蛙声爺の言葉の楽園

. 黄泉の国からアスファルトに降り立って?


 ほんとに近くの、いつもの道
 ある朝、ガードレールの下のアスファルトの割れ目から
 この、名前も知らない花が顔をだしているのに気づいた

 和の野草とは雰囲気が違う
 言ってみれば「異邦人」の雰囲気だった

 しばし対面した後で「あ、そうだ」と膝を打った
 振り向けば、かつて収容千人超を誇った観光ホテルがいまも寂しく聳え立っている
 たしかここの板前さんだった人
 花が好きで道路の川沿いに鉢を並べ
 四季折々の花で、道に彩を添えていた

 かたいことを言えば道路占用許可が要るケースだが
 たぶん誰一人として責めたりはしていない
 水をやったり剪定をしたりしている彼と談笑している近隣の人たちを
 何度となく見かけている
 もちろん私も心温まる想いの笑顔で

 ところが花の鉢がある時を境に減り始めた
 彼の死を耳にしたのはだいぶ経ってからだった
 花と彼を愛でた人たちの持ち去り行為の意味は、どうやら「形見分け」だったらしい

 「七月のお盆が近いからかい?」と
 シャッターを切る前に、目で聞いてみた
 写真が少しぶれていたとしたら
 それはきっと二輪のこの花が、風のせいにしてうなずいたせいだ  



     花よ、君の名は

        目を細めて見てみると。目玉二つの緑の生き物が地面から顔を出してニコッ


. 同人誌『岩漿25号』、感慨無量にて


 のっけからギャグもどきの話だが、ある雑誌の広告で「クロワッサン」のロゴが目に入った。ちいさく踊っているようで可愛いのだが、「ッ」が「シ」に見え「クロワシサン」と頭は捉えたらしい。「苦労わ資産」、隠された深い意味に勝手に感激する自分がいた。これから先、あの三日月型のパンを見かけるたびに思い出すことだろう。

 先日、新・編集長のK氏から同人誌『岩漿』の25号が送られてきた。毎年発行は2月から3月なので少し遅れてはいる。慣れない校正から版下までの作業、さぞかし編集部4名の方は大変だったろうと、苦労のほどがうかがえる。
 私が創刊から20年間、24号まで編集に携わっていた文芸誌だが、昨年高齢などを理由に役を退き、同時に退会という選択もさせていただいている。実は昨日発送事務を編集部で行った由で、私は一足先に作品群に触れていたことになり、少しく申し訳ないと感じてはいる。
 丸1日をかけてほとんどの作品を鑑賞した。感慨は一入である。
 全くの私見だが、近いうちにこの雑誌の同人の中から広義の作家が出そうな気がする。
 「・・・ここまできたんだ」
 目頭が熱くなるのを感じた。



     岩漿25号

       岩漿(がんしょう)とはマグマのこと、だから『岩漿』は心のマグマ

. 『何がめでたい』って、「・・・さあ」


 うっかりまた本屋さんに立ち寄ってしまい、ひょいと佐藤愛子著『九十歳。何がめでたい』を手に取り、パラパラッと覗き読みをしただけで買ってしまいました。これは作家の名に対する信頼でもあります。そのくせ、何度も終活としての断捨離で書物を処分していながら、「なんと方針がぶれていることか」と嘆く自分がいます。
 それはさておき、著者は1923年生まれの93歳、今年の11月5日には94歳になります。大阪生まれの直木賞作家、団塊世代にはお馴染の詩人サトウハチローは彼女の親戚筋です。家に帰ってから本の帯を見ると83万部売れたとありました。笑ったのはその周りの言葉で、『なぜこんなに売れてるの?かって―買った人に訊いてくださいよ!』
 なので、買った人「私」の読後感です。福山雅治の『ガリレオ』先生の名台詞ではありませんが、『じつに面白い』。
 「どこが?」ですか、それは「買って読んでくださいよ」と言いたいところですが、ここでは「文に芸があるところ」とだけ申し上げておきます。

 90と言えば「卒寿」ですが、これ90を漢数字で縦書きすると「卆」になるからですよね。ちょっと駄洒落の香りがしますので、点検しました。じつは70の「古希」までは論語などの古典に由来しています。問題はそれ以上の高齢の祝いで、ほとんど同じパターンなのです。77歳の「喜寿」は「喜」の略字「㐂」からきています。777歳ではありませんので念のため。「昔パチンコでいっぱい出てきて玉げたところから」などは妄想です。80の「傘寿」も傘の略字「仐」から、88の「米寿」は米を分解して八十八。99の「白寿」は「百」から上の「一」を取って「白」という字に、と言った具合です。うがった見方をすれば、『古来希なり』の70から先はもうシャレでしかないということなのでしょう。こじつけ感さえ覚えます。

 そういえば、60の「還暦」を別の言い方で「華甲(かこう)」と呼びます。70の祝い以前は古典が云々と褒めておいて何ですが、文字分解パターンでした。「華」は「十」が六つと「一」でできていて61なのでした。数え年61は満年齢で60です。私、酔狂な人間なので実際に「華」を分解してみました。「正解」、まるで漢字パズルでした。
 みなさんもお時間がありましたらお試しください。
 あ、「華甲」の「甲」は何?ですか。「干支(えと)の1番目」をいいます。

 『人は人、我は我ですよ』(佐藤愛子)、この言葉、とても意味深くて好きです。

 



     石の風格

        岩の風格はついた苔によって語られる




. 総計と平均は嘘つきの始まり


 かなり正式な数字の発表らしい。敢て「らしい」を付けたのにはわけがある。
 「日本人が銀行・信用金庫などで貯蓄している総額が1000兆円を超えた」
 目を凝らしてほしい、「億」ではない「兆」なのだ。 

 「この数字どこかで?」は正しい感覚。「日本は世界一の借金大国」という「キャンペーン」で見た、いわゆる「国の借金」の総計も1000兆円超えだった。記憶が正しければ「国民1人当たり約870万円の借金になる」という脅しだった。「だから福祉を削り増税を」となるのだった。ところが多くの経済学者や元財務省官僚だった学者がこの主張の「嘘」を暴き始めた。①諸外国と異なり日本国の負債はほとんど自国内で自国民からものであること②日本の持つ「資産」を考慮に入れないで「負債」ばかり言い募っているが、有する資産でどんどん相殺していくと負債額は一気に健全な範囲になる(つまり脅しは「ためにするキャンペーン」にすぎない)③日本と日本銀行はイコールと把握でき、通貨発行権を有しているので諸外国の財政危機と同日に語るのは間違い等々。
 第一それほど日本が国家破産に近いなら、なぜ日本円がいまも「安全通貨」とされているのか。なぜ日本が世界一の「債権大国」なのか、負債を引いた国の純資産額がなぜずっと世界一なのか等々説明がつかない。

 つい話が逸れたが、日本国民の貯蓄額総計1000兆円超が、高額すぎて感覚的にとらえきれない。そこで爺は衰えた頭でもなんとか把握できる計算をした。まず日本人の数を1億人とする。1兆円は言わば「1万億円」、1000兆円は「10000×1000」億円、従って国民一人当たりの貯蓄額は1000万円と把握できる。これを1瞬で把握できる人が多いとは思うが、何分歳なのでご容赦。だいいち桁がでかすぎる。

 愚痴や弁解はともかく、こういう考え方自体が可笑しいと常々思っている。
 いま説明の都合上、「日本人」の総計を4人とする。そのうちの1人が貯蓄4000万円、残りの3人が貯蓄0だとすると、「日本人」の平均貯蓄額は1000万円になる。この総計とか平均とかいう悪魔のマジックは、貧富の差、格差など負の実態を全て覆い隠すことができるのだ。これが県別、男女別、年代別、業種別、職種別、学歴別などの比較平均ならば少しは意義が違ってくるのだろうが。
 このマジックは「サラリーマンの平均年収」とか「今夏ボーナスの平均支給額」とかみんな一緒である。どこをどう切り取っての「総計」であり「平均」なのか。
 多くの人の想いはこれだろう。わたしの、俺の「実際や実感と違い過ぎる」。
 「日本人て金持ちなんだね」
 「ふーん、じゃ私って外国人なんだ」
 



       カオナシはジブリ、クチナシはシニン、この清楚な花の名は・・・カオルちゃん

     クチナシ


. ぬるい「あれ?これ。」


 またまた年寄りの早寝早起きで3時起床、5時には散歩。さすがに道には誰もいません。松川の流れを覗いていたら何を期待したのか真鯉・緋鯉が集まってきました。きっと誰かが餌を与えている場所なんでしょうね、みな太っていますし。鯉をしたら身も細る、は嘘のようです。コンビニで買ってきたパンを持ってはいたのですが、何もあげませんでした。

 毎年楽しみにしている河床にたまった泥土で生きる草花。ようやく2種類花を咲かせました。琉球朝顔と朝鮮朝顔、まだ勢いは今一つですが、梅雨時にはいい慰めになります。これで小田原の東宝シネマズに出掛け上戸彩の『昼顔』でも観たら、何だか昨今の半島情勢を窺えるような感じになれます。いえいえ別に観たいわけではありません、・・・歳なので。

 部屋に戻り、日経新聞を開いていたら、「おっと朗報」でした。
 アヌシー国際アニメーション映画祭長編部門で、以前このブログで紹介しました『この世界の片隅に』が審査員賞を受賞したのです。「何そのアヌシーとか」とおっしゃる向きもありそうですからちょこっと解説しますと、ご存知『カンヌ映画祭』から独立したアニメ専科の映画祭で、1960年から開催されている世界最大の祭典なのだとか。ま、ほんとに「ちょこっと」でした。この作品昨年11月からずっとロングランを続けていて6月17日には観客200万人達成だそうです。外国にも目のある審査員がいるものですね。あ、当然でしたね。

 そう言えば2日ほど前、わが家の「夕餉の映画館」で何となく見始めたDVD『オカンの嫁入り』が秀逸でした。いえ、物語はそこそこという感じでしたが、看護婦をしている母親陽子役の大竹しのぶと外出恐怖症になってしまう娘月子役の宮崎あおいの演技に、つくづく感じ入ったのです。どちらも名女優だと知ってはいたのですが、繊細で危うい母と娘の心の陰陽を、みごとに演じていたんです。いえ、演じているという感じではなくて何とも自然に。食べた夕食の味は忘れても、この二人の「味」はきっと忘れないでしょう。良い映画でした。
 ほんとにぬるくてすみません。



     朝鮮朝顔

              この花いつも下を向いているんですよね、花の中身が見えない
      
. プロフィール

蛙声爺

Author:蛙声爺
文芸同人誌編集をしています。
考えるフクロウが理想。
木内光夫のHPもよろしく。

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