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蛙声爺の言葉の楽園

. ゲタを履かせるシューズとはこれ如何に? 

 
 久しぶりに出て来てこの話題はないだろうとの「つっこみ」を覚悟の小ネタです。

 けさテレビ番組を視ていたら、ファッション系の話題で、背を10センチは高く見せるだろう「厚底」シューズが流行り始めたとのこと。モデルさんだからかもしれませんが、履いた映像はかなり可愛いものでした。150センチの女の子が160センチになれるとしたら、ファッションの可能性が広がること疑いなしだと思います。
 「いいんじゃないの」との感想を持ってすぐのこと、連想したのが「ぽっくり」でした。団塊の世代なら誰でもご存知だろうと思います。漢字では「木履」と書くあれです。もともとは「ぼくり」なのですが、特に幼い女の子が和装になったとき、厚い木の台の真ん中をくりぬいて前の方を丸く削り取って漆塗りをした、いわゆる「駒下駄」のことです。可愛かったですね。やはり「背伸び」は年齢を問わず女の子の憧れなのでしょうか。
 ところで若い人はこの「ぽっくり」を知っているのかどうか。気になったので大辞典を引いてみました。しっかりあったので一安心です。何にせよ人間、「背伸び」はつまずきやすいのでご注意ください(^^♪
 
 またまたこの「ぽっくり」で連想ですが、年配者にとってはこの言葉、かなり禁忌です。辞書で確かめました。副詞的に(福祉的にではありません)みると、『人が突然死ぬさま』となります。世間では「彼、まだ若いのにぽっくり逝っちゃったよ」などと使いますね。
 タブーと言いましたが、昨今、下の世話を嫁に頼めないなどという理由からか、高齢者の間では「ピンピンコロリ」が寺社で拝み願うほどの理想なのだとか。だとすれば「ぽっくり」は若者だけではなく老人にとっても「ファッション」なのかもしれません。
 ちょっと穿(うが)ち過ぎでしょうか。

 古典では、春は青、夏は朱、秋は白なのだとか。「青春」も「北原白秋」も同じ出典なのかもしれません。酷暑が足早に去り、急な「秋」の到来、私のアゴ髭(無精髭)も真っ白になりました。「白」はあらゆる色気をとった姿、残りの歳月も淡白に生きたいと思う今日この頃です。
 「でもね」の世界ですが、光の混合(赤・緑・青)では「白」になると言います。自分自身の原色で頑張っていいのかなとも思えるのですが・・・。




    これが錨に?

     舫(もやい)石。船をつないでおく石です。貫通穴を開ける石工に感嘆   


 また5日ほどパソコンの画面が出ないトラブル。私がダメなのか、それとも・・。ため息とお金が出ました(^^♪

. 身近になった秋を見つけて



 何日か前、鰯雲を見つけてしばらく見ていた。
 空の青も心なしか違う。

 薄墨色の雲と真っ黒な雲が競うようにして風に飛ぶ。ためらいがちな雨に苛ついて傘を置いたり手にしたり。 
 傘をささずに微細な白い雨に取り囲まれるのは、なぜかお気に入り。

 近場の買い物に使った車。迫りくる赤とんぼ数匹を避けて踏むブレーキ。思わず笑ってハザードでお詫び。
 小さなクワガタを靴で踏みそうになり、助けたつもりで叢の上に放り投げる。飛ばずに落ちた、寿命かも。

 河畔の桜の根元に黄色く枯れた桜葉。誰も掃かないのは美的だからか。
 琉球朝顔に酔芙蓉。野草の中に居て感じてしまう場違いを何とする。花の美醜に差別無しとは言うけれど。

 あちこちの下水道からあがる湯気の白。ついこの間までなかったのに。
 シャワーから湯船に浸かるに変わるうちの風呂。

 朝散歩。外に出て気づく。そうだもう長袖だったと。
 出かける時刻、1時間もずれてなお、人の行き来少なく。

 曼殊沙華が去年より左に避けて群れも小さくなっていた。
 昔は刈ったりしなかったのにね。



    小さな駅近くの踏切

        踏切から見る可愛い駅、どこだろう



. あれこれあって9月も早半ば


 猛暑、酷暑と表され熱中症の恐怖におののいた夏が終わり、命の危険を感じるレベルというおどろおどろしい形容が気温から集中豪雨へとバトンタッチされたかと思ったら第三走者は最大瞬間風速60メートルという暴風、身がすくむ思いで被害報道に触れていたら、一息つく間もくれず起こった震度七の北海道大地震と大停電。願わくばこれがアンカーで、もう平穏に過ぎるようにと願わずにはいられない。一方人間界では、政界、財界、スポーツ界であれやこれやの大騒動。マスメディアの報道はといえば、いいこと、明るいことには目もくれず、日本を貶めることが使命でもあるかのように長々と真っ暗、と悲惨この上ない。昔、誰ぞに習った『末法末世』なのかと妙に気になって、仏教辞典を紐解けば、専門用語を専門用語で説き起こそうとするばかりで、迷路に入った心地のまま。これでは当分の間、爽やかな大谷翔平の笑顔と活躍をネットで追い求めて、心に栄養をくれてやるしかないような。

 またまた昔で恐縮ながら、『梅雨』(つゆ)に対する秋の長雨は『秋霖』(しゅうりん)と称したはずだが、昨今報道のどこを探しても見当たらない。しかし別に間違っているわけではなく、「霖」という漢字は一つで「長い雨」を意味するので『秋の長雨』と言うは『秋霖』の説明に他ならないからだ。それでもなぜか見ないのは淋しい。何となく風情が無いのだ。これはわがままというものだろうか。


 そうそう、北海道の被害に関するテレビ報道を見ていたら『り災証明』なる文字にぶつかって思考が止まった。うろ覚えで浅薄を承知で書くと、確か内閣告示の常用漢字表に無い漢字は新聞をはじめ公共用には使用を控えることになっているらしい。もとは国語審議会の、漢字学習に関しての負担軽減という発想からだったと思う。もちろん文芸とか学術には制限は及ばない。この負担軽減という考え方には反対しないが、漢字表記だった単語の一部を仮名書きにすると本当に奇妙なものになる。ぜひ漢字で表記してルビをふる方法をとって欲しいものだ。上記の『り災』なら『罹(り)災』と。もちろん当該漢字の上(横)にルビはふられるのだが。
 少し意味の違う仮名表示の例に『障がい者』がある。これも該当する人たちに「害」の漢字をあてるのは差別につながるという理由付けがあるらしいが、該当する人を一般社会の障害と思考・評価したのは当人たちではないだろう。社会の方なのではないか。それでいて漢字一つを仮名に変えて社会的配慮(贖罪)というのもいかがなものか。気を付けてテレビを視ているとNHKはこの立場に立って強いメッセージとして『障害者』と表記している。ちなみに法規は調べた限りでは『障害者』ないし『障碍者』と表記している。言葉狩り、漢字狩りだけでは何も変わらないような気がする。


 

 ※今回の本文、内容が内容でしたので柔らかい「です・ます」調の文にしませんでした。ご容赦ください。


    純愛の碑

     伊豆熱川の一角に戦死した夫の後を追って入水した妻の慰霊碑があった


 

. 箪笥が倒れてきて死なないように


 大阪の地震報道を受けて、自宅の家具の倒壊防止策を再点検しました。
 1 か所不備を見つけてホームセンターへ。今まで箪笥を支持する箇所が1点だったので、天井へのツッパリ棒を増やすことにしたのですが、在庫を当ててみると長さが足りません。つまり箪笥の身長が低すぎるのです。そこで一計を案じ、ラチスフェンスの脚止めを2つ購入することにしたのでした。帰ってすぐに組み、その上に棒を立てました。成功です。
 ただ、何か不細工です。とくに土台部分の木組みが部屋の雰囲気を壊していました。棒自体は白色なのでそれほど目立ちません。
 ふと周りを見渡すと良い奴が隠れていました。
 文章で書いても想像しにくい思いますので、恥ずかしながら写真を撮りました。
 ちなみにうちは、70と71の老夫婦です。


    ツッパリ棒の上




    ツッパリ棒の土台
 
 
 ヘッドホンはこの子が地震情報をキャッチするためのものです。支え役も兼ねています。


. 「梅雨空(つゆぞら)」の反対が「空梅雨(からつゆ)」だと気づいたとき


 早朝五時、気持ちが良いので散歩に出た。歩道から松川を覗くと鯉たちが我先にと寄ってくる。人が上に見えたら食べ物をくれるのだと条件反射的に捉えているらしい。残念ながらコンビニに行く途中だ。冷たくその場を離れる。民家と商家の間の道、かわいい凌霄花(ノウゼンカズラ)が頬に迫った。少し身を離してお辞儀をしてみる。奈良の鹿ではあるまいし、返礼のお辞儀は無いに決まっている。花びらをちょんと突いて先を急ぐ。広めの路地に目をやると、3匹の地域猫が顔を突き合わせて何やら話し込んでいる。止まって見ていたら1匹が「行けよ」と言わんばかりに首を横に振った。ヤンキーかもしれない。猫パンチが怖いのでサッと目を逸らした。

 コンビニの駐車場に足を入れた時、前方から小太りの中年男が顔を赤くして走ってくるのに出くわした。楽しいのか苦しいのか分からないがたぶん、帰りに甘いもの欲しさにここに立ち寄ると予想した。中で新聞と赤のボールペンとブラックブラックを買おうとレジのところに居たら、やっぱり入って来た。失礼なので何を買うのか確認するのは避けた。外に出たとたんクスッと笑ったことは笑った。

 信号機もなく、めったに車も来ない時間なのに横断歩道を小走りでわたる。「歩道」であって「走道」ではないのに。そういえばネットで『海外の反応』を見ていたら、『車が全然いないのに信号が青になるのを待っているバカな日本人』というコメントがあった。確か「どいつ」だ。他人さまは知らないが自分はまさに「バカ」が当てはまる。早朝でも、信号や横断歩道は避け何もないところで、安全を確認してから道路を横断する。どこがどう違うのか。「信号無視を万一子どもに見られたら…」と、それが癖になっているのだ。

 アユ釣りの人はまだ誰も居ない。いつも見ていたサギもどこかへ去ったようだ。心なしか川面が寂しい。
 前から来た巡回のパトカーが左折して消えた。訳もなくホッとする自分がいる。はっきり言って人相がいい方ではない。顔だけで無慈悲に職務質問を受けては、平凡な爺としては立つ瀬がないからだ。
 そうこうしているうちに終わった散歩。歩数は3000程度だった。
 悔いがひとつ。「あんこも欲しかったな」
 
 



    動と静


       懐かしいので「再録」: この子もたしか独りだった


. プロフィール

蛙声爺

Author:蛙声爺
文芸同人誌編集をしています。
考えるフクロウが理想。
木内光夫のHPもよろしく。

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