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蛙声爺の言葉の楽園

. お盆の松川の流れに想う


 『明治は遠くなりにけり』とは、昭和世代がまさに元号「昭和」のころ、幕末の慶応は含めず、明治、大正、昭和を3つ並べて、次第に「昔」が消えていくことを、良い意味でも悪い意味でも「嘆息」するときに使った言葉です。来年の春、今上天皇の生前退位に伴って元号が変われば、その時は上記の「明治」と同じ立場に「昭和」が立たされることになります。
 団塊の世代を『いわれなき非難』を受ける代表格に今の高齢者はほとんどが昭和生まれ、『昭和は遠くなりにけり』、それが現実のものになっているようです。

 『欲しがりません勝つまでは』『一億火の玉』から『焼け跡闇市派』『一億総懺悔(ざんげ)』。『日本国憲法』『再軍備』『安保闘争』『東京オリンピック』『一億総白痴化』『学生紛争』『新幹線』『大阪万博』「もう戦後ではない』『公害列島』『企業戦士』「日本列島改造』『高度成長』 『日本・アズ・ナンバーワン』「バブル』そしてその崩壊から失われた20年へ。ふと気が付けば平成。『I・T社会』『少子高齢化』『福祉大国』『災害列島』『老人破産』『無縁社会』『孤独死』エトセトラ。激動の「昭和」といわれ、飛び交い続けた世相を表す言葉や標語。その中で馬車馬よろしくひたすら走り、また翻弄され続けた人々。
 世の中はまさに『行く川の流れは絶えずして元の水に非ず』でした。それでも、いまさら『老害』、『邪魔になった』といわれても昭和世代は困惑しきりでしょう。

 ではこの「素晴らしき現代社会」には『食糧難』も『飢餓』もなく、『倒産』、『失業』も『就職難』も『貧乏』や『自己破産』も、『離散』、『自害』もないのでしょうか。どうやら実際は違うようです。
 いくらお盆でも、支離滅裂な回顧はやめにして、ぼんやり橋の上から流れる水を眺めていました。川面に光る陽の子供たちの元気なこと、青空を映している水もいれば、水底の岩の色を取り込んでいる水もいて面白いものです。

 学齢に達する前、潮干狩りに連れていかれ、アサリ掘りに夢中になって上げ潮に気づかず溺れそうになったこと。
 道端のたんぽぽを母と摘みに行きお浸しとしておいしく食べたこと。
 ひ弱な『もやしっ子』で小学5年まで体育の時間が自習だったこと。
 父親が倒れて県立高校を退学し、牛乳配達をしながら文部省の大検を通ったこと。
 引き続きお金が無くて、アルバイトをしながら4年間通教部で法律を学び卒業したこと。
 世の中に大卒として扱ってもらえず、パートタイム労働を続けて司法試験を受け、論文式にまで辿り着いたこと。
 そして30歳を過ぎた1文無しが、そこで哀しくも力尽きたこと。
 71歳になる爺が、思い出す「昭和」を漢字一文字で表すならば、迷いなく「貧」を選ぶことになります。
 あ。そういえば『苦学生』って言葉もいまは死語ですね、きっと。

 それでも、波瀾万丈、たぶん息を引き取るときは「でも、面白かったよ」と言えるような気がします。
 ここは本気で、そう思います。
 来年はきっと『昭和は遠くなりにけり』が流行語大賞になる、そんな気がします。
 




     何想う、松川の流れに

      盆の終わりに橋の上から松川の流れを見詰めていたら




  70枚短編の人物関係図できる。あと、小説舞台となる現場を訪ねなくては。景色、日差し、風、耳に入る音・・・

 8月17日-19日 脱稿した長編小説の「2回目」の校閲をする。
 今次校閲後の確定枚数。400字×573枚
 「あれほど執筆中に推敲を重ねたのに」全編を短期間に通読して初めて文章のリズムが統一的になるとは。
 応募する前にあと何回、目を皿にして校閲することになるやら。
    
  
 

. 心身ともに盆休みで、それが何かの日々


 きのう朝一で内科に行ったら、待合室の患者の数が皆無に近いので驚きました。何のことはないお盆だから。前回採血したヘモグロビンの数値は6.8、特に頑張って食事療法をしていないのでマア良いのではないかと自己評価しました。医者も薬剤師も気持ちよくうなずいてくれています。8年も高血糖症と付き合っているとプラス・マイナス0. 4ぐらいは数値を苦も無くコントロールできるようになりました。この場合プラス方向へは良くないのですが(^^♪
 このところ、頭がぼーっとしたときは、低血糖になったときのための予防として処方されているぶどう糖100%を5グラムほど服用します。小説を4時間ぐらい書き続けていると頭が動かなくなるので、飲むとスッキリとします。TPOさえ押さえておけば、この方法はかなり有効だと思います。

 そうそう今朝の散歩はなかなか変化に富んでいました。松川遊歩道の叢に1輪の百合の花が立っていました。痩身で花も半開き、きっと1年目の百合なのでしょう。しばらく見下ろしていましたが、デジカメを持っていたのに撮らなかった私。なぜなのかは分かりませんが、ただ見ただけにしておきました。
 街中の路に回って戻るとき、前方薄墨色の雲のところに大きな虹がかかっていました。数分間虹に向かって歩いたのですが、あることに驚きます。虹の七色の輪が切れていたところが青空との境だったことです。まるで青空がかかっていた虹を消し去ったかのように。
 あと500メートルほどで散歩が終わるという頃、陽がさしているのに俄かな雨、多少あわてました。子どものころに聞いた「狐の嫁入り」です。たしかに嫁入りするときの想いは人でも狐でも不安定なのかも。名付けた人を讃えましょう。

 ゆっくりしました、このお盆。文芸は放っておいて、パソコンで、テレビで、書籍で、スポーツものばかりを鑑賞していました。大谷翔平、伊達公子、甲子園…恒常的寝不足が起こしていた絶不調も和らいだ気がします。
 また明日から70枚ほどの短編に挑みます。これは長編ものと違って、明るい物語になる予定です。屋外に取材に出かけるので、きっと健康にもいいはずです。それではまた。
 
 

     琉球朝顔

     川底の浚渫で仲間の半分は消えました、私、遠い島から来た朝顔です


. 短文から妄想の世界を歩くと


 例えばこんなシーン。ママが具合が悪くてパパが料理をしようとしています。どうやら作りたいのは残り飯を使った炒飯らしく、生意気に中華鍋を火にかけ油をたらし、いままさにご飯を炒めようとしたときです。ママの注意が聞こえました、『たまごからだからね』と。「なんだよ、卵無いのかよ」とパパは「買いに行くのは面倒」と俄かコックをさっさと諦めました。ママが冷蔵庫の『卵空だから』と言ったと勘違いしたのです。じつは卵から炒めはじめてね、という意味だったのでした。ちなみに調理の仕方は人それぞれなのですが、ここの奥さんは卵を先にするタイプの人だったのですね。いずれにせよ注意が短すぎるのが原因です。

 親子で小さな工場をやっていました。超零細企業です。親父は心労がたたって寝込みましたが工場が心配でたまりません。そこで或る朝息子に「俺、今日は行くから」と電話しました。息子の返事は『とうさんだからこなくていい』でした。金策間に合わずにいよいよ倒産かと親父はしょげました。本当は息子、『父さん、だから来なくていい』といたわっただけなのでした。
 玄関から娘が入ってきました。母「お帰り、もういいから」、娘『帰れって何よ、離婚認めるって言ったじゃん』の世界ですね。もう少し長く会話しましょうよ、親子だからこそ。

 ではここでひとつ遊びます。「はやくつみなよな」と仮名入力したとします。少し想像しただけでも3つのシーンが出てきます。ちなみに「早く」は一緒でしたが。畑で姑が嫁に『早く摘みなよ菜』、運送屋が倉庫でフォークリフト担当に『早く積みなよな』、ヘボ将棋の相方がヘボに『早く詰みなよな』。日本語はかなり面倒な言語かもしれません。 


 一昔前は電報がかなり活躍していました。誤訳の例文で有名だったのは、『○○シンダイシャタノム』でした。解釈は2つで「死んだ、医者頼む」と「寝台車頼む」でした。当時生意気だった私は、死んだのに電報で医者を頼むの? 「シニソウ」なら解かるけどと難癖をつけたものです。心肺停止は素人でも判定できて、一般人この段階で「死んだ」と言っていますが、正式には医師が死亡確認をして「死んだ」なのですね。ですからこの例文、必ずしも変ではありません。新幹線全盛の時代になり、少し前「寝台車」なるものが無くなったと聞いたような気がします。結論としてこの例文も、たぶん死んでますね。

 妄想の失敗例を1つ。『おしっこしにくい』がそれでした。「オシッコしにくい」が1つ目で、穴の開いてないパンツなのか、寅さんいうところの男のスワリションベンなのか? 前立腺肥大の場合は「オシッコ出にくい」の方が適切なように思えますし…。2つ目の「お引越し憎い」はマニアックすぎて、小中学生がお友だちと別れるのが辛いというシーンが浮かぶだけでした。

 長編小説が脱稿したら「ずいぶん暇になったな」とからかわれそうですが、日本語の難しさみたいなものを感じた次第です。
 いえ、「難しさ」というより、日本語における同音異義語の氾濫やそれに対応するための誤変換というデジタル機器の苦悩を見る想い、さらには文章における漢字の役割などに想いを致したと言うべきかもしれません。
 




    もう起きてたの

    「もう起きてたのか」 早朝散歩で見かけたアオサギ 「お前ずっと独りだな」
  

  
 

. 薄暮からの太鼓合戦を観ながら


 地元の祭でも出不精な私だが、薄暮からなぎさ公園で始まる太鼓合戦は徒歩で観に行く。
 往復6500歩ほどの散歩にもなる。
 25年以上も前に創作太鼓で桶胴(大太鼓)担当だったせいもある。
 老いた今はまともな「ドン」1発も打てないだろうが、頭の中には当時の興奮が棲んでいるのだ。

 強く打ち、大きい音で、撥さばきが速ければそれでいいのだろうか。
 太鼓にはメロディがない。だから強弱、大小、緩急、高低、無音(間)、振りでこれに代える。
 今回も天城連峰太鼓に上記それぞれの円熟さを感じた。音と構成、技術もさることながら、特に視覚に訴えるものが並外れていたのだ。
 打ち手、衣装、そして振り。ため息がでた。
 礼儀や激励の気持ちでする拍手ではなく、感動で自然に拍手が出た。
 たぶん「好み」もあるだろう。
 しかしこれが、3時間余りも芝生に座り続け腰を痛めた結果得た、正直な感想になる。
 冒頭の太鼓チームの打頭十八番(おはこ)の台詞が、いまさらながらに蘇る。
 太鼓は『振りが全てを決める』
 振りが凛として美しければ、呼吸が合い、自信に満ちて太鼓にメロディを感じさせることが出来る。彼はそう言うのだった。
間とか振りとか、それ自体音が出ていないところが重要とは、何となく「奥義」のような…
 
 いずれにせよ、若さというものの凄さ、美しさを改めて思い知らされた時間だった。
 太鼓合戦よ、ありがとう。
 




    太鼓合戦の日

        伊東市按針祭恒例の太鼓合戦/18:00-20:50 その開始前
    
 

. アンデパンダン展は静かだった


 市役所の1階フロアで開催中の「無審査・無賞・自由出品制」の
 「アンデパンダン展」を観にいった。
 40人の出品で掲示数は50と地方紙の案内にはあった。
 絵画の展示には優れた「壁」が不可欠であることを実感した。
 その意味で今回は少々作品が可哀そうだった。
 酷評すれば学校の文化祭程度の「壁」で、それぞれの間隔も狭く、
 作品が空間の優しさに包まれていない。
 観光会館で展示していたころは、もっと美術展らしかったような気がする。

 お気に入りを1点みつけられたこと。私にとってはそれが唯一の救いだった。
 今創っている小説を本にするときに、
 表紙デザインとして合うだろうなというのが理由だ。
 絶対欲しいと言ったら売ってくれるだろうか。
 観終えて近くのソファーに座りながら、そんなことを思った。
 いずれにせよ、心静かな午前だった。
 
 
  

     木漏れ日の路

      空を曇らせ、落ちた葉を掃き出してしまえば、ただの道路


 長編小説進捗度 8月6日現在 400字×567枚の校正・推敲を終える。
   枚数が増えたのは推敲の結果。
   あとは使ったことわざ・慣用句や専門用語
   ・法規などに誤りがないかどうかを一つ一つ検証するだけ。
   気持ちが煮詰まってしまい「10日寝かした後で」は守れなかった。
   唯一の悩みは使った地名・駅名などの実名を「架空化」すべきかどうか。

   今日8月7日は「秋立ちぬ」で立秋、残暑見舞いに気持ちを切り替えようと思う。
  



. プロフィール

蛙声爺

Author:蛙声爺
文芸同人誌編集をしています。
考えるフクロウが理想。
木内光夫のHPもよろしく。

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