蛙声爺の言葉の楽園

. 日本と日本人の底力を調べてみた

 
 ■まずは「日本の力」の概要をみてください。丸中の数字は世界の順位です。
 GDP(IMF・2015年)という経済指標です。①米国17兆9470億ドル ②中国10兆9828億ドル ときて③が日本4兆1232億ドルとなります。「円」に換算するには約110倍にしてください。普通はこの結果で「世界第3位の経済大国」と言いますね。でもこのGDPの値、例えば巨大な穴を掘ってすぐ埋め返したり、建てたビルを使わないうちに解体したりしても金が乗数的に動いて増えますから、数字そのものにはあまり意味がないように思うのですが、「張り子の経済指標」にもなりえますし。それとこの値、人口が多いほど膨らみますから、本当の「経済力」は1人当たりの数字にして出すことになります。例えば中国は約13億6700万人、日本は約1億2700万人です。人口で除した値にすると中国は世界76位、日本は同26位にと「降格」します。『超大国』のはずの中国が時々「発展途上国」だと言い出す不思議は、このあたりを根拠にしているようですね。
 ちなみに、都市としてのGDPの世界ランキング1位は、ニューヨークを抜いて、もちろん東京でした。 

 ■で、GDPに飽き足らない「豊かさ」の尺度が出てきました。「1人当たりの総合的な豊かさ」がそれです(OECD)。
 A人的資本+B生産資本+C天然資本のT総合点で決まりますが、日本は世界1位でした(2012年)。さらに「国全体の総合的な豊かさ」は個人の値T×人口になりますからこれも米国に次ぎ2位です(2012年)。圧倒的に人口が米国にはかなわないわけですから、2位に着けたことは「誉れ」でしょう。

 ■日本は、意外に思うかもしれませんが、25年間連続で世界の債権国ランキングで1位です。直近のデータではその額948兆円といいますから、2017年度国家予算案総額101兆4700億円の約9倍になります。資産から負債を引いた「対外純資産」額約339兆2630億円も世界1位になります。

 ■安倍首相がトランプ米国大統領に「朝貢外交」をしたと隣国や某野党から揶揄されましたが、この「評価」の良し悪しは別としてこんなことは言えるかもしれません。本来なら「あちら」からまず日本に来るべきかもと。なぜなら日本は米国に対する世界1位の債権国だからです。少し前までは中国が1位でしたが、彼の国が自ら減らしたので逆転となりました。後の方にも諸々米国と1位2位を争う項目が出てきますが、米国と日本はもはやズブズブの「一蓮托生」関係ですよ。もっとも1945年8月15日からずっとそうなのだとも言えますが。
 さらに今回、米国の貿易赤字対象国で中国に次ぎ日本が2位になりました。ドイツを抜いてしまったのです。

 ■国連との関係も見てみましょう。国連への拠出金額1位は「594百万ドル」(22%)の米国ですが、2位は「237百万ドル」(9.68%)で日本です。これがユネスコへの拠出金となりますと1位の米国が拠出停止中なので、日本が実質1位となっています。

 ■視点を変えて国防費(軍事費)を診ます。日本は国際的な約束なのかどうか、GDPの1%以内と枠づけられていて、2017年度予算案では、4兆8996億円となっています。まだ「案」です。使い途の「枠」としての「専守防衛」はいままでも堅く守られています。ちなみに日本の軍事力の国際的レベルですが、核を考えない通常兵器を前提として、量的把握では8位(米-露-中-印-仏-英-日の順)。しかしこれをスイスの機関は質的に捉えて、日本を4位(米-露-中-日の順)に置いています。自国を防衛するために特化した自衛隊の軍事能力は、日本人より外国の方が高く評価しているということでしょうか。興味深いですね。

 ■さあ、この辺りで海外の日本に対する「評価」「イメージ」をみてみましょう。
 「日本」は5つぐらいの言葉でとらえることができるらしいのです。「先進技術」+「高品質」+「独自性」+「安全性」+「文化」。なるほどと納得です。ここでは「2014-2015国の有するブランド力ランキング」を引けばOKでしょう。米国の調査会社のデータです。ここでも日本は世界1位でした。ちなみに2位はスイス、米国は7位でした。信用度と言い換えることもできます。

 ■犯罪が少ない国ランキングで米国FBIの「格付け」では、日本が世界1位でした。最も凶悪な殺人についてのデータがありました(2016年)、人口十万人あたりの殺人事件。日本は0.31人でした。もちろん先進国では1位ですし、210か国中207位という低い殺人発生数でした。殺人大国のように反復・拡大報道しているのはどのマスコミなのでしょうね。
 
 ■「正確で安全な国」日本。これは新幹線を代表格であげましょう。さらにはこの二つ。
 「世界自動車ブランドベストテン」1位のみならず2,3,5,8位も日本車でした(2015年)。また、「同部品耐久品質調査」1位もレクサス(トヨタ)で日本が1位でした。トランプさんへ、日本車が売れるのは為替操作などではありませんよ。

■会社の名前を出してしまいましたが、日本の革新技術レベルも群を抜いているという見方がこれです、「Top100グローバル・イノベーター2015」。100社のうち実に40社が日本の企業で、米国を抜きこれも1位でした。日本で統計やアンケートをしているわけではなく、世界のあちこちで調査・分析をしているのですからこれらの結果に「お手盛り」はありません。

 ■先に「安全」ということを掲げましたが、これは「長寿」にも貢献しますね。日本は「男女併せてのの平均寿命」部門で83.7歳でトップでした。「女性部門」でも86.8歳で1位、「男性部門」では80.5歳で6位でした(WHO・2016年)。単純に長ければいいというものではありませんが、「長寿」の裏には「食糧」「医療」「教育」「雇用」「安全」「平和」など多くの指標が隠れています。「国の力」の一つのバロメータではあると思います。
 
 いろいろあげてみましたが、まだ載せたのは半分ぐらいでしょうか。地図で見ればほんとに小さな国、「日本」。それがここまで世界に羽ばたいているのでした。
 長々と失礼しました。

(註)GDP(国内総生産)・IMF(国際通貨基金)・OECD(経済協力開発機構)・FBI(米国連邦捜査局)・WHO(世界保健機構)


  孤高では動かせず大衆で動かせる「重さ」だって在る

      築城石
             *伊豆稲取・築城石*


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. さまよえる真実と、ブーメランな「真実」の始末


 「自由の女神が泣いている」と誰かが言った。彼の国はこの世界での存在価値を自らの手で減殺しようというのだろうか。かなり世代をさかのぼるが、同国のジャクソン判事の言葉を引いてみる。
 『この国が反宗教(irreligion)にとって自由であることをやめる日は、同時に、政治的権力を握った宗教を除く全ての宗教にとって、自由であることをやめる日でもあるだろう』

 私にしてはたくさんの時間を割いてもろもろの報道に接し、それを理解するために片っ端から活字を追いかけた。それから導き出されたものは、その多義性によってさまよえる真実と、ためにするブーメランな「真実」の存在だった。
 いま、少し整理をしてみたくなっている。

 まず身近な刑事裁判について。
 ①容疑者(犯人)の「真実」 ②警察・検察側(被害者)の「真実」 ③裁判官(審判)の「真実」 ④神のみぞ知る真実の真実、の四つの真実がある。④を見つけるために利害相反する①と②を争わせ③を導き出すのが法廷だ。そこでの④は「可及的」という探索の彼方に存在するとされる。
 結果、③の「有罪無罪」の判決は、①が当該犯罪を実際に犯したかどうかをとは別の「真実」になる。
 人間が法的手続きを経て人間の裁く限界と言っていいだろう。
 私たちは知っている。このルールによって「罪と罰」を逃れ、高らかに笑っている人間がいることを。

 統治権力/独裁の中でのこと。
 ①被治者国民の生殺与奪の権を持つ者の「真実」
 ②被治者の、自らの命と生活が一番という中での「真実」
 ③②を超越し正論で抗する被治者のいう「真実」
 ③は①によって抹殺され、①は「自分がしたようにされる」というブーメランで②に裁かれ。②は①を許した過去に涙し自責に陥る。
 つまり④真実という名に値する真実が無い。そしてそれは多くの場合「国」の分裂を招く。
 歴史上何度もあった独裁政治の顛末がこの流れか。

 政治・外交の中でのこと。
 ①国内向けに創って曲げた「真実」
 ②①を掲げ国外に向けた攻撃的な「真実」
 ③国際的には丸見えの真実
 このコメントには次の名文を引くことにする。
 『歴史は「金」次第でどうにでも書き換えられるという考えに慣れた頭脳。短い間に何度も書き換えられるのを目の前にしていた(ショスタコヴィッチ)の心』(吉田秀和) ここにいう「金」は貨幣に限定してとらえる必要はない。吉田はこう揶揄する。『歴史は本当に淫売だと思わないか』と。恐ろしいのは「統治者の権力」と「被治者が誤って受けさせられる教育」、そんな気がする。

 それぞれの項目が昨今のどの国の動きを見ての「真実」考察なのかは自明であろう。
 他国だけではない。かつてこの国も、古の歴史と発展途上の現代史の中で、全体的に或いは部分的に、陥ったとされる事例である。みなそれぞれに「真実」を語る。そして不幸なことに、また幸いにして、真偽の判定は究極的には被治者がするのだ。
 混沌期に入ったかのような国際情勢の中、この国が背筋を伸ばした国でありますように。
 

   池の水でさえ、すぐ上のものを映すとは限らない

       池の水
         *小室山公園にて*


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. 是非が問われる高齢者の運転


 『中国道20キロ逆走・70代』『自転車はねる。何にぶつかったのかわからない・75歳』『若狭自動車道で逆走。軽トラ死亡・79歳』・・・毎日のように、日に何度も繰り返される高齢者の引き起こした交通事故のニュース。まるで、高齢者の運転免許をこのままにしていていいのかと言わんばかりに、全国の該当事故を探し回ってのことかと疑われるレベルである。超の付く高齢化社会、たしかにあらゆる角度で対策を検討すべきだとは思うが、「ネガティブキャンペーン」ではないかと疑う視聴者もでそうな扱いだと思う。

 道路で「動く凶器」とも言われる自動車を走らせることは一般的に禁止されている。この禁止を「解除」するのが国家試験としての「自動車運転免許」だ。ところが現在ではこれ、死ぬまで持ち続けることができる「終身免許」なのだ。これを何とかしようとする思惑が透けて見える。
 ただ注視したいのは事故「原因」だ。高齢者が起こす交通事故比率は、ものの本によれば全体の12-13パーセントだという。この中には「高齢」そのものが「原因」ではないものも含まれていよう。飲酒運転や薬物使用運転などをしたり、違反点数オーバーでこの終身免許を停止されたり取り消されたりするのはそれが罪罰だからだが、高年齢は全ての人間に科せられた課題ではあるが、いやそうであるがゆえに、それ自体は「罪」ではない。
 
 現行の諸制度はここに立脚している。法的には、たとえば自動車運転免許は70歳までとし、それ以後は原則の「一般的禁止」とすることも「公共の福祉」という観点から不可能ではないだろう。たぶん「違憲訴訟」は起こされるだろうが。
 今は高齢者の定型的交通事故惹起につき、「高齢者講習」「免許更新時の認知機能検査」「専門医の臨時適性検査」や「医師の診断」を経たりして自覚を促し、「自主返納」にもっていく方法を採っている。つまり「終身免許制度」を堅持しつつ対策を講じているわけだ。昨今の報道の底にあるのは、それが「もう限界ではないか」ということかもしれない。もちろん源は関係官署だろう。
 2012年の推計では認知症高齢者は『462万人』、団塊の世代が75歳以上になる2025年にはこれが『約700万人、65歳以上の高齢者の約5人に1人に達することが見込まれている』という。つまり下地はこれだと解する。
 たとえばだが、認知症と診断された人の運転免許を取り消すと法定したとする。700万人に受診させられる専門医数が期待できるわけがない。試験場の検査員が機械的に診断できる「病」でもない。たぶん医師に頼る現行の対策すら無理になるだろうと言われている対象者数なのだ。

 ひるがえって、「自主返納」制度もさほど実効が上がるとも思えない。すでにご案内の通りだが、原因は
①高齢者が自分の老化・劣化を自覚できていない。
②自覚したとしても「返納レベル」だと認めたがらない。
③同じく自覚はしているが返納したら不便、ないしは生活が成り立たない。
 ちなみに69歳の私の場合は②と③になるかもしれない。②の判定には自分自身、自信がある。 じつはこれが②の本質。
 
 立法と行政がいつ自動車運転免許の「終身免許」制を廃止するかは不明中の不明だが、段階的にというか、なし崩しにというか、その方向に動かざるを得なくなるだろうと踏む。たとえば75歳までの高齢者は現行通りの対策だが、75歳で全員「仮取消」とし、それ以後も運転免許が要る場合は一定期間内に特別再試験を受ける必要がある。これを逃せば自動的に「免許失効」となる、と言ったように。同じように感じられると思うが、自動的失効と試験不合格の総和で、実効性は全然違うと思う。

 ただ、公共交通機関が一定レベルで存在し、車が無くても日常生活に支障がない地域、生活圏に居る高齢者はいいが、鉄道も遠く、路線バスもないに等しく、かつ運転できる家人もおらず、辺鄙な場所に居住する人はどうするのか。また、老夫婦と嫁の「3ちゃん農業」を通り越し老夫婦だけの「2人ちゃん農業」、さらには「老寡婦農業」にまでに至った農家の「仕事の足」はどうするのか。
 こう考えてくると「運転免許」は「生存権」にまで関係してくるように思えるのだが。
 如何に。

 
   枯れているように見えても、花。

     太陽と芒
        *松川湖畔にて*


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. 原発の賛否が新知事を決めた新潟


 「自公の慢心か」とどこかの報道記事にあったが、クソジイチャンの私見では、「原発是か非か」の新潟県民の投票が「非」と出ただけではないかと。返す刀で言えば、「野党統一候補」という選挙戦略の勝利というのでもない。野党側も「慢心」しないことだ。野次馬レンズをグッと引いてみると、かつて小泉内閣が「郵政民営化是か非か」と打って出た国政選挙の結果に酷似している。新潟だと農業立県でもあるわけで、いわゆる「TPP是か非か」も影響しているとは思うが、これは基本的に国政選挙の争点・課題である。前回より9%アップの投票率53%は、東京電力刈羽原発再稼働に絡む浮動票の「貢献」と見るのが正しいように思える。(それでも半分近い選挙民が棄権しているという現実がすごいのだが)

 不思議に思う。東日本大震災後、安全基準の見直し・再点検も兼ねてだろうが、国内の全ての原子力発電所は2年ほど停止していたのではなかったか。つまり「無くても日本は動いていた」。巨大地震到来が確実視されているいま、なぜまた次々と再稼働なのか。「福島を経験して学習していないのか日本」といった沢山の論調にも接して疑念は強まるばかりである。もしかしたら電力会社の利益や日本経済の隆盛のために、という理由のほかに「既定路線」を変更できない大きな理由があるのではないか。そんな気がしてくる。

 やや時をさかのぼらせるが、米国副大統領が中国の現首相に「囁いた」とされる注目すべき記事に接した。趣旨は、軍事的に日本を追い詰めると、日本を核武装させるはめに陥るぞ、日本がその気になれば「一夜にして核兵器を作れるのだから」というものらしい。「一夜にして」は「短期間で」と解釈すべきだろうが、我が国の専門家も数か月あれば不可能ではないと云う。これはまた別の本に依るのだが、「核」の扱い、保存、運用は高度な知識と熟練した技術を必要としていると語っている。つまり常に「原子力」に接している人材が必須だということになる。日本はもちろん核兵器を所持していない。それでも「すぐに造り、使える潜在力」があるというだけで、他国に侮られることがない、つまり抑止力が得られるという理屈だ。副大統領はそこを利用したのかもしれない。いずれにせよ思い切った発言だが。こう考えると、原子力発電所にはエネルギー経済に貢献するという狙いのほかに原子力技術者の確保と養成という「果実」が見えてくる。

 もしそうなら、日本の軍事的な安全を確保する狙いがあるなら、原子力発電所はすべて国が管理・運営すべきだ。そうして生まれた電力は各電力会社に売却する。今回の福島原発の始末が遅々として進まないのは、一次的には当然「東電」が処理すべきという方針が国側にあるからだと思う。一方の私企業東電の方には、国の原子力発電化という国策に従い国の安全基準をクリアして稼働していて、未曽有の大津波で事故が起こったのに、自力で責任をとれと言われても理不尽、という思いがあるようだ。だからこそ「電力料金に上乗せる形で後始末費用を需用家・国民の負担で」という発想になるのだ。

 選挙民の「原発no!」には国のやや曖昧な立ち位置への抗議も含まれていると思う。
 だいいち、原発の「リスク」は地方の現地に、生まれた電力は「東京、首都圏に」では間尺に合わないわな、新潟も。



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. 爺と孫の対話で「大衆迎合主義」②


爺 「大衆迎合主義っていうけどね、大衆が生活に不安を抱いて政治に不満を持ったり、何かの改革を求めたりするのは民主政治の中ではむしろいいことなんだ。いま問題にされているのは、これを利用して当選したり、権力を強めたりする側の危険性なんだ」
孫 「あ、今度の離脱派の論客のジョンソンて人。次期首相立候補やめちゃったね」
爺 「ミスリードがはっきりしてバッシングが起きちゃったからね、無理と踏んだんだろ。出世のためだったわけだ結局」
孫 「何かかっこわるいね」
爺 「こういう政治家がよくやる手法は、①危機の煽(あお)り、②情報隠しを含む情報操作、③選択肢の単純化の3つだ。」
孫 「だけど簡単に引っかかっちゃう選挙民にも問題ない?」
爺 「ほう、そうきたか。その通りでね、民主政治はね情報を得て、争点について是非弁別能力がある選挙民が意思決定をする。その意思が投票行動を経て民意として形になる。つまり数で方向が決まる、でなければならないんだ」
孫 「それの一番でかいのが国の進む道の選択ってわけだね」
爺 「そう。でもね選挙民のあるべき姿はあくまでも擬制でね、実際の投票行為はもっとラフだよねぇ、名前が売れてるとか美人だとかイケメンだとか(^^♪ そういう1票も情況を的確に把握し熟慮の末の1票も、選挙や国民投票での価値としては同じなんだよ。ここらあたりが付け込まれる原因かな。総理大臣の1票も君の1票も同格だという意味、1度じっくり考えてみてほしい」
孫 「ひどいなぁ、ぼくは候補者の容姿でなんか選ばないよ」
爺 「これは習っただろう、歴史的には当初男にしか選挙権がなかったし、その以前にはさらに社会的地位や財力なんかで制限を受けてたし、婦人参政権の獲得にもかなりの厳しい段階があった。そしてついに今度は18歳以上にと選挙権が拡がった。けっこう権利の闘争があったんだけど、いまの選挙民がその重さを意識してるだろうか」
孫 「ぼくら何にも知らないかも、金魚が自分のまわりの水のこと何にも知らないみたいに。70年以上戦争がなくて、テロらしいテロもなくて、それを当たり前のように享受してきたわけでしょ、第一、学校の歴史で昭和史なんてやってなかったような気がする」
爺 「知らなくても水槽の水に毒が入れば金魚は死ぬ。国の安全を損なえば国民は死ぬ」
孫 「ほんとだね、今度はちゃんと考えてみるよ」
爺 「今度は?」
孫 「だってまだ2回目だから」
爺 「そういう意味じゃなくて・・・」
孫 「あ、爺ちゃん、ぼくお茶入れてくる(^^♪」



 ※この対話は記事のためのフィクションです。私に男の孫はいません(^^♪

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Author:蛙声爺
文芸同人誌編集をしています。
考えるフクロウが理想。
木内光夫のHPもよろしく。

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