも従たる戦闘行為そのものは見事なほどに迫力があった。しかしキツイみかたをすれば、ナレーションでもタイトルでもいいので、今映っている戦闘行為が東西両軍の勝敗にどう影響を与えたかを説いてほしかったと思う。ただのアクション映画か文芸の香り豊かな作品かの分水嶺は、まさに、そこにあったと思えてならない。

 さらに言わせてもらえれば、戦闘アクションで言うなら『レッド・クリフ』(ジョン・ウー監督)には及ばない。武士の心情のえぐり方で言えば『ラスト・サムライ』(エドワード・ズウィック監督)に軍配があがる。そしてもう一つ、追う者追われる者の頭脳戦で言えば『天国と地獄』(黒澤明監督)に敵わないと言えよう。
 面罵しているように感じたかもしれないが、ただただ悔しいからに過ぎない。久しぶりにワクワクしながら小田原まで車を走らせたのだ。原田監督には純粋に「司馬遼太郎」を追ってほしかった。もう一度言いたい。「初芽」は要らないドラマなのだと。
 矛盾するようだが、それでも星は五つである。 



. 映画「SCOOP」、それでも観たほうがいいよ

 糞溜(くそだ)めに落ちているダイヤをあなたは拾いますか、しかも絶対に換金できないと知っていて。この映画は観客に応える、「ああ、拾うよ」と。 だってどこに落ちていようが、光るものが偽物だなんて思いたくないから。
 福山雅治が汚れ役に挑んだ大根仁監督の『SCOOP』、久しぶりに昭和のガチ映画を観たような気がする。
 作品のキャッチコピーは確か『ごめん、馬鹿で悪かったな』だ。

 前半は猥雑、下品、ゲスの極み。スクリーンからアルコール臭やタバコの煙や女や男の体液臭が観ている側に迫ってくる感覚に陥る。『ガリレオ』シリーズでみせた物理学者湯川准教授の面影のひとかけらも無い、容貌も心も行為も汚い福山のパパラッチ静(しずか)がいい。のっけから体当たりで絡んでくるど素人記者の野火(のび・二階堂ふみ)もかなりの役者だ。うっかり「かわいいな」と見直してしまった。先輩・後輩の言行の不一致とハイテンポの罵りの応酬は、小気味が良く「脚本の腕」を感じる。伝わってくる静の愚痴は「ばか育てるのも命がけだな」というところか。しかし野火は、終には「仕事馬鹿」に成長(変態)していくのだが。

 主役の福山を気遣い、「いやらしさ」を手加減しないところが監督の本気を物語っている。
 それでいて「しごと」を通して、隠れて見えない人間性が光る。上に掲げた「糞溜めのダイヤ」だ。これを拾うのが、モトカノの副編集長定子(吉田羊)、「とっくに冷めているのに、これって愛なの」といった風情だ。グラビア担当副編集長の馬場(滝藤賢一)が静への評価を口にするのはラスト近く。情報屋のチャラ源(リリー・フランキー)は腐れ縁そのもの。そして最後に気付くのが、ちょっぴり女として大きくなった野火。この変化の様で私は浄化された。聞こえない野火の気持ちをセリフに変えれば「男に魅かれるって、こういうことなんだ」となる。

 まったくの偏見だが、恋は片想いが、友情は腐れ縁が、一番「純粋」だ。共通点はギブアンドテイクからどこかで必ず外れている。見返りを求めない感情があると踏んだのだ。静とチャラ源はこれだ。リリー・フランキーの怪演は化け物的でさえある。
 ネタバレを避けてここまで来たが、禁を犯しそうなのでここで封をしたい。

 ズルさ汚さや、人間の最低なところを貫いて描くと、不思議なことに、そこから綺麗なものが見えてくる。
 そういう落差「感動」をあなたにもお勧めしたい。
 これは大ヒットはしない映画だと思う。けれど。
 仮に上映中の館内に自分1人しか居なかったとしても、いい映画はいい映画なのだ。
 「違いますか・・・」


 【つぶやき】 このレビュー、1日置いて読んだけどクソわかりにくいね、自己満足かい? 「イヤ、クソマジメだって」  それにしても観客20人ぐらいで寒かったなぁ。小田原だよ、伊豆の伊東じゃなくて。なんだか哀しい。例によってかみさんは10分は寝てたし。ネットでは「大コケか」と予測しきり。福山雅治結婚したからこの役できたんじゃないかな、女性ファンが観に来るかね、この静キャラで。でもなぁ、ヒットしないからって「出来が悪い」とはイコールじゃないし、報道ではジブリの「レッドタートル」もコケたらしいし、反対に大ヒットロングランでも駄作は駄作だし。こんな気分のときは・・・タバコのみなら一服だけどあいにく吸えないし、コーヒーもう一杯飲むかぁ。エイガオタク万歳! ちょっと孤独感・・・


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. 映画選びは心を映す鏡かも


 410回以上になる爺のブログには数10本に及ぶ映画の紹介記事がある。ところが確認してみると面白いことが分った。おしなべて読み手の関心度が小さいのだ。文章の巧拙もあろうが、自分が観ていない映画やドラマの感想記事がいいのか、悪いのか、判断できないのだからこれは当然かもしれない。だからと言えば妙だが、今回は自分がまだ鑑賞しておらず、ただ観たいと強く思った映画について語りたい。「なぜ選んだのか」の中に、自分の心が見えてくるかもしれないからだ。

 インターネットのブログやフェイスブックで作品の存在を知り、それが起爆剤になるという経過をたどった作品が二つある。 
 まずは『杉原千畝』(チェリン・グラック監督・唐沢寿明、小雪主演)。味もそっけもないタイトルで驚いたが、「千畝」は「ちうね」と読む。畝は畑の「うね」と一緒だ。第二次世界大戦下のリトアニア領事館で、ナチス(独裁者ヒットラー率いる国家社会主義ドイツ労働党のこと)に迫害されるユダヤ人難民6000人余にビザを発給し、彼らの命を救ったという史実に基づく物語である。このとき外交官杉原は、日本政府の方針に反していることを承知で、人道的見地から実行している。つまり自らの「立場」や「安全」を超えたところで決断したのだった。
 映画ファンは、S・スピルバーグ監督作品でアカデミー賞をとった『シンドラーのリスト』をご存じだろう。こちらは私も上映当時に観ている。シンドラーはドイツの実業家で、1000人を超すポーランド系ユダヤ人の命をナチスの魔の手から救っている。当時ナチスはユダヤ人に対する組織的な大虐殺(=ホロコースト)を行っていた。ただのちに、彼は人道的な行為をしたのではなく、自分の事業に必要なユダヤ人労働力を確保しただけだという説が彼の近親者から出てきたようだ。だとすれば、杉原の方がより称賛されるべきではないか。もうすこし詳しく千畝のことを知りたい。その想いが私を突き動かす。

 もう一つは『海難 1890』(田中光敏監督・内野聖陽、忽那汐里主演)。映画の筋などは、鑑賞後の記憶に照らしても、細部は歳月を経て忘れられ根幹部分だけが残る。そんな感じでこの映画を語るとこうなるのだろうか。「1890年和歌山沖で座礁したトルコ軍艦の兵士69名を必死で救った地元住民の物語」と。トルコ国民はこの恩義を忘れず95年後に返礼をした。戦地イラクから脱出する手立てを失った日本国民を、トルコ航空機が自国民よりも優先して救うのである。トルコ国民は陸路で脱出可能だが、日本人には空路しか無かったのだ。これも映画の中で扱われているという。1世紀近いときを超えた「異国人の間の信義と仁」、観てみたいと、そう思った。

 感動した映画に引っ張られ、関連作品として観たいというアプローチもある。
 『黄金のアデーレ 名画の帰還』(サイモン・カーティス監督・ヘレン・ミレン、ライアン・レイノルズ主演)がそれである。監督も主演俳優も知らない。名作と聞いたことも無い。ただひたすら名画『接吻』で有名なクリムトという画家の名前が私を引きつけたのだった。実はタイトルの「アデーレ」だけで、「もしかしたら」と思った。この映画は、ナチスに奪われた名画「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像Ⅱ」の返還を求めて訴訟を起こした婦人マリアとその手助けをする若い弁護士を描いていたのだ。そうなら観る。この場合は、単純極まりない。失礼な言い方をすれば、面白いかどうかなどどうでもいいのだ。
 私は何年も前に「Amazon」でラウル・ルイス監督の『クリムト』のDVDを買った。劇場での上映が終わっていたからだが、そのお陰で、この幻想的で癖のある、それでいて美しさに溢れた映画を繰り返し鑑賞できた。マルコビッチの曖昧で自己愛に満ちたクリムトと、ヴェロニカ・フェレの儚さと傲慢さを併せ持つクリムトにとっての「永遠の女」。圧倒的な「耀き」に酔いしれたのだ。
 
 極稀だが、監督の名前だけで観ると決めることがある。昔、日本なら黒澤明、ハリウッドならスピルバーグだ。そして今は小泉堯史とこの人「是枝裕和」。『そして父になる』、『海街diary』から…いま上映中の『海よりもまだ深く』へ。
 たまにはこういう選び方もいい。


  

        崖の苗木

            こんなところで、どうやって生きていくのよ


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. 暖かい風が吹く映画「あん」


 新企画「どらまチクッ」の①です。観た映画の自儘なレビューになります。

 恥ずかしながら早く観ようと思いつつ何と1年を過ごしてしまいDVDでの念願果たしになった。10年近く前に『殯(もがり)の森』でカンヌ・グランプリを獲得した女性監督河瀨直美の作品で、主演は名優樹木希林(徳江役)と受賞男永瀬正敏(千太郎役)だ。
 小さなドラ焼き屋の雇われ店主千太郎の生気のない捨て鉢な日常から導入される。或る日、時給額は問わないから雇ってという老婆徳江が訪れてドラマは始まる。じつは、あん造り名人の徳江は、完治したとはいえ元ハンセン病患者で、これが原因で店を去っていき、後日肺炎を患って施設内で急死する。
 徳江が過去のある千太郎の心を温め、恵まれない家庭の娘ワカナ(内田伽羅)の心を修復していく。「映画は一言で説明できなければならない」と言った黒澤明に従えばこの作品は、「元ハンセン病患者だった老婆が、生きるという意味を教えてくれる映画」である。

 出来合いの餡子(あんこ)を一斗缶で仕入れている千太郎に、小豆から自分で「あん」を作らなきゃと手ほどきをするシーンがある。見ようによっては退屈なほどに長い。じつはこのデテール(detail)が重要で、素材との対話の必要性、時間をかけて愛情を注ぐ努力、我慢、それなしには愛される「あん」(=人)は出来ないという理(ことわり)を、観る人の潜在意識の中に忍び込ませている。ちょっとくたびれかかった素材の千太郎、粗削りで沈んでいる未熟な素材ワカナ。ふたりはそれぞれに、愛すべき「あん」に変わっていく。新藤兼人に曰く『ドラマは人間を描くことです』に徴すれば、「あん」は、「体現者」だと言えるだろう。

 もう一つのテーマは偏見の怖さだ。ハンセン病はかつて「らい」と称され、重症化すれば顔かたちまでが崩れる不治の病でしかも伝染病、患者を隔離するしか手が無かったと言われている。人々はこの病を忌み嫌い、恐れおののいた。松本清張の『砂の器』はこれを扱っている推理小説である。しかし現代医学はこれを克服し、日本人患者は近年数人になり、終にはゼロにまでなった。ただ、目に見える病痕や障碍は「差別」を誘い、いまも施設で暮らしている人が多いという。映画には徳江に対する声高な差別攻撃も、積極行動による排除もない。徳江のつくったあんの美味しさに群がったお客が、らい患者という噂だけで一気にゼロになるという静かなシーンでそれを示しただけである。この抑制の利いた映像処理が河瀨監督の「訴え」につながっている。 

 河瀨監督の映画の特色の一つに音楽の抑制がある。優れた俳優の演技はそれ自体が映画音楽ということを知っているのだ。シーンの喜怒哀楽を音楽で助ける必要が無い。この選択は換言すれば俳優への信頼感だと思う。さらに突き詰めれば自分の作品を解かってくれるはずだという観客への信頼感でもあろう。台詞が少なく、かつ短い。これもその証だ。観客の理解力を信じればこそだろう。脚本も監督自身が書いている。

 筆者も、感じながら、考えながら最後まで目を離せなかった。
 嬉しかったのは、「あん」がかなり大勢の観客を呼んだという事実だ。かつて日本の映画には、文芸作品という「分野」があったはずだ。テレビには「芸術祭参加作品」というドラマの肩書も存在した。
 CG駆使のアクション映画やコミック原作の青春映画が目白押しの映画界だが、エンドマークの後で、何日もいや何年も銀幕が問いかけたものに引き戻される、そんな映画も欲しいと思う。
 「あん」を観て、常日頃の想いを再確認させられた。



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. 記憶に残るこの10作、邦画と洋画


 資料を何も見ないでかつて観た映画を邦画と洋画で10本ずつ選んでみました。以前「小説」でやってみたことがありますが、そのときは「自分が見えてくる」とその効果を予想しました。今回は何も考えずに並べてみたんです。そうしたら偶然、選んだ作品には、「監督の入魂を感じる作品」「映画的なオドロキをくれた作品」という共通点がありました。ひとつの例外を除き、複数回鑑賞したという映画で、同じくひとつの例外を除き監督の名前がすっと出てきたのも面白い発見でした。映画好きの皆さん、試しにやってみてください。
 ちなみに今回は好みや評価の順位を付けるものではありません。


 【洋画】
 タイトル              監督                  鑑賞回数 
 『ガンジー』            リチャード・アッテンボロー        2
 『アラビアのロレンス』      デビット・リーン              2
 『地獄の黙示録』         フランシス・コッポラ            3
 『レオン』              リュック・ベッソン             2
 『ジュラシックパーク』      スピルバーグ               2
 『ディア・ハンター』        マイケル・チミノ              3
 『十戒』               セシル・B・デミル             2
 『クレーマークレーマー』     ロバート・ベントン            3
 『タイタニック』           ジェームス・キャメロン           2
 『サウンド・オブ・ミュージック』 ロバート・ワイズ              5
【邦画】
 『人間の条件』           小林正樹                 1  ※6部作9.5時間 
 『七人の侍』             黒澤明                  5
 『宮本武蔵』             内田吐夢                 2  ※5部作
 『赤ひげ』               黒澤明                 10
 『もののけ姫』            宮崎駿                  5
 『天国と地獄』            黒澤明                  5
 『千と千尋の神隠し』        宮崎駿                  3
 『復讐するは我にあり』       今村昌平                2
 『砂の器』               野村芳太郎               3
 『となりのトトロ』           宮崎駿                  3

 何とも不思議なことに、邦画の半分は黒澤明と宮崎駿で占められていました。アニメが3作品というのが何とも(^^♪ですね。数え切れないほど邦画を観ているのですが、また、良かったと思った作品も多々あるのですが、すっと思い出すのはこのとおりで、よほど印象が深かったのでしょう。
 洋画で言うと『アパートの鍵貸します』とか『人生の特等席』、邦画で言うと『生きる』『楢山節考』など「人間の内面」そのものを扱った映画が11番目以降になってしまうのは、驚きよりも鑑賞後の熟考で印象深いということだからです。観ている「そのとき」ではないのでした。映画通からは叱られそうですが(^^♪

 レンタルビデオのツタヤで売っている『シネマハンドブック』という年刊の小冊子があります。この2014-2016の3年間のいわば「エリート映画」(各界の映画好きが選出)には邦画がほとんど入っていません。思い浮かべるのに困るのは、どうやら私だけではないようです。とくに昨今の邦画は「間違っても損失を出さない」という方針なのか、人気コミックの実写化、人気若手俳優のオンパレードで、その中でも恋愛ものはどこを切っても同じ「金太郎飴」みたいになってきました。比較的秀逸だなと思ったのは『ホットロード』ですかね。いかがでしょうか。

             
 昨夜のこと、パソコンに向かっていた私は下唇に異常を感じて姿見の前に。なんと、そこだけ口紅でも塗ったように赤い、しかも腫れていて光沢すらある。少し痒い。あわてて「ムヒ」を塗った。変な味。蚊だろうか、冬でもチカイエカは生きている。ビルに多いのだが、ここもビルには違いない。それともダニ? 嫌ダニ。あれこれ詮索している間に腫れは増していく。口の中は薬の味でいっぱい。コップに水で、うがい三昧。歯っ欠けの次がこれかい!
 私は笑いだした。こういうときは自分の「ドジ」を笑い飛ばすのが一番いい。
 翌朝、真っ先に鏡をのぞいたのはもちろんのこと。やれやれ。


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. プロフィール

蛙声爺

Author:蛙声爺
文芸同人誌編集をしています。
考えるフクロウが理想。
木内光夫のHPもよろしく。

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