蛙声爺の言葉の楽園

. 少し休みます、ブログ、出直すためにも


 ブログ記事を書かなくなってしまいました。ええ、書けなくなったのとは違います。
 自分の中でブログの立ち位置がはっきりしなくなってしまって。
 どれくらい空ければいいのかは分かりませんが。
 1か月だったり、もしかしたらずっとそのままだったり…それも。

 頭の中で、人生最後になるだろう長編小説が渦巻いています。
 「次号はこういうテーマが妥当だな」とか、「今回は全体のページ数が足りてるからお金を節約して短編でいいな」とか、「こんなところまで踏み込んだらうちの同人誌のカラーじゃないな」とか、その他手かせ足かせ。同人誌小説で制約だらけだった自分を解き放ち、「終の想い」をこめて長編小説を書きたいのです。
 まだ名前さえ出そろっていない登場人物、効果的な展開を企図して頭の中で組み換えが続いているプロット。必要な資料の検索。昨年の520枚の自作『キルリーの巣窟』の発刊が呼び覚ました「本当に書きたいもの」、それが心を押して止まないのです。

 しばらくは、ときどき出せる写真と短い心情の吐露で続けます。
 あるときにふと、当初は存在したブログへの激情がよみがえるまでの間。いえもうすでに、現実にそうなってしまっているのでした。
 解っていただけたら幸せです。


     
     とびたてよ、きみたち

        とびたてよ、きみたち  
 

. 「春」の海、三態


 海に聞く。何を教えようとしているのか。



      海、寄り添う

       海、寄り添う


     海、荒ぶる

       海、荒ぶる


     海、輝く

       海、輝く


 高い崖の上に立てばなおさらに、海の「大きさ」に打ちのめされる。

 (1月20日伊東市城ケ崎フラワーミュージアム敷地内から相模灘を撮影)  


   

. 春が近い、ただそれだけで♪


 あたたかな日差しに誘われて、今年初めて松川湖に出かけた。もちろん目的は4キロの散歩。老いた目にも鮮明に映っていた遠くの景色が、少しばかり霞んで見える。大気中の水蒸気が増えているのかも。
 地元新聞が、河津桜の開花時期が昨年よりかなり遅れると報じていた。年末の気温が低くツボミの「成長」が遅れたのではとの意見も載せている。それでも時折温暖な日が続き、狂い咲きも多々見かけていたという。異常気象は植物の生活にも狂いを生じさせているらしい。
 人間についても言えそうだが、咲くと決まっているツボミも「花」である。今月末に車検のため河津に行く。老夫婦でその「花」を愛でて来ようと思う。

 外から帰ると、冬なので炬燵のスイッチをすぐ入れるのだが、この頃20分もしないうちに切ることが多い。
 夜明けも、気のせいではなくて早くなった。
 春が近い。
 そう思うだけで、このところ続いているイライラが消えていく。
 こころの厚着もきっと、もうすぐ終わる。




      蠟梅咲く

        春を告げる蠟梅(ろうばい)、気持ちよさそう(^^♪

 ※何度もご紹介しましたが、掲載写真の上でクリックしますと元の撮ったままの鮮明な写真に変わります。お試しください。


. 「無明」の柿


 誰にも摘まれず、誰にも食されず、ただ目立とうとして赤く熟して枝に連なる。鳥たちも見返らぬ、幼児も指差して欲しがらぬか。なぜ落ちることを厭う。今宵もまた風を待つのみか。
 いやこの熟柿の姿こそが万人の救いなのだ。老いてこそ、そう想う。
 「無明」とは、『迷いの根本であり、煩悩の根源をなすもの』(岩波仏教辞典)だそうな。


 ※PC メールのトラブル、 本日1月13日、業者の手で復旧しました(メル友へのご報告)。

       無明の柿

   真昼間なのに暗い。落ちない柿としばし語らう。後ろの竹たちが時々揺れて笑った。


. 窮地! メール画面が出てこなくなった


 またトラブルが生じた。
 昨日PC画面にメーカーの更新ダウンロード実行の「勧め」があった。ほかのダウンロードなら警戒もしたが、パソコンメーカーのものなのでクリックして更新再起動を終えた。そのあとでOUTLOOK画面が出なくなった。つまりメール受送信の不能だ。タスクバーのメールアイコンをクリックしても無視され画面は現れない。それでは「良く使うアプリ」経由ではどうかと試行。ダメだった。現れないのだから受信できていないのかと思いきや、前記アイコンにある新規着信の数字は順次増えている。ではと、「予定と近況」画面は如何にと出してみたら、くるくると回転して8通の内容が把握できた。もちろん返信ほか本来のメール機能は失われたまま。
 素人としては「調査確認」はこれまでと観念してPC修理のプロの店に歩いて行った。これまた『本日お休み』と、ツキがない。

 家に帰って「もしこのままメール」が無いとしたら生活として何が困るのかと考えてみた。
 ①メール文通ができない。ということは文書や写真のメール添付も当然できない。原稿のやりとりには確かに不便だ。
 ②「Amazon」をはじめ通信販売の確認連絡ほか、各種パスワードの変更確認交信などもできないことになる。
 ③「Facebook」が利用できない。今回新刊本の記事を載せたら「ともだち」の反応が多数あった。意外と便利なのだ。
 ④あまり使っていないが「Twitter」も不通になる。
 ⑤ブログコメントの通知も受け取れない。

 同時に、最近自分の身の回りに起こっている「○○がダメになった」の意味を考えてみた。「自分の身の回りに起こることはみんな意味がある」という持論からだ。できるだけアナログ生活に戻せということなのではないか。もちろん体のために。確かに便利な機器、機能だが、リタイア以後べったりと付きすぎてはいないか。その反省はある。
 ①PCのために椅子に座っている時間が多すぎる。足腰が弱くなり、下半身の血行不良が常態化している。
 ②視力がどんどん弱くなっている。光り輝く画面を見ているとたびたび異状が起こる。要検診でもある。
 ③文字の手書きをする機会が激減した。認知症予防にも効果があるのに。
 ④必要以上に情報過多になっている。自分で考える、自分が創りだす、そういう大事なことが知らぬ間に怠られている。

 結論としては、業者でも直せなかったらだが、従容として「メール駄目」に従おうと思う。郵便(手紙)と電話(肉声)は「昭和」の回帰だ。そんな気もする。同人誌の編集は1年前に終わっているし、プライベートなメールは今でも週に1回がいいところだ。交際範囲も極端に狭まった。本も地元の書店で買えばいい、店頭になければ注文すればいい。
 そう思ったらイライラがフッと消えた。

 

      
      独りだね

        そこ、君のトイレなのかい。水洗は大雨待ちだね


      
. プロフィール

蛙声爺

Author:蛙声爺
文芸同人誌編集をしています。
考えるフクロウが理想。
木内光夫のHPもよろしく。

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