FC2ブログ

蛙声爺の言葉の楽園

. アンデパンダン展は静かだった


 市役所の1階フロアで開催中の「無審査・無賞・自由出品制」の
 「アンデパンダン展」を観にいった。
 40人の出品で掲示数は50と地方紙の案内にはあった。
 絵画の展示には優れた「壁」が不可欠であることを実感した。
 その意味で今回は少々作品が可哀そうだった。
 酷評すれば学校の文化祭程度の「壁」で、それぞれの間隔も狭く、
 作品が空間の優しさに包まれていない。
 観光会館で展示していたころは、もっと美術展らしかったような気がする。

 お気に入りを1点みつけられたこと。私にとってはそれが唯一の救いだった。
 今創っている小説を本にするときに、
 表紙デザインとして合うだろうなというのが理由だ。
 絶対欲しいと言ったら売ってくれるだろうか。
 観終えて近くのソファーに座りながら、そんなことを思った。
 いずれにせよ、心静かな午前だった。
 
 
  

     木漏れ日の路

      空を曇らせ、落ちた葉を掃き出してしまえば、ただの道路


. 久しぶりに絵の世界の中へ


 かみさんがいそいそと孫のところへ遊びに出かけたので、一人市内の街に出ました。ローカル紙のイベント案内に『イラスト絵画展』がふれあいセンターで開催されていると載っていたのです。
 まずは「こんにちはぁ」とアットホームな感じの会場に入り、来場者名簿に住所氏名を記しました。

 入口に立っていっぺんに全てが見渡せる程度の展示場でしたが、掲げられた絵の数々はなんと細密なものでした。絵のサークル会員と言うことでしたが、とてものこと素人とは思えません。いわば「目がテン」でした。
 この展示会の正式なタイトルは『内田進と17人の仲間たち』。私はうかつにもと言いますか、恥ずかしながらと言いますか、この内田氏という画家を知りませんでした。会場の一番奥に掲げられていたのは、まさにその人の絵。すべて魚ですが、ただの写実画とは違います。それぞれの魚の目が、顔が、性格まで表わしているかのように活きています。ミニアクチュール(細密画)を通り越して『スーパーリアリズム(超細密)』なのでした。ため息が出たものです。
 
 こういう人が伊東市在住なのに、自分は毎日「文化の探索」もしないでと、帰路はヘコミがちな足取りでした。
 帰宅してネットで『内田進』で検索し、記事数か所を読んで、ようやく彼の凄さが解りました。
 検索するためのURLもご紹介しておきますね。

       内田進の世界

 


     

. 「自分」三昧で選ぶブログフォト

 
  ブログのために撮った写真の中で、少しこだわったもの6枚を選んでみました。
  「自分が好きな写真」の第2回になります。
  コメントの2段目は関連「ダジャレ」です。




      和風2

     ほんとうは路地の石畳を撮るつもりでしたが、目線を低くしたら竹が綺麗で、つい浮気。
     竹が干されて割られて縛られて一言、「チクショウ(竹生)」




      冬木立
 
     同じところを何度も通りましたが、日差しが入って日本画風に見えたのはこの時だけ。
     「日本がーっ」は日本ファースト、それともあの国カンコク?





      太陽と芒

    真昼の月とススキがイメージできました。太陽の位置と周りの淡い雲が創った不思議。
    ススキは薄と書いて薄い、じゃあ濃はどんな草なの、答えは「NO!」




      亀

     石と亀の「絵柄」は数種ありましたが、三匹の絡みが一番面白かったのはこの石の上。
     虫を三つ重ねた蟲もムシ、亀は三つ重ねても「かめへん」(但し関西)




      光と水

     現場ではもっとキラキラ。川底と水面のどちらにピントを合わせるかで迷い、この程度。
     映るのは川底で決まり。ソコまで気づかずウロウロ




      水鏡

       雨水が作った水鏡。落ち葉と樹々と雲と、どれが欠けても困る「絵」。
       手かがみ、水かがみ、合わせかがみ、前かがみ。顔が映らないのはどれ    
    
 

. 「触っても壊れない彫刻」




     重岡健治

      

 このブロンズ像の作者は、伊東市大室高原在住の重岡健治、イタリアの彫刻家エミリオ・グレコに師事した高名な彫刻家である。
 雨上がりの塔が礎石に映っていたので、息を止めてシャッターを押した。

 朝日を浴びた像をじっと見ていると、作者の言「つながっている」が聞こえてくる。
 今回のブログ記事のタイトルは、彼が大事にしているというコンセプトである。

 この朝は、言葉を一つも発せずに5000歩も歩いている。

. 竹久夢二の世界にしばし留まる


 「なぜこの人の描く女性は儚(はかな)げなのだろう」
 展示会場のギャラリーのオーナーでもある市議の解説を拝聴しながら、私はうっかりそれを口にした。30数点に及ぶ作品に囲まれていると、うちの母が子どものころに生きていた大正時代のロマンが染(し)みてくるような気がした。
 嫋(たお)やかでためらいのない線とパステルカラーが活きる色づけ。ほとんどの婦人が真っすぐにこちらを見ていない不思議。顔と手が時として微妙にバランスを崩している妙。胸元を広く開けてみせる女も・・・彼女たちの色香のせいなのか、何なのだろう、この胸苦(むなぐる)しさは。


     DSCN1182.jpg
       *湯の花通りのギャラリーヤマモトにて購入*


 明治17年に生まれ昭和9年、50歳という若さで逝った竹久夢二。画家にして詩人、童話作家、装丁家。ものの本によれば彼は、「日本のロートレック」とも称されるとか。
 「なんか違うな」と、今度は口に出さずに言ってみる。
 彼は千葉で或るとき19歳だった賢(かた)という名の女性に出会い1篇の詩を創る。のちに原詩は夢二自身の手で3行詩に変えられて発表されたという。
 『待てど暮らせど来ぬ人を 宵待草のやるせなさ  今夜は月も出ぬさうな』
 「賢」を待っての詩とも言われるが、たまき、彦乃、お葉と多くの女性と暮らした彼をみると、もしかしたら彼の一生に通じる想いなのかもしれない。同居歴がある3人の中で婚姻したのは「たまき」1人だという。その彼女でさえ離婚、その後も同棲、別居を繰り返していた。彼はついに「運命の人(ファム・ファタル)」には出逢えなかったのではないか。そう、ウィーンの画家グスタフ・クリムトのように。美貌、容姿では語れない理想の女を求める姿は痛ましく、だからこそ彼らの描く作品は美しい。

 さらに妄想をたくましくすれば、彼女たちは誰一人夢二を「直視」しなかったのではないか。直視できなかったと言っても夢二にとっては同じ。夢二は恋をしながらもいつもそれを感じていた。彼が描く女たちが揃いもそろって「同じ視線」であることが証左ではないか。
 そう思いたい自分が居るだけ。そうかもしれないのだが。
 ・・・久しぶりに「絵の世界」に浸(ひた)った。  
 


にほんブログ村
. プロフィール

蛙声爺

Author:蛙声爺
文芸同人誌編集をしています。
考えるフクロウが理想。
木内光夫のHPもよろしく。

. 最新トラックバック
. 2015年9月26日からのご訪問
. フリーエリア
. フリーエリア
. 検索フォーム
. リンク
. ブロとも申請フォーム
. QRコード
QR