蛙声爺の言葉の楽園

. ハゲマゲドン-それは或る日突然に


 『冬の或る日、海辺のファミレスの階段を上がっているときに喜劇は始まった。「ちょっとその髪どうしたの」と妻が慌てて、手梳きで私の髪を撫でた。人目をはばからぬ仲の良さ。外目にはそう映ったらしく、見上げるとガラス越しに大勢の人が笑っていた。一時間後に自宅の鏡で「引導」を渡される。後頭部に「巨大な」円形の脱毛があったのだ。しかも二つ。幼い時からの海苔好き、今もワカメサラダ狂、ヒジキの煮物など永遠の晩酌の友という私が、こともあろうにハゲ? 「髪は長いお友だち」、私にとっては裏切らない友だった。それが何故。齢六十四にして激変する日常。日に何度も見る鏡。手放せない櫛。洗髪時の恐怖。職場でも、街を歩いていても、テレビ画面でも、心なしか探している「仲間」、つまりハゲの人。あるは居るは心因性らしい禿髪。今まで感じたことがないこの連帯感、安心感。これは心理学的には何なのか。もう旧知の誰とも会えないと深刻になってみたものの、進歩なのかヤケなのか、いつしかあるがままの自分にハゲ増された私。嗚呼』

 仕事の強いストレスとイライラから実際に起こった「事件」を笑い飛ばそうと創ったエッセイ。この地方では有名な「ハゲ薬局」の店主は「心因性ですね、間違いなく」と冷めた口調で言うと、かなり高価な2種類の塗り薬を出して見せてくれた。「治るんですか、これで」と私。「心因性ですから、貴方しだいですね」と、さすが薬剤師。聞かずもがな、とはこのこと・・・納得。
 結局薬で、ではなく気持ちを入れ替えただけで産毛が生まれ、順調に育って完治。要半年の「治療」だった。 


   「もう春だね」『そうカモ』。のどかすぎて眠くなりそう。

     春カモ
      *小室山公園にて*

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. 人生劇場?


 俳優にもいろいろなタイプがいるのだが、同じような役しか回ってこない人は何となく気の毒な気がする。例えば北林谷栄(たにえ)は若いときからお婆さん役ばかりだったというし、往年の俳優進藤英太郎や原健策(けんさく)等は、時代劇で悪役ばかりだったと記憶している。もっとも「悪玉」の場合は、孫ができると不思議に「善玉」に移行する。かわいい孫が幼稚園や小学校でいじめられないようにとの配慮かもしれない。古くは月形龍之介、もう少し近づいて室田日出男、川谷拓三といったところだ。

 役といえば、人生も一つの舞台劇だと解すると、これまた一生同じ役ばかりというのも辛いものがある。ちなみに私の場合、冴えない貧乏人役でしかお呼びがかからなかった。橋田寿賀子作のテレビドラマ『渡る世間は鬼ばかり』に出てくる野村昭子(あきこ)という女優もそうだった。巨匠黒澤明監督の映画にも数回顔を出している名脇役だが、例外なく貧乏人だった。演技力もさることながら、丸顔で貧しさが似合うという「個性」が買われたのかもしれない。しかしこの人も最近では、役の上でも生活が向上した。きっとかわいい孫がたくさん出来たのにちがいない。 



 ここは夜になると蛍が舞う極小の滝。
 晴れていれば、この日のようにせせらぎに陽の光が跳ねる。
 しばしたたずんで、夜昼双方の静けさを想う。

     ほたるのいる滝




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. 弱き者汝の名は男?


 「冥府魔道」(めいふまどう)

 これを書くと女性に睨まれるに違いないのだが。
 昔放火と言えばたいてい犯人は女だった。八百屋お七は想い人に会いたいからと火を点け、江戸を火の海にした。、昔一途に惚れて、相手が嫌がるのもお構いなしに付きまとうのは女と、相場は決まっていた。この場合男は半ば自慢げだった節はあるが。昔、刺し傷が数多(あまた)ある殺人は女の仕業と決まっていた。可愛さあまって憎さ百倍で、あるいは錯乱状態に陥り行為が止まらずに、である。さらには昔、死体を損壊するのは女と、これはそうはっきりとは言い切れないが、安部定(あべさだ)が相手の男の性器を切り取り、肌身離さず持っていたという事件が、この印象を強くさせている。
 と、ここまできて、昔ではなく今ではこの「女」が「男」に変換されていることに気づく人は多いだろう。男の女性化は「恋人化した母親」が創り、女の男性化は「母親化した父親」という「男」への反発が創ったと云われる。いずれにせよ、小説の中では面白いかもしれないが、連日テレビのワイドショウを賑わせている現実となると、背筋が寒くなる。男ならさらにどこかが縮こまる。
 これを書いている途中でお茶を飲んだのだが、テレビ報道がこう言った、「容疑者は妻に殺されそうなので、殺される前に殺したと」。まともな男はこういう場合、身の回りのものを抱えて家を出る。たとえマイホームのローンを完済したばかりでもだ。真の男は妻を殺さずに己を「殺す」。さらに『男は、自殺するかわりに旅に出る』(開高健)。
 そう、一見惨めに見える男こそ、真の男なのだ。

     擁壁の苔
         苔むして弱そうに見えてもどっこい、崩れさせるもんじゃねえ

 
 きのう今日、DVDで連続ドラマ『しんがり 山一證券最後の12人』をじっくり鑑賞しました。さらに今日からは、この原作にあたる清武英利著で同名のドキュメンタリー小説(430頁)も読み始めました。小説を完読したら関連ブログを書く予定です。
 会社の規模も職種も全然違うのですが、35年ほど前私も3カ月間無給で廃業会社の後始末をしたことがあるのです。ええ、たった1人の、恥さらしで泥まみれの「しんがり」でした。
 


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. ファッションなぶる?

 
 原題は「ファッション嬲る」でした。この男二人が脇を固め女が真ん中という「嬲(なぶ)る」という字、①男が二人で女性をからかったりバカにしたりしているのか、②女一人で二人の男性をもてあそんでいるのか、ちょっとおもしろい漢字(感じ?)です。これからご紹介する高島京(みやこ)のエッセイは、私が岩漿の空白頁の穴埋め(=埋め草)のために、ちょっと若めの小生意気な女になりきって書いたものです。苦肉の策でしたが、これがけっこう文体的にはまって、後々も「埋め草ガール」役で筆名を使っています。気持ち悪がらないでご了解を。文芸雑誌の編集も大変なんです。
 予想通りです、「ファッショナブル(当世風)」をもじったタイトルなんです、これ。のっけから真面目じゃない? 確かに。今回の記事は拍手もポイントも戴けそうにありませんね(*_*)/


『ファッション嬲る』

 オトコと逢うために京急に乗った。蒸し暑い日で、ひんやりクーラーがうれしかった。吊革にぶら下がって何気に目線を下げると、座っているおばさんの胸が見えて、一瞬、気持ち的に凍えた。よせばいいのにひろ~く開けている。低いふくらみの間のラインが、裁(た)ち目かがり風に波打っている。要するにシワ具合が醜い。うっかり視線が合った。こっちの考えがスケスケみたいで、キッとにらまれた。たかが女の胸の肉、ほっときゃいいか。

 わたしは、寄せて上げてムリヤリ盛り上げてが大嫌い。胸のたるみがオッパイ、その程度の感覚。だから、お腹(なか)のたるみは目の敵にして削ったり隠したりなのに、胸のたるみは増やすのに躍起で、これ見よがしにオープンていうの、ムジュンだと思う。お腹からお乳は出ないけど、胸で胎児は育たないから対等だし、胸貸してもオトコをおとなにできないし。出すんなら両方、隠すんなら両方。差別はお腹に失礼じゃん? だって、大事な子宮やら何やら護ってるお腹の脂肪だよ。

 だいたい最近の女、露出度高すぎるって。もっともわたしみたいに、夏でも出すとこ顔だけっていうのも極端だけど。モモ出し、ヘソ出し、背中に胸と大開き。ノーブラ、ミニ、マイクロミニ? 容姿と両親に相談しろって。小顔ブームだって態度がでかい分の申し訳だろ? ま、それはともかく! ホテルとかカレんちとか、いざって時によ、そのオトコのためだけに見せてあげる肌の面積、あまりに狭過ぎね? ほとんど日常的に女の肌見てたらオトコだって、感激もコーフンもいまいちだと思う。はやりのキャミソールだって、ベッドルームでしか見れなかった女の下着姿の、無目的な公開でしかないじゃん。

 最近のセーネン男子のH回避傾向とか、精子の数の減少とか、個々の精虫の競争力減退とか、いろいろ言われてる原因も、もしかしたらその辺にあるのかもよ。『見せすぎて減退』から『隠して挑発』へ、な~んてね。試しにやってみたら?
 個人的にやるんなら、どこからも苦情来ないよ。これブームにでもなれば、街中露出度控えめの淑女でいっぱい。セイコーすれば、先々「少子化」に歯止めだってかかりそう。国のホーシンにもぴったり。
 あ、妄想で時間つぶしてたらいつもの駅。
 オトコんとこ、行ってきまーす。
 みやこ、でした。じゃ~ね。
                  筆名高島京で掲載(平成10年『岩漿3号』) 
 


 
 今日は、テレビもラジオもブログも、みんな東日本大震災の特集でしょう。黙祷しました。
 集中を予想したので爺の関連記事は、少し早めに、すでに出してしまいました。
 それにしても今日の記事、ちょっと不謹慎だったかなと、反省しています。

 3月11日 公募に応じて短文系を4カ所にだしました。ちょっと充実感。
 嬉しいことに『岩漿24号』で出した短編『現姥捨』に別誌編集者から「評」をいただいた。       


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. 先立つものは魔女

 『リンゴとミカンを足すことはできない。貨幣だけがそれを可能にする』。この名言、誰の言葉かは忘れたが若い頃に読んだ分厚い経済学の本からの抜萃だ。「貨幣」とは「金」だ。これを「○○と○○を○○することはできない。金だけがそれを可能にする」 とタイプ化すると面白くも現実的な遊びになる。それぞれ助詞は変更できるとして。たとえば「アメリカは中国を愛することはできない。金だけがそれを可能にする」のように。これ、時事ネタのつもり。
  と、いうことで今回はお金にまつわる自作のエッセイを記したい。

「先立つものは魔女」

たしかサミュエルソンの『経済学』に載っていた。
フイッツジェラルド「ねえ、アーネスト君、金持ちはぼくらとは違うよ」
ヘミングウェイ「知ってるよ、あいつらはぼくらより金持ちなんだ」 
 それ以外何が違うと言うんだ、という意味でうなずいた。
 たぶんキネマ旬報の黒澤明特集号だったと思う。もし世界中のお金が黒澤さんのものだったら何を創りますかと外国人記者に質問されて、黒澤明「映画なんか創らないで、世の中を変えます」。
 これを読んだときは若かったから、うっかり感動してしまった。年配になったいまは自嘲気味にこうつぶやくしかない。
「いまもっている金が俺の世界の全てだ」
 いったい何を書きだしたのかと自分自身、めまいがしてきた。どうやら多少の無理は承知で「金なんか何だ」という結論に向かって走り出したらしい。それならそれで、もう少しの間気取って、いい話を思い出そう。
 これも前記『経済学』だ。もしも「手にとる何もかもが金と銀で作られているなら、粗末なシロメが欲しくなること請け合いだ」
 シロメは銀と鉛の合金で白鑞(びゃくろう)のこと、現代表記では白目とも書く。たしかに目の黒いうちの発想ではない。この話だけでは、金は金の価値だし。むしろグレゴリーペックだったか誰だったか、とにかく映画のラストで吐いた台詞、
「もし地球が金で被われていたら、人々は、一握りの土塊(つちくれ)のために争い、死んでいくに違いない」
 この方がカッコイイし、分りやすい。

 余談だが、おっとこの一文がまるごと余談みたいなものなのだが、それはさておき、金本位制度をカネ本位制度と読み、管理通貨制度をカネがどこぞで管理されて自分のところに回ってこない制度と誤解したのが青春時代。これが誤解ではなく正解だと確信するのに十年とかからなかった。ほとんど姿を見せないでこの理(ことわり)を教えた聖徳太子や福沢諭吉は、まことに尊敬に値する。恋い慕っていると言い換えてもいいくらい。うっかりすると、涙さえこぼしかねない。
 世の中でお金のやりとりぐらい難しいものはない。貸しても借りても、やっても貰っても、援助しても援助されても、である。これには二つの原因がある。一つは誰でもお金は必要だし欲しいということ、もう一つは誰にでもプライドや体面というものがあるということ。大胆に単純化すれば、「勘定と感情」のせめぎ合いということであろうか。

 私事で恐縮だが、お金にまつわる体験談を三つほど披露して、結論を炙(あぶ)り出したい。

 ある勤務先でのこと、あまりに庭が荒れているので雑草を刈り、庭木を素人ながら刈り込んであげたことがある。それを見ていた社長夫人が、あろうことか、二階から汗まみれの私に向かって千円札を投げてよこしたのである。わたしは涙が出るほどに憤(いきどお)り、お金を拾うと二階に駆け上がって「お金が落ちましたよ!」と、馘首(かくしゅ)覚悟の皮肉を言い放った。

 二昔前、文芸雑誌を発行する費用が足りなかったときのことである。或るご婦人が五万円を援助してくれた。問題はそのお金の手渡し方である。私の知人二人と女房が居る席上で、しかもむき出しのお札を畳の上に置いて私に拾わせた(と同じことになる)。私も自分のためだけなら意地でも突き返すところだが、深々と頭を下げ、笑顔を作った(これにより雑誌は発行可能となった)。ただし屈辱感は長く尾を引き、二度と同じ思いはしないと心に決めた。

 独学を重ね食う金にも困っていた若い頃のことである。これもご婦人だが、「独りで頑張っているあなたに対して失礼になることは分っていますが」と当時二た月は食べられるほどのお金を差し出されたことがある。そして「私に返そうなんて思わなくてもいいのよ。あなたに力が付いたら、後からくる誰かさんに返してあげて頂戴」と微笑した。今に至っても貧乏だが、誰かのために動くときに有償無償を問わない姿勢は、このご婦人の、この言動に出会ってから育ったように思う。

 そういえば、某デパートでの「片岡鶴太郎展・蝉時雨」を観ていたら、こんな言葉に出遭った。
「いくらお金を持っていても高い地位にあっても、そして良い環境にいても、人は必ず死ぬ。そこから人生を考えなさい」(チベット84歳の僧侶)
 単純だが、いい教えだと思った。

 (本名で執筆『つみき33号』2004年掲載)

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蛙声爺

Author:蛙声爺
文芸同人誌編集をしています。
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